第5話 赤狼・青梅支部到着

「只今到着いたしました、竹中支部長」

「ご苦労様です、幸村様、五十嵐様、不知火様」


 午後八時。御岳山の麓に建てられた二階建てのコンクリートの建物である青梅支部に、ヘリで到着して直ぐに翼達を出迎えたのは、支部長の竹中という中年男性と、副支部長の山畑という青年だった。


「それで、警察にはどの程度支部の情報を把握されたとお思いでしょうか?」

「はぁ、少なくとも所在地は特定されてると思われます」


 翼の問いに対し、山畑は申し訳なさそうに答えた。


「支部に所属している人数は百五十人。警察や公安を相手にするならまだしも、闘気の使い手がいるあいつらが来たら、俺らが先頭に立って守備に徹する必要がありますね……」

「ひょっとして、例の新選組モドキですか?」


 翼の独り言に反応した竹中は尋ねた。すると翼の右隣に立っている八坂が、ライダースーツのジッパーを胸元まで下げて左手でそこを扇ぎながら答えた。


「そうに決まってるでしょ? あいつらは警察とは違う意味で厄介だから、あたしらも結構手を焼いてるのよ」

「そうでしたか……ですが、あなた方赤狼なら、その心配もないでしょう」


 山畑はハニカミながら言った。


「施設内部の情報も、既に本部で確認が取れています。竹中さん達は引き続き警備を厳にしてください」

「宜しくお願いします。では中へ案内しましょう」


 そう言って竹中と山畑は翼達三人を支部内に案内した。

 すると先程まで黙って翼達の会話を聞いていた尊が翼の耳元でこんなことを囁いた。


「なあ翼、お前はどう思うんだ?」

「ここの警備があまりにも手薄だってことをか?」

「ああ、あまりにも杜撰っつーか、気が緩んでるっつーか……」


 尊は呆れ返る素振りを見せながら言った。


「無理もない、今まで地方で散発的に活動していたMASTERだ。東京都内での活動が本格的になるまで、ここも相手からはノーマークだっただろうから、自然と防備も手薄になっちまう……」

「でも、いくら不要になりかけてるからって、そこの守備を手薄にしてるっていうのは、あいつらのやる気を疑うわ」

「今それをどうこう言ったところで何も始まらないからな……まあ、組織が大きくなれば、その分末端まで士気や錬度が行き渡らなくなりがちだからな……」


 翼達は案内をしている竹中の表情をちらちら見ながら会話を進める。すると竹中は支部長達の隣の部屋の扉の前で立ち止まった。


「こちらがお三方にお使いいただくお部屋です。多少狭いですが我慢していただきたいと思います」


 そう言って竹中が扉を開くと、確かに狭かった。八畳程の部屋に急ごしらえと言っても過言ではないベッドが三つだけだったからだ。これには尊も八坂も不満そうな表情をした。


「まぁ、致し方ないわね。これは我慢するわ。でもまさか、用意した部屋って……一つしかないってことないわよね?」

「えっ……えっと……申し訳ありません……」


 怯えた様子で答えた竹中だったが、その言葉を聞いた八坂は表情を歪めた。


「はぁ……ムカつくけど、我慢するわ……」

「ひっ‼」


 感情を抑え込んだ八坂だったが、醸し出す不安と怒りだけは隠しきれず、竹中は怯えた。


「八坂。青梅支部が少数の構成員と最新鋭の警備システムで運営してるから、泊まる為の部屋が少ないって、行きしなに言っただろ?」

「まぁ、お前の気持ちも分からなくはねぇがな……」


 翼の説得の横で、彼女に同情したのは尊だった。


「俺は少し竹中支部長と山畑副支部長と一緒に施設の確認と、今後について話したいことがあるから、先に部屋に行っててくれ」

「分かってる。あれだろ?」

「そっか、じゃあ先に行ってるわ」


 八坂に後押しされた翼はそう言って二人と別れた。


「お前にとっちゃあ不満は多いだろうけど、我慢しろよ」

「分かってるわよ。でも普通だったら、男と女は別の部屋にするもんでしょ? あたしはこういうのが大っ嫌いなのに……」


 部屋に入って荷物と得物の鉤爪をテーブルに置いた八坂は、相変わらず不満をぶちまけていた。


「何言ってんだよ、翼の時にはそんなこと言ったの見た事ねぇんだが……」


 ベッドに腰かけて獲物の薙刀の刃の手入れをしながら言い返した尊は、八坂を呆れ返ったような表情で見ていた。


「翼は別だよ……あいつがいたからこその今のあたしなんだから……」


 翼の名前を出した途端に八坂は微かに笑みを浮かべながら語った。


「相変わらず、お前の翼信奉は凄えな……」

「そりゃあんただって同じだろ? 赤狼の幹部はみんな、翼と御影のお陰で、こうして同じ組織でいられるんだからな。でなかったら、今頃ずっと、あの腐った孤児院の中でどうなってたか、想像したくない」

