第9話 フェイク
「何だと? あの女は正木を葬り損ねたのか⁉」
『はっ。ボディーガードの人間に手傷を負わせたようですが……』
「一千万もの金を積んだ結果がこれとは……何をやってるんだ‼」
自宅の書斎の机の上にある黒電話で向こう側にいるスパイに罵声を浴びせていたのは蒲池だった。依頼をした黒装束の女性が正木を仕留め損ねたことに対しての苛立ちがピークに達しているのか、額に青筋が浮き出ている。
「もういい‼」
蒲池はそう言いながら子機を本体に叩きつけるように戻した。
「おのれ……‼ この始末どうつけさせてやろうか……‼」
苛立ちを隠さずにつぶやく蒲池。すると書斎のドアが突然開かれた。
「誰だ⁉」
「服部です」
服部と名乗って入ってきたのは、先程まで正木邸で佐助達と刃を交えていた女性だった。
「貴様……任務を失敗しておいてよくもそんな涼しい顔で帰って来たな‼」
「失敗? 何のことでしょうか? 私は任務成功を報告する為に馳せ参じたのですが……」
そう言いながら服部は両腰に佩いている鞘から忍刀を抜き、蒲池の左右の胸目掛けて目にも止まらぬ速さで投擲し、串刺しにした。
「うぐっ‼……どういうことだ……?」
「……あなたが二十年前に自殺に追いやった女性を覚えてるかしら?」
「だからなんだというのだ……そんな昔のことなど……」
「そんな昔のこと……ですって?」
蒲池のその言葉を聞いた服部は眉間に皺を寄せてドスの利いた低い声でつぶやき、忍刀の柄尻に巻き付けたワイヤーを強く握りしめた。
「あなたの所為でその女性も、婚約者も、全部の人生を壊した……」
「そ……そんなこと知るものか……私にはもう関係のない話だ」
「……どこまでも救いのない男ね……」
そう言いながら服部は蒲池に突き刺した忍刀の柄尻に巻き付けたワイヤーにおびただしい量の闇の闘気を流し込んだ。
「な……なにを……うごおぉぉぉぉ……‼」
ワイヤーを通じて忍刀から闇の闘気が流し込まれ、蒲池の身体は傷口から急速に腐り始めた。
「あなたの汚らわしい欲望に巻き込まれて奪われた二人の命……その無念と絶望を感じながら逝きなさい……」
「ゆ……ゆるし……て……く……れ……」
その断末魔を最期に、蒲池の身体は完全に腐り果ててしまった。
「……はぁ……下らない」
腐り果ててミイラになった蒲池の骸を見つめながら、祐美は吐き捨てるようにそうつぶやいた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「フェイク?」
「ああ。警戒心の強い蒲池を確実に仕留める為のな」
同じ頃、赤狼司令室でPC画面とにらめっこをしている御影は、翼からある話を聞いていた。それは服部祐美の今回の任務についてだった。
「蒲池の警戒心の強さは、お前も知ってるはずだ。だからわざわざ正木邸への襲撃を仕掛けた。蒲池が油断する隙を確実に生み出す為には、事実が必要だった」
「加山様も随分と面倒な策をされる。蒲池の依頼に乗ったふりをして、その裏で奴を仕留める算段を立てるとは……」
少々呆れた様子の御影。たかだか一人の罪人を処刑する為に、服部祐美ほどの使い手を派遣すること自体、彼らからすれば馬鹿げているとしか思えないことだったからだ。
「だが蒲池のこれまでの所業を考えれば、かつてストーカーの男に友人の女性を殺され、挙句に自殺されてしまったことで不埒な男どもを憎む服部祐美にとって、一番許せない輩だ。当然、暗殺対象にも入る」
「こういう穢れた連中が権力を食い物にする。そしてそれに検察も殆ど捜査のメスを入れようとしない始末。その結果が、今の日本の無残な姿だ」
「こんなんじゃあ真面目に生きようとしている市民が哀れだよ」
御影は天井を仰ぎながらつぶやいた。
「しかし、その任務に差し向けたのが東北本部管轄の青森第二支部所属で、暗殺のプロと誉高い服部祐美とは、やれやれ、加山様も随分残酷なことをする」
御影はそのままの体勢で翼に言葉を投げかけた。
「救いの無い悪に無慈悲な鉄槌を下す。服部祐美がMASTER参加以前から、裏の世界で『
かつて聞いた祐美の異名を、翼は敬意を込めた表情でつぶやいた。
「それにしても、服部もよくお前の契約に乗ってくれたな。それもお前の将来性に期待してってことか?」
「それは分からないが、彼女にも為すべき信念と目的がある。お前も覚えてるだろ? 初めて会った時にあの人が言ってたことを」
「ああ、覚えてるよ」
そう言いながら御影は天井を見上げ、過去をもいだすように彼女が過去に二人に言った言葉を思い出す。
「この世の穢れた男どもをより確実に法網にかけられる体制と、その為の組織の設立だっけか?」
「その後も似たような事件は後を絶たず、元々習っていた自身の闘気を、女性達を食い物にし、たぶらかし、心身を汚すような不埒な男どもを成敗する為に使うことを決意した。そんな過去もあって、男性不振になっていたこともあったな」
「確かに、最初はお前に警戒心丸出しだったっけな。それでも男であるお前の将来に期待したのは、当のお前自身が、そういう連中も含めて、この国を改革したいという思いを評価したからかもな。実際、幾度となくお前はそれを行動で示してる」
「まぁ、暗殺というやり方を正しいとは思えんがな。俺が言うのも変だが……」
そう言いながら翼はデスクに置かれたまだ温かい紅茶を一口啜った。
「自分の成すべきと定めた使命の為に私情を殺しているそのプロ意識も、恐ろしいものがあるな。もう四年前だっけ、奴をうちで雇ったのは。闘気が扱える暗殺者ってことで参加させたのは」
「ああ。四千万の契約金を払った甲斐はあったよ。現にそれに相応しい、いや、それ以上の功績を立ててくれている」
「にしても、入団当初は荒れてたな」
「さっきの事情を考えろ。荒れないはずがない。それでも彼女が今のようになれたのは、うちの組織に彼女と同じような目に遭って、それでも何ら対応してくれなかった警察に対して不満を持った女性もいたのもあるし、ここの男どもでも、そんな連中に対して怒りを持っている奴が大勢いた。お前らだってそうだろ?」
「翼もだろ?」
そう言って御影は翼に対して微笑む。
「初めて会ったのが確か、赤狼結成前だったっけ?」
「もう三年半も経つ。随分と昔に感じる」
「奴はお前にあの頃から期待してたようだがな」
「そうだったのか?」
初耳だったのか、翼は少々拍子抜けた声を出す。
「知らなかったのも無理ないよ。二年半前の女子構成員と服部祐美で女子会があって、そん時にどうやらお前に期待してるって言ってたらしいんだ」
「何故それをお前が知っている?」
「その女子会に、八坂とアザミもいたんだよ。俺も後になってそのことを聞かされた」
「そうだったのが。しかし何で俺に?」
「特にアザミが推してたらしいんだ。お前の力とカリスマ性と、その正義感をな」
「そうか、アザミが……」
そうつぶやきながら翼は微笑んだ。
「アザミに感謝しないとな。あいつの売り込みがあってこそ、俺達赤狼に対しての契約に切り替えてくれたんだからな」
「ああ、勿論だ」
翼は静かに返事しながら紅茶を啜った。
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