第3話 集いし赤い狼達
「向こうに放ったスパイがこの三週間で得た情報を整理して纏めると、やはり本隊が調査していた頃とさして変わらないな……」
MASTER・赤狼直轄部隊サイバー戦略室で巨大モニターを見ながら翼に話しかけていたのは御影だった。話の内容は無論、各地に三週間前に放ったスパイから得られた情報だ。大師からの命令を受けての仕事を続けてたものの、大した変化もないままに無駄な調査になっていた。
「これまでに本隊が蓄積した情報と照らし合わせてみても、やはり大きな動きもない。ホントに怪しい動きがあるのかどうか……」
翼は静かにつぶやいた。
「やれやれ。九州本部から帰還して、早々に雑事を手伝わされんのか? 俺達はよ……」
「仕方ないよ慶介。翼達だって忙しいんだから……」
するとサイバー戦略室に、ぼそぼそと愚痴りながら二十代の長身痩躯で茶髪が特徴的な不機嫌そうな表情の青年と、彼と同じ年程の肥満体の青年が入ってきた。
「悪いな。将也、慶介。九州本部と四国本部から一時間前に帰還したばかりなのに、お前達の手を煩わせてしまう状況になって……」
翼は二人に申し訳なさそうな声で謝罪したが、翼に呼ばれた青年の一人である
「分かってんならそうして欲しかったんだが」
「御影から既に聞いていたのか?」
「ああ。昨日になって連絡が入ってな、一応、粗方のことは聞いたぜ」
「そうか。将也もそうなのか?」
「うん。でも、どんな雑用も、組織の為だからね」
翼に尋ねられた大柄の青年。
「ところで慶介。近畿本部の瀬理名は一緒じゃないのか? 今日にはここに来れるって一昨日メールで言ってたんだが……」
「瀬理名なら八坂達に会いに行くって、赤狼訓練場に行ったぜ。今の時間なら、あいつらもそこで同志達の訓練をしてるはずだしな」
慶介は御影に欠伸をしながら答えた。本人も言ってたが、まだ疲れが抜け切れていないようだ。
「とにかく、長旅ご苦労だった。今日はゆっくり休んでくれ。詳しい業務は明日伝える。瀬理名にもそう伝えておいてくれ」
翼はこう言って二人の長旅を労った。
「分かったよ。じゃあボク達も訓練場に行くね」
「また後でな。翼、御影」
そう言って将也と慶介はサイバー戦略室を後にした。
「しかし、これからしばらくの間はこっちの任務に専念できるが……それ以降は多少大変かもしれないな」
慶介達が出た直後に御影がこんなことを翼につぶやいた。
「これまで暗殺や奇襲といった特殊任務に特化し過ぎた俺達では、ああいった本格的な戦力同士のぶつかり合いとなる戦闘経験の少なさが隙になってしまった」
「今後改善する必要はある。だが何というか、俺達贔屓されてないか?」
「自覚はある。俺も正直この状況はあまり好ましくないと思ってる。純然たる実力で評価されないのは、些かな……」
実力のみならず、そう言った部分で評価されることは決して悪いことではないが、翼としては贔屓などが用いられることは性に合わなかった。
「だが加山様もこの現状を鑑みて、赤狼と本体の連中と合同訓練を企画してくれた。これからの訓練次第で俺達の今後の戦術戦略に磨きがかかると考えれば、そこまで悲観することでもないだろう」
「だな……」
「それで、例の仕事はどうだ?」
「大師様から押し付けられたあれか? まだ片付いてない。各地にはなったスパイからの情報も異常なしだ」
「そうかい。暇つぶしにもならないのか」
「仕事を暇つぶしって考えるなよ、御影」
「悪い悪い」
翼の注意を受け、御影は軽く謝罪した。
「いずれにしても、どんな仕事で在ろうと手を抜かないのは、どんな世界でも当たり前のことだぞ」
「分かってるよ。お前は本当に真面目だな」
そう言って翼の人柄を評価する御影だった。
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「……ってことは、赤狼は本来の任務と一緒に、地方の不穏分子の動きを探ってるのね」
「そうよ瀬理名。今月に入ってから、大師様の指示でそっちの任務も言い渡されたの。ほとんど雑務だけどね。アタシ達の不甲斐なさのせいってのもあるから、文句は言えないけど……」
赤狼訓練場で同志達の訓練を担当している尊を二階の別室から八坂と共に眺めながら、赤狼七星の一人である
「そうなると、これからしばらくは奇襲や暗殺を私達の方から仕掛けるという任務は減るってことになるのかな?」
「その可能性も高いって御影は言ってたわ。各地の拠点防衛に当たらせる戦力も、出来る限り地方の戦力を東京に集中させて、その中から選抜していく方針を固めたわ」