「まあな……それよりも、この施設は本当に大丈夫なのか?」

「まぁいざってときは俺達が出ればいいだろ? その為に俺達が派遣されたんだからよ」


 尊は楽観的な言葉を八坂に送った。すると八坂はため息をつきながらこう言った。


「確かに、闘気を使えるのはMASTERの中でもあたしら赤狼と二つの師団だけだ。その上相手側で闘気を使えるのは、警察でもほんの一握りで、後はあの新選組モドキだけ。闘気を使える奴がいるのといないのとでは戦力が大きく異なるわ」

「だからこそそう構えなくてもだな……」

「そうも言ってられない程の奴が、新選組モドキに現れた……」


 八坂は俯きながらつぶやいた。


「ひょっとして、例の黒くてちっこい侍の事か?」


 尊は薙刀の手入れをする手を止めて言った。


「御影曰く、首相公邸前の構成員の大半をたった一人で皆殺しにしたらしい。例の弓使い、のイケメンと長刀の女と同様、油断できないわよ」

「御影が警戒しろって言ってるからには、どいつか来るにせよ、油断大敵だな」

「そうね……」


 八坂も尊も、ため息を一つつきながら言った。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 八坂達と別れて竹中・山畑両氏と支部内外の警備システムの確認と残りデータの内容量の確認を一通り行った翼は、竹中に案内されて支部長室へ来ていた。


「既に本部の方から出た通達の通り、この青梅支部は既に敵に存在が知られています。まだ時間があるので、明日を目途に出られるよう準備をお願いします。自爆システムも作動させればいいのですが……」

「この支部は何があろうと大丈夫です。既にこのシステムの存在も力もそのお目で確かめられたはずでは?」

「そのシステムは既に無力と化しています。あなた方も既にご存知のはずです。闘気の前では如何なる力も意味を為さない」

「そのような力が相手でも、我が支部の防衛力は確かなものです。そこまで警戒心をむき出しになさらなくても……」

「過去ならいざ知らず、時代も取り巻く情勢も変わりました。そのような暢気なことをおっしゃっていられる時期は既に終わりました」

「ううん……」


 納得しかねる様子の竹中。


「データのバックアップの確保と元データの削除はこちらの方で行わせていただきます」

「そ、そんな勝手に……」

「そのようなことを仰っていても、事実上この支部の独立権限は無いに等しいです。少なくとも加山様はそう思われてます」


 冷徹な声でそう言い放つ翼。


「なっ⁉」

「では、俺はこれで……」


 そう言いながら翼は支部長室を出て行った。


「おのれ若造が、この支部の警備システムも監視システムも万全だとあれ程言ったのに、あの生意気な態度……‼」


 先ほどまでの翼の態度のいら立ちを愚痴る竹中。竹中を含め、支部の監視や警備システムに自信を持っていた支部メンバーの大半にとっては、翼のこの言葉は屈辱的だったようだ。すると支部長室で共に仕事をしていた眼鏡の青年・副支部長の山畑はこう諫めた。


「しかし、翼司令官の仰ることも一理あります。この支部自体、ここ最近のことを考えてもそろそろいつ何が起きてもおかしくないですし、闘気の力を考えるとこれ以上この支部に留まるのも……」

「何が闘気だ! そんな学者の妄想などに踊らされおって! 我らには警察やあの新選組モドキを出し抜ける規模と情報戦術があるではないか!」

「それを以てしても限界があるというのは、永田町と霞が関に奇襲を仕掛けた部隊が返り討ちに遭ったことで証明されています。自爆システムの準備も早いうちに行わないといけないでしょう。只でさえ時間のかかるシステムですし……」

「馬鹿なことを言うな‼ この施設が簡単に陥落するなど有り得ん‼」


 終始不満と愚痴を並べる竹中に、山畑は文字通り頭を抱えた。竹中の翼達への愚痴は、それから二十分以上続いた。

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