第3話 恐怖に慄く二輪の花
「取り敢えずは任務成功ってところだけど、拠点防衛の強化は進んでいたようね……」
「報告では九番隊の夏美組長と、陽炎のメンバーが軽傷を負ったとあります」
情報管理室で隊員の報告を受けていた薫はそうつぶやいた。事前の情報で「防備は手薄の可能性がある」という想定がされていたものの、万に一つの可能性も考慮して本部の人間を向かわせたが、やや予想を上回る被害を被ってしまったことに申し訳ないと思ったからだ。
「仕方ないわ。各拠点の防衛強化が図られ始めてからもう二ヶ月。都内以外の拠点にも当然防衛戦力が送られていても不思議ではないわ」
薫のつぶやきが耳に入った鋭子はため息交じりにこう言った。彼女自身もMASTERの対応の速さを脅威と捉えている為、厄介な遺体になりそうだという懸念があるからだ。
「それで、拠点を防衛していた闘気の使い手はどんな奴だったのかしら?」
「陽炎の高橋氏からの報告では、白髪交じりの長髪の痩せ形の男だったとのことで、炎と雷の闘気による各当選をこなすタイプだそうです」
「炎と雷による格闘術ということは、近接戦闘が得意なのかしら?」
「一応中距離戦にも対応していたらしいですが、メインは近接戦闘が中心だと思われます」
隊員は翔が管理室のパソコンに送ったデータを読み上げてこう言った。
「闘気と徒手空拳を使った中・近距離戦型ね……」
鋭子は右手を顎に当てながらつぶやいた。
「詳しいことは彼らが帰還してから改めて聞くことにしましょう」
「そうね。それにしても夏美ちゃんや陽炎がこうもあっさりと負傷するなんて……」
「相手の実力もあるでしょうけど、三日前に、佐助と助六を奥多摩で見つけた拠点制圧の為の増援として送っていたのが痛手になってしまったわね」
「奥多摩支部だって万全の状態で制圧したいって言ったからあの二人の隊に派遣を依頼したんだし……」
「まあ、そうだけど……」
「夏美ちゃん達は無事帰って来る……それは素直に喜びましょう」
鋭子の気遣いの言葉を聞いた薫は無言で軽く頷いた。
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局長室に訓練報告書を提出しようと向かっていた総次は、同じく訓練報告書を提出しようとしていた修一と鉢合わせし、そのまま合流して一緒に局長室に向かいながら雑談をしていた。
「澤村さんも八番隊の訓練だったんですか?」
「ああ。総次も一番隊の訓練だったのか?」
「ええ、それと月末の報告書の提出が今日なので」
総次はそう言いながら手に持った報告書を修一に見せる。
「そう言えば、さっき夏美ちゃん達が任務から帰還したようだな。確か新しく見つかった拠点制圧任務だったって局長達が言ってたけど……」
それを見ながら修一は先程隊員から聞いた夏美達の帰還の話題を切り出した。
「新戦組と大師討ちが結成されて六年近く経ってると聞きますが、まだ見つかっていないMASTERの拠点があると考えると、なんだかトカゲの尻尾切りみたいになってきているような気がします」
「情報戦は向こうが一枚上手だからな。まだ分かってない支部が多いって考えるのが自然だ」
「いつかは先手を仕掛けられるようになればいいですね……」
総次は険しい表情でそう語った。組織に加入して半年ほど経過し、より新戦組の一員として責任感のある行動や考えを持てるようになっているのが伺える。
そんな話をしている内に、二人は局長室の扉の前に辿り着き、総次はドアをノックした。
「一番隊組長沖田総次。訓練報告書の提出に参上しました」
「八番隊の澤村修一。訓練終了っス」
「どうぞ」
麗華の返事を聞いた二人はドアの近くにあるボタンを押して入った。すると既に中では夏美と冬美がうつむいたままソファに腰をかけ、陽炎の四人がその後ろで二人と同じように俯いて侍していた。そんな光景を目にして呆気にとられた二人は麗華の机の前まで来て報告書を提出した。
「あの……何があったんですか?」
