第7話 暗殺任務の真意

 同じ頃、MASTER特殊部隊、赤狼司令官の幸村翼は怒り心頭に発しながら大師指令室に踏み入った。


「加山様! 正木大臣への暗殺任務を命じたのは本当なんですか⁉」


 部屋に入ると同時に、翼は大師に対してこう切り出した。


「翼君……」

「赤狼監査室と本部の監査局合同の内部監査で不審な案件が見つかったので確認しに来ました。これは一体どういうことなんですか?」

「……」

「加山様!」


 翼に詰問された加山は、多少考えるそぶりを見せた上で遂に口を開いた。


「まあ、近々話す件であったから、隠す必要はないか。まずはこれを見せた方が良いだろう。ある人物からの依頼だ」

「ある人物? それは一体誰なんですか?」


 そう言われた加山は机の上からある男のデータが記入された資料を手渡した。


蒲池和重かまちかずしげ、五六歳。厚生労働省の審議官。まさかこの男が依頼を?」

「ああ。一千万円の報酬で依頼をした。とは言っても彼は依頼をした人物が裏社会の人間であることまでは知っていても、MASTERの関係者という事には気づいていない」

「と仰いますと……」

「我々MASTERが情報収集の為に霞が関に置いている喫茶店に彼が訪ねてきて、店主をやっている私の部下にある愚痴を言ったのがきっかけだ」

「何故奴がうちの喫茶店のことを知ってるんです?」

「元々黒い関係が多い男だ。恐らく、あの喫茶店が裏社会の人間が経営していることを過去の人脈から知ったのだろう。殺し屋を雇って復讐をしたいとのことだ」

「何ですって……⁉」


 理解不能な理由に、翼は表情を強張らせる。


「そこで部下が私にそのことを報告したので『知り合いにやり手の殺し屋がいる』と話したら、依頼をしてきたのだ」

「動機は?」

「正木大臣と蒲池氏は、同年に旧厚生省に入省した同期だったが、蒲池氏はその出世競争に敗れて事務次官入りを逃した男だ。彼女が官僚を引退し、政治家から大臣になってからも、いやなったからこそ、その恨みは増大していった」

「まさか、その為に……?」


 翼はその話を聞いて拳を握る力を一層強めた。相当頭に血が上っているのは傍から見ても分かるほどだった。


「蒲池が出世競争に敗れた理由は様々だ。さっきの黒い関係もそうだが、昔から不穏な噂がついて回っていて、いつどうなってもおかしくないくらい評判が悪かった。そんな中で一番の問題となったのは、女性スキャンダルだ」

「女性スキャンダル……?」

「二十年前のことだが、当時蒲池は自身の部下である女性職員に一方的に気があったようでな、彼女にセクハラまがいの行動を幾度となく取っていたようなのだ」

「それで……?」

「何度もその女性は抗議したのだが、蒲池はその場で素直に聞いたふりをするばかりだったらしい。そうこうしている間に事件は起きたのだ」

「事件……?」


 静かに尋ねる翼に、加山は悲しみとも怒りともいえる複雑な表情で重い口を開いた。


「蒲池はその女性職員と一夜を共にしたのだ。いや、権力を行使して一夜を共にさせた、と言った方がいいだろう」

「なっ……⁉」


 それを聞いた翼はあまりのことで立ち尽くした。


「その所為で女性職員は絶望して自殺してしまったのだ。婚約者もいたのだが、その事件を受けて後追い自殺をしてしまったよ」

「なんてことを……‼」


 あまりのことに一瞬言葉に詰まる翼。そんな翼に対し、加山は更に話を続ける。


「その事実を、当時現役の官僚でライバル関係にあった正木氏と彼女の協力者が独自の情報網を通じて知ったようでな。それを週刊誌の記者に売ってスクープにし、彼の評判を一気に落として出世競争から脱落させたのだ」

「それなのに蒲池の依頼を引き受けたんですか⁉」

「話を最後まで聞け。我々はただ単に蒲池の依頼を受けた訳では無い。その裏である任務を遂行している」

「ある任務?」


 すると加山氏は周囲を見渡しながら翼の耳元で囁いた。


「……それは本当なんですね?」

「事実だ。だからこそ今回の任務に合わせて、本部や地方を問わず暗殺に特化した構成員を選抜した。だがこれは簡単にいくことではない」

「と、仰いますと?」

「蒲池は官僚の中でも相当に警戒心が強い男でな、そのイメージと反して一定以上に仕事が出来、あの女性スキャンダル以外の不正や違法行為に関しては、噂程度という最低限のダメージに留め、事実の方は完全に隠蔽していたのだよ。そのおかげで、評判は悪くとも、組織的には必要な人材というポジションを得ていたからな」

「だとしても、どうやってですか? 奴には正木氏に追及された件で省内には味方がいないはずですが……まさか外部から」

「そうだ。外部の協力者を金で雇っていたのだよ。全てという訳でもないが、それを含めても彼の官僚人生にとって今以上に致命的となりうるものを隠してこれた」

「ですが、それを我々が追求したと?」

「ああ。その上で、今回の任務には正木大臣の協力が必要なのだよ」

「協力というより、これは……」


 そこまで聞いても翼は納得しきれない表情になる。


「君の考えるとおりだ」


 加山は多少の申し訳なさを声に含みながらそう言った。


「その為に、MASTERでこれまで雇った中でも一番信頼のおける暗殺者も用意している」

「それって、まさか……」


 そこまで聞いて翼は加山の言わんとしていることを洞察した。


「……分かりました。しかし今後はこのようなことはできる限り本部の確認を通してから行っていただきたいと思います。本隊と赤狼の中で情報や任務の混乱が起きかねません」

「分かった。以後気を付けよう」

「では……」


 翼は加山の言葉を聞いて一定の納得をした様子で大師秘書室を出た。


「しかしまあ、加山様も随分と回りくどいことを……相手が相手とは言え……」


 大師秘書室を出た直後に翼はこんなことをつぶやくのだった。

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