第8話 暗殺者vs新戦組
「二十三時二十五分。あと五分となったが……鋭子の方には異常はないか?」
『私の方は全く問題ないわ』
正木氏の寝室前で助六と共に警護をしていた佐助は、スマートフォンで鋭子に持場の現状報告を聞いていた。
「分かった。ありがとう」
佐助はそう言いながらスマートフォンを切った。
「助六。修一の方の確認は取れたか?」
そう言って佐助は隣で佐助と同じようにスマートフォンで修一に持場の状況を聞いていた助六に声を掛けた。
「修一殿の方も問題は無いと言っていたでごわす。鋭子殿の方は?」
「あっちも問題ないってさ。まあ、やり手の殺し屋ならその場に現れる前に自分の気配を感じさせるような下手な真似はしないと思うが、やはりそういう連中を相手にした時が一番怖ぇな……」
「景子殿から、現時点までに監視カメラに不審人物が映ったかどうかの確認は取ったでごわすか?」
「さっきな。そっちにも不審人物やおかしな動きは無かったらしい。やはり予告時間まで気を抜かないように警戒するのが一番か……」
佐助は目を細めてそうつぶやいた。声をほんの僅かだが震えていて、緊張感を持っているようであった。
「……嵐の前の静けさ……とでも言いたそうでごわすな」
「よく分かってるじゃねぇか」
佐助は少々弱音を吐いた。
「相変わらず護衛任務の時は弱気になるでごわすな」
「こんなことを言えんのはお前の前ぐらいだぜ」
「要人警護の任務の時に拙者の帯同を申し出るのも、それが理由でごわすからな」
「俺より遥かに警護任務の経験が豊富で連携が取れやすいのは、俺にとってお前しかいないからな……」
「……本当にそうでごわすな……」
助六はしみじみとした表情でつぶやいた。そして佐助は腕時計をちらりと見た。
「二十三時二十九分……そろそろだな……」
「うむ……」
佐助と助六は、迫りくる敵意への警戒心を強めながらつぶやいた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「いよいよか。でも敵の気配がねぇ……」
正木邸の書斎付近で警戒をしている修一だが、まだ敵の気配は感じられなかった。
「どっから来るんだ……」
そう言いながら辺りを見渡す修一。すると……
「音……⁉」
突如天井から物音がしたかと思いきや、修一の前に忍刀を構えた黒装束の人物が天井から現れ、何も言わずに修一に襲い掛かって来た。
「くそっ!」
突然のことに動揺しつつも、持ち前の身体能力で適応し、戦闘状態に入る修一。
「室内で殺すなと言われたから、一瞬の隙があれば……‼」
そのまま修一は黒装束の人物の一瞬の隙を付き、カットラスの柄尻を鳩尾に力いっぱい打ち込んで気絶させた。
「何とかなったが、佐助の兄貴達は一体……」
黒装束の人間の両腕を、あらかじめ佐助から手渡されたロープで縛りつつも、彼らの心配をする修一だった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「この人が暗殺者かしら……?」
正木邸の寝室から離れた浴場付近を警戒していた鋭子は、両手に苦無を持った黒装束の人物と対峙していた。鋭子は静かに懐から苦無を取り出して駆け出した。それを見た黒装束の人物も苦無を構えて鋭子徳内に寄る斬撃を繰り出し始めた。
「あまり時間を掛けてる暇はないの。さっさと仕留めさせてもらうわ」
鋭子は打ち合いの中で隙を見つけて一瞬身体を一回転させて右足による回し蹴りを繰り出し、黒装束の人物の右腰に食らわせた。
「確か佐助は『とりあえず気絶で済ませて確保しろ』って言ってたわね……」
そうつぶやきながら鋭子は倒れこんだ黒装束の人物に飛びかかった。すると黒装束の人物は身体を翻して寸での所でかわし、苦無を構えて鋭子の頭上に飛び上がって襲い掛かって来た。
