第3話 幸村翼という男
「はぁ、強かったな……本島さん……」
訓練場を後にし、一番隊の隊室に戻ろうとしていた総次は、先程紀子の戦いぶりに感嘆の言葉をつぶやいた。
「あっ、総ちゃん!」
すると、エレベーターから降りたばかりの夏美が声を掛けながら駆け寄った。
「夏美さん。ひょっとして夏美さんも訓練場に?」
「そっ! これから九番隊の訓練なの。総ちゃんはひょっとしてさっきまで紀子さんと訓練してたから、その帰りかな?」
「何で僕が本島さんと訓練をしてたってご存知なんです?」
「勝枝ちゃんが教えてくれたの。総ちゃんと紀子さんの訓練を見るから遅れるって」
「そうだったんですか……」
総次は俯きながらそう言った。その内心では、青梅で戦った、あの少年の顔が浮かび始めていた。
「……何かあったの?」
「えっ?」
そんな総次の様子を見て心配そうな表情をした夏美が、総次の顔を覗き込みながら尋ねた。どうやら夏美は先日からの総次の態度が気になっていたらしい。
「えっと……何か総ちゃん、青梅の戦いから時々思いつめてるような感じがするっていうか……」
「……誤魔化しきれないようですね……」
「やっぱり、あの翼っていう人が原因なの?」
「……はい」
「ねえ、その翼って人とは、いつ頃から知り合いだったの?」
「最初に会ったのは小学校六年生の時、あいつは転校生だったんです」
「どんな子だったの?」
「そうですね……とても正義感が強くて、弱い者虐めをする奴らは許さないってよく言ってました。時にはそいつらを力で叩きのめすことも辞さない、それこそ、二度と立ち塞がらないように徹底的に、相手が許しを乞うても聞く耳持たずなほどです」
「そんなに? どうしてそこまでやるの?」
そこまで聞いて少々首をかしげる夏美。
「あいつは六年生になる少し前に両親を亡くして、親戚に引き取られたと聞いています。その点は、僕と似ているって思いました。で、あいつのそんな性格はその両親譲りみたいです」
「どういう人なの?」
「親の教育が良かったのか、正義感が強くて、いじめっ子を見ると徹底的に叩きのめしてたらしいです。理不尽や暴力を許さない、強い正義感があいつの行動の源泉になってるらしいです。だから、弱い立場の人達を虐げる連中が絶対に許せないと言ってました」
そこから総次は懐かしむような声色で語り始める。
「あいつが転校してきた時もそうでした。当時、僕のクラスメートの何人かが、近くに住んでる中学生や高校生からカツアゲされることがよくあったんです。けど翼が転校して来て一ヶ月が経った頃でしたかね。その様子をたまたま見かけた翼が、そいつらをたった一人で蹴散らして、その子を助けたんです」
「へぇ……」
「いじめが起きていること自体、当時周りに全く関心がなかった僕は知らなかったんですが、翼はそれを感知して対処しました。それからも、虐められてる子がいたり、何か困ってる子がいたら率先して助けていたんです。そうしている内に、瞬く間にクラスのリーダー的存在になったんです。やり過ぎな部分もありましたが、それでも多くの同級生や後輩達の憧れの存在になったのも事実です」
総次の昔話を、夏美は微笑ましそうに、しかしどこか複雑な感情を抱いたような表情で聞いていた。
「総ちゃんは、それをどう見てたの?」
「凄いなって、僕には真似出来ないなって思いました。まぁ、時にはあいつと協力して、よく中学生や高校生の不良を相手に戦ったこともあります」
「そうなの……」
「ですが、その中で何度も悔しい思いをしたことはあります」
「悔しい思い?」
夏美は首を傾げながら言った。
「転校した日の歓迎会で、剣道を習ってるって言ってたので、どれくらいの力があるのかを知りたくて、挑戦したことがありました」
「悔しい思いをしたってことは、ひょっとして……」
「完敗でした。本当に一瞬で片を付けられてしまって……あんなにあっさりと負けたのは局長以外ではあいつしかいません。卒業後に引っ越す前に試合をした時も同じ感じで……」
その言葉を裏付けるかのように、総次は少々悔しそうな表情で語った。
「でも、この間の戦いでは総次君と互角に戦っていたんでしょ? という事は今は総次君と互角ってこと?」
「いえ。恐らくあの時は僕に合わせてペース配分を行って戦っていたと思います」
「どうしてそう思うの?」
「僕の全ての攻撃をいなして、そこからの反撃する受け身の戦い方をしてたからです。あいつの本気は、自分から積極的に攻めることに重きが置かれている。それがなかったから、すぐに分かりました」
「そうだったんだ……」
「その上、あいつも小学生の時から既に闘気を使えていたんです。これも卒業後の試合で一度やったんですが、あいつは闘気の使い方も巧かったんです。そして闘気の扱いも、あの時より上がっていました」
総次は悔しそうな表情から徐々に暗い表情になっていた。
「じゃあその子の力って……」
夏美は不安そうな表情で尋ねた。
「……恐らくですが、あれから順当に実力を伸ばし続けてるとすれば、局長と同レベルか、それ以上になっているかと……」
「そんな……そんなに強いってことは私達じゃ……」
「なりふり構わず本気かつ全力でかかってきたら、組長クラスが束になっても苦戦は必至でしょう」
「……」
総次のその言葉に、夏美は絶句した。
「ただ、彼もMASTERのやり方全てを容認しているわけではないらしいんです」
「えっ?」
「これも会議の時に言おうかどうか迷って、一応局長と上原さんと椎名さんにだけ報告したんですが、夏美さんにもお話しします」
「うん」
夏美は真剣な表情になって話を聞く姿勢を整えた。
「『自分には成すべき大義がある』と言ってました。それがどういう大義なのかは分かりませんが、少なくとも彼がMASTERの現体制に対して不快感を抱いている可能性があるように思えました」
「それってもしかして……」
「ここからは僕の憶測ですが、恐らくMASTER内部の改革もあり得ると思います。その時のあいつの立場も、もしかしたら強化されてるでしょう」
「でも、そうなったらこの戦いは?」
「新たな局面に突入する。その時、何が僕達に襲い掛かるのかも、正直考えるだけで恐ろしいです。これまであいつの存在が新戦組でも大師討ちでも確認されなかった以上、あいつの存在が確実にこれからの戦いに左右される可能性はかなり高いでしょう」
「もしそうなったら、この戦いは長引くかもしれないの?」
「恐らく……ただ、上原さんや局長も、情報管理室でのMASTERの動向に更に注意深く監視するよう要請されたのですが、現時点では特に問題は見られないそうです」
「副長も?」
夏美は一瞬「意外」という表情をした。
「ええ。もっとも『憶測だけで判断するのは危険だ』と注意されましたが、監視と情報収集の強化や効率化は必要という事で、了承したそうです」
「そうなんだ……」
夏美は「やっぱり副長だ」と言わんばかりの表情でつぶやいた。
「……申し訳ありません。お忙しい時にこんな憶測交じりの話をして不安にさせてしまって……彼が青梅で僕に言ったことの詳細は、来週の組長会議で他の方々にもお伝えします」
「分かったわ。それと、不安にしてるかどうかなんて、あんまり気にしないで」
「ありがとうございます。そう言えば九番隊の訓練は……」
そう聞かれた夏美は右腕の腕時計を見た。
「あと十分あるから大丈夫よ!」
「そうですか……」
「じゃあね総ちゃん!」
「はい。訓練、頑張ってください」
「ありがとう~‼」
夏美はそう言いながら訓練場に向かって元気よく走り出した。
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