第3話

 土手沿いで出会った少年・沖田総次と共に帰路について十分。結局同じ道を歩くことになった為、離れることがなかった。やがて二人は、あるマンションの前で立ち止まった。


「……ここ、僕が住んでるマンションだよ」

「……私もよ」


 二人共、同じマンションの住人だった。


「そ、総次君は何階なの?」


 どこか気まずさを覚えた麗華はよそよそしく尋ねる。


「四階。麗華姉ちゃんは?」

「私も四階……」

「じゃあ、そこまで一緒だねっ!」


 すると総次はぴょんぴょんその場で飛び跳ねながら嬉しそうにそう言った。


(はぁ~。もう可愛すぎ♥ マジ天使だわ♥)


 麗華は既に暴走状態であったが、表面上は平静を装って小さく頷き、そのままマンションに入ってエレベーターで四階まで上がった。四階でエレベーターを降りると、総次はやや駆け足で自分の住んでいる場所へ向かう。


「総次君。お姉ちゃんを置いてかないでー!」


 置いてけぼりにされた麗華は慌てて総次を追いかける。すると総次は「沖田」という表札の前のドアで立ち止まっていた。


「ここが総次君の住んでる部屋なの?」

「うん。麗華姉ちゃんは?」

「私はね……あら?」


 そう言いながら麗華は驚いた。何と総次の住んでる部屋は、自分が住んでいる部屋の右隣にあったからだ。


「あ、鳳城院って表札に書いてある」

「総次君、漢字読めるの?」

「うん。国語辞典でそれなりには」

「へぇ。そうなの」


 感心する麗華をよそに、総次は自分の部屋の呼び鈴を鳴らした。


「叔母さんっ! 遅くなってごめんなさい!」

『今までどうしてたのっ⁉ 全くお姉ちゃんを心配させてっ‼』


 するとインターホンからかなり若いキャピキャピした女性の声が鳴り響く。


「ごめんなさいって……」

『今すぐ出るわ』


 インターホンの声が途切れてから僅か五秒後に、総次の部屋のドアが開いた。出てきたのは、やや日焼けした肌にセミロングの金髪を靡かせ、へそ出しのちびTにローライズホットパンツという非常に露出度の高い格好に身を包んだ若い女性だった。露出した下腹部には赤いハートのタトゥーが刻まれていた。


「ごめんなさいっ。愛美叔母さん!」


 総次はぺこりと頭を下げて謝る。


「オバサン? あたしはまだ二十四なのっ! オバサンじゃないのよ!」


 愛美と呼ばれた派手なギャルは、笑顔にやや怒気を含めながら総次の両頬をつねって訂正を促した。


「ご、ごめんなしゃい。まなみねえしゃん‼」


 つねられながら謝る総次。


(こ、この人が総次君の叔母さん⁉ まだ春なのに何なの? この格好……)


 麗華からすれば想像とは違っていた。恐らくは落ち着いて真面目なんだろうというイメージがあったからだ。それがまさかド派手な格好のギャルだったのは、あまりにも予想外だった。


「あら? その娘はだれなの?」


 すると愛美はひっぱいてた総次の両頬から手を放し、その隣で棒立ち状態になっている麗華に目を向ける。


「わ、私、隣に住んでいる鳳城院麗華って言いますっ はじめましてっ!」


 慌てながらも、麗華は努めて丁寧にお辞儀してその場を取り繕った。


「鳳城院? ああっ! この間引っ越してきたお隣さんねっ! お母さんがこの間あいさつに来てたわ」


 愛美は人差し指を立てて思い出したようにそう言った。


「そうだったんですか。父が単身赴任でこっちに来てて、家族みんなで暮らしたいからって先月こっちに来たんです」

「都心の本社からの転勤だったわね。流石は日本有数の大企業の御曹司ね」

「えっ? 日本有数ってどういうこと?」


 話に追いつけていない様子の総次が愛美に尋ねた。


「この娘はあの鳳城院グループ総裁の孫娘なのよ」

「えっ⁉ じゃあ、お嬢様ってこと⁉」


 仰天しながら総次は麗華を見上げる。


「そ、そうなるわね~……」


 当の麗華は気恥ずかしくなり、苦笑いせざるを得なかった。


「その割には……」


 ジトッとした目で麗華を見つめる総次。どうやら大企業の総裁の孫娘にしては随分と簡素なところに住んでいるのが不思議に見えたようだ。それを感じた麗華は簡単に事情の説明を始める。


