第10話 総次の決断
翌朝の午前九時。総次は昨夜麗華に言われた通り局長室を訪ね、薫から衝撃的な提案を聞くことになった。
「僕を、新しい一番隊の組長に推薦したい……ですか……?」
話を聞いた総次は一瞬身体が硬直した。隊員として入隊するならまだしも、組長にしたいというのは全くの想定外だったからだ。一方で麗華は局長席に座って薫の言葉を険しい表情で聞いていた。
「明日からの一ヶ月間をテスト期間として、就任の合否を決めるわ」
「……一つ、質問をしてもいいですか?」
総次は薫に向かって静かな声でつぶやくように尋ねた。
「僕でなくとも、一番隊の中から選出することも出来るんじゃないんですか?」
「普通ならね。でもこうするのには、一番隊の現状に原因があるの」
「現状?」
「一番隊は局長である麗華が組長を兼任しているの。去年まではそれでも問題なかったのだけど……」
「この一年でMASTER絡みの事件が多くなって、局長の仕事と一番隊組長の仕事を両立することが難しくなったの」
麗華は薫の言葉に続いてそう言った。
「一番隊のメンバーから新しい組長を選出することも考えてはいたけど、エリート部隊の一番隊の隊員達全員を納得させるだけの能力を持った組長を選出するのは困難だったの。そこに現れたのがあなたよ」
薫はそう言いながら総次を指差した。更に薫は話を続けた。
「昨日の麗華との勝負で見せた力は、既に一隊員としての能力を凌駕しているわ。それは私だけじゃない。あの場にいた全員が認めているわ」
「それは有難いんですけど、それだけでは務まらないと思うんですが……」
総次は不安という気持ちを素直に表に出して尋ねた。
「そこで沖田君に聞きたいのだけど、どんな形でもいいわ。これまで人をまとめる立場、まあ部活での部長職とか先輩後輩関係でもいいんだけど、そういった経験はあるかしら?」
「……中学時代に剣道部で後輩の指導をしてましたが……」
「十分だわ。他に分からないことがあれば、周囲にアドバイスを仰げばいいわ」
「はぁ……」
総次はあまりのことにため息が出た。
「不安かしら?」
「……これが普通の会社ならブラック企業認定まっしぐらですよ」
「この組織は企業でなくて、義勇軍みたいなものだけどね」
「ですが、その程度の能力で本当にどうにかなるのですか?」
「さっき言ったでしょ? 心配はないって」
「過大評価し過ぎでは?」
「勿論、向いていないと判断すれば一番隊の隊員として配属されるわ」
「そう、ですか……」
(……新戦組に入隊すると言った時点で、これ以上僕があれこれ言う資格はない。自分で退路を断ったんだからな……)
総次としては不安が大きかったが、昨日の決意を胸に覚悟を決めた。
「……受けさせていただきます」
総次は薫の目を真っ直ぐ見ながらそう宣言した。
「その覚悟を忘れないでね」
薫は笑みを浮かべてそう言った。すると麗華が局長席からすくっと立ち上がって総次の方へ向かった。
「……では総次君、これからあなたを一番隊の隊室に案内してあげるわ」
「分かりました、局長」
そう言われた総次は麗華に案内されて応接室を出た。
⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶
一番隊を含む各隊の隊室は、全て地下三階に存在している。総次は麗華に連れられて局長室からすぐ出て真正面にあるエレベーターに乗ってそこに降り、薄暗い廊下を歩いていた。その道中に総次はあることが気がかりになり、案内してくれている麗華に向かってこう尋ねた。
「あの、僕が局長の代わりの組長候補になることは、一番隊の人達は知っているんですか?」
「ええ、あなたが起きる前に話したわ」
「反応は、どうでしたか?」
「納得していない隊員達の方が多いわ。何しろ、新参者がいきなり組長候補になるだなんて、今までなかったんだもの。無理ないわ」
「何か言ってましたか?」
「『なんであんな小さい子に任せるんですか』とか『力はともかく、指導力はどうなのか』とか、まあ、予想してたとはいえ散々なものだったわ」
「そうですか……」
麗華を通じて聞いた一番隊の隊員達の言葉に自信を無くしそうになった総次は、言葉が徐々に小さくなった。
「仕方ないわ。それでも『一番隊の隊員として入隊すること自体は問題はない』というのは共通の認識だったわ」
「……そうですか」
補足という言う形で伝えた言葉も虚しく、総次は相変わらずひそひそ話をするかのような声でつぶやいた。
「……到着したわ。ここが一番隊の隊室よ」
そう言って麗華は廊下の右側にある木で出来た大きな門の前で立ち止まった。門の上の木の板には大きな墨の文字で『一番隊』と書かれていた。
「ここが……一番隊の人達がいる部屋……」
「ええ、今日からあなたはこの部屋の向こうにいる人たちと一緒に仕事をするのよ。分からないことがあったら、私でも何でも聞いていいのよ」
「どういうことですか?」
「あなたはまだ候補者。つまり正式な組長ではないから、一か月間は私と一緒に仕事をするの。だから、分からないことは私や、他の組長達に聞くことよ」
「分かりました」
そう言って総次は再び門を見て、大きく深呼吸をした。
「では……行きます!」
そう言って総次は門の右側にあるボタンを押して門を開いた。中は訓練場の三分の一程度の広さだった。総次が入ってすぐに新選組の羽織を着た百人程の青年達が一斉に門の方を振り向いてざわついた。全体の三割方は総次を歓迎するような表情だったが、残り七割は総次を睨み付けるかのような目つきをしていた。
そんな視線を感じながらも、総次は麗華に手を引かれて部屋の奥にある檀上まで案内された。
「……あの、えっと……」
「委縮しちゃうのは分かるけど、気をしっかり持って」
「でも……」
そうは言われても委縮してしまうのが普通だろう。すると麗華は壇上にいた一人の隊員からマイクを受け取った。
「皆、今朝も説明したように、明日からの一か月間、沖田総次君を一番隊の組長候補として迎え入れるわ。急な話になって戸惑っちゃうと思うけど、宜しくお願いね」
組長であり、現一番隊組長の麗華がそう言っても、不満な表情をしていた隊員達の表情が簡単に変わる訳でもなく、相変わらずムスッとしていた。そんな彼らの態度など、どこ吹く風のように受け流した麗華は、突然総次にマイクを渡してこう言った。
「何か、みんなに言いたいことはあるかしら?」
「言いたいこと……ですか……」
総次は答えに詰まった。突然マイクを貰っても見事な演説が出来るような即興性に自信がある人間ならまだしも、総次にそんなことができるスキルはなかったのだろう。
「いきなりそんなことを言われても、何て言ったらいいのか……」
「自己紹介でも何でもいいわ。まずは皆に自分のことを知ってもらわないと、何も始まらないわ」
総次は左手に持ったマイクを構えて自己紹介を始めた。
「はぁ……えっ、えっと……沖田総次です……」
再び総次は言葉に詰まった。マイクを持つ左手が震えているのが見える。そして隊員達は壇上で言葉に詰まってオドオドしている総次を再び睨んだ。
「……まあ、別に無理に言うことは無いわ。この後に時間を設けて、改めて自己紹介をしても……」
総次の近くに寄った麗華がそう言いかけた瞬間、急に総次が手にしていたマイクを置いて土下座したのだ。当然それを見た隊員達や麗華が唖然としたのは言うまでもないことだ。そして総次は土下座しながらこう話しだした。
「……今日から一番隊の組長候補として配属されましたが、入隊して間もない僕は、新戦組のことも、一番隊のことも何も知りません。ですから……」
総次は土下座の態勢から頭だけを上げ、唖然としたままの隊員達の方を向いた。
「……僕に、教えてください。一番隊のことを、新戦組のことを……皆さんの知っている全部を……どうか、よろしくお願いします」
言葉が終わりに近づくにつれ、総次の声が小さく震えていった。心の底からの声を、はっきりと口にした精神的な反動が表面化したからだ。声だけでなく、体も震えているのが分かる。すると隊員の一人である青年が壇上に上がって総次に手を差し伸べた。
「……今日からよろしく。沖田君」
その言葉に続いて部屋からちらほらと「よろしくな」という言葉や「今日から同僚だぜ」といった言葉が聞こえてきた。
総次が辺りを見渡すと、先程から睨んでいなかった隊員達がそう言っていたのが分かった。先程まで睨んでいた隊員達は未だに呆気に取られているのも分かった。
総次は手を差し伸べてくれた青年の手を取り、すっくと立ちあがり、床に置いたマイクを手にした。
「ありがとうございます。組長としての仕事は明日からですが、今日から宜しくお願いします」
彼らの言葉を聞き、不安げな表情を凛とした表情に変えて総次はそう言った。まだ睨んでいる隊員達もいるが、それでも総次は自分の選んだ道に対して後悔することなく突き進もうとしていた。そして麗華はそんな総次の姿を、微笑ましそうに眺めていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます