第10話 任務完了

「佐助! 助六!」

「……二人揃ってしくじっちまったよ……」

「何とも情けないでごわす……」


 正木氏の寝室で景子達の応急処置を受けていた佐助達は、駆け付けてきた鋭子に申し訳なさそうな表情でそう言った。


「そんなことは無い。正木氏は無事よ。けがの具合はどうなの?」

「不覚にも背中を斬られたでごわす。新戦組の組長として情けないでごわす」

「まあ、傷は幸いにも浅いから、大したことにはならねぇけどな」

「敵はどういうやつだったの?」


 鋭子は二人を負傷させた敵のことについて尋ねた。


「黒い装束を着た女性で、二振りの忍刀を得物にしていたでごわす」

「そう……」


 助六の説明に、鋭子はそうつぶやいた。


「斬れ味はそこまでじゃなかったが、奴だったらもっと深い傷を負わせることも不可能じゃねぇな」


 佐助は俯きながら言った。


「俺達が戦った女は、スピードも身のこなしも常人離れしていた。特にスピードに関してはお前やオチビちゃんに負けねぇもんがあるだろうな」

「……そんなに早かったの?」

「俺ら二人が機動力よりも一撃の破壊力に重点を置いたスタイルってのもあって相性が悪かったのもあるが、それを差し引いても驚異的だったぜ」


 賊の能力を分析した佐助。淡々とした態度だったが、その言葉は鋭子を戦慄させるには十分なものがあったようだ。


「だがそれを考えると……その女はその気があれば突きでもあなた達を仕留めることが出来たってことよね?」

「「……」」


 鋭子のその言葉を聞いた佐助と助六は驚愕の表情と共に言葉を失った。先程の二人の戦闘でも祐美にその気があれば、一撃で急所に突きを繰り出すことも出来たからだ。


「それで鋭子殿。修一殿は何処に?」

「彼なら庭で他の賊二人を見張っているわ。もうすぐここに大師討ちが来て身柄を確保するはずよ。あとは彼らに任せましょう」


 鋭子は未だに項垂れ続ける二人を眺めながら静かにつぶやいた。そうこうしていると寝室に正木氏が入って来た。


「景子。二人の傷の具合はどうかしら?」

「命に別状はありませんが、やはり美鈴様の仰るように病院でより適切な治療をしてもらうのが最善かと……」

「やはりね……」

「ただ、この様子なら一週間休めば大丈夫と思います」

「そう。ありがとう」


 正木大臣は相変わらず凛とした表情で佐助達を見下ろした。


「あの……これは一体どういうことでしょうか?」

「大臣が景子さん達に頼んで応急処置をしてくれたんだ」


 佐助は静かに、そして正木大臣に対して微笑みながら言った。その微笑みからは正木氏への感謝の気持ちがこもっていることが分かる。


「そうだったの……本当にありがとうございます」

「いいえ。私は皆さんに守っていただいた身です。その恩義に報いることは当然のことと思いまして……」

「本当にかたじけないでごわす」


 助六も鋭子に倣って正木氏に礼を言った。すると鋭子のポシェットに入っていたスマートフォンがバイブ音を発した。無論その相手は修一だ。


『霧島さん。ついさっき大師討ちが賊を警視庁に連行していったっス』

「そう……ありがとう」

『それと、兄貴達の具合はどうなんスか?』

「命に別状はないわ、傷もこれと言って深くないみたいだけど、大事を取ってこれから正木大臣が手配した病院で手当てをしてもらう予定よ。まあ二、三日休めば大丈夫と思うって言ってたわ」

