第5話 沖田総次との思い出
「精が出るな、翼」
「御影か……」
赤狼エリアの訓練場で特訓していた翼に、タオルを手にした御影がやって来た。
「またアレの修業か?」
「ああ。初めて使ってもう四年。時間の都合で修業がしにくくなって二年だが、ようやく時間が取れた」
「それで、負担と持続時間はどうだ?」
御影に尋ねられながら投げ渡されたタオルで頬を伝う汗を拭う翼。
「短時間なら負担も軽いが、まだ使い時は見極める必要がある」
「完全な会得には至ってないか」
「出来ることなら早くものにしたいが……」
「焦んなよ。あの力は無理に使おうとすると身体に負担が掛かるし、下手すりゃ心臓が持たない。ただでさえあの力に覚醒してから、お前の闘気量は段違いに増えて、最近になってそれにようやく慣れたってとこなんだから、気を付けろよ」
「分かってる。だがいつまでも会得が出来ないと、今後の戦いに響く」
「まあ、無茶すんなよ。それとだ、警備の手薄い支部への構成員の派遣が今朝がたで八割完了した。今日中に全て完了するだろう」
「なら取りあえずは一安心か……」
「だな。ところでだ、そろそろ教えてもらいたいんだが……」
「何だ?」
「とぼけやがって。例の黒い羽織の奴。お前が総次って言ってた奴のことだよ。奴がお前の言ってた天才児で、しかも新選組モドキにいるとは驚いたよ。でも、俺以外の赤狼七星には一度も話してないのはどうかと思うぞ?」
「話す機会がなかったからだ……」
刀を振り続けながら、翼は話し始めた。
「俺があいつと初めて会ったのは、小学校六年の時だった。当時俺は、別の小学校からあそこに転校してきたんだ」
「そういえばお前、六年に上がる前に交通事故で両親を失って親類の大師様のとこに来たから、随分と速い時期に会ったんだな」
「それで、その時のクラスメートの一人が総次だった」
翼は懐かしさを声に含みながら話を続ける。
「あいつは周りと群れない一匹狼で、他の連中が校庭で遊んだりクラスメートと話していてもその輪の中にいないし、基本的には本を読んでるか勉強してるかで、根暗な印象があった」
「それがお前と仲が良くなったのには、どういう経緯があったんだ?」
「転校生歓迎会で俺が剣道をやってるって知ったら、帰り際に俺に挑戦状を叩きつけてきたんだ」
「ほぉ……」
興味深そうな表情で声を漏らす御影。
「あまりにしつこかったから、仕方なく受けたよ」
「結果は?」
「ワンサイドで俺の勝ちだった」
「まっ、お前と戦って勝てる奴なんて、そうはいないからな」
翼の強さを知っている御影は納得した様子で頷く。
「だがあいつは倒れても何度も立ち向かってきやがった。あの執念深さには恐れ入ったよ」
「てことは、何度も戦ったのか?」
「その時と、卒業して引っ越す前の二度だ。けど、何度叩き潰されても決してあきらめないで立ち向かってきて……いや、懐かしいもんだ」
「そっか……んで、その傷はいつ付いたんだ?」
「その二度目の試合の時だ。もっとも、あいつが気絶直前に風の闘気で付けた一撃で、本人ですら自分がやったと思っていなかったがな」
「じゃあお前は常に沖田総次の先を行ってたんだな」
「だがそれ以外では、俺はあいつに一度も勝てなかった。何しろ小学校六年であらゆる分野の大学教授の論文も理解できてたし、学校のカリキュラムがあいつに全く追いつかなくて、先生達も頭を抱えてたぜ」
「なるほどね。じゃあそっち方面では、お前はずっと黒星だったのか?」
「俺が勝てたのは結局剣道だけ。それ以外はあいつが全部……追いつこうとしても猛スピードで距離を広げてよ。組織に入ってからも、あいつみたいになんでも出来たらって何度思ったことか……」
「お前でも嫉妬することがあるんだな……」
「ああ。だがお前達と出会って、自分の出来ることと出来ないことを見極め、出来ることの中で最大限に力を出すことの大切さを教わった。その意味でもお前らに感謝してる」
「そういつはどういたしまして」
翼の突然の感謝に、御影は多少照れ臭くそう答えた。
「それで、小学校を卒業してからの交流はあったのか?」
「いや、あれから互いに別々の中学に入学したから、それ以降は直接会っていない。せいぜい雑誌のインタビューで何度かあいつの記事を見たことがある程度だ」
「インタビューって、あいつはそんなに有名なのか?」
深い関心を抱いた様子で、御影は更に尋ねた。
「月刊ジュニア剣道っていう雑誌で、あいつの通っている中学の剣道部の特集記事が何度か組まれた時があってな、三年の時の全国大会で優勝した時のヒーローインタビューであいつが取り上げられていて、中学や高校の剣道界では知らない奴はいない存在だった」
「しかし高校に入ってから一切分からなくなった……」
「ああ。高校入学以降も、全国で活躍が期待されていた選手だっただけに、高校剣道界の落胆ぶりは相当だっただろうな。俺もあれからあいつがどこで何をしてたのかは知らない」
