第三章 蒼炎の修羅

第1話 次の戦いに備えて

「もう一戦、お願いします!」

「分かったわ」


 新戦組本部・地下四階の訓練場で稽古をしていたのは、沖田総次と本島紀子だった。

 MASTER青梅支部攻略戦の折に再会した幸村翼の脅威を改めて実感した総次は、それから一ヶ月の間稽古に打ち込んでいた。この日も総次と共に休日だった本島紀子に稽古をつけてもらうよう懇願したのだ。


「じゃあ、始めるわよ」


 紀子は得物の長棍「流麗」を構え、総次の攻撃に備えた。


「行きますよ……」(飢狼‼)


 そう言って総次は刀に炎の闘気を集約し、強烈な突きを繰り出した。

 繰り出された飢狼によって生み出された火柱が紀子に襲い掛かる。


 すると紀子は流麗に鋼の闘気を流し込んで硬質化させながら身体を左側に一回転させ、その遠心力を以て流麗の反射力を増幅させた。


「はあぁ‼」


 紀子は火柱をカウンターで弾き返したが、総次はそれをかわして神速を用いて紀子に肉薄し、雷の闘気に切り替えて紀子の一メートル前まで近づいた瞬間に飛び上がって紀子の頭上を取った。


(天狼‼)


 両手持ちの唐竹割りで襲い掛かる総次を、紀子は流麗の先端で受け止める。その瞬間に総次はその反動を利用してバック宙して紀子から距離を取った。


「どうだい総次君。紀子の戦い方は?」


 訓練場の隅で観ていた鋭子が総次に尋ねた。


「流石に守りが堅いですね。守備とカウンターを主とする反射型の最強の使い手と、保志さんや霧島さんが仰るのも頷けます」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。さあ、どんどん打ち込んでごらん」

「では遠慮なく……」(嵐狼‼)


 総次は風の闘気に切り替え、六連続の回転斬りである嵐狼を繰り出した。

紀子は全ての斬撃を守り切り、六連撃が終わってがら空きになった総次の左脇腹に打撃を叩き込む。


「ならば……」(狼爪‼)


 すると総次はその一撃を刀の柄頭で受け止め、その勢いを利用して紀子の後ろを取って一撃を加えようとした。


「甘いわよ」


 紀子は全く動じることなく総次のカウンターを長棍の先端でいなしつつ、更に身体を一回転させて強烈な突きを繰り出した。総次はそれに即応して連続でバック宙しながら紀子と距離を取った。


「はぁ……はぁ……」


 少々疲れが見え始めた総次は、刀を地面に刺して両手を膝につき、肩で息をし始めた。


「流石に総次君も疲れたみたいだね。紀子に食らいつくのがやっとというみたいだけど」


 鋭子の隣で観戦していた保志がつぶやいた。総次と紀子の特訓はこれで四回目となる。一方の紀子は疲れている様子は感じられず、総次の攻撃を全ていなしている。


「総次君、今日はここまでにしましょう」

「はい。ありがとうございました!」


 総次は疲れを見せながらもやや張った声で応え、刀を鞘に戻した。


「お疲れさま。総次君」


 観戦していた鋭子はそう言って総次にタオルを投げ、総次はそれを受け取って頬を伝う汗を拭いた。


「それにしても総次君。麗華ちゃんと戦った時よりも随分攻撃と守備を高めているように見えるけど……」

「先月の青梅での任務で戦った相手の攻めが積極的だったので、より高いレベルでの守備力を身につけなければと思ったので……」


 総次は汗を拭きながら応えた。


「なるほど、だから新戦組の組長で最も高いレベルでカウンター型の戦い方をする紀子さんに稽古を頼んだのか」

「ええ、その中で何か掴めるものがあると思ったので……」


 鋭子は感心した様子でそうつぶやいた。


「ところで沖田君。その戦った相手……幸村翼というのは、真の報告にあった仮面の剣士のことかい?」

「はい。僕と同じ混沌の闘気の使い手で、攻めでも守りでも全く隙の無い相手です。僕もそれに合わせて技と動きの精度を高めなければと思っています」

「熱心だな。真や夏美が言ってたが、隊の稽古や訓練も相変わらず質の高いものを維持しているようだな」

「そんな……僕は自分のすべきことを全うしているだけです」


 鋭子は日頃の総次の仕事ぶりを評価する言葉を送ったが、総次は謙遜した様子で言葉を返した。

そんな様子を紀子は微笑ましく見守っていた。


「では、今日はありがとうございました」

「紀子さん、保志さん。私もそろそろ隊の事務作業の時間なので、これで……」

「お疲れさま。しっかり休んで、明日からの職務に励んでね」

「あとで食堂に来たら、おいしいスタミナ定食をごちそうするよ」

「「はい!」」


 総次も鋭子も紀子と保志の言葉にはっきりとした声で答えて訓練場を後にした。

 


⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「しかし、油断ならないでごわすな。幸村翼という者は」

「総次君が話していたように、混沌の闘気を使いこなしていた所からも、MASTERで最も警戒すべきは彼だろうね」


 総次達が訓練場で打ち合っている頃、フリールームでは助六や真を始めとした組長達と薫が、総次が戦った仮面の剣士こと「幸村翼」について話し合っていた。

三週間前に開かれた組長会議で、総次は仮面の剣士の正体を明らかにし、それを聞いた真を始めとした組長達が警戒心を抱いた為、組長同士での情報共有の必要性が出てきたと判断したからだ。


