第2話 翼を慕いしおてんばギャル
「やっぱり時間が掛かるようだな 近畿の連中は……」
「ああ、向こうの仕事の処理に時間が掛かって、他の地区より遅れるってさ」
タブレット画面の赤狼幹部達の個人データを見ながら翼の言葉に答えたのは御影だった。MASTER本部・赤狼幹部室に集まっていた御影達は、隊の訓練をしている翼のいない間、全国の支部に散っている赤狼の幹部たちについて話していた。
「それを分かった上で翼は集結に三ヶ月の猶予を与えたのね。でもその間はどうするの? このまま何もしない訳にはいかないでしょ?」
八坂は不安そうな表情を見せながらつぶやいた。
「それなら心配ない。昨日の各支部長と加山様の電話会議で、本部に所属している構成員から選抜した猛者を、関東圏内の各地の支部に派遣することが決まった。それに、今日岩手の第十四支部から三上アザミが帰って来る」
「アザミが? 何か懐かしいな」
尊は嬉しそうな声色で言った。
「ところで御影、既に各支部に派遣された構成員のデータを見せてくれないか?」
「ああ。分かったよ」
八坂にそう言われた御影は、彼女のタブレットを渡した。
「せめてもの抵抗ってことか……その間に赤狼も集結の時までに更に錬度を高めなけりゃならねえな」
「その通りだ、尊。だが幸い敵側も関東圏内の全ての支部の居場所を特定できている訳じゃない。その間に各支部の守備力を高めておけば、例え奇襲を受けたとしても、正確に情報を収集しきれていない敵を返り討ちに出来る可能性が高くなる」
「てことは、早いうちに各支部への構成員の派遣を済ませなきゃならないね……」
八坂は画面をスライドして一人一人の情報を確認しながらつぶやいた。
「当然だ。この情報が敵方に漏れてしまえば、派遣が完了しきる前に奇襲を受けて壊滅する支部が出てくる。そうならないよう、この手の情報に対する管理体制は徹底しなければならない」
「ちなみに、今の段階で奇襲を受けそうな支部ってのは、いくつあるんだ?」
八坂はタブレットを御影に返しつつ尋ねる。
「渋谷の東京第三支部と、新宿二丁目の東京第八支部だ。重要度は特段高くないが、丸腰よりはマシだろう。何しろ後者はかなり危険な状況だからな」
「どういうことなんだ?」
「三日前にこの支部に所属している構成員の一人が、新宿警察署に逮捕されたんだよ」
「逮捕? ひょっとして素性がばれてたやつなのか?」
「ああ。その上こいつはつい最近MASTERに入った新参で、まだ構成員としての情報管理もなっちゃいない奴だったから、ボロが出てしまったと考えるのが妥当だな……」
「何てこった……」
尊は呆れかえった声を出した。
「だが、既にそこにも本部の構成員が派遣されている。これを見てごらん」
そう言って御影は二人に、タブレット画面に記載されている第十七支部に派遣された構成員のデータを見せた。
「「こいつは……」」
「
「ひょっとしてこいつ、MASTER加入当初から闘気を使えてた構成員の一人か?」
思い出したような表情で八坂は御影に尋ねた。
「ああ、そしてその中でも純粋な戦闘能力じゃあ、赤狼七星や本体で闘気を扱えるMASTERの第一、第二師団長に匹敵する」
「噂には聞いていたが、相当のやり手らしいな……」
八坂は関心を持った様子でつぶやいた。
「まあ、あいつも相当手を焼いてた猪武者でもあるから、扱いは難しい奴に変わりないがな」
「そっか、でもそれを考えても新宿の方はひとまず安心か……」
尊はほっと胸を撫で下ろした。
「だがそれでも急ごしらえに変わりはない。対策は今後も必要だ」
「それを怠って警備システムを過信し過ぎて破滅したのが青梅支部だったしな……」
八坂は資料を見ながらつぶやいた。
「八坂の言う通りだ。俺達がこうしている間に警察も例の新選組モドキも、俺達の居場所を血眼になって探してるだろう」
「まさしく油断大敵ってか……」
御影の力の籠った演説を聞いた尊は、神妙な面持ちでそうつぶやいた。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
「訓練はここまでだ。今日はゆっくり休んで、明日からの訓練にも励んでほしい、以上!」
「「「「「ありがとうございました‼」」」」」
MASTER本部・赤狼エリア内の訓練場での二時間に渡る訓練の終了のあいさつを行った翼に対し、総勢四千人に及ぶ赤狼構成員達のあいさつを聞きながら部屋を出た。
「つっばさ~♥」
すると直後に翼の右耳にキャピキャピした若い女性の声が入ってきた。声の聞こえた方を振り向くと、腰まで届く金髪をポニーテールにし、少々日焼けしたような色の肌の女性だった。その格好も半袖で臍が出る程丈の短いTシャツにホットパンツにニーハイブーツと少々露出の高いものだった。タイトなミニスカートの左にはコンパクトに折りたたまれた二振りのバトンが下げられている。
「久しぶりだな。 地方の赤狼幹部としては一番乗りだな」
「えっへん! 三上アザミ、只今到着ぅ!」
翼の迎えの言葉に豊かな胸を張って元気よく応えた赤狼七星の一人であるアザミは、その勢いで翼に抱き着いた。
「本当にこの二年間、翼に会いたくて会いたくてしょうがなかったんだからね~!」
「岩手第六支部でのお前の働きに感化されて、秋田や宮城といった他県の各支部もより良い働きをしたんだ。その功績は大きいぞ」
「マジで⁉ ありがとう~♥」
翼の称賛を聞いたアザミは感激し、抱擁している腕の力を更に込めた。
「でもでも、他の四割の方はなんかダメダメで……」
「まあ、地方の支部の方は、新選組モドキの連中の力も大きかったからな。それでも生き残った支部の力は重宝したい。その一つを作ってくれたお前には感謝してる」
そう言ってアザミの頭を優しくなでる翼に、アザミははにかんだ。すると翼の学ランのズボンのポケットからスマホのバイブ音が鳴り始め、翼はそれを取り出して画面を見た。加山からのメールである。
「どうしたの翼?」
「悪いアザミ、大師様からちょっと部屋に来てくれないかと言われた。加山様もおられるとのことだ。御影達は赤狼七星室にいるから、先に向かっててくれ」
「分かった! じゃあ後で!」
翼はスマホを右ポケットに入れながらアザミに伝え、そのまま大師室に向かった。
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