第9話 波乱のスクランブル交差点

 MASTER渋谷第三支部のある渋谷スクランブル交差点は、既に激戦の渦中だった。事前に避難勧告を出して対応して市民の問題は解決したが、それでも戦いは続いていた。


「本当にしぶとい女ね~。そんなしつこいと婚期を逃すわよ♥」


 三上アザミは先程から十分以上に渡り、勝枝の十字槍と激しい打ち合いを展開していた。その後ろではアザミ達が率いてきた部下達が支部の入口に繋がっている「ホットバンカー」という店を守っている。


「余計なお世話よっ‼」


 勝枝もまた、アザミの苛烈かつ的確な攻撃を凌ぐのでやっとだった。


「あんた達にやられた同志の為にも、絶対にここは落とさせないわ‼」

「いい気迫ね。でも、勢いだけじゃ私は倒せなくてよ?」


 八坂と相対していた長棍の女性こと紀子はそう言いながら、再び得物を構えた。


「ったくっ‼ MASTERの女にはしつこい奴しかいないのか⁉」

「お互いさまでしょ? こういう戦いはしつこく攻めた方が勝つのよ♥」

「何色気づいた声出してんのよっ‼」(十字火炎撃‼)


 アザミの言葉にカチンとし、勝枝はこめかみに血管を浮きだたせ、そのままの勢いで炎を纏う十字槍でアザミに一直線に斬り込んだ。


「アハッ! キレたキレた♥ そんなに顔に皺を寄せまくったら、皺が増えて大惨事よ?」

「うるさいっ‼」


 勝枝は頭に血が上がり、炎の十字槍による連続突きを繰り出しながら後ろに押し込む。


「そんなんであたしを倒せるって、マジで思ってんの? ウケるんですけど~」


 ひたすら勝枝に挑発を続けつつ、風のバトンで勝枝の炎の突きをいなし続けているアザミは、そのまま長棍の女性にも向かって行った。


「八坂~。倒しやすくしといたから、あとよろしく~♥」

「ありがとよっ!」


 八坂はアザミの指示を受け、紀子から離れて十字槍の女に向かって行った。


「勝枝ちゃんをからかい続けて満足かしら?」

「満足満足ぅ~♥ ああ、ごめんなさいね。 オバサンのこと無視しちゃって♥」


 アザミは右目でウインクし、風のバトンによる一撃と共に女性に言い放った。


「オバサンね……もう私もそう言われちゃう歳なのかしらね~」


 心なしか「オバサン」と言われた女性の声にドスが利きはじめた。そして手にしている長棍にも先程までとは比較にならない量の鋼の闘気が流し込まれ、流麗な紫色の本隊が徐々に灰色に染まっていった。


「あら? キレちゃった~♥」


  紀子はアザミに突進しつつ、極限まで硬質化させた長棍でアザミへ攻める。アザミはバトンに纏わせていた風の闘気を解き、攻撃が当たる瞬間にバトンに鋼の闘気を流し込んで防いだ。


「いい年した大人の女性が情けないですよ~♥」

「……悪い子ね♥」


 立て続けに挑発を続けるアザミに対し、紀子は笑顔で言った。だがその目は全く笑ってない上に、勝枝以上にこめかみに血管を浮き出させていた。


「それっ‼」


 アザミは紀子の長棍の衝撃が伝わった瞬間に身体を一回転させ、攻撃を加えんとする。


「ご心配なく。これでも私……」


 紀子が小さく、かつドスの利いた声でそうつぶやくと、手にした長棍でアザミのバトンを防ぎ、その勢いを上乗せしつつアザミの背後を取った。


(硬防乱‼)

「きゃああっ‼」


 背中に自身の攻撃の勢いを上乗せした強烈な打撃を受け、そのまま後ろに十メートル以上吹き飛ばされたアザミ。その時の踏み込みで、アスファルトに半径二メートル程のクレーターが出来た。


