第4話 事態は動き出す
「まあ、暇つぶしにはなるかな……」
大師室から赤狼司令室に戻った翼はため息交じりにそうつぶやいて手元の資料を見ていた。しばらく眺めていると、御影が司令室を尋ねてきた。
「おやおや。我らが赤狼の司令官がため息交じりにデスクワークとは、一体何があったのかな?」
「まあ、いろいろな……」
「いろいろねぇ。おや? これは一体……」
そう言って御影は翼のデスクに置かれている資料の一つを手に取って眺め始めた。その資料には「東京都桧原村の動向」や「栃木県日光市今市の動向」とタイトルが書かれている。
「なんなんだ? これは」
「ここ三ヶ月間の各地の町や地域に関する調査資料だ」
「それはこれを見れば分かる。何でこんなものをお前が眺めてんのかを知りたいんだよ」
尋ねられた翼は再びため息をついて説明を始めた。
「大師様から頼まれたんだよ。元々本隊とサイバー対策室がやってたことなんだが、本格的な武力制圧に向けての準備で手が回らなくなって、ある程度時間的に余裕がある俺達に頼むって言ってきたんだ」
「地方か。確かに地方には俺達MASTERが制圧すべき拠点も暗殺すべき要人もいなかったはずだぞ。なのになんでまたこんなことを本隊が調べてたんだ?」
「加山様からの話では、三ヶ月前の襲撃でMASTERを取り巻く情勢も大きく変わり、各地で自警団が組まれるようになっただろ? その調査の為に全国にスパイを派遣して警察や例の新選組モドキの動向を探ってるんだが、その調査の中で各地でいろいろこれからの厄介ごとの種になりそうな案件がいくつか出てきたんだよ」
「なるほどね……それで、具体的にはどういうのが分かったんだ?」
「ああ。それから二ヶ月間に渡って調査をしたんだが、分かったのはこの薄っぺらい資料に記されてることだけだ。他の地域の資料も同じだ」
御影は翼の話を聞きながら資料を見ていたが、三ページ目をめくった瞬間にページをめくる手を止めた。
「……闘気を持った人間が複数名確認された……これは本当か?」
「ああ。新選組モドキの一味か警察かどうかの確認もしたんだが、本隊がいくら探っても奴等に繋がる証拠は見つからなかった。そこまで大多数って訳でもないし、何より国に関わるような施設も組織もないから片手間にやってたってのもあるが、一応監視が必要ということになってな。それに今後本隊は本格的な首都制圧の為の下準備に入るから、いちいち構ってられなくなったってことで……
「俺達に押し付けてきたってことか……まぁ、しばらくの間は俺達に任される特殊な仕事はないって加山さんも言ってたっけ……」
御影はそう言いながら資料を翼に返した。
「それと、防衛任務に関してはまだまだ及第点じゃないということで、合同訓練で学習しろと言われた」
「合同訓練?」
御影は小さく首を傾げた。
「今後は、我々赤狼も公式記録に記載されるような任務に参戦することが多くなる。大学や企業襲撃で生き残った構成員達との実戦形式の訓練を通じて、我が同志達の経験値と連携の質を上げる必要がある。幹部クラスもそこから集団戦闘の基礎を学ぶ必要も出てくる」
「確かに俺達の幹部クラスでも、その辺りが不安な奴がいない訳ではないからな」
「いずれにしても、これから結構苦労するかもしれないな」
「そうだな……」
すると翼はそう言う御影に視線を向けてじっと見つめ始めた。
「なんだ? 俺の顔に何か付いてんのか?」
「いや、何か俺に報告に来たのかなと思ってな……」
「おっと! 忘れるところだった。神奈川のハッカーからの報告だ。警察庁のデータベースへの侵入は今月も無理だったのと、脚を付けられる前に既に撤退済だから安心してくれってある」
「そうか。ハッキング開始から二年以上になるが、やはり警察庁のデータベースは堅牢だな」
「だがどんなシステムも、人間が生み出したものである以上、完全無欠とはならない。それはシステムを運用する人間にも言える。その内ぼろを出すかもしれねぇぞ」
「そうなってくれれば、俺達としては願ったりかなったりなんだが、世の中そんなに上手くいくようには出来てないか……」
翼は席を立って背伸びしながらそう言った。
「それともう一つ。法務省矯正局関連の件は、順調とのことだ」