「鳳城院グループは実力主義の会社で、経営者の子供でも最初は平社員から始まるの」

「じゃあ、麗華姉ちゃんのお父さんは平なの?」

「総ちゃん♥」


 無神経な発言をした総次を、愛美は満面の笑みで睨み付ける。


「ご、ごめんなさい……」


 それを見た総次は顔を引きつらせながら麗華に謝った。


「あはは、大丈夫よ。まあ補足すると平じゃなくて部長かな? 年も四十四だし」


 麗華はまたしても苦笑いした。子供の言うことだからと受け流したのだ。


「ごめんね麗華ちゃん。ウチの総ちゃんときたら時々無神経な時があって……」

「いえいえ、全然大丈夫です。事実ですし」

『麗華? 帰ってきてたの?』


 すると麗華の家のドアから、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。


「あ、お母さん? ごめん。遅くなっちゃったわ」


 麗華がそう言うと、ドアが開いてエプロン姿の女性が出てきた。


「もう、遅くなるなら電話してくれればいいのに、って、あら? 愛美さん?」

「こんにちわー、って、もうこんばんわですね。なんか騒がしくてごめんなさい」

「いいんですよ。それにしても、また今日も結構派手な格好ね」

「総ちゃんが喜ぶのでっ」


 胸を張りながら総次の方をちらりと見る愛美。大きいあまり、ブルンッという音が聞こえそうなくらい胸が揺れた。


「何で僕が喜んでることになるの?」


 当の総次はそうでもなかったようだ。


「本当に仲がよろしいですわね。そう言えば麗華。総次君と一緒に帰ってきてたの?」

「え? あ、まあ、そうね。マンションの前で偶然ね……」

「違います。土手で……」

「あああああ‼」


 総次がそう言いかけたのを大声でごまかそうとする麗華。


「麗華っ 近所迷惑になるわよ?」


 それを麗華の母親はあきれ返りながら諭した。


「ご、ごめんなさい……」

(言える訳ないわ。可愛いから近づいたなんて犯罪者みたいなことをしたなんて……)


 そう思いながら後悔する麗華だが、それが遅いことも分かっていた。


「そうだっ 麗華ちゃん。ちょっとだけウチに寄ってかない? 晩御飯もおごるわ」

「え?」

「だって、どうせお隣さんなんだし、直ぐに戻れるでしょ? ちょっとキミと話がしてみたかったし」

「話、ですか?」

「ああ。お母さんからちょっと話を聞いてね。中々に面白い子だってね」

「は、はぁ、でも……」


 突然の愛美の誘いに戸惑いながら、麗華は母親の方をちらりと見る。


「大丈夫よ。どうせすぐに帰ってこれるんだから。でもくれぐれも迷惑のないようにね?」

「じゃあ、お邪魔します」


 そう言って麗華は愛美にお辞儀をし、そのまま母親と別れて愛美と総次と共に彼女達の部屋に上がった。愛美の後ろを歩いている麗華の視線は、自然と愛美の後ろ姿に移っていた。


(パンツが見えてるし、おしりも半分出てる。こんなエロさ全開の人と一緒に総次君が住んでるなんて、全然イメージ沸かないわ。って言うか、思春期大変そう……)