「そうなの……」
瀬理名は目を細めながら飄々とした態度で訓練を取り仕切る尊を眺めた。
「それで、これからの暗殺任務はどこの部署がメインで担当することになるのかしら? 私達が表立って活動し始めるとしても、そっち方面の任務をおろそかには出来ないでしょうし……」
「加山様が言ってたんだけど、最近またプロの暗殺者を雇ったみたい。それもその筋だとトップクラスのやり手らしいわ」
「よくそんな人を雇えたわね……でも、どうしてわざわざ?」
「暗殺任務という観点でウチに匹敵するやり手が見つからなかったらしいのよ。それでやっとこさ見つけたのがその人って訳」
八坂はため息交じりにつぶやく。彼女としてもあまり納得がいかなかったようだ。事実この決定を翼から聞いたときに最も苦い表情をしていたのは他でもない八坂だった。
「でもその分、払ったお金も高かったらしいわ」
「でしょうね。その筋のトップクラスとなれば、それぐらいの要求が叩き付けてきても不思議じゃないわね……」
納得した様子で瀬里奈は頷いた。
「勿論、地方のからも実力者を招集して地盤を固める方針も決めたらしいし、これ以上外部の人間から資金を搾り取られることも無いと思うわ。事実、ここ三日の間に地方から本部に戻ってきたその人とは別のやり手の暗殺者が早速任務に就くらしいし……」
「私もそうであってほしいと思うわ。本格的に東京侵攻を始めたばっかりなのに、半端な形でスタートを切るのは気に入らないわ……」
瀬里奈は顔を俯けながら悔しさを滲ませた声を出した。
最初は笑顔で会おうと思っていた赤狼の面々の現状を聞いて、そういう雰囲気を出せなかったのも大きかったからだ。すると訓練場別室の扉が開き、先程翼達を尋ねた慶介達が入ってきた。
「久しぶりだな、お二人さん」
慶介は久方ぶりに会う八坂と瀬里奈の顔を懐かしむ表情で眺めながらこう切り出した。
「本当に久しぶりね。二人共」
八坂は笑顔で二人を迎え入れた。二年ぶりに会う二人の顔が懐かしく感じたのだろう。その笑顔は安らぎにも似た穏やかさを感じさせた。
その光景を見ていた瀬里奈も、先程までの重々しい表情が失せて微笑んでいるのが分かる。
「久しぶりだね瀬里奈。近畿本部の仕事は全部終わったのかい? 聞いた話だと結構仕事が多くて遅れるって言ってたけど」
「大丈夫よ将也。近畿支部の連中は頼れる人達ばかりだから、仕事は自分達に任せて東京に戻りなって快く見送られたわ」
「そっか。瀬理名らしいね」
朗らかな表情の将也に、瀬里奈は微笑みながらそう言った。支部在籍中、その才能を見込まれて近畿支部長を務め、持ち前の忠勤ぶりが所属構成員達に認められ、近畿支部の錬度向上に一役買った実力を持つだけでなく、将来は法曹界に入る夢を持っていただけあり、法関係の知識も豊富で、当時はそれ関係の仕事でも結果を残していた。
「真面目かどうかはともかく、最初はプレッシャーだってあったわ。それを支えてくれた彼らには感謝してるわ。最も、それでも」
「それを真面目だと思うんだけどな……まっ。そういう謙虚なとこがお前の良さだからな」
慶介もそんな瀬里奈の性格を熟知している為、このようなぶっきらぼうな言葉からも信頼と尊敬の念を感じることが出来る。
「これで二年ぶりに赤狼七星が全員集合した訳だけど……これからいよいよ本格的に僕らも前線で戦う準備に入ることになるんだよね?」
「今月中にも最初の本体との合同演習が始まるわ。この演習には今まで闘気を使えなかった他の隊の同志達への闘気習熟訓練も兼ねてるわ。そうなれば、今赤狼が取り掛かっている任務が終了次第、本体と共に東京侵攻に乗り出すことになるわ」
「聖翼大学襲撃からもう五年半以上経つけど、秒読み段階に入ったって訳だな……」
将也と瀬里奈の会話を聞いていた慶介は感慨深そうな表情と声でそうつぶやいた。赤狼結成当時からこの日を最も待ち望んでいた慶介からすれば武者震いしてしまうのも無理ないことだ。
「だな。でも今日は休ませてくれ。帰ってきて直ぐに仕事が出来るほど俺も将也も体力があるわけじゃねぇ……」
「勿論よ。瀬里奈も疲れたでしょうから、自室に戻って今日はゆっくり休みな」
「そうさせてもらうわ」
「じゃあボクも戻るよ。尊によろしく伝えてね」
「伝えとくわ」
八坂がそう言うと、将也達は訓練場別室を後にした。
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