「反射には自信があるの♥」


 攻撃を受けてダウンしたアザミを見下ろしながら色っぽい声で言い放った。


「アザミっ その女を甘く見ないことよ‼ あいつの反射技は新選組モドキで断トツの精度を誇ってるわっ‼」


 炎を纏う十字槍を振るう勝枝と打ち合う中、八坂はアザミが吹き飛ばされた場所を見ながら遅い忠告をした。


「……忠告ありがとう。でにあたしのお気にいりの服をこんなに汚して……ただで済むと思ってんの?」


 アザミは吹き飛ばされた衝撃と土煙によって汚れた服を指さし、その上自分に強烈なカウンターを食らわせた女性を睨みながら言った。


「私を怒らせるようなお痛をするような悪い子には、丁度良いお仕置きだわ♥」


 長棍の女性のその言葉を聞いたアザミは、バトンに夥しい量の風の闘気を纏わせて女性に突進し、女性に向かってバトンをしならせた。


「マジで殺すから♥ オ・バ・サ・ン!」

「……これはもっとお仕置きが必要かしら……」


 あまりの挑発に、紀子は呆れた表情で長棍を構え、アザミの攻撃を防いだ。

その時だった……。


(飢狼‼)


 アザミ目掛けて一直線上に光の闘気の奔流が襲い掛かった。


「笠原さん‼ 本島さん‼」


 遠くからバイクに乗った総次が猛スピードで近づきながら突きを繰り出していた。アザミと八坂は少年を見て驚きを隠せなかった。


「八坂‼ひょっとしてあいつが?」

「ああ。どうやらあいつだよ!」


 総次はヘルメットを外して帽子をかぶりつつ、二人に合流して刀を構えた。


「ご無事で!」

「総次⁉」

「そいつだけじゃねぇぜ‼」


 驚きを隠せない様子の勝枝の視界に、翔率いる陽炎の姿も入ってきた。


「やっとか……」

「副長さんから直ぐにここに来るようにって言われてな」

「じゃあ新宿の方はもう……?」

「それは後で……拠点の入り口は分かってる。俺ら陽炎でそこを突破する‼ ここの敵は頼むぜ‼」

「勝枝ちゃん。今はここを制圧することだけ考えましょう!」


 紀子は翔の言葉に賛同しながら、鋼の闘気を流しこんだ長棍を構えた。そして総次もまた、自身を見つめる二人の女性と対峙した。


「間違いない……」

「八坂……あの子はあたしにやらせてくれる?」


 にやにやしながら総次を見つめていったのはアザミだった。


「……分かったわ。でも油断しちゃだめよ」

「もちっ♥ そっちの二人は任せたわよ~!」

「お前達にはあの四人の相手を任せるわよ‼」

「「「「「了解‼」」」」」


 八坂の命令にそう答え、攻撃を開始する部下達。一方アザミは風のバトンを振るって総次に突っかかってきた。それに即応した総次は刀に雷の闘気を纏わせて防ぐ。


「ねぇキミ。翼と互角にやり合ったんだって?」

「……」

「ちょっとはおしゃべりしないの?」


 相変らず不愛想にアザミのバトンをいなす総次は、直後に隙を突いて彼女の後ろを取った。


(尖狼‼)


 闘気を雷から風に切り替えて放った尖狼によって生み出された三十三の風の槍が、アザミの背中目掛けて襲い掛かった。


「二度も背中は取らせないわよ♥」


 振り返ったアザミは風のバトンで風の狼達を次々と打ち消し、そのまま総次に突撃し、総次の背後をとった。


「さっきのシ・カ・エ・シ♥」


 アザミが風のバトンで総次の背中に斬りかかろうとした瞬間、総次の姿がアザミの視界から消えた。


「どこ行ったの⁉」

「アザミ‼ 上っ‼」


 八坂の叫び声を聞いて上を見たアザミ、すると総次は七メートル以上の高さから刀に纏う闘気を風から雷に変え、そのまま斬り掛かる。


(天狼‼)


「あたしも簡単にはやられないわよ♥」


 アザミは総次の天狼を落下地点から斜め後ろに飛んで躱し、そのまま総次に向かって風のバトンを振るう。


「これでどう♥」


 総次目掛けて襲い掛かる風のバトンだが、彼はその軌道を見極め、鋼の闘気で硬質化させた小太刀を左手に持って身体を半回転させて弾く。


(餓狼‼)


 その勢いのまま、刀に炎を螺旋状に纏わせて突きを繰り出した。


「ヤバッ……‼」

「やらせるかぁ‼」(虎爪滅却‼)


 すると少し離れた場所で紀子と勝枝相手に打ち合っていた八坂が二人の攻撃をやり過ごし、総次の飢狼を鉤爪を振るって発生させた風の刃を飛ばして相殺した。螺旋状の火炎と風の爪の衝突で巻き起こった爆風と土煙が、スクランブル交差点全体を包み込む。