『分かったっス』

「頼むわね」


 そう言って鋭子はスマートフォンをポシェットに戻した。


「なんだって?」


その様子を見た佐助が鋭子に尋ねた。


「例の賊二人の身柄を、大師討ちが連行していったのよ。わざわざ修一君が手配してね」

「そっか……」

 そう言って佐助達は、一時の平穏を取り戻し、正木大臣を護り通せたことを確信した。



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「それで、佐助と助六の傷の具合は?」

『幸い軽症なんで、正木大臣が手配した病院で手当てを受けるらしいっス』

「じゃあ重篤でもないのね?」

『はい。明日には帰還できますが、一週間は本部で休んだ方が良いと霧島さんも言ってたっス。正木大臣が手配した病院については追って報告するっス』

「分かったわ。ありがとう」


 そう言って麗華は持っていたスマートフォンを切った。


「まさか佐助達に手傷を負わせた賊がいたなんて……」


 薫は驚いた表情をしながら言った。


「それだけの手練れを暗殺者として放ったってことね。あの二人に傷を負わせられる相手は、そう多くは無いわ」

「MASTER……まさかここまで……」

「でも、正木氏の警護には成功し、二人は無事だった。これは素直に喜びましょう」

「……」


 麗華は薫にそう言ったが、薫は暗い表情で俯いて何も言わなかった。



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「おい皆! テレビを付けて見ろよ!」


 翌朝午前九時。組長達や陽炎の面々が揃っているフリールームに叫びながら入ってきたのは、未菜と共にやって来た勝枝だった。


「なんなんだ。朝っぱらから騒がしい……」


 翔は呆れかえりながらつぶやいた。


「とにかくつけて見ろ!」

「やれやれ……相変わらず本隊の方にも騒がしいな……」


 勝枝にそう言われ、翔は手元にあったテレビのリモコンでニュース番組を放送しているチャンネルに合わせた。


『DNA鑑定により、死亡したのは厚生労働省審議官の蒲池和重さん、五六歳。警察は職務の件で蒲池氏の自宅を訪れた厚生労働省職員の男性から事情聴取を行っていますが、依然として、犯人の目星は……』


 テレビで報道されたニュースを見た一同は驚きの表情と共に無言になった。


「厚労省ってことは、正木大臣と知り合いってことになるか」

「うん……」


 勝枝に問われた真は小さく頷いた。


「ってことは、正木大臣とちょっとばかりは関係があるってことか?」

「多分……」

「そうだと、思います」


 尋ねられた冬美と夏美も静かに答えた。


「佐助さん達の任務と、何か関係があるような気がして……」


 未菜は不安そうな表情で組長達に言った。


「報道されている情報だけでは、迂闊な判断は出来ないよ。けど、全く無関係とも言い切れないかも知れないね……」


 真は一同を見つめながらそう言った。


「でも、どうしてこの人が殺されちゃったんだろう……?」


 首を横に傾げながら哀那に尋ねる麗美。


「詳しいことは分からないけど、もしMASTERが手引きしたものだとしたら、それ相応の理由があったってことでしょうね……」


 哀那は相も変わらず不愛想だが、眉を顰めて唇を噛んでいる。彼女も悔しい思いをしていることに変わりなかった。


「このこと……正木大臣はどう思ってるのかしら?」


 保志と共にテレビを見ていた紀子はこうつぶやいた。


「どう思っているかは分かりませんが、自分に近しい人間が殺されたとなると、厚生労働省もしばらくはゴタゴタするのは確かでしょうね……」


 紀子のつぶやきを聞いた真は彼女の方を見て暗い表情のまま答えた。



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「もう大丈夫なんスね?」

「ああ。心配かけたな修一。鋭子」


 正木氏が依頼した病院での治療を終えて助六と共に出た佐助は、見舞いに来た2人こう言った。


「本当よ。でも正木氏が紹介してくれた病院の医師の腕も結構良かったらしいわね。なんでも治療も迅速かつ的確で無駄が一切なかったとか……」

「うむ。しかも治療費まで正木氏が負担して下さったでごわす」


 そう言いながら助六は、鋭子達に礼を言う為に、彼女達と共ににメイドが運転する車でやって来た正木氏を見た。


「何から何まで本当にありがとうございました」

「いえ。お二人の傷が重篤でなくて何よりです 私こそ、護衛していただいて本当にありがとうございました」


 鋭子の礼に対して謙遜しながらも、正木氏は改めて佐助達に深々とお辞儀をしながら言った。


「では、我々はこれで失礼します」


 鋭子はそう言いながら修一と共に、佐助達を車の後部座席に座るように促して運転席に入った。


「ところで佐助殿。そろそろ聞いてもよろしいでごわすかな?」

「ん?」

「佐助。なにかあったのか?」


 助六と鋭子の二人に問われた佐助は「なんのことだ?」と言わんばかりの表情で2人を見た。


「昨夜相対した例の女性と何があったのかでごわす。あの様子だと見知っていたようですごわすが……」

「何だと? 本当なのか佐助」

「……最近、俺ら三番隊が居酒屋で飲み会をやっただろ? そん時に他で飲んでいた女達に乱暴なナンパをしてた男連中がいて、俺と一緒にそいつらを叩きのめしたんだよ」

「その時に会ってっていたのがあの女性……」

「正直、あの強気な姿勢と凛とした表情から、最初は信じられなかったんだが……今でも少し複雑でな……なんでMASTERに加わってるのかが分かんねぇんだ……」


 佐助は俯いて苦笑いしながら言った。その苦笑いも彼の言葉通り、一言では言い表せない複雑な感情を持っていることをうかがわせるものだった。


「それでも俺は新戦組本部の三番隊組長だ。相手が誰であろうとも全力で叩き潰す……今はあまり深く考えないようにするぜ」

「……そうね。それでいいと思うわ」


 佐助の静かなる誓いにも似た言葉を聞いた鋭子は、微かに微笑みながらつぶやくのだった。 

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