局長室全体に漂う重々しい空気が気になり、総次は報告書を渡しながら麗華の耳元でひそひそと尋ねた。
「まあ、一応……」
麗華は肘をつきながら組んだ両手の甲に額を乗せながら、重々しい口調でつぶやいた。
「何であいつがあんなところに……」
急にか細い声でつぶやいた夏美。その声が聞こえた総次は、未だに俯いている夏美をちらりと見たが、気にし過ぎては迷惑だろうと思い部屋を出ようとした。
「これは……」
すると総次は麗華の机の上に置かれた報告書を覗き込んだ。するとそこに書かれていたある単語が目に入った。
「BLOOD・K……?」
「「いや……‼」」
総次がその単語を口にした瞬間、ソファで身体を震わせていた夏美と冬美が同時に局長室を飛び出してしまった。
「ちょ……ちょっと二人共‼」
それを見た麗美は慌てて二人を追いかけていった。
「……何か、余計なことを言ってしまったみたいで……」
理由は分からないながらも、総次は申し訳ない気持ちになり、静かにそうつぶやいた。
「気にしないで、総次君」
そう言いながら哀那は総次を気遣った。麗華も総次に悪気が無いことを察したのか、咎めるような素振りは見せなかった。
「二人のことは麗美ちゃんに任せるわ。さて……総次君はまだBLOOD・Kについて何も知らないのね?」
夏美達が去ったのを確認した麗華は、改めて総次の方を振り向いて険しい表情で話しかけた。
「以前に警察白書を読んだり、有名な事件について調べたことはありましたが、そんな名前の犯罪者は聞いたことがありません……」
総次は首を傾げながら尋ねた。
「局長。BLOOD・Kについて話すとしたら、夏美ちゃん達のこれまでを話してからの方が理解しやすいかもしれないっスよ?」
この様子を見兼ねた修一の提案に、麗華は静かに首を縦に振って話し始めた。
「そもそも総次君は、夏美ちゃん達のことについてどのくらい知ってるかしら?」
「夏美さんから聞いてます。三年程前に発生した埼玉県の晦冥女子大襲撃で、海堂さんと薬師寺さんと一緒に新戦組に救助されて、それから入隊したんですよね」
「夏美ちゃんのご両親についてはまだ何も知らないのね?」
「ええ、全く。何かご存じなんですか?」
総次がそう尋ねようとした瞬間、後ろで壁にもたれかかっていた翔が前に出てこう話しかけた。
「お前は、立花製薬っていう会社を知ってるか?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
「十四年前に倒産した東証一部上場企業で、当時の製薬業界においてトップに君臨していた会社だよ」
「そうでした……‼ CMもやってましたね。まだ物心がつくか否かの頃だったので、うっすらとしか覚えてませんが」
「んで、夏美ちゃん達の父親の
「えっ⁉」
総次は仰天して思わず飛び上がりそうになった。しかし翔や麗華にとっては総次の今のリアクションは想定内だったらしく、翔のアイコンタクトを受けた麗華は話を続けた。
「事実よ。その時同じように次期社長の椅子を狙っていた取締役の一人だった
そこまで聞いて、総次は全てを悟った。
「その時のヒットマンが、BLOOD・K……」
「事件はすぐに明るみになって、主犯の芹野は逮捕。立花製薬は取締役の不祥事と次期社長候補の死亡で企業としての柱石を失い、この事件をきっかけとする会社イメージが主因で信用失墜して、間もなく倒産してしまったの。未だ実行犯は逮捕されず、警察も行方を追ってたんだけど、まさか、こんな形で再び表舞台に姿を現すって言うのは想定外だったわ」
「でも、どうしてBLOOD・Kと呼ばれてるんですか?」
一連の麗華の話を聞いた総次は、ふと湧いた疑問を麗華に尋ねた。
「殺害現場に必ず『K』の血文字を残していくからよ」
「血文字で?」
総次の質問を聞いた麗華は少々苦い表情をした。