「八坂……」

「翼が言った通りだわ……少しの気の緩みが命取りになりかねないわ……」

「……ますます食べたくなっちゃうじゃない……♥」


 そう言うアザミの頬はうっすらと紅潮していた。


「でも油断しないでよ……」

「分かったわ。助けられた分はしっかり返すわ」

「頼むわよっ‼」


 八坂はそのまま、土煙の中の紀子達に再び襲い掛かった。だが既にアザミが周囲を見渡しても総次の姿は無かった。


「どこにいるのかしら……♥」


 頬を紅潮させてバトンを振り回しながら周囲を見渡すアザミ。


(狼牙‼)


 すると総次は土煙に紛れてアザミの背後を取り、抜刀した刀に風を纏わせた居合切りを繰り出す総次。


「あっぶなーい!」


 寸でのところで交わしたアザミだが、そのキレと勢いは脅威だったようであり、冷や汗をかいていた。


「随分としつこいですね……」

「気に入った男の子は最後まで狙う……それがアタシのモットーなのよ♥」

「だったら……」


 そのまま総次は刀に水の闘気を纏わせ、超高速の三十三連突きを繰り出す。


「二度とそれが出来ないようにするまで……」(尖狼‼)


 尖狼と共に、三十三の氷柱が一斉にアザミを襲う。


「やってご覧? 出来ればだけど♥」

「出来る……」


 バトンに風を纏わせて氷柱を砕きながら総次に向かうアザミ。総次も刀に纏わせる闘気を水から炎に変えて激突しようとした。その時だった……。


「何……?」


 突如ホットバンカーの入口から爆発が起きた。


「どうやらあなた達の負けのようですね……」

「まさか……?」


 アザミは唖然とした表情で立ち尽くした。


「今のってまさか……」


 紀子と勝枝を相手にしていた八坂は、爆発が聞こえた方向を振り向いてつぶやいた。


「あの子達がやってくれたようね……」


 紀子は流麗を構えて八坂を迎え撃つ体勢を取りながら言った。


「お前ら……‼ アザミー‼」


 そう言って八坂はアザミのいる方向へ向かっていった。


「逃がしちまったか……」

「大丈夫よ、勝枝ちゃん。それに任務は成功したわ」

「ですね……」


 紀子の話を聞いた勝枝は、面を伏せながらつぶやいた。


「やるわね。アタシ達の隙を突くなんて……」


 アザミはどこか感心した様子で総次に言った。


「アザミ‼ 無事か⁉」

「アタシは大丈夫よ……」

「そっか……してやられたわ……‼」

「そのようね……」


 二人はそう言って総次を見た。と言っても八坂の方は睨んだと言った方が正しいだろう。


「任務失敗だ……帰還するわよ……」

「分かったわ……」


 そしてアザミは再び総次を睨んだ。


「次こそは……‼」


 そう捨て台詞を吐き、八坂達はその場から去っていった。


「総次―‼」


 勝枝と紀子が総次に駆けつけた。


「大丈夫? 総次君」

「問題ありません。それよりも陽炎は……?」


 総次が「ホットバンカー」の入り口に目を向けると、既に陽炎の面々がこちらに向かっていた。


「やっぱり凄いわ。お前達は……」

「拠点制圧は、俺達の得意分野ですからね!」


 勝枝の称賛の声に元気よく答えたのは清輝だった。


「さっきの連中は何処に行ったんですか?」

「撤退したわよ。流石に状況を不利と見たようらしいわね」

「引き際が分かってやがりますね……そういうやつらが一番怖ぇもんですぜ?」


 紀子の報告を聞いた翔は不安そうな表情で言った。


「沖田君、大丈夫か?」

「問題ありません」

「流石ですね……」


 哀那は無用な心配をしたようだと考えたのか、素直に彼の活躍を称えた。


「それで、大師討ちには連絡したんですか?」

「さっきアタシがした。心配ないわ」


 清輝の質問に勝枝は胸を張って答えた。


「じゃあ俺達もそろそろ……」

「だな……」

「私達も同感だわ。一緒に本部に戻りますか?」

「まあ、俺らも本部に向かうように言われてるからな……宜しくお願いします」


 そう言って陽炎は自分達が乗ってきた車まで戻り、紀子と勝枝も自分達が乗ってきたバスに乗り込んだ。そしてそれに続き、総次も自分のバイクに乗って本部へと向かうのだった。

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