第4話 佐助と修一

「MASTERに大きな動きはないが、それでも油断ならない……そんなとこかな?」

「ええ。私達が察知しないレベルの情報管理力が彼らにあるのは最早疑いようがないわ」

「新戦組本部副長の苦労は絶えないね」


 そう言って真は、天井まで届きそうなほどの大量の資料と格闘する薫の苦労を労った。情報整理書に記載されている情報量は、隊の活動報告書の四倍以上で、全て見終えるにも一時間以上掛かる。外的な仕事が多い麗華とは対照的な意味で重労働なのだ。それでも、今後の隊の活動方針や戦略を練るうえで欠かせない仕事であることに変わりはないのだ。


「もし大変だったら、時間があるときに僕も手伝うよ。ここ最近は二番隊が現地に赴く任務も少ないし、時間さえ取れれば可能だからね」

「……素直に甘えていいのかしら?」

「君は確かに真面目で誰よりも厳格だけど、それ故にしなやかさを失いがちだ。だからこそ僕らがいるって麗華も言ってたでしょ?」

「……そうね。これからは手伝ってもらうわ」

「お安い御用だよ」


 真はウインクしながら快諾した。彼としてもここ最近働き詰めで辛い表情をちらつかせることが多くなった薫が心配になったのだろう。

新撰組結成当初から仕事に対して妥協せず、誰よりも厳格かつ公平無私な薫の存在が、真や麗華をはじめとする初期メンバーを支えてきたことは紛れもない事実だ。

 すると薫のスーツの右の胸ポケットにしまっていたスマートフォンが振動した。発信者は佐助だった。


『薫。これからそっちに戻るが、ちょいと迎えを呼んでもらいたい』

「迎え?」

『できれば直ぐにでも頼みたいんだが……無理か? 時間的に……』


 それを聞いた薫は左腕に掛けた腕時計を見た。現在の時刻は9時30分。既に本部の仕事が完全に終わってそこそこの時間が経過している。


「無理ではないけど……三番隊は結構飲んだのかしら?」

『ああ。多分明日はつぶれて動けねぇかも知んねぇ』

「また浴びるほど飲んだのね……」

「悪い……俺は大丈夫なんだが、ちょいとやり過ぎちまってな……」

「はぁ……分かったわ。直ぐに本部の中型バスを出すわ。確かあなた達が言った居酒屋は此処から二十分ぐらいで到着すると思うから」

「頼む」

「じゃあ、それまで気を付けてね……」


 そう言って薫は呆れ返った表情のままスマートフォンを切った。


「はぁ……」

「……君の苦労は身内関係であっても絶えないね……」


 真は薫を気の毒そうな表情で見つめながら言った。


「仕方ないもの……佐助のああいう所は学生時代から相変わらずだしね」

「まあ、ナンパにことごとく失敗してもくじけないくらい、メンタルは強いしね」

「そう言われればそうね」


 薫は微かにはにかみながらつぶやいた。


「それより、君もそろそろ休んだらどうだい? 今日渡された資料は明日に入っても確認時間は取れるし、僕も明日は休みだから手伝えるよ」

「分かったわ。早速あなたの厚意に甘えることにするわ」


 そう言って薫と真は情報管理室を後にした。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「澤村さん。一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 夜の八時三十分。フリールームを後にした総次は、一緒に出た修一と未菜に対してこう尋ねた。


「澤村さんから見て鳴沢さんってどういう方なんでしょうか?」

「ん~……本当は佐助の兄貴に直接聞くのが一番なんだがな~……」


 修一は困った表情でつぶやいた。あまり当事者のいないところでその人のことを言うことを嫌う彼からすれば、元上司のことをベラベラ話すのは気が引けるものがあるのだ。


「じゃあ、私が代わりに言っていいかしら?」

「水野さんが?」

「ねえ修。それでいいかしら?」

「……まあ、出来れば言える範囲で頼むな」

「ありがとうございます」


 総次に未菜と修一に対してお辞儀しながらそう言った。


「私から見ても佐助さんって、三番隊の人達からすっごく慕われてるし、理想の上司なら真さんか佐助さんって言われるくらいなのよ」

「確かに、澤村さんを見ててもそれは分かるような気がします」

「その上あの兄貴肌だから、隊の連携も本部トップクラスだし、真さんと並んで重要任務に就くことも多かったのよ。組長としてはちょっとだらしないところもあるけど、理想の上司ってみんな言ってたわ」