 そう思いながら歩いていると、愛美の前を歩ている総次が彼女の方を振り返った。


「じゃあ愛美姉ちゃん。晩御飯の手伝いするよ」

「今日は大丈夫よ。今晩は簡単な奴で済ますわ」

「分かった。じゃあお風呂入ってくるね」


 そう言って総次は荷物を抱えて自分の部屋に入っていった。


「パジャマは忘れんなよー。麗華ちゃんの前でお前の裸、見せたくないだろ?」

「あ、当たり前だよっ‼」


 ドア越しに総次はムキになって反論した。


「に、賑やかですね……」

「まあね。土日とか連休になれば、ウチの同僚が一気に来て飲み会になるからね」

「愛美さんって、どんな会社に勤められてるんですか?」

「アンジュ・ブランよ」

「えっ⁉ アンジュ・ブランって、あのアンジュ・ブランですよね?」


 驚きながら答える麗華。無理もないことである。アンジュ・ブランは創業六年目ではあるが、渋谷センター街のギャルや、所謂いわゆるイマドキの女子高生から圧倒的な支持を得ている大人気のファッションブランドだからだ。


「流石に現役女子高生は知ってるわね」

「知ってるも何も、ウチの学校でもその特集をやっているファッション雑誌を見てる子はいっぱいいます」

「えっ? あんたの通ってる学校って雪乃妃女学園でしょ? 結構校則が厳しいって有名な」

「ま、まあそうなんですけど、流石に、姉山までくれば気にしなくて大丈夫ですよ。現に私も、こうやってスカート短くしてますし……」

「そっか、お嬢様学校にも知ってる人がいるなんて嬉しいわ。あたしはそこの設立メンバーの一人なの。元々アパレル関係に興味はあったし、センパイのアドバイス受けて、就職六年目だけど、去年から営業部長をしてんの」

「そうだったんですか。だから総次君を引き取れたと……」

「まあ、その前から蓄えはあったし、子供一人養う余裕もあったしね。身寄りがいなくなったあの子を育てられるの、親戚じゃあアタシ一人だけだったし……」

「他の人達はどうだったんですか?」


 麗華にそう尋ねられた途端、それまでニコニコ話していた愛美の表情が微かに曇った。


「……あの?」

「……いたっちゃいたんだけど、どいつもこいつもロクでもない連中ばっかだったの」

「ろ、ロクでもない、ですか?」

「うん。そんな連中に、総ちゃんの心を汚されたくなかった。だからアタシが責任を取らないとって思ったの。オニイの忘れ形見だし」


 重々しい口調でそこまで語った愛美だが、徐々に曇っていた表情が元の明るいものに戻っていく。


「何よりあたしにとって可愛い甥っ子だからねっ!」


 そして最後は満面の笑みでウインクしながら締めくくった。


「確かに、総次君はとっても可愛い子ですね」

「おや? 初対面から間もないのにもうお気に入りかい?」

「お、お気に入りっていうと……」

「惚れた?」

「ほ、惚れっ⁉」


 愛美のその言葉を聞いた麗華は顔が真っ赤になる。


(た、確かに考えてみれば、あの時私は総次君に一目惚れだったわ。でも出会い方が出合い方だったし、どうしよう~)


 そう考えて頭の中が混乱し始める麗華。すると愛美は少々から買いが過ぎたと思ったのか、


「ああ、ごめんごめん。惚れたってのは言い過ぎだったわね。あの子まだ六歳だし、小っちゃくて可愛い止まりよね~」


 と、とぼけながら謝罪した。


「そ、そうですね。とっても可愛い子ですね。将来が楽しみですし……」

「うんうん。ああいう子は将来イケメンになる可能性大よね~」


 自画自賛と言わんばかりに胸を張って宣言した愛美。一方で麗華は何とか精神的に持ちこたえたという安心感に包まれていた。


(よかった~。何とかショタコンがバレずに済んだわ~)


 そう思いながら、愛美にリビングに案内され、鞄と剣道用具一式をリビングの真ん中に置かれているソファに腰を下ろしながら置いた。


「飲み物は何にする?」

「コーヒーでいいですか?」

「分かったわ。今持ってくるわ」


 そう言って愛美は直ぐにテレビの右隣の棚の上に置かれているコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて麗華の前に置いた。すると総次が自室からバスタオルとパジャマを持って出てきた。


「じゃあ愛美姉ちゃん。お風呂入ってくる」

「ああ。のぼせんなよ~」

「大丈夫だよ~」


 愛美の戯れに少々呆れながら、総次はリビングから見て右奥にある脱水所に入ってドアを閉めた。

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