「私はその翼って人に直接会ったわけじゃないんだけど、あいつの仲間も凄ごく強かったし、厄介な相手なのは間違いないと思います」


 悔しそうな表情で言ったのは夏美だった。以前の戦いで翼の率いる隊の一員から追い詰められた彼女からすれば、当然の反応と言えるだろう。


「薫。情報管理室でその幸村翼って奴のデータは調べたんだろ?」


 助六の隣に座っていた佐助が、正面の席に座っている薫に尋ねた。


「一応は調べたけど、データがなくて……」

「データがないってどういうことなんだよ?」

「彼に関するデータが削除された可能性があるのよ。過去ログも辿ったけどそこにもなかったわ」


 薫はテーブルに翼の個人情報の資料を置いた。


「恐らくは連中の常套手段で、組織ぐるみで情報を秘匿していると思うんだけど……」

「はあ……こりゃますます厄介になってきそうだね」


 薫の置いた資料を見つつため息をつきながらつぶやく勝枝。


「確かに厄介なのは間違いないわね……」

「これからどうするんスか? このままあいつらとまた戦っても、今度はこっちが殺される可能性だってあるのに……」


 修一が珍しく弱音を吐いた。


「珍しいな、お前の口からそんな弱気な言葉を吐くなんて……」

「だって、佐助の兄貴も分かるはずっスよね? 俺や夏美ちゃん達が皆さんと違って、闘気の使い手との戦闘経験に乏しいってことを……」

「そりゃ知ってるけど、いずれはそう言う奴等とも戦う可能性があるって、ずっと俺達は言ってたろ?」

「……」


 修一は佐助の言葉を聞いて俯いてしまった。


「まあでも、修一が弱気になるのも無理ないよ。そもそも新戦組が結成される前から闘気の存在を知っていたのはごく少数。ここ数年で会得できても、長年稽古を積んでいた相手と戦うとなったら、当然その年数分の差が出てくる」

「その上、新戦組の組長達の間でもその差が出てきている。特に澤村君と夏美ちゃんはこの三年程で闘気を会得したばかり。苦戦を強いられるのも無理ないことよ」


 真と薫はそれぞれの意見を述べた。


「でも私、総ちゃんのことがちょっと心配……」

「お姉ちゃん?」


 突然の夏美のつぶやきに驚いた冬実は、彼女の顔を覗き込んだ。


「何て言うか……昔の友達と戦わなきゃいけないなんて……」

「……そうね……」


 夏美と冬美はそれぞれ総次を心配する言葉をつぶやいた。


「でもまあ、こういうことって本当にあるんスね。戦いの中で昔の友達と再会して,そいつと敵味方に分かれて戦わなきゃならないって……」

「『事実は小説より奇なり』とはよく言ったもんだよ」


 修一と真は総次の置かれた現状に思い出しながら語った。


「しかしそう考えると、総次殿は強いでごわすな」

「確かに、塞ぎ込んでたのも一日ぐらいで、その後は何事もなかったかのように職務をこなしてて、幸村翼のことについても洗いざらい話した上で自分も強くならなきゃって、今も紀子先生と稽古してんだろ?」

「ああ、あたしが総次の立場だったら、ちょっと時間が掛かるかもな。立ち直るのに……」


 助六と佐助は総次のメンタルの強さを称賛し、勝枝は「それと比較して自分は」と言いたげな表情で言った。


「にしても……何か納得できないな~」

「何に対して納得できないのかい? 修一」


 真は何かに対して腑に落ちない様子の修一に尋ねた。


「だって、大師討ちの報告で、青梅の施設からMASTERに関する極秘情報が出なかったなんて、何かしっくりこないっつーか……」

「報告からも察することが出来るけど、前回のような大規模襲撃の際に使われる後方支援施設としての使用が前提だった可能性がある。警備システムがあんなに仰々しかったのも、万一場所を特定された時の最低限の抵抗の為だったと考えれば、納得は出来るよ」

「東京都内に点在しているであろうMASTERの施設の所在は、引き続き調査を進めてるから、心配はいらないわ」


 真に続いて薫はそう言った。


「しかし、こうも東京都内のMASTERの施設探索に手間取るとは、正直思わなんだでごわす……」

「去年までのMASTERは、地方での活動が多かったのもあって、全国的にMASTER本部の捜索が全国で散発的になっちまった。それに重点的に活動が行われている地域に本部があると思い込んでスカシを食らったことだって何度もある。我ながら情けねぇよ……」


 助六のやるせない気持ちを聞いた佐助は、自分達の不甲斐無さを嘆いた。


「だがそう言ったことの繰り返しがあったからこそ、関東圏にMASTERの本部があることを突き止められた。時間は大いにかかったけど、その分此処からは大師討ちとの連携をより密にし、本部探索もより迅速かつ的確にする必要がある。彼ら の尻尾を掴むまであともう少し、頑張ろう」


 真は拳を固めて声に力を込めてそう語るのだった。

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