「自分がターゲットを殺したという証としてよ。それ以外にも色んな殺害方法を実行しているみたいだけど、証拠がそれだけだから、捜査は未だに混乱を極めているわ。だから迂闊に名前を出して模倣犯を生み出さないよう、そして、あまりにも残忍極まりない犯行だったことも有って、犯人についての名称もメディアには伏せたの。夏美ちゃん達が名前を知ったのも、この組織に入ってからよ。以前からMASTERと関係を持つ可能性があると見越して、新戦組にも資料を提供されてたからね」
「つまり、夏美さん達にとってBLOOD・Kはご両親の仇ということですね?」
「ただの仇ではないわ。以前夏美ちゃんから聞いたんだけど、二人はご両親が殺された瞬間と、BLOOD・Kの顔を見たことから未だにトラウマになってるの」
「そうでしたか……」
ここで総次は、先程の夏美達が動揺していた理由を悟った。
「……ですが、お二人がBLOOD・Kの顔を見たことがあるのに、警察が奴の正体を知らないって一体……」
「二人が話したがらないの。警察の聴取でも混乱してて聴取にならなくて、捜査員達も躍起になって聞こうとしたらしいんだけど、二人を引き取った親戚夫婦が庇ったみたいて……」
「聞き出せなかったんですね……」
「それもあって、私達もBLOOD・Kの正確な容姿については知らなかったんだけど……」
「今日の任務で、陽炎が同行してたことでそれが変わるかもしれないってことスか?」
麗華の言葉に繋げる形で修一が尋ねた。
「翔君が薫に特徴を教えてくれて、それがBLOOD・Kに関する新しい情報にはなったんだけど……」
そう言いながら麗華は陽炎の面々の方にゆっくりを目線を向けてこう尋ねた。
「薫から聞いた情報以外に、あなた達が実際に戦って感じたことがあれば、その辺りも教えてほしいんだけど、大丈夫かしら?」
すると翔と一緒に壁に背を持たれていた清輝が一歩前に出た。
「……かなり弱ってたはずだが、無理やり闘気をひねり出して力押しで抜け出したんです」
「あの状況で心臓に負担がかかるレベルで闘気を引きずり出して、口から血を吐く程度で済んだのが信じられなかったな。普通の人間が同じことをやったら間違いなく心臓破裂であの世行きだぜ」
清輝の言葉に続いて翔が言った。
「その上、人を殺すことに快楽を得ているかのような感じでした。とにかく、ヤバい奴なのは確かです」
哀那は先程施設で見たBLOOD・Kの眼光に怯えるような表情でつぶやいた。
「……いずれにしても、要注意ですね」
陽炎と麗華から語られたBLOOD・Kの情報を聞いた総次は、静かにこう言うのだった。
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「夏美ちゃん達とBLOOD・Kの過去か……」
麗華に訓練報告書を提出し、自身の組長室に戻ろうと総次と共に廊下を歩いていた修一は、天井を眺めて歩きながらこうつぶやいた。
「どうされたですか? 澤村さん」
修一の右隣りで並んで歩いていた総次がそんな修一の様子を見て尋ねた。
「いや、ちょっと思い出しちまったんだよ。夏美ちゃん達が新戦組に入隊した時のことを」
「確か澤村さんが新戦組に入隊した時期って、夏美さん達と割かし近かったんですよね」
「ああ。俺と夏美ちゃん達が入隊した時期は一年違いだったから、あれからもう二年以上経ってるなあの襲撃事件は、俺が八番隊組長に就任してからの初めての任務だったんだ。それもあって今でも忘れられないんだよな……あの時は勝枝さんや真の兄貴と一緒に行ったんだよ」
「そうだったんですか……」
「何しろ、キャンパスの半分以上が……」
「は……?」
修一の口から突如出てきた言葉が気になった総次は、目を丸くしてそうつぶやいた。
「……一体、何があったんですか?」
尋ねたらた修一は一瞬はっとした表情になり、そのまま総次の反対側の壁を振り返った。
「……いや、何でもねぇ」
そのままの体勢でつぶやいた修一は、総次を一人置き去りにして先に進んでしまった。そんな修一の後姿を、総次は不思議そうな表情で眺めるしかなかった。
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