第2話

「……じゃあ、行くよ」


 先手を取り、少年は麗華に飛び掛かりながら竹刀を振り上げ、麗華に叩き込む。


(あら? 打ち込みもやっぱりいい筋してるわね。でも……)


 だが麗華は少年の打ち込みを竹刀の先で軽くいなす。


「ああっ‼」


少年は勢い余ってその場で転んでしまう。


「あら、随分とあっけないわね?」


 余裕しゃくしゃくな表情の麗華はそう言って少年を挑発する。だが内心では……。


(ああっ! ケガしてないかしら? どうしよう……)


 と、この調子だった。


「まだまだだっ‼」


 少年は即座に立ち上がって竹刀を構え直し、今度は麗華の胴を狙って横なぎを放つ。


「いい太刀筋だけど、見え見えよ?」


 それも麗華の前では通用せず、竹刀で軽く受け止めてしまう。


「くっ……‼」


 悔しそうな表情で麗華をにらむ少年。


「とても剣道歴半年とは思えないくらい筋がいいわ」

「何それ? イヤミ?」


 苛立ちながら言い放つ少年。


「そんなことないわ。あなたが強いのはここまでで十分分かるわ」

「たった二回で?」

「ええ。私にはそれが分かるの」


 そう言われながらも少年は竹刀に込める力を強める。麗華には少年がムキになっていることも分かっていた。だからこそ麗華は少年の力を利用し、巧みな竹刀捌きで総次の竹刀をはじき落とした。


「しまった‼」


 だが少年は素早く落とした竹刀を拾って離れ、麗華と再び間合いを取った。


「あら、結構素早いのね?」

「攻撃を受ける隙を作らない為、そしてすぐに次の攻撃を打ち込む為に速さを身につけたんだ。結構自慢なんだ。足の速さは」


 そう得意げに語る少年に、麗華は微笑んだ。


(得意げに話す姿も可愛いわ♥)


 考えること自体はさして変わらなかった。とは言ってもそこに油断の二文字は微塵も感じられない。


「こうなったら、今開発中の新技で一気に仕留める」

「新技?」

「そうっ! これでも僕、剣道の基本的な動きとか構えとか打ち込み方とか、そういうのを自分で勉強してるんだ。そこから自分なりにアレンジして、必殺技を作ってるの。これから見せるのはその一つ」

「へえ、じゃあ見せて頂戴。その必殺技」


 興味を惹かれた麗華はそう言いながら改めて竹刀を構え、その直後に少年は真剣な表情になりながら竹刀をしっかり構える。


(構え方も体勢も中々しっかりしてるわね。どんな技かしら?)

「……行くよ‼」


 そう言うや否や、少年の姿が麗華の視界から消える。


「えっ⁉」


 突然のことに驚いた麗華だが、その直後、頭上から気配が近づいてくるのを感じ、空を見上げた。すると少年は麗華の頭上を取って竹刀を振り上げていた。その高さは軽く五メートルを超えていただろう。


(あ、あんな高さまで⁉ なんて子なの⁉)


 当然の如く常識外れの跳躍力を見せた。


「食らえぇ‼」


 頭上から落下してくる少年。大きく振りかぶった竹刀が、麗華の頭上に襲い掛かる。


「あっぶな~い!」


 麗華は間一髪のところで竹刀を頭上に構え、足腰にも力を入れて少年の力を受け止める。その時麗華は、少年の一撃の重さに驚かされた。


(なんて力なの……‼)


 内心で少年の力に舌を巻きながらも、足腰の反動を使って彼を弾き飛ばす。少年は着地しようとしたが、ややバランスを崩しながら不安定な体勢となり、膝をつきながら不時着した。


「くっ……‼」

「大丈夫?」

「このくらい、平気だよ」


 少年は強がりながら立ち上がったが、彼の右の膝小僧からは血が微かに流れ出ていた。


「血が出てるわよっ⁉」


 それに気づいた麗華は少年に対してそう声をかける。だが少年の態度はかなり不愉快を見せていた。


「大丈夫だって言ってるでしょ‼」


 少年はそう言いながら麗華目掛けて突撃する。


「痛っ‼」


 だが、やはり右膝の怪我が響いたのか、麗華の十歩手前まで接近した途端、その場にうつ伏せに思いっきり倒れてしまった。


「君っ‼」


 竹刀を投げ捨てながら少年に駆け寄る麗華。


「大丈夫だって、何度言わせる……」


 少年がそう言いかけたその直後、麗華は少年を優しく抱きしめる。


「強がりも度が過ぎると、取り返しのつかないことになるわ」


 背中を撫でながら、優しい口調で反論する少年を宥める麗華。


「ごめんね。無茶させちゃったわね……」


 そう言われた少年の眉間に寄っていた皴が取れていき、それに比例しておとなしくなっていった。


「さ、手当てするわ。歩ける?」

「……うん」


 小さく頷きながらそう言った少年は覚束ない様子で立ち上がり、自分と少年の荷物を手に取った麗華に連れられて土手の斜面に向かい、二人で並んでそこに座った。

 麗華はバッグの中から綿棒と消毒液と絆創膏を取り出し、綿棒に消毒液を垂らして少年の右膝にポンポンと塗り始めた。


「大丈夫? しみない?」

「大丈夫だよ……!」


 強がりを言う少年だが、やはりしみたのか、目元が潤んでいる。そして麗華はそれを見逃さなかった。


(全く、こんな時まで強がらなくてもいいのに……)


