第17話 赤き狼の仮面を被りし少年

「……これで我らMASTERの兵力を誇示できただろう……」


 老人は赤絨毯の敷き詰められた豪奢な部屋に置かれた天蓋付きのベッドに寝ながら、備え付けテレビで永田町と霞が関の空撮の様子を眺めていた。

 その老人は白髪で頬がこけ、目元にも隈が出来ている。見るものによってはミイラを連想させるだろう。


「そして単純な物量と暴力だけでは、政府も警察も、あの新撰組モドキも屈さないということも証明されましたね」


 ベッドの横に椅子を置いて座りながら老人にそう投げかけたのは、赤い狼の仮面を被り、真っ赤に染まった学ランを着た少年だった。その声はかなり爽やかで若々しく、二十歳も越えていないだろう。そんな仮面の少年の皮肉を、老人は「カッカッカッ」と笑い飛ばした。


「だが彼らのお陰で、過激派も当分はおとなしくすることだろう……」

「……やはりそういうことでしたか」

「ほぉ……気付いておったか」

「永田町と霞が関への襲撃を過激派だけに任せたのは、戦力誇示と、扱いにくくなってきた連中の人員削減を兼ねていたから。それも、その中でも大した戦闘能力を持たない末端中の末端だけを選抜するよう人事部に働きかけるとは……」

「数を頼みにしていたが、流石に組織的に扱いにくい連中ばかりじゃった。好きにさせ過ぎた分、個々で痛い目を見てもらわんとな」

「それで直接処罰するのではなく、あなたへの忠誠心を利用し、彼らのガス抜きとして大規模襲撃を計画したんですね……‼」


 仮面の少年は膝に置いた両拳を握り締めながらそう言った。


「奴らの存在は見過ごせん。直接処罰することもできたが、それは組織内の反勢力が、我らを見限る好機と捉えて反乱を起こしかねん。なるべく内ゲバは避けたかった」

「……全てはあなたの計画通りということですか……」

「ほっほっほ……計画通りと思うとは……お前さんもまだまだだな」


 老人は自嘲するようにそう言った。


「あやつらの感情を計算できずに加入させた時点で狂っておるよ。そもそもこの世の全てが計画通りに行くとは限らん。行かん方がザラだ」


 淡々と語る老人だが、まるで他人事のようにうそぶくその声に、覇気は微塵も感じられなかった。


「大事なのは計画通りに遂行することだけではない。計画が狂った時でも状況に合わせて臨機応変に対応していく柔軟性。そして……」


 老人は上半身を起こして仮面の少年の右の拳に自身の右手を重ねてこう言った。


「常に相手の先手先手を取ることだ、翼よ」


 先程まで強く握りしめて震えていた仮面の少年、翼の拳の震えが止まった。


「……過ぎたことを申し上げ、申し訳ありませんでした。ご教授、ありがとうございます」


 すると翼はすっくと椅子から立ち上がって扉へ向かった。


「では大師様、俺はこれにて……」


 翼は老人の方を向いて一礼し、ドアノブを回して部屋を出た。


「はぁ……」


 部屋を出た翼はドアを閉めた途端、ため息をついた。

 すると部屋の前の壁に背を持たれていた青年が翼に声を掛けた。


「お疲れさん」

「気遣いありがとう、御影」


 翼を気遣ったのは、御影と言う青年だった。歳は翼より五歳程年上と見える。黒ぶち眼鏡を掛け、明治時代の書生のような着物を綺麗に着こなすその姿は、アイドルグループにいそうな端正な顔立ちと相まって愛嬌と共に知的な雰囲気を醸し出していた。


