第12話 麗華の悩み

「やっぱり、大規模な襲撃の可能性は高いのね?」

「ええ。ここ二ヶ月、霞が関や永田町周辺で、既にこちらで顔が割れているMASTERの構成員の姿がよく見られるようになりました」


 情報管理室でMASTERの動向についての確認を行っていた紀子は、パソコン画面とにらめっこをしている管理室の女性室長・波野美月なみのみつきが報告した内容に、不安げな表情を浮かべた。


「各支部の動向はどうなっていますか?」

「霞が関周辺の三つの支部でMASTER支部を四つ発見し、新戦組支部と大師討ちが一斉検挙しましたが、恐らくこの程度では緩和にもならないかと……」


 紀子の隣で尋ねた鋭子の質問に、美月は掛けている眼鏡をクイッと指で上げながら報告した。


「ということは、引き続き要注意ってことになるわね……」

「『永田町周辺の警備・警戒は本庁が主導を』という彼らの言葉を信用したものの、MASTERの動向を大師討ちや公安が行うならまだわかりますが……」


 鋭子は腕を組んでため息をつきながらつぶやいた。


「彼らは日本の首都東京を守る最後の砦よ。万一の事態になれば全ての部が垣根を越えて対処すると総監も言ってたわ。彼らの組織力とプライドを信じましょう」


 紀子はそんな鋭子の左肩に手を置いて宥めるような声で言った。


「それもありますが、沖田君がどうなるかが気になりますね」

「それは……確かに気になるわね」


 鋭子は紀子の方に身体を向けてこう言った。


「万一実戦になった時にしっかりと動けるか、実戦は命の取り合い、心の隙は即ち命を落とすことに等しいです」

「身を守るだけでなく、何かを守る為に殺し合いの中を生きられるか、ということね。確かに麗華ちゃんが心配するのも分かるわ」

「ええ……」

「でもそれは、初めて戦場に出た時の私達も同じ。一緒に支えましょう?」

「ええ。私も同感です」


 鋭子は紀子の言葉を聞いてそう言った。


⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶



 局長室の机から見て真正面の壁に掛けられている振り子時計は午後九時を指していた。この時間は新戦組の全ての隊員達の仕事が終わる時間となっている。一日の仕事を終えて座っていた麗華がデスクの右側の棚に置かれているコーヒーメーカーで淹れたばかりのコーヒーを飲んでいると、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」

「沖田です」


 入ってきたのは総次だった。総次は入るなり手にしていた一番隊の活動日誌を麗華に手渡した。


「ご苦労さま、総次君」

「局長もお疲れ様です」

「今日はどうだったかしら?」


 麗華は手渡されたノートを受け取りながらこんなことを聞いた。


「業務上は特に問題なしです。ただ、相変わらず半数程の隊員が白い目で僕を見てましたが……」


 項垂れながらそう言った総次。そんな総次の言葉を微笑みながら聞いた麗華は、手にしてたコーヒーカップを机に置いてこう言った。


「まだあと二週間あるから、そんなに落ち込まなくてもいいわ」

「ですが、何だか情けないです」

「修一君も夏美ちゃんも冬美ちゃんも、最初はあんな感じだったわ」

「それでも、他の隊の方々に後れを取らないようにしないとって思うと……いつ何があるか分からないというのに、こんな感じでは……」


 尚も焦りの言葉を言い続ける総次。そんな総次を見た麗華は席を立って総次に近づいてギュッと彼を抱きしめた。


「局長?」

「……ごめんなさいね、総ちゃん。私達の勝手な理由でこんな思いをさせちゃって……」

「……何かあったんですか?」

「えっ?」


 抱きしめられた総次の言葉に、麗華は一瞬怯んだ。


「もう職務は終わったし、こんな感じに接してもいいのよって言いたくて……」

「……先日言ったことをお忘れですか? 今の僕とあなたは上司と部下の関係だと」

「そう、だったわね」


 総次にそう言われ、麗華は姿勢と態度を改めた。


「一番隊に、部隊のことや新戦組について教えてくれた隊員がいて、その方達から『聖翼の命日』の時の詳しい話を伺う事が出来ました。本当に大勢の人が、友人や恩師、家族や恋人を殺されたと……」

「ええ、皆そうよ」

「聞いてると、まだまだ僕自身の覚悟が足りないと思い知らされました」

「そう……」

「なので、誰よりも覚悟を決めて職務に臨まなければと、改めて思いました」


 総次の目は強い覚悟を決めた目だった。麗華との一本勝負の時に見せた狼にも似た鋭い眼差しだった。


「……確かに、立派な覚悟ね」

「そんなことは……では、僕はこれで」


 そう言って総次は局長室を後にした。


「はあ……」


 総次が部屋から出た直後、麗華は深いため息をつきながら椅子に座った。すると再び扉の開く音が聞こえ、薫が入って来た。


「随分凛々しい目をしてたわね、あの子」


 薫にそう尋ねられた麗華は先程の総次との出来事を話した。


「仕事熱心なのはいいことよ」

「だけど、急にあの子が遠くなったように感じたわ。試験が始まってからは特に……」

「あの子が誰よりも仕事に打ち込んでるからよ。今の一番隊は他の隊と比較して統率という点で後れを取ってるのは否めないから、その差を早く埋めないとって頑張ってるんでしょう。それに……」


 薫は麗華の心配そうな表情を見ながら尚も話を続けた。


「一度入隊し、組長候補として歩き出すという戸惑う状況の中で、今組長としての責任感を持って職務に励んでもらって私としては有り難いわ。その上で自分がこれからどうすればいいかを考えたり、他の人にアドバイスをもらって改善しようと努めてるのはいい傾向だわ」

「そうね……あの子、一度やると決めた事には徹底的にやり込む子だったわ……異常とも思えるくらいの集中力で、周りが怖いと思う程……」

「あなたがそれに怯えてどうするのよ。局長としてシャキッとなさい」

「そう、ね。そうしないとね……」


 薫にそう言われても尚、麗華は総次への心配を払拭しきれない様子だった。







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