 そう思いながら麗華は微笑み、仕上げに少年の膝小僧に絆創膏を貼った。


「はい。これで大丈夫よ」

「ありがとう」


 少々照れくさそうに礼を言った少年に、麗華はにこにこ微笑んだ。


「……悔しいな。せっかく仕留められると思ったのに……」

「そうね。直撃したら流石の私もどうなってたか」

「何それ、やっぱりイヤミ?」


 そう言ってむすっとする少年。


「本気よ。それで、さっきのが君の必殺技?」

「うん。天狼って言うの」

「てんろう?」

「天使の天に、狼って書いて天狼って言うんだ。僕の我流剣術の技の一つなの」


 嬉しそうに胸を張って自慢し始める少年。


「我流剣術?」

「うん」


 そう言って立ち上がり、少年は両手でジェスチャーをしながら説明を始める。


「僕の我流剣術には、まだ開発中の技とか、アイディアのままの技がたっくさんあるんだ。今はそれを全部足すと、十個はあるんだ!」

「そんなにっ⁉ 凄いわね。でも、まだ半年ってことは道場でようやく打ち込みを始めた頃じゃない? そんなに勝手にやっていいの?」

「大丈夫。道場で習うことはある程度予想してたし、本とかで基本的な動き方とか打ち込む場所とか、そういうのを勉強したし」

「道場の人に内緒で?」

「だって、練習試合はともかく、いつまでも公式の試合をさせてくれないなら、自分で勉強しないと何ともならないし、それならって」

「そ、そうなの……」

(でも、さっきまでの様子を見てると、確かに自分で勉強してるからこその動きだわ。粗削りではあるけど……)


 麗華は少年の気迫に圧倒されながらも内心で冷静に驚いていた。


「でも、まだ歳の関係で許されてない技もあるから、それはしっかりと道場で勉強してから開発する予定なんだ」

「それってもしかして、突き技?」

「うん。危ないからダメだって言われてるの。一応その技のイメージもあるんだけど、実戦では封印してるんだ」

「そうなの……」


 微笑みながらそう言う麗華。すると麗華は、少年の目が虚ろになり始めているのを見て取った。


「キミ、ひょっとして疲れちゃった?」

「そ、そんなことないよ……」


 強がりを言う少年だが、徐々に瞼が閉じ始めていた。


「あんなに戦ったの、初めてだった?」

「……うん」


 小さく頷く少年。珍しく素直だった。すると麗華は、その場で正座をしてそこに少年を手招きで誘った。


「……なに?」

「膝枕。いや?」

「それは……」


 頬を赤らめて照れくさそうにする少年。


「じゃあ、やめちゃおっかな~」

「いや、いやだっ!」


 少年はそう言いながら改めて麗華の隣に座り、ゆっくりと横になりながら彼女の太ももに頭を乗せた。


「どう?」

「柔らかくて、あったかい……」

「そう? 嬉しいわ」


 少年の感想に頬を赤らめながら喜ぶ麗華。すると少年は、そのまま麗華の太ももに顔を埋めていく。麗華はそんな少年の顔をぷにぷにと指でつつき始めた


(はぁぁ♥ この子のほっぺ、ぷにぷにつやつや❤ もう、堪んない♥)


 内心で少年の感触に感嘆する麗華。到底言葉に出来ないことは自覚していたが、衝動だけは押さえきれなかった。すると少年は太ももに埋めていた顔を麗華の方へ向ける。


「ねぇ。お姉さんに聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なぁに?」

「……ピンクが好きなの?」

「えっ?」

「さっき打ち合ってたとき、見えた」

「見えたって、まさか……」


 少年の言わんとしていることを察した麗華は、急に恥ずかしがりながらスカートの裾を摘まむ。


「そんなにスカート短くしてあんなに動いてたら、見えない方がおかし……」

「あああああ‼」


 羞恥心から総次の声を遮るほどの大声で叫ぶ麗華。


(スカート短くするんじゃなかったー‼)