「甘いわよ……」
鋭子はそうつぶやきながら黒装束の人物の攻撃をかわして背後を取り、後頭部目掛けて強烈な飛び蹴りを食らわせて気絶させた。
「何とか仕留めたけど……佐助達は大丈夫かしら……?」
そんな不安を口にした瞬間、鋭子が腰のポシェットに入れていたスマートフォンのバイブ音が耳に入った。
「霧島よ」
『修一っス。そっちは大丈夫だったっスか?』
「そちらはってことは……あなたの方にも暗殺者が?」
『ええ。既に確保しましたが、霧島さんの方にもいたんスね……』
「大丈夫だわ。そっちも大丈夫そうで安心したわ。確保した奴を見張ってて」
「分かったわ。その前にメイドさん達に彼らのことを伝えましょう。あの人達は護身術にも長けているから、こいつら程度なら見張ってもらえると思うわ」
『了解!』
修一の返事を聞いた鋭子はスマートフォンを切り、景子達の下へ駆けつけたのだった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「こいつ、随分手慣れてるじゃねぇかよ!」
正木氏の寝室前で忍刀の二振り手にした黒装束の人物と二対一で対峙していた佐助達は、その人物の戦い慣れた様子に舌を巻いていた。
修一と鋭子が黒装束の構成員達と対峙し始めたのとほぼ同時に戦闘に入っていた佐助達だったが、苦戦を強いられていた。
対峙した人物は二振りの忍刀を巧みに扱って佐助の大型剣の一振りを器用にかわし、助六の強烈な拳打も、その一瞬の隙を付いて忍刀に寄る斬撃を繰り出し続けたのだ。助六はかわし続けていたものの、無数の斬撃をかわすのに精一杯になり、少々息が切れ始めていた。
「中々の実力の持ち主でごわすな……」
助六は息切れしながらそう言った。どうやら佐助と同様の感想だったらしい。
「助六、一気に仕掛けるぜ!」
「うむ‼」
佐助の合図を聞いた助六はそう答えながら黒装束の人物に仕掛けた。佐助は得物の大剣を振りかぶり、助六も拳に力を込めて連続の拳打を繰り出した。
しかし黒装束の人物は二人の直線攻撃をひらりとかわし、そのまま二人の後ろを取り、身体を回転させながら二振りの忍刀での斬撃で、二人の背後を斬り裂いた。
「ぐあっ!」
「んぐっ!」
背中に走った痛みに耐えながら、佐助と助六は再び黒装束の人物の方を振り向いた。
「逃がさねぇよ……」
そう言いながら佐助は助六と共に黒装束の人物を追いながら大剣を振りかぶった。
「そらよ!」
掛け声と共に振り下ろされた大剣だったが、黒装束の人物はそれをひょいとかわして寝室の扉目掛けて突き進んだ。
「直線攻撃だと厳しいな……身のこなしも鋭子やオチビちゃんといい勝負だぜ……なあ助六」
「そうでごわすな……」
「邸宅自体が広いとはいえ、大技を繰り出しには少々厳しいな……助六、俺が先に突っかかる。二の矢は頼んだぜ?」
「分かったでごわす」
佐助は助六の耳元でそうつぶやいて直ぐに黒装束の人物に突撃を掛けた。
「おらよっ!」
振りかぶった大剣を黒装束の人物の頭上向かって振り下ろした。それを苦も無くかわした黒装束の人物は佐助の後ろを取った。
「助六ぅ‼」
佐助の合図を聞いた助六は、佐助の攻撃に一瞬気を取られた動きを見せた黒装束の人物の背中目掛けて強烈な拳打を食らわせた。
「ぐっ‼」
そう唸りながら倒れこんだ黒装束の人物だったが、それと同時に顔を覆っていた黒い布がはらりと落ちた。
「お前……」
「佐助殿?」
「……何の因果か運命の悪戯か……」
その人物は昨日居酒屋で佐助と共に男達を追い払った例の女性だった。
「……ったく! つくづく俺は女運に恵まれてねぇな……」
「予想外だったわ。まさかあなたが新撰組モドキの仲間だったとはね……」
「意外尽くしで言葉が出ねぇよ……けど、正木さんには指一本触れさねぇ……」