「そうなんですか……」

「だから総次君も、一緒に任務をすることになったら、じゃんじゃん頼っていいと思うわ。それは修が証明済みだからね」


 そう言いながら未菜は修一の腕に絡みついた。


「澤村さんが?」

「俺が八番隊の組長になってから間もない頃とかは、兄貴から組長としての心得を学んできた。そうやって今の俺がいる……本当に感謝してもし切れないくらいだぜ」

「そうなんですか……」

「他に質問はねぇか?」

「はい。とても参考になりました」


 総次は凛とした表情で二人に言った。


「それを聞いたら兄貴も俄然やる気が出るだろうな。そういう後輩が可愛いって言ってたし」

「うんうん。総次君も頑張ってね」


 修一と未菜はそう言いながら自室に戻っていった。


「何を聞いてたの?」


 二人の背中を見送っていた総次に声を掛けたのは、冬美と共に自室に戻ろうとしていた夏美だった。


「夏美さん、ひょっとして組長室に?」

「うん。冬美と一緒に報告書を提出したから、そろそろ部屋で休もうと思って」

「そうですか……」

「それで、何を修一さんに聞いてたの?」

「鳴沢さんのことについてです。前に同じ隊にいたと聞いたので」

「そっか……」

「どうかされたんですか?」


 少しばかり暗い表情になった夏美が気になった総次はそう尋ねた。すると冬美が代わりに総次に話しかけた。


「修一さん、お父さんをMASTERに殺されたのよ」

「えっ……」


 総次は絶句した。この組織に加わった以上、隊員達一人ひとりに相応の理由があるということを覚悟していたのだが、修一の過去がそうだったということに関して想定外だったからだ。


「総次君は三年前に起きた千葉県の第二警察学校襲撃事件を覚えてるかしら」

「覚えてますが、まさか、それもMASTERが……?」


 千葉県第二警察学校襲撃事件……それは三年前に起きた襲撃事件で、度重なる職務怠慢によって多くの事件解決を遅らせてしまった千葉県警の警察官の大半が教官として勤務していた第二警察学校の所在を突き止めたMASTERが、構成員二千人を率いてそこを強襲、瞬く間に壊滅状態に追い込んだ事件のことだ。


 これも当時のマスコミの情報操作により、表向きは「過激派政治団体」による事件と報道されたのだ。もっともプロの警察官が一暴力集団に襲撃されて壊滅するなどあり得ないという当然の疑問から、信じる人間は殆どいなかったが。


「その時に警察学校の教官だったお父さんも、巻き込まれて亡くなってしまったの」

「お母様は……?」

「修一さんのご両親は十二年前に離婚してて、親戚の下に引き取ってもらうことも考えてたらしいんだけど、修一さんがそれを断って入隊することを決めたの。自分がお父さんの仇を討つってね。それを知った鳴沢さんが自分の隊に来ないかって進めたらしいの」

「そうだったんですか……でも、どうして澤村さんがMASTERのことを?」

「私も詳しくは知らないんだけど、その時は今より情報管理が甘くて、情報管理室の方が修一さんに聞こえる場所でMASTERのことをしゃべってしまったらしいの」

「それで入隊を決めた……」

「うん……」


 総次が言った言葉を肯定するように冬美は声を出した。ちなみにその情報を迂闊に漏らしてしまった情報管理室の隊員は、その後九州の一支部に左遷されらたとのことだ。


「それで配属されたのが鳴沢さんの三番隊だったんですか……」


 すると夏美が再び先程までのはつらつとした表情で話し始めた。そこには何かを吹っ切ったような雰囲気を感じさせるものがあった。


「佐助さんの希望だったらしいの。保護されてから医療係の未菜さんと一緒に修一さんのことを気に掛けてて、それで入隊が決まったら自分の隊で預かりたいって佐助さんが提案して……」

「そんなことがあったんですか……」


 総次は感心した様子でそう語った。


「まあ女性好きってところはあるけど、それも込みで鳴沢さんらしいところだからね」


 夏美は佐助への彼女なりの印象評価をこの言葉で締めくくった。


「いろいろ教えていただいてありがとうございました」

「これから佐助さんと任務が一緒になるかもしれないけど、あの人は本当にそっちでは私達も教わることが多かったから、素直に頼っていいわよ」

「分かりました」

「それでよしっ! じゃあ私達は部屋に戻るわね」

「はい、お休みなさいです」


 総次がそう言ったのを聞いた夏美と冬美はそのまま組長室に戻っていった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「お帰りでごわす。佐助殿」

「また派手に飲んだらしいわね……」

「本当に済まねぇ。明日は休みじゃないのにこいつらを潰しちまった……こいつらも結構飲んだからな……」


 助六と鋭子はやれやれという態度を出しながら佐助の謝罪と言い訳を聞いていた。

 酒飲みとなると麗華達の中でも特に強い佐助は、絡んだ仲間達を悉く良い潰してしまっていたので、それを学生時代から知っている助六達からすればもはやお約束となっていた。この佐助の謝罪も彼らは何度聞いたか覚えていないようだ。


「とにかく、佐助は大丈夫でしょうからまだいいとして、三番隊の子達は私達が一緒に連れていくのを手伝うわ」


 そう言って鋭子は一緒に連れてきた五番隊の隊員達と一緒に三番隊の隊員達を連れて行った。その時の五番隊の隊員達の表情や介抱は手慣れており、このような出来事が一度や二度ではないことが分かる。


「しかし、いつもながら隊員達を酔い潰すのが巧いでごわすな」

「またその皮肉かよ……」

「飲みのついでに女性に声をかける……何度もあったことでごわすが、今回もまさかそのようなことを……」

「今回は無かったよ。その代わり、ちょいと面白い女がいたよ」

「どういった女性でごわすかな?」

「ちょいと飲み屋で揉め事があってな、女をナンパしていた四人の程度の低い男を次々とのしていきやがった」

「ほお……中々勇ましい女性だったのでごわすな」

「ああ、簡単に男に靡かねぇような強さがあった。流石の俺も迂闊に手が出なかったぜ」


 佐助はやや残念そうな表情で語り始めた。迂闊に手を出せなかったと言っていたものの、ナンパし損ねたことを後悔いているのが、横にいる助六にも筒抜けだったようで、彼も佐助に同情するような表情をしていた。


「では今回は飲みに誘うことは出来なかったものの、珍しい光景を見れたという事でごわすな?」

「ああ……酒の肴になるいいものが見れたよ」


 佐助はしみじみとした様子で話しながら助六と共に本部に入っていった。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「あらあら。また佐助が派手に飲ませたのね……」

「いつものことだけど、また浴びるように飲ませたらしいわ」

「鋭子にも手伝わせてしまって申し訳ないわね。でも飲みに行かなかった他の隊員達は引き続き仕事が行えるようだから、本部の運営に大きな支障が出るわけでもないから、多少は大目に見ることにするわ」

「本当ならあなたにはその辺りをもう少し占める様に隊員達に伝えてほしいけどね。ここまでこんな状態でも問題なく組織運営できたのは大師討ちやあなたと真のおじいさま達のご尽力が大きかった訳なんだし、そろそろね……」

「そうね……近いうちにその旨を伝えておくわ」


 麗華は薫の諫言にそう答えた。薫の言う通り、今後の組織運営やMASTERとの戦いを考慮すると、こういった僅かな気の抜けようが命取りになりかねないのだ。


「それで、情報管理室が今週纏めた情報に関して、気になるものはあったかしら?」


 言われた麗華は薫から手渡された情報管理室からのまとめデータのコピーを見渡した。


「特に動きがないってのがかえって不安ね。三週間前のことを考えると、やはり大師討ちの情報を待たないと何とも言えないわね……」

「東京にいる大師討ちはMASTERの拠点と思われる場所に監視をつけさせて彼らの行動を私達や公安に逐一送ってくれるしね。そちらの情報と照らし合わせて考える他は今の所ないって訳ね」

「ええ……それと、五番隊から東京都内各地に放ったスパイからの情報はどうなっているかしら?」

「今の所不審な動きはないけど、三週間前のように私達の気付かないところで着々と準備を進めている可能性があるから、改めて個人や集団訓練に力を入れる方が得策だと言ってたわ」

「情報の観点で言えば私達は後手に回ってしまっている。戦場においての戦術に重点を置いて今後の対策を取るのが賢明ね」

「今までは現場での活動で優位に立てたけど、ここ最近の彼らの情報戦略は私達の一枚も二枚も上手……このままだと混乱の長期化は避けられなくなってしまうわね」


 薫も麗華も意見は同じだった。薫の言うように、これまでの現場の勝利だけでは状況を覆しにくくなり、戦況は遅々して変化が無くなってしまった。こうなれば国民の精神的負担や、海外との外交・貿易においても壊滅的なだけ気を被りかねなくなってしまう。二人の中にはそれに対する焦りが日に日に増していたのだ。


「戦略的観点での状況や戦況の変化は、薫。あなたの対応力や采配に掛かっているわ。プレッシャーは大きいと思うけど……」

「今までの経験を活かして戦い抜くしかないわね」


 麗華のプレッシャーをあおることに対して少々冷や汗をかきながら答えた薫は、両手の拳を握りしめながら静かに、しかし力強く答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る