第11話 一番隊組長候補・沖田総次
「最近の沖田君はどうかしら?」
局長室で麗華の資料整理を手伝っていた薫は、髪をポニーテールに結って仕事をしていた麗華にそう尋ねた。今日は総次の組長候補としての適性試験が開始して十三日目だった。
「五分五分ってとこね。隊員達の人心を掌握するには、まだまだ時間が掛かるわ」
「そう。じゃあ組長としての仕事の方はどうかしら?」
「問題ないわ。分からない事があったら隊員達や他の隊の組長達に聞いて仕事を覚えて行ってるわ。でも、僅か三日で全ての仕事を覚えたのは驚いたわ」
麗華は手元の資料を縦に束ねて机でトントンと揃えながら言った。
「あなたも以前言ってたように、あの子の学習能力は桁外れに高いわ。でも、これは予想以上ね。となると問題は……」
「あの子が隊員達から、組長としての信頼を得られるかどうか、ね」
「過酷な道のりになるわね……」
薫達は改めて、総次を組長として迎えることの困難さを覚えた。そうこうしていると局長室の扉が開き、訓練場で隊の演習を終えた真が入ってきた。
「おや? お取込み中だったかな?」
「大丈夫よ、真」
そう言った麗華に、真は演習報告書を手渡して話を続けた。
「ここに向かう途中、購買部で総次君を見かけたよ。ようやく彼の隊服が出来たみたいで、受け取りに来てたよ」
「予定通り来たのね。それにしても……」
麗華は暗い表情になって俯いた。
「……助けた時からずっと、あの子の笑った顔を見てないわ……」
麗華は薫の方を向いて不安そうな表情で話した。
「事情が事情だから仕方ないわ。それに仕事に関して言えば、責任感を持ってやってもらわないと困るわ」
そんな麗華に対し、薫は冷徹に言葉を返して続けた。
「それにそうなったのは、覚悟を決めたからと思うわ。これから先の仕事は命がけのものばかり。相応の覚悟が必要なのだから、彼の態度は当然のものよ」
「でもそれが一番試されるのは実戦に出てからだよ。何しろ戦場では、殺すか殺されるかだから」
「そう、それ次第で、本当に新戦組の一員として戦えるか、組長として彼らを率いられるかが問われてくるわね」
そう言った麗華だが、未だ不安を拭えない様子だった。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
フリールームの購買部で取り寄せた隊服に袖を通した総次は、同ルームの一角の椅子に座って自販機で買った紅茶を啜っていた。
彼が注文した隊服はデザインこそお馴染みのものだが、羽織の上から、夏美達に助けられた時から着ていた漆黒のコートをマントのように羽織り、その肩口には落ちないようにコートの一番上のボタンに合わせたボタン穴がつけられている。テーブルの上にはトレードマークの黒帽子が置かれていた。
「やほー、総次君!」
すると右手に本を抱えた夏美が、自慢のツインテールと巨乳を揺らしながら総次に近づいてきた。
「あっ、やっと隊服が出来たんだ」
「ええ」
夏美は険しい表情で答えた総次の隣の椅子に腰を下ろした。
「あれ、そのコート……」
「ああ、これですか……」
総次は右肩に手を置いて目を細めた。
「僕の叔母が高校の合格祝いに買ってくれたんです。これ着てると、叔母が守ってくれるような感じがするので……どうしても手放せなかったので無理を言って羽織れるよう頼んだんです」
「お守りなんだね……それで一番隊はどう?」
「まだ半分の隊員達から反発されてます。無理ないです。今まで局長の指揮を頼りにしていた方々からすれば」
「でも真さんも修一さんもすっごい褒めてたよ。会議で反対してた佐助さんも、仕事ぶりは申し分ないって言ってたし、このままいけば組長になれちゃうんじゃないかな?」
ニコニコ笑顔で夏美はそう言った。傍から見ても不愛想な総次とはつくづく対照的という事が分かる光景だ。
「……改めて考えて見ても、一番隊の内部事情で組長になれって言われた時は驚きました。一隊員として戦うかと思ってたので……」
「驚いたのはあたし達の方よ! 三日で組長の仕事全部覚えたり、隊員達の特徴まで覚えちゃって、あたしだって二ヶ月も掛ったんだから!」
夏美はそう言って頬をぷくうっと膨らませた。すると総次は夏美が持っていた本に目をやった。
「夏美さん、この本……」
「兵法書よ。この間副長がね、なんか近いうちにMASTERが大きな襲撃をしかけそうだからって言ってたから、隊のフォーメーションとか動きとか、戦術をちゃんと勉強しようかなって思ったの。総次君もどう?」
「いえ、小六の時に一回読みました。確かここだと地下二階の書庫の一番奥の七段目の棚の十二列目のところにあったやつですよね?」
「えっ?……そ、そうだったかな……?」
「そうですよ、十日前に書庫に行ったときにそこで見つけました」
「へ、へぇ……よくそんなこと覚えてるね……」
夏美は驚いたような表情をした。総次は本を見ただけで、書庫の何処の棚の何列目に置かれているのかを覚えているなどと、普通であれば有り得ないからだ。大抵はそんなとこまで記憶しようとはしないものだ。
「よっ! 総次に夏美ちゃん」
するとそこに未菜と共に修一がやってきて二人に声をかけた。
「修一さんに未菜ちゃん! そっちも休憩?」
「ああ、俺の隊の稽古が終わったからな」
修一は近づいてきた夏美にそう言いながら自分の右腕に左腕を絡めている未菜の方を見た。見ると右手には本を抱えている
「私は書庫で医療関係の本を探してて、見つかったからここに行こうとしてたところをバッタリねっ!」
そう言って未菜は修一の腕に絡めていた自分の腕をより強く絡めた。
「相変わらずお熱いですね、お二人さんっ!」
夏美のふざけた言いぶりに頬を赤くした二人は、そのまま総次の向かい側の椅子に共に腰を掛けた。
「おっ、総次も遂に隊服に袖を通したか。着心地はどうだ?」
「問題ありません」
総次はいたって事務的に修一の言葉を返した。すると総次は未菜が手にしている本に目を向けた。
「あの、水野さんが持ってる本って、緊急事態の時の応急処置マニュアルですよね?結構詳しく書かれていて勉強になりました」
「あれ? 総次君も読んだの?」
「一週間前に。確か入って直ぐにある棚の六段目の十列目にあった本ですよね? あの棚、結構医療関係の本があって、医療部の方がかなり参考にしている資料も多いようなので勉強になりました」
再び本が置かれていた棚の場所まで話し出した総次に、未菜も修一も夏美も呆気にとられていた。
「す、凄いね総次君……」
未菜は戸惑う素振りを見せながらも総次に言葉を返した。すると修一はテーブルから身を乗り出して恐る恐る総次にこんな質問をした。
「なあ総次、まさかと思うけど、書庫の本を全部読んだとかないよな……」
「ええ、貯蔵されていて、今の僕でも許可なく読める五万冊全部、十日で読み終えました」
信じられないようなことを言い放った総次に、三人は再び唖然とした。
「ねえ総次君、ひょっとして速読が得意とかって……」
そこで夏美が恐る恐る総次に尋ねたが……。
「一冊二十秒もあれば読めますよ。ページ数によっては四十秒掛かることもありますけど」
当たり前と言わんばかりの口調で総次はそう返した。
「す、凄えなお前……」
「書庫の管理人の人に話を聞いたら、組長以上の隊員しか閲覧できない書物もあったらしいんですけど、正式な組長じゃない僕にはまだ読ませてくれませんでした」
総次は無念を覚えながらそう言った。彼としても、組長以上にしか読めない本に興味があったからだ。すると総次は帽子を手に取り席を立って飲み終えた紅茶の缶を、買った自販機の右隣に置いてある分別箱に入れた。そのまま総次はコートの右ポケットに入れていたスマホで時間を確認した。
「そろそろ仕事に戻ります」
「そっか。確かあと二週間だったよな、組長の適性試験」
「無理だとは思いますが……」
「何言ってんだよ。先輩組長達がいっつも話してんだぜ。お前の仕事ぶりは凄ぇ的確で無駄が無くて、覚えんのも早えって評判だぜ」
修一は自虐する総次に対してこうエールを送った
「ありがたい言葉ですが、隊員全員が納得していただかない限り、僕は組長に相応しくないと思います」
「随分厳しいなぁ……でもまあ、俺の時も色々反発の声はあったぜ。信頼ってのは、そっから場数を踏んで徐々に得ていくもんだよ。今のお前なら間違いなく就任出来ると思うけどなぁ……」
「ですが、僕が彼らの立場だったら納得いかないと思います。だからこそ、もっと精進しないと……」
「そっか……まあくれぐれも、無理だけはすんなよ」
「ありがとうございます。では」
そう言って総次はフリールームを出た。
「よっ、修一」
「お疲れでごわす」
「佐助の兄貴‼ 助六の兄貴‼」
すると総次と入れ違いに、三番隊組長の鳴沢佐助と、四番隊組長の剛野助六が入って来た。
「あいつに何かあったのか?」
佐助は先程総次が座っていた席に座り、正面に座っていた修一に尋ねた。
「特に何もないっスよ」
「そうかねぇ。色々抱え込み過ぎてる感じがすんだがなぁ。表情も硬いままだし」
「確かに、不愛想って言うかなんというか……」
「だろ? やっぱり心配だぜ。助けられた時からあんなんで、ちょっと不気味に感じるぜ」
「不気味っスか?」
修一は首を傾げながら言った。
「でも、総次の仕事ぶりは佐助の兄貴だって評価してたっスよね?」
「それとこれとは話が別だ。あのストイックさは近くにいると恐怖を感じる。何か、とんでもなく無理してるっていうか……言葉じゃうまく説明出来ねえな。薫も薫で、ちゃんとオチビちゃんのことを見てんのか分かんねえし……」
「では佐助殿には、総次殿がどうなることが怖いと思うのでごわすか?」
総次についてそう語る佐助に、助六は彼の隣の席に座ってこう尋ねた。
「怖いって訳じゃねぇけど、心配なんだよ。自分を殺してるみたいで……」
佐助は目を細めてテーブルに出した両手を見ながらそう言った。
「まあ、俺も似たようなことは思ったっスよ」
「修も?」
「たまに自分の心を、無理やり押し殺してるって感じはあるなって……」
「確かに、私もそんな風に見えるわね」
修一も未菜も、総次の今の様子を心配していた。
「隊員としては大歓迎なんだけど、後は一番隊の気持ち次第か……」
そう呟いた佐助の言葉には、これからも反発を免れないだろう総次の組長としての未来への不安が含まれていた。
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