一瞬切なそうな表情をしながら大剣を振りかぶってじょせいにおそいかかった。
「ならば、押しとおるわ……‼」
女性はそう言いながら先程の拳打のダメージを物ともしない動きで起き上がって二刀の忍刀で大型剣を受け流してそのまま打ち合いに持ち込んだ。
「助六‼ もう一遍頼むぜ‼」
「聞き入れたでごわす‼」(連砲撃‼)
佐助の合図を聞いた助六は、佐助との打ち合いをしている女性の背中目掛けて渾身の連続拳撃を放った。
「遅い」
すると女性はそうつぶやきながら佐助との打ち合いの中の一瞬の隙を見つけて、巧みな身のこなしで脱出した。
「なっ……⁉」
「何と……‼」
それに気づいた佐助と助六は乱撃を止め、女性の気配を探そうとしたが……。
「頃合いね……」
女性の声を聴いた二人。声の聞こえた方向に顔を向けると、彼女は廊下の奥。つまり正木氏の寝室とは反対側の突き当りに立っていた。
「……どういうつもりだ?」
「あなた達には関係のないことだわ……」
「関係が無いとはどういうことでごわす……⁉」
助六が言葉を言い切る前に女性の姿は消えてしまった。
「……正木大臣は?」
「まさか既に……」
正木大臣の様子が気になった二人は、すぐさま寝室に向かった。
「正木大臣‼」
「あなた達……もう大丈夫なの?」
寝間着姿で何事も無かったかのようにぴんぴんしていた正木氏に、二人は一瞬拍子抜けしてしまった。
「ご……ご無事でごわすか?」
「ええ。近くまで殺し屋の気配は感じ取っていましたが……」
「よ……良かった……」
佐助はそうつぶやきながら助六と共に床に崩れ落ちた。
「ありがとうございます……って、あなた達、血が出ているわね?」
「「え? 痛っ……」」
正木大臣にそう指摘された二人は、思い出したかのように背中の微かな痛みに気が付き、痛みで僅かに表情をゆがめた。
「直ぐにメイド室に連絡を入れるわ」
「で……ですが……」
「ウチのメイド達は優秀よ。もう敵の気配はないのでしょう?」
「そ、そりゃ……もうありませんが……」
「でしたら、中に入って待っていてください。応急処置が済むまでに、近くの病院に搬送できるように手配しておきます」
「「あ……ありがとうございます……」」
痛みに顔を歪めながらも、咄嗟にメイド達を呼んだ正木氏に感謝の言葉を述べる二人だった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「足音が……逃げて行った……?」
「私にも聞こえたわ、修一君」
気絶させた黒装束の人物を抱えて修一の下へ向かった鋭子は、合流して直ぐにそう言った修一の言葉に同調した。
「もう一人、侵入者がいたはずなのに、んどん遠くなっていって……あっ……聞こえなくなった……」
「侵入者が撤退したのか……⁉ 正木氏は……」
鋭子が言葉を最後まで言いかけた瞬間、鋭子のポシェットの中に合ったスマートフォンがバイブ音を発した。抱えていた黒装束の人物を降ろして取り出した鋭子は取り出した。発信者は助六だった。
「助六! 正木氏は……?」
『無事でごわす。任務は成功でごわす』
「そうか……良かった……」
『しかし不覚にも、それがしと佐助殿が揃って手傷を追ってしまったでごわす』
「そうか……詳しくはそっちに向かってから聞きたいが……」
鋭子はそう言いながら修一の方をちらりと見た。行きたいのはやまやまらしいが、侵入者二人をこのままにしてはいられないからだ。
「心配しないでください。大師討ちにここに向かってもらえるように連絡しておくっス」
「分かった。助六、直ぐにそっちに向かうよ。じゃあ修一君。ここは任せたよ」
「了解っス」
鋭子はスマートフォンを切りながら助六達のいる寝室前に向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます