第18話 罪悪感に苛まれながらも進むこと……‼

「……んっ……ううん……」


 組長室のベッドで身体を起こした総次は、眠気眼を右手でこすりながら目を覚ました。視線を正面にやると先程まで佩いていた刀と小太刀が棚に掛けられている。


「ようやく目を覚ましたようだね……」


 ベッドの隅に腰かけ、両腕を組みながらそう話しかけたのは真だった。


「……椎名さんが僕をここまで?」

「夏美ちゃんだよ。もう夜の九時だよ。あの子もずっと心配したてよ。後でちゃんとお礼を言ってね」

「はい……」

「……それにしても、大したもんだよ。MASTERが撤退するきっかけを作ったのが君だったとはね……」

「は?」


 総次が思わず声を漏らすと、真はベッドから腰を上げて総次の方を振り向いて会話を続けた。


「君が最後に技を放ったかぐらいのとき、僕らが駆けつけようとしたらMASTERが一目散に逃げてたんだよ」

「?」


 ちっともピンと来ていないのか、総次は首を傾げた。


「……まあ、僕らが現場に着いた時の君は、疲れて気絶してたから、無理は無いか」

「申し訳ありません。恐怖に負けたくないって思って、無我夢中で剣を振るってたんで……」

「無我夢中?」

「思い出したんです。美ノ宮大学に行った時に、たくさんのMASTERの構成員に囲まれて殺されそうになったことを。また同じ目に遭うんじゃないかって思って、それを振り払おうと、ただただ、必死で……」

「そっか、無我夢中か……」


 総次の発したその単語を復唱する真。


「……総次君……」

「何でしょうか?」


 真は凛とした眼差しで総次を見ながらこう言った。


「一応、忠告しておく。理由はどうあれ、無我夢中で力を振るうのは、今後やっちゃいけないよ」

「……は?」


 何のことか、総次には理解しきれいていなかった。それを察した様子の真が、こう言った。


「今回は初めての戦いで精神的な動揺もあったから仕方ないけど、そんな状態であんな戦い方をしたら味方も傷つきかねない。乱心状態の戦いは可能な限りやめてもらいたい」

「……どうして僕に?」


 突然の忠告に戸惑い、質問をする総次。


「一番隊の隊員達や、麗華からの話である程度想像できる。君の力は確かに大軍を圧倒することは出来るけど、その心でやるには危険な戦い方なんだ。精神が不安定なら尚更ね」

「……精神が不安定……」

「話を聞いて、僕も肝を冷やしたよ。戦場では冷静沈着にあることが大事だよ」

「申し訳ありませんでした……」

「いずれにしても、今日君は初めて戦いに出て、武器を持って戦い、敵の命を奪った……」

「……はい」

「これからも、こうした命のやり取りは続いていくことになる」

「……これからも、いえ、確かに僕は仰る通り、人の命を奪いました。それは覆しようのない事実です。でも、それでも僕はこの現実に慣れないと……」


 そこまで言って口籠る総次。まだ戦いへの恐怖を拭いきれていないようだった。

 そこへ来て真は、総次に慰めるような優しい口調でこう言った。


「……総次君、この状況自体がそもそも異常であるということを、決して忘れてはいけないよ」

「えっ?」


 真のその言葉に、総次は一瞬身体を震わせた。


「椎名さん……」

「この異常な現実を打ち破る為に、僕達は戦っているんだ。戦いの世界と現実に慣れるなら、第一にこのことを考えないといけないよ。それなら狂うことはないと思うよ」

「……肝に銘じます……」


 そこまで言い、総次は俯く。


「何だい?」

「……本当に狂わないでいられるかは、これからの自分次第、と言うことですか?……」

「かも、しれないね」


 真はそう言って組長室のドアの前まで歩いていったが、再び総次の方に振り返った。


「それと君にもう一つ、薫から伝えるように言われたことがある」

「何でしょうか?」

「来週から、君には正式に一番隊組長に就任してもらう」

「えっ⁉ でもまだ適性試験の期間は……」

「今日の君の活躍と、一番隊隊員達からの希望もあった。それに今後麗華も激務が多くなるからね、それを踏まえて、二週間繰り上げで試験は終了ということになった。まあ、結果を見ても納得できたけど……」