翼は俯きながら残念そうな声を出した。彼としても、自分に二度も挑み、諦めずに食らいついた総次のことはなんやかんやで気になっていたのだ。
「それについては、あの後ちょいと部下を動かしておおよそ調べて分かったことがある。あいつはどうやら、南ヶ丘学園に通っていたようだ」
翼のそんな様子を見た御影は、調査した総次の略歴についてタブレットを片手に話し始めた。
「それは確かな情報か?」
「直接的な情報は得られなかったが、それ以外の情報を集めたら、その可能性が高いってことが分かったよ」
「あそこは中高大一貫の女子高だったはずだが、まさか闘気の……」
「恐らくな。奴が混沌の闘気の持ち主であるからして、今となってはごく少数となった闘気の研究施設を兼ねた学園の一つである南ヶ丘学園で、闘気の使い方の習熟や研究への協力の為に通わされたんだろうな……」
「闘気の研究が本格的に始まったのは半世紀程前だが、多くの学者が『歴史的根拠がない』だの『科学的にも非現実的で証明不可能な机上の空論』と言って無視されてきた存在。それを行っている数少ない研究機関を抱え、しかも全ての研究機関で混沌の闘気の研究を一番積極的に行っているのが南ヶ丘学園。なら、総次が入学させられたのも無理ないって訳か……」
翼は長年の疑問が氷解したのか、かなり納得した様子を見せた。
「しかしそう考えると、沖田総次は随分運の良いというか、他の男達の羨ましさと嫉妬心を掻き立てる男だな……」
「は?」
御影が突然つぶやいた言葉に、翼は気の抜けた声を出した。
「だってそうだろ? 南ヶ丘学園のある常島は、年間平均気温が三十度前後はある地域だ。となれば当然……」
「露出の激しい女が極めて多いと?」
「その通り。思春期男子からすれば楽園のような場所だ。大抵の男なら興奮が収まらないだろうな。そこに三年間もいたっていうことは、相当あいつも女にガツガツ……」
「それはないな」
自分の妄想を翼にポーカーフェイスで一刀両断され、拍子抜けする御影。
「あいつは元々恋愛には疎い、と言うより全く興味を示さなかった」
「鈍い奴なのか?」
「鈍いというより、女のだらしなさを思春期前に知って、夢を見なくなったって言うのが正しいだろうな」
「夢を見なくなった?」
翼の話に、御影は首を傾げた。
「あいつは四歳の頃に両親を事故で亡くして、それからは父方の叔母に引き取られて育てられたんだ。だがこの人がかなり若い上に結構服装が露出過多で、おまけに私生活がちょっとだらしなくて、俺が転校してくる前から家事を総次が手伝うことが多かったらしいんだ」
「ほぉ……」
「その上、週末になると、家に叔母さんの仕事仲間の女性が集まってはどんちゃん騒ぎ。夏場になると薄着になって総次に絡んできたりしてたみたいで、あいつからすれば散々だったらしい」
「その様子だと、その人と面識があるみたいだが……」
「ああ、初めて会った時は驚いたぜ。服は基本ダメージ加工で際どいし、夏場になればへそ出しが基本だ。その上総次の話では、夜は全裸でうろつかれて迷惑だったとさ」
「それを思春期前からずっととなると……確かに夢を見なくなるだろうな」
そう言って力の抜けた声を出す御影を、翼は微笑ましそうに眺めていた。
「にしても、よく笑っていられるな。これからは俺らの前に立ちはだかる敵になるってのに……」
「だからだよ。これからはもうあいつの話題で笑えなくなる。今のうちに笑っておこうと思っただけだ」
「そっか……」
「今の総次は、少なくとも俺や第一・第二師団の団長でも制するのは容易いだろう」
「今の? 今のって一体……」
「……二度戦っただけだが、あの時、あいつの中になんか、言葉では言えないおぞましいものを感じ取ったことがある」
「おぞましいなにか?」
「この間会った時のあいつは剣術こそ上達してたが、俺がMASTERにいたという事実を受け入れられずに動揺して動きが硬かった。だが最後の一撃だけはどこか違った。六年前に感じた、あの時のおぞましさに似ていた……」
「考え過ぎって可能性もあるんじゃないか?」
「だといいがな。いずれにしても、今後も新選組モドキと警察の動きには要警戒だ。特にこの間の永田町と霞が関の一件から捜査の目も厳しくて組織全体として動きづらくなっている。満足に動けるのは俺達だけだと思った方が良いだろう」
「分かってるよ、翼。各地の新選組モドキ以外の反乱勢力の調査も、多少は本腰入れる必要があるだろうし……」
「頼んだぞ。俺もそろそろ赤狼七星室に戻って、尊達にサイバー戦略室で得た情報を報告する」
そう言って翼は刀を鞘に納め、訓練場を後にした。
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