第6話 正木美鈴
「正木美玲ねぇ。もしMASTERが手引きしたなら、相当な御仁を相手にしたもんだ……」
正木氏の邸宅に向かっていた修一達。そんな中で、ワンボックスカーの運転を務めている佐助が漏らした。
「どういうことなんスか?」
後部座席に座っていた修一は首を傾げながら尋ねた。
「正木美玲は東大卒のキャリアで元厚労省の事務次官という生粋のエリート官僚だったんだが、黒い話ってのがなくて、他の省庁の官僚や身内の役人から、私怨を除いて嫌味を言われない珍しい人間だって言われてんだよ」
「確かに、大半の官僚とか政治家は悪評が目立ってたのに、あの人の悪い話は全く聞かねぇな……」
「他の者達とはその点では一線を画する御仁、という事でごわすな」
佐助と修一の話を聞いていた助六は、運転している佐助側の後部座席から会話に入り込んだ。
「MASTERは今回、暗殺に失敗しても成功しても批判されやすい人物を対象にしちまった。そう考えると大義名分は俺らにある」
「大義名分か……」
佐助の言った「大義名分」と言う言葉に微かに反応した修一は、その言葉を咀嚼するようにつぶやいた。
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「着いたぜ。ここが正木邸だ」
世田谷区成城にある正木邸に到着した修一達は続々とワンボックスカーを出た。佐助は出て直ぐにトランクを開けて得物の大剣を取り出し、続けて修一も佐助達に追いついた。
「和風の立派な邸宅っスね……」
「世田谷の一等地にこれだけの家を構える……エリート街道まっしぐらを行った官僚らしい感じだな……」
修一と佐助がそれぞれ邸宅への感想を述べた。そんな二人を横目に鋭子は門の横にあるベルを鳴らした。
『はい。正木です』
「新戦組です。門を開けていただけないでしょうか?」
『分かりました』
インターホン越しに聞こえた女性の声が途絶えた瞬間。修一達の目の前に構えていた門が開き、修一達は中に入っていった。入ってすぐの邸宅の玄関前に、三十代のメイド服を着た女性と一緒に正木氏が立っていた。
「お待ちしておりました。正木美鈴です」
正木氏は至極丁寧な態度で修一達に挨拶した。そこからは小説やドラマにありがちな悪徳政治家の雰囲気は微塵も感じられない。
「新戦組本部三番隊組長の鳴沢佐助です」
「同じく、四番隊組長の剛野助六でごわす」
「五番隊組長の霧島鋭子です」
「八番隊組長の澤村修一っス」
正木氏の丁寧な挨拶に恐縮つつも、彼女に続いて修一達もそれぞれ挨拶した。
「本日はわざわざありがとうございます。
「分かりました。では皆さん。ここからは私がご案内します」
「ありがとうございます。いくぜ」
景子に律義に挨拶した佐助は修一達にそう声を掛けた。邸宅の廊下を景子に案内されていた佐助は、修一の耳元にひそひそ声でこんなことをつぶやいた。
「しかしまあ、噂通りのお方だな。全く偉ぶった態度をせずに謙虚だ……こういう政治家が多かったら、今の日本はこんなに困窮していないんじゃないかとつくづく思っちまうな……そう思わないか? 修一」
「そう思いたいっスね」
佐助は正木氏の一連の態度に感服していた。少なくとも、世間一般で抱かれる政治家のイメージとは全く違う態度なのは間違いなかった。
そうこうしている内に正木氏の書斎の前に辿り着いた。
「こちらです」
そのまま景子はドアノブをがちゃりと回して開けた。部屋の奥にある机の席に座っていた正木氏が腰を上げて彼らを待っていた。
「そちらにお掛け下さい」
正木氏に進められ、応接用のソファに座るように佐助達に勧めた。
「では、お言葉に甘えて……」
そのまま佐助は背負っていた大剣をソファの横に置き、修一達と共にソファに座り、正木氏も修一達の反対側にあったソファに掛けた。すると部屋に景子とは別の、二十代程のメイドがやって来て紅茶を運んできた。
「
佐助達の前にダージリンティを置いた芳江と呼ばれたメイドに、正木氏は微笑みながら礼を言った。
「さて……厚生労働省宛てに送りつけられたMASTERからの殺害予告ですが、何か思い当たる節はありますか?」
佐助はかしこまった態度で正木氏に尋ねる。相手が相手なのもあるが、こう言った非常に礼儀正しい態度も、佐助は心得ていた。
「そうですね。出世競争の中で、昔は同期と色々と揉めましたので、その時に蹴落とした人達からは恨まれているとは思いますが……」
正木氏は左手を頬に宛てて少し考えながらこう答えた。
「ということは、MASTERがそう言った連中からの依頼を受けて、今回のことを企てた可能性があるのね……」
鋭子は少々俯いて右手を額に当てながらつぶやいた。
「恨む理由としても、可能性としても十分に考えられるでごわす。しかし……」
「局長達が言ってたMASTERのやり方とかなりズレているような……」
助六と修一も鋭子に続いてそうつぶやいた。
「ズレていると言いますと……?」
そんな修一達の態度が気になった様子の正木氏は佐助に尋ねた。
「今までMASTERが殺害対象としていたのは、不正を働いた官僚や政治家や大企業の経営陣。過去に不正を働いたことがある警察や検察でした。だから、あなたのような方を、それも官僚時代から勤勉で清廉潔白だったあなたを狙っていることそのものが、おかしいと思いましてね……」