「でも、まだ僕は半数程の隊員に認められていないはずじゃ……」

「確かに、まだ君を組長として認めていない隊員もいたよ」

「だったならなおさら……」

「けど、今日の君の戦いぶりは、組長としてやっていけるレベルを遥かに超えている。不安は山積みだけど、、自分達が心の底から組長として認められるか、もっと時間を掛けて確かめたいとも言ってた」


 突然の真の発表に総次は戸惑ったが、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「それに、あの襲撃で僕らも余裕がなくなって来た。特に局長職を兼任したままの麗華だと、組長の仕事に支障が出る。本格的な武力衝突が予想される現状を鑑みると、それは危険だ」

「そう、ですか……」

「来週から君は麗華の手助けなしで本格的な組長の仕事をしなきゃならない。任務によっては、失敗は許されななくなることもある。気を引き締めてね」

「……分かりました」


 すると真は先程までの凛とした表情から一転、優しげな表情になって総次にこう言った。


「まあ、何か分からない事があったら、なんでも周りに聞いていいんだよ。それに今日は君も疲れだろうから、ゆっくり休みな」

「お気遣い、ありがとうございます」

「じゃあ、今日はお疲れさま」


 そう言って真は部屋を出た。


(僕は今日、確実に人を殺した……僕の手はもう……‼)


 そう考えると、総次の両手は震え始めた。恐怖と、罪悪感に心を支配され、逃げたしたい気持ちを否定できなかったのだ。


「でも、目を背けたりは、しない……」


 決意を口にする総次だが、その声に力強さはこもっていなかった。


「総次君、いる?」


 すると今度は、明るい女性の声がドアの外から聞こえてきた。そして総次にはその声を主を把握していた。


「夏美さんですね。どうぞ」


 そう言って総次はドアを開け、夏美を迎え入れた。


「いい? 今」

「ええ。どうなさったんですか?」

「ちょっと、気になってね?」


 そう言いながら総次のベッドの隅に腰かける夏美。


「あの戦いから、君の調子がどうなのか、気になっちゃったの」

「僕の調子、ですか?」

「うん」


 夏美の発言の意図を読みかねている総次。


「だって、初めて人を殺したんだもん。不安とか怖いって思ってるんじゃない……」

「それは……確かに」

「無理ないよ。あたしもそうだったし……」


 夏美はそう言いながら静かに総次の頭を撫でた。


「夏美さんが運んでくださったんですよね。椎名さんから聞きました。ありがとうございます……でも」

「でも?」

「……もう、僕の手は血に染まったんですね……」


 そうつぶやきながら自分の両掌を眺める総次。


「……怖い?」

「そうですね。罪悪感と言いますか、全く愉快な気持ちになれません」

「そうね。そうだよね……」


 過去を思い出すかのようにつぶやく夏美。その表情は今の総次と同じ、非常に不愉快そうなものだった。


「自分で選んだ道だけど、それでも、やっぱり不愉快よ、こんなの……」

「ですが、責任をもってこれからを生きていくと決めた以上、もう歩みを止めることはしません」

「……本心から、そう思ってる?」


 総次の言葉を確かめるように尋ねる夏美。


「……自分の言ったこと、決めたことを覆すつもりはありません」

「そっか……」


 そう言って夏美は腰を上げた。


「大丈夫そうでよかった。このまま引き籠っちゃうんじゃないかなって思ってたから」

「そうですか……」


 総次のつぶやきを聞きながら、夏美はドアに歩いていく。


「あっ、そうだっ!」


 するとドアの手前まで来た夏美が、その場でくるりと総次の方を振り向く。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「はい?」

「……これから、キミのこと、総ちゃんって呼んでも、いい?」


 やや恥ずかしそうに尋ねる夏美。


「……どうして急にそのようなことを?」

「その方が、個人的に親近感が沸くって言うか、なんていうか……」

「はぁ……」

「……迷惑、かな?」

「いいえ、宜しいですよ」


 総次は快諾した。


「そうっ? ありがとっ、総ちゃん」


 嬉しそうに軽く飛び跳ねてそう言った夏美。


「じゃあ、あたしはそろそろ戻るねっ!」

「ええ。ありがとうございました」


 総次に言われ、夏美は部屋を後にした。


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