 後悔する麗華だが、既に遅いことも自覚しており、尚のこと恥ずかしさが増していった。


「それに、太ももに顔埋めようとしたときも見えた」

「マジッ⁉」

「だから、こんなに短いんだから見えない訳ないでしょ? それも結構派手な柄だっ……」

「あああああ‼」


 叫びながら少年の口をとっさに塞ぐ麗華。


「むぐっ⁉ むぐむぐむぐ‼」


 当然、何かを言おうとした少年の言葉は、麗華の両手で封じ込められてしまった。


「あっ‼ ごめん」


 それに気づいた麗華は少年の口から両手を放した。


「ま、全くっ、そうなるくらいならもっと長くすればいいのに……‼」


 呆れながらそう言った少年に、麗華はより恥ずかしがる。


「だ、だって~‼」

「どうせ、可愛いから短くした、とかでしょ?」

「ど、どうしてそれをっ⁉」

「一緒に住んでる叔母さんが言ってたの。年頃の女子高生はミニスカートにするのが可愛いって思ってるって」

「そ、そうなの? 叔母さんがね……」


 そう言いながらも、どうしても恥ずかしさを拭えない麗華は戸惑いを隠せなかった。


「……それとさ」


 すると再び麗華の太ももに後頭部を置いた少年が、いまだ取り乱している麗華に尋ねた。


「なに?」

「お姉さん、名前なんて言うの?」

「な、なまえ?」

「突然後ろから来て、名前聞いてなかった」

「そうだったわね。でもその前に、君の名前を聞かせて?」

「僕の?」

「うん。人に名前を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀なのよ?」


 ウインクしながらそう言う麗華に、少年は「確かに」と言わんばかりの表情で頷いた。


「……総次。沖田総次っていうの」

「沖田総次。いい名前ね。私は鳳城院麗華っていうの」

「ほうじょういんれいか……綺麗な名前だね」

「ありがとう、でもキミの名前って昔の侍の名前とおんなじね」

「一字違いだけどね。新選組の剣豪みたいに強い子供になってほしいって、父さんがつけてくれたの」

「そうなの。そう言えば、家に叔母さんがいるって言ってけど、親戚の人と一緒に住んでるの?」

「……」

「総次君?」

「父さんと母さんは、二年前に死んだよ。事故でね」

「えっ……?」


 衝撃的な告白に言葉を失う麗華。そんな麗華をよそに、総次は話を続ける。


「その時、母さんと僕も一緒だったんだ。高速道路で別の車と正面衝突して……後ろに座ってた僕だけが助かったの。で、父方の叔母さんが僕を引き取ってくれたの」

「そ、そんなことがあったなんて……」


 詳細を聞いて一層暗くなれる麗華。非常に申し訳ないことを聞いてしまったという罪悪感も襲い掛かっていた。だがその流れを斬るように総次はこう話を続ける。


「でも、叔母さんは僕にすっごく優しくしてくれるし、剣道だって、やりたいって言ったら道具を揃えてくれたし、道場も紹介してくれたし、本当に感謝してる」

「キミの為にそこまで……凄い人ね。その人」

「うん……」


 総次はしみじみと語りながら麗華の太ももを両手で撫でた。よほど感触が気にいったようだった。


「あっ、もうこんな時間!」


 そうしていると、突然麗華は腕時計が示す時間を見て驚く。既に午後六時を回っていた。空を見ると、沈みかけていた太陽が七割以上も沈んでおり、空には星がぽつぽつと見え始めていた。


「いけない。そろそろ家に帰らないと、叔母さんが心配するし……」

「そう言えば総次君、学校終わったのっていつくらい?」

「三時過ぎ。でもその後すぐに道場での稽古があったから、そのまま帰れば五時くらいには帰れるの」

「家まで一人で帰れる?」

「それは大丈夫。こっから北に歩いて歩いて十分くらいのとこのマンションにあるから」

「あら偶然。私の住んでるマンションもそのくらいのとこよ」

「じゃあ、途中まで一緒?」

「そうなるわね」

「ん~どうしよう……」

「じゃあ、一緒に帰る?」

「うん。もう遅いし、一人で帰るのも不安だし」

「あら、結構素直になったわね?」

「お姉ちゃんの膝枕がすっごく気持ちよかったからかな」


 総次のその言葉通り、先程までのどこか生意気な態度は消え失せ、太陽のような満面の笑みを浮かべていた。


「そう言ってもらえると、お姉ちゃん嬉しいわ」

「うん。ありがとう。麗華姉ちゃん!」

「れ、麗華姉ちゃん⁉」


 満面の笑みで、突然総次にそう呼ばれたことに驚く麗華。


「うん。なんかそんな呼び方をしてみたくなったの。変、かな?」

「そ、そんなことないわっ‼」


 不安そうな表情で尋ねる総次に慌てて否定する麗華。


(最っ高‼ こんな可愛い子にそんな呼ばれ方されるなんて、もうどうなってもいいわ♥)


 表情ではごまかしていたが、麗華の心はバラ色だった。


「じゃ、じゃあ、一緒に帰りましょ」


 そう言いながら荷物を手にしながら麗華は立ち上がり、総次も土手に置いていたランドセルを背負い、剣道用具一式を手に立ち上がった。


「麗華姉ちゃん。思ったんだけど、そのミニスカート考え直した方がいいと思うよ」

「だ、大丈夫だって‼ 今度は気を付けるっ‼」


 ムキにりながら反論する麗華。そんな麗華を総次はニコニコしながら眺めるのだった。

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