「そのようなことは……私も褒められたことばかりをしてここまで来たわけではありませんし……」
正木氏は謙遜しながら双言った。
「まあ、今考えても仕方ないんですが、ちょっと気になってしまったんですよ」
「そうですか……」
佐助のフォローに正木氏は囁くような声で言葉を返した。
「とりあえずこの話はひとまず置いといて、あなたを恨んでいる人間がMASTERと接触して取引を行った可能性は考えられますね。奴らもここ最近は俺達との戦いに備えてかなり抜かりが無くなっている……」
「みたいですね……芳江が頼んだ護衛も、警備部のボディーガードだけでは無く、あなた達にまで依頼をしたとことを考えても、分かります」
「正木さんが直接頼んだのではないんスか?」
修一は少々驚いた様子で尋ねた。
「一応警視庁に連絡しましたが、芳江がそれだけでは危ないという事で警備部と大師討ち経由で新戦組の方々に連絡したのです」
「通常なら警備部にダイレクトに連絡するものだとばかり思っていたので……」
茫然としたままの修一に対して少々微笑んだ正木氏は、彼に対して優しい声でこう言った。
「国の今後を担う人間として、卑劣な脅しに屈するような脆弱な人間ではあってはならない」
「「「「えっ?」」」」
突然の正木氏の告白に、思わず声を漏らす佐助達。すると正木氏は今の言葉の理由をこう述べた。
「先代の厚生労働大臣が、私達に常日頃から言っていた言葉です。だから私もそれに倣って最初は毅然としていたかったんだけど、周りからは用心しておけ、と言われまして」
「はぁ……」
正木氏の優しいながらも毅然とした言葉に感服した様子の修一は、これ以上何も言わなかった。それは一緒に聞いていた助六や鋭子も同じだった。
「とにかく、警備部や大師討ちの連中が揃って俺達に任務を委譲してきたってなると、油断ならない奴が相手の可能性が極めて濃厚ってことになりますね。メイドさん達の判断も正しかったと思いますよ」
「そうですね。景子達には改めて感謝しています」
佐助のその言葉に同意した正木氏は少々首を縦に振りながら言った。
「ではこれから、俺達のこれからの動きを説明させてもらいます。例の殺害予告に記されていた時刻は今日の二十三時三十分。土日のこの時間帯のあなたの基本的な行動についてお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
多少咳払いして鋭子は尋ねた。
「基本的に、その時間帯は既に寝室にいます」
「ということはもっとも警戒を厳にすべきは寝室か……」
修一は右手を顎に当ててつぶやいた。
「景子殿。邸宅や外の監視カメラはどのくらい設置されているのでごわすか?」
「玄関前と、寝室の外側。それと家の四方に四台ずつ設置しています」
助六に尋ねられた景子は淡々とした口調で答えた。
「最低限の監視カメラは設置してますが……MASTERはそれだけでは対処しきれないのでしょうか?」
「ええ。奴らの暗殺における手法の大半は、潜入して平均二分前後で仕留める極めて速い仕事ぶり。その上闘気の使い手と来れば、並のボディーガード程度じゃ全く歯が立たないでしょうね」
佐助は紅茶を一口しながら言った。彼も言うようにこの手の殺害手段はMASTERの常套手段となっている。しかしこれこそがMASTERが暗殺において油断ならないと言われる所以である。
「しかし、あなた方の能力は本物だと信じております。改めて宜しくお願いします」
そう言いながら正木氏は微かに頭を下げて言った。
「こちらこそ、必ず守り抜いて見せます」
佐助はそんな正木氏に深々とお辞儀をし、助六達もそれに倣って無言でお辞儀をし、ヘアを後にした。
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「護衛に当たって警戒すべきは、やはり寝室ね……」
「しかし当然ながらそれ以外の場所にも警戒を敷くべき。佐助殿は今回の布陣、どうお考えでごわすかな?」
正木氏の書斎を後にしてエントランスに集合した佐助達は、今宵の正木氏護衛の布陣について話し合っていた。
「そうだな……寝室に関してだが、そこは俺と助六の二人で担当させてくれねぇか? 今回のメンバーで一番連携が取れやすいのは俺らだし、いざという時にヒットマンを仕留める時にも数で追い詰めることが出来ると思うんだが……」
「分かった。そこは二人に任せるわ」
「ありがとう。鋭子と修一は機動力があるから、ちょっと大変だけど、寝室以外を担当してもらいたい。二人ならこの邸宅の広さであっても、緊急事態となれば直ぐに駆けつけられる」
「「了解」」
佐助に言われた修一と鋭子は返事をした。
「とりあえず布陣はこんな感じだ。それまでに全員、武器の手入れを欠かすんじゃねぇぞ」
「「「了解!」」」
佐助の陽気ながらもどこか凛とした声で放った指示に、修一達も凛とした声で応えた。
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