第9話 新戦組の一人として戦うこと……。

「お帰り、麗華姉ちゃん」

「ただいま、総ちゃん。もうシャワーは浴びたのね」


 時刻は午後十時を回っていた。一日の仕事を終えて局長私室に戻った麗華の視線にまず入ったのは、ベッドに腰を掛けて休んでいた総次だった。麗華は上に着ていた羽織をドアの近くに立てかけてある上着掛けに掛けた。


「この部屋にシャワーがあってびっくりしたよ。てっきり別の部屋にあるかと思ったよ」

「組長以上の幹部の部屋となると、それくらいの設備はあるわ」

「麗華姉ちゃんは?」

「私は一本勝負が終わってすぐに入ったわよ」


 麗華はそんな総次の姿を見て一瞬面を伏せたが、直ぐに上げて総次の言葉に答えた。


「……どうしたの?」

「ううん 何でもないわ。ところで、疲れは取れたかしら?」

「もうこの通りだよ」


 そう言いながらベッドから立ち上がってその場でピョンピョン飛んだり身体を捻ったっりしてアピールする総次。傍から見ればかなり愛くるしい光景である。


「麗華姉ちゃんは?」

「私も大丈夫よ」


 麗華はそう言いながら腰に手を当てて背筋をピンッと伸ばして言った。


「さっき南ヶ丘学園に連絡を入れたわ」

「それで先生や学園長には何て言ったの?」

「お二人にだけ全てを話したわ。学校にも、卒業式には総ちゃんが一身上の都合で出席できないって伝えると言ってたわ」

「そうなの……」

「それと、あなたのことを、どうかよろしくお願いしますって頼まれたわ」

「何から何まで、本当にありがとう、麗華姉ちゃん」

「どういたしまして」


 そう言って麗華は総次に向かってニコッと笑った。


「それにしても……やっぱり麗華姉ちゃんは強いや。僕もあれから結構稽古を積んだつもりだったんだけど、まだ勝てないなんて……」

「私と総ちゃんじゃそもそもキャリアに差があるわ。それでもああやって戦えたんですもの。総ちゃんがあんなに強くなっててびっくりしたわ」

「その割には最後の時しか本気を出さなかったのは結構傷ついたけど……」

「次に戦う機会があるかどうかは分からないけど、その時には、私が本気を出せるくらいには強くなってればいいわね」


 麗華は茶目っ気を含んだ笑みを浮かべてウインクしながらそう言った。


「勿論だよ。それで麗華姉ちゃん、えっと……」


 総次はこの先を言おうとして言葉に詰まった。


「大丈夫よ。総ちゃんがどこに配属されるかは明日発表するわ。本格的に仕事を行うのは明後日からになるけどね」

「そう……」

「それと総ちゃん、これからの事について、明日応接室で朝の九時から話し合いがあるから、忘れないでね」

「分かった、明日の朝九時だね」


 麗華はそう言いながらベッドに腰かけた。総次もその様子を見て麗華の隣に座った。


「ところで、いい加減教えてくれる?」

「な、なに?」


 急に問い詰めるかの口調で総次に迫られ、麗華は戸惑った。


「南ヶ丘学園の名前を出そうとすると、時々話を遮る理由。何か訳ありなの?」

「……そうね。そろそろ話すべきね……」


 決心した様子の麗華は、深呼吸を一つついてから総次の方を見て、こういった。


「南ヶ丘学園を始めとして、闘気研究をしている大学からは、関係資料のコピーと、闘気を使った試作品機器を提供してもらってるのよ。あの闘気バリアも南ヶ丘学園からのものよ」

「えっ⁉」


 衝撃的な情報を耳にして驚きと戸惑いに同時に襲われる総次。


「このことは極秘事項だから、恐らく南ヶ丘学園でも南ヶ丘風音みなみがおかかざね学園長以下、かなり少数しか知らないと思うわ」

「学園長も知っていたんだ。と言うことは、僕が新戦組に入隊することになったのを聞いても、説得もある程度しやすかったってことなんだね」

「受け入れてくれるかどうかは、別問題だけどね。何しろ私達がやって来たこと、そしてこれからもやることは戦闘行為。つまり、敵味方の殺傷が前提となることなんだから」

「……」


 無言になって考え込む総次。


「今になって、こんな選択をするんじゃなかったって思ってる?」

「え?」


 突然の麗華の言葉に、総次は驚きで身体を小さくビクッとさせた。


「いっそ警察に身柄を引き渡してもらうべきだったって、そう思ってる?」

「それは……」

(もしそれが出来たのなら、この道を選ぶことはなく、警察で事情聴取を受けることになっていた。でもその後に待ち受けてるのは……)


 総次は考え込んだ。例え警察の事情聴取を終えてこのまま卒業し、滑り止めの大学に行ったとしても、資金の都合で間違いなく留年する。そうなった時、就職活動は困難を極め、結局資金も尽きて路頭に迷うだろう。