「それにしても、大師様はまたこんな無意味なことを……」

「大師様の大規模襲撃の提案にいつも最後まで反対していたのはお前だけだったからな。で、結局他の連中に押し切られて強行の連続ときた」


 呆れる翼に、御影は宥めるようにそう言った。


「ああ。毎回毎回、自分の力不足を痛感させられる」

「美ノ宮大学の時だって、俺達があの二人の教授の不正を見つけたのに、またガス抜きに使われたんだからな。やりきれないな」

「過激派を生み出してる時点で駄目なんだ。挙句に数を減らす為にあんなことを……その時点で組織としての統率が取れてないことの証明になっているのに……」

「規模が大きくなれば、その分末端まで目が行き届かなくなる。それは警察や企業だって変わらないだろ?」

「ああ。ただな……」

「感情では納得できない……か?」

「……大師様の目指す新世界と、俺が作りたい世界は違う」


 そう言った翼の声は、怒りに震えているようだった。


「あの人は、今この国が乱れてるのは、正しき意思と正しく力を使う持つ者がいないからと言っていた」

「それを正す為に、自分が正しき意思を持ち、正しく力を使える者を見つけ出し、選別する決意をした。そして幾度となる襲撃の中でも確固たる意思と能力を見せた者のみを残す、だったな」

「人が人を選ぶ。たったそれだけの為に罪なき者の命まで奪うなどあってはならないやり方だ。元々思っていたことだが、ここ最近のことは目に余ること甚だしい」


 現状を嘆く言葉を漏らす翼。そんな翼に、御影はある質問を投げかける。


「じゃあ確認だが、それでもお前が大師様に付き従う理由はなんだったかな?」

「……俺達には力がなかった。だからあの方の下でそれを身に着けることが必要だった。これからの俺達と国民の為に、俺達の大義の為に……」

「流石は、次期大師候補筆頭だな」


拳を握りしめながら語った翼に、御影は世辞で返した。


「それと報告だ。永田町に送ったスパイからの映像が送られてきたんだが……敵さんに少々厄介なのがいたらしい」

「厄介な奴?」


 翼の疑問に答えるように、御影は左手に持っていたタブレットからある映像を見せた。そこには中学生程の少年が黒いマントを羽織り、手にした刀を振るっている様子がかなりぼんやりとだが写り込んでいる。


「これ以上画質を上げられなかったのか?」

「これが精一杯だった。何しろ派手に動き回ってやがった上に、距離もあったからな」


 翼の注文に多少の愚痴を付け加えて答えた御影。すると翼は改めて画面に映る謎の陰に視線を移した。


「こいつは……」

「連絡によると、首相公邸付近の構成員の大半はこいつ一人によって叩きのめされたようだ。しかも闘気の使い手で、それに随分野蛮な戦い方をしてて、まるで『血に飢えた狼』に睨まれたような威圧感があったとも言ってた。ま、この画像だけだと影が黒くてはっきりとわからんが、さしずめ黒い狼ってとこだな」

「となると、幹部クラスの実力者か……」

「それに、これはあくまで憶測の域を出ないが、この間の美ノ宮大学の時の報告と合致するんだよ」

「……小柄な少年に壊滅させられたって言う、あの報告とか?」

「同一人物の可能性がある」

「そうか。それにしても、確かに随分と小柄だな」

「分かりずらいと思うけど、現場にいた奴曰く、背丈はかなり低かったらしい。下手すりゃ中学生かもしれないぜ? おまけにすばしっこくて、姿を捉えるのもやっとだったとさ」

「背丈が低くて剣の腕が立ち、すばしっこい。まさか、ね……」。

「何だ?」


 突然何かを思い出したかのようにつぶやいた翼に、御影は不思議そうな表情で尋ねる。


「いや、何でもない。しかし、その真の実力は未知数だな……」

「いずれにしても、警戒すべき敵が増えたってことだ」

「だが力だけで守れるほど国と国民の命は軽くないだろ?」

「そうだな……さて、そろそろ戻るか」

「ああ」

「それとだ」

「何だ?」

「今はもうその面を外してもいいだろ? 大師様と会われる時と敵と戦う時だけなんだし」

「そうだな……」


 そう言われた翼は仮面を外した。その素顔は美少年と言ってもいいほど整っており、御影とは違ってファッション雑誌のモデルのような顔立ちだった。だがその美しい顔には、右頬から左眉にかけて、痛々しい大きな刀傷が入っていた。


「その傷、つけられてどのくらいになるんだっけ?」

「今月で丁度、六年だ……」

「お前の言う、天才児にやられたんだろ?」

「ああ。そうだ……」


 そんな会話をしながら、二人は自室へ続く廊下を歩いて行った。


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