「そうか。あっちも今は万全か。一年半の時間が、奴らを油断させたな。国にとっての無駄を排除する為の準備も万全となれば、一安心か……」
翼は不敵な笑みを浮かべながらそうつぶやくのだった。
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「情報管理室からの報告は以上よ」
「ご苦労様、薫」
麗華はそう言って報告を終え、更に報告書を渡した薫を労った。
「ところで、薫はあれについてどう思ってるのかしら?」
「あれ?」
「幸村翼って子の言葉についてよ。一週間前に総次君があなたに話したんじゃないの?」
「……一つの憶測に囚われていては大局を見失ってしまうから、それがイコール内部分裂になるとは必ずしも結び付かないわ。ただ、あくまで想定し得るシナリオの一つとして考慮することはできると思ってるわ」
「……ひょっとして、総次君にも同じことを?」
「ええ」
「そう……」
麗華は「思った通り」と言いたげな表情でつぶやいた。
「それと麗華、今度の新宿二丁目にあるMASTER支部への奇襲に関してだけど、陽炎に任せてみてはどうかしら?」
「陽炎に?」
麗華は驚いたような表情をした。
「詳細は不明にしても規模が規模なら、少数での制圧も可能だと思うの。仲間内の連携が極めて高いレベルで取れている彼ら なら、決して難しいことではないと思うわ。まして全員闘気の使い手なのもアドバンテージになっている」
「確かに……」
「それに、彼らは今週中には本隊に合流する予定でしょ? 本隊の者との連携も、今後の彼ら には大事になってくるでしょ?」
「本来新戦組の基本戦術は一対多数ではなく、味方同士の連携による集団戦術。確かにその基本戦術に則った彼ら なら、少数での拠点制圧も難しくない……」
徐々に麗華の表情に納得の色が見えてきた。
「となると、誰を派遣するかという問題になってくるわね……あの辺りには新戦組の支部もないから、当然本部からの派遣になるけど……」
「薫。それなら私に一人、派遣したい子がいるの。彼にもそろそろ、合わせる必要があると思うし……」
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「僕に、新宿二丁目にあるMASTERの拠点の奇襲を?」
「そう、引き受けてもらいたいの。総次君」
翌朝の午前九時、突然局長室に呼び出された総次に麗華が告げたのは、たった今総次が言った任務だった。
「かしこまりました。それで、一番隊の構成はどういった形で行うのがベストですか?」
「一番隊、と言うより本部からは、あなたしか派遣しないわ」
「は?」
麗華の横に侍していた薫の突飛な発言に、総次は驚きを隠せなかった。
「……まさか、単独で制圧してほしいと仰るわけでは……」
「勿論単独ではないわ。こちらの方で既に協力者への要請は済ませてるわ」
「協力者……それは外部からの協力者ですか?」
「いえ、内部よ」
「ということは、支部からですか?」
「支部でも本部でもないわ」
「えっと……」
悉く不正解と言われたような薫の反応に、総次は言葉に詰まった。相も変わらず無表情だが、その頬には冷や汗が見える。
その様子を見た麗華は、微笑みながらこう言った。
「心配しないで総次君。彼らは個人の能力は勿論のこと、味方同士の連携という意味では新戦組随一と評価できる人達よ。拠点の規模から考えても、本来なら闘気を持っている人間一人で制圧できるんだけど、念には念を入れてということで」
「はあ……」
それを聞いた総次はため息をついた。微笑みながらの麗華の言葉も、どうやら今の総次の不安を払拭させるには至らなかったようだ。
「場所は既にスマートフォンにデータを転送しておいたわ。それと、渋谷の方にもMASTERの基地があることが判明して、そっちには勝枝と紀子さんに向かってもらったわ」
「二つの施設への同時奇襲ですか……」
「その通りよ。では出発は三十分後。くれぐれも遅れないように」
「かしこまりました。新戦組一番隊組長、沖田総次。参ります!」
そう言って総次は敬礼し、腰に掛けていた黒い帽子を被りながら局長室を後にした。
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