「……考えても、僕にとって明るい未来に繋がるかの保証はない。この道を選んでも、別の道を選んでも、あの襲撃に遭ってしまった以上、もうどうにもならない。ならば……」

「自分の選んだ選択肢に責任を持つ、でしょ?」


 その言葉は、幼少期から総次が常日頃から言っていた気まりん文句のようなものである。そしてこの言葉を総次に教えたのは、他でもない叔母の愛美である。


「はぁ、全くもう……」


 そう言い終えると、総次はベッドに思いっきり背から倒れた。


「……なんだかこの二日でいろんなことに巻き込まれて、時間の流れが遅く感じるよ……」

「そうよね。総ちゃんもそう感じるよね。無理ないわ」

「えっ……?」

「私達もそうだったの。今の総ちゃんと同じ。本当にあの時は時間の流れを遅く感じたわ」

「あの時って?」


 急に暗い面持ちになった麗華を見て、総次は彼女の顔を覗き込みながら尋ねた。


「……総ちゃんは五年半前の聖翼大学の学園祭の事件を覚えてるかしら?」

「ニュースや新聞、ネットでも、名門私立大学への過激派民間政治団体による無差別テロだって。でも鎮圧されて万事解決したって言ってたけど、まさか……」


 総次は確認を求めて麗華の顔を見た。


「MASTERによるものよ。というより、あれが彼らの宣戦布告だったの」

「そうだったんだ……」


 すると総次は、改めて気になっていたことを尋ねた。


「新戦組はどうして出来たのかっていうことなんだけど……」

「公式には警察が鎮圧したってあるけど、闘気を扱った私達も決して無関係ではないの」

「え?」

「私や真達が、生存者を助ける為に敵を迎え撃って、それを駆けつけた警察が目撃してたの」

「そうだったの……」

「更に事情聴取で、薫が警察庁警備局長の娘ってことと、私と真が大企業経営一族に連なる者なのが知られたの。そしたら……」

「そしたら?」

「一部の警察官僚が薫のお父様に、公的機関に属さない、闘気を扱える第三者的組織を創設したいって提案をしてきたのよ」

「闘気を使えるって、それは麗華姉ちゃん達のこと……」

「当然薫のお父様や、お爺様と真のお父様も慎重論を唱えたわ」

「それで、どうなったの?」

「この話が私達にも持ち掛けられたのよ。佐助も助六も悩んだわ」

「それでも、戦うことを選んだんだね」

「……このまま逃げ続けても、またテロの脅威にさらされるだけ。それに私達には……」

「闘気の理念が後押しした……」


 そう言われた麗華は静かに頷いた。


「私達はその理念に従う決意をしたの」

「それが、麗華姉ちゃん達を戦いに挑むきっかけになったんだね」

「何より、薫が組織の設立に一番協力的だったの。それが生き残った学生の心を動かしたわ」


 そう言って麗華は総次に優しく微笑んだ。


「でも、反対した人達が多かったんじゃないかな?」

「当然よ。だから無理強い出来なかったわ」

「でも、こんなに多くの人がいるってことは……」

「まあ、佐助が煽ったのが決め手になったのかな?」

「鳴沢さんが?」

「警察も当てにならないなら、自分達でやるしかないってね」

「ほとんど脅迫だね……」

「それだけ切迫した状況だったのは確かよ。だから警察も大師討ちを立ち上げたの」

「大師討ち?」

「警察のMASTER専門部隊よ。母体となった公安はあの事件が起こる前から彼らの動向は監視していたんだけど、警察庁警備局長の薫のお父様の発案で出来たの」

「でも、大師討ちでも実態を把握しきれていないんだ……」

「実際、組織の末端の人間を逮捕したり、ある程度の規模の襲撃や暗殺は、警察との連携もあって未然に防ぐことはできたのだけど、全てを防ぐということは出来なかったわ」


 総次は納得しながら俯いた。


「MASTERのやり方の半分は虐殺や要人の暗殺よ」

「残り半分は?」

「二、三年前からなんだけど、政治家や官僚、各界の権力者の違法行為や汚職を、音声データや物的証拠と共にネット上に公開し、社会的制裁を与えるってことが始まってるわ」

「発信源は特定できたの?」

「全て出来たけど、ハッカーには半分以上の確率で逃げられ、放置されていたPCも携帯もタブレットも修復不可能なまでに壊されてたし、アジトを調べても本部の情報は皆無。運よく捕まえられた人達も全員、本部の場所は知らなかったの」

「そうだったの……」

「でも捜査を続けている内に、一つの可能性が見えたの」

「可能性?」


 前のめりになって麗華に尋ねる総次。


「発信源は全て東京以外からで、都内からは一度もなかったの。大師討ちと協議して浮かび上がったのが……」

「連中の本拠地は、都内があるかもしれない……」

「東京に情報関係の支部を置くと、あっさり本部を割り出される恐れがあると思ったのでしょうね。ハッカー達のアジトを二年半以上潰してきた積み重ねが、この可能性を導き出したわ。それも二ヶ月前のことなんだけどね」


 苦笑いしながらそう言った麗華からは、情けないという感情が滲み出ていた。


「それで、割り出された都内のMASTERの拠点に公安のスパイを潜り込ませて更なる情報を得ようとしたんだけど、彼らからの連絡が一度もなかったの」

「消されたかもしれない、と?」

「あり得るわ。以前捕らえた構成員の中に、元公安警察の人間もいたから、その手の情報や捜査手法を把握してるかもしれないわ」


 それを聞いて総次は愕然とした。


「一刻も早く見つけないと、同じことが繰り返されるわ」

「もしかして、美ノ宮大学が襲われたのも……‼」


 はっとしながら尋ねた総次に、麗華は無言で頷いて肯定した。


「ええ、米村教授と武山教授。あの二人は元々外務省の官僚で、現役だった四年前まで公金横領を始めとして、数多くの汚職に手を染めてたわ。当時の東京地検特捜部は二人の汚職を突き止めきれず。結局二人は美ノ宮大学に何事もなく天下りしたわ」

「MASTERはそれを突き止めて彼らを殺した。関係ない人達まで巻き込んだ……」


 麗華の説明を聞き終えた総次を、麗華は悲しげに見つめていた。


「忘れられないわ。聖翼大学が襲われて、多くの人が為す術なく殺される光景は……」

「麗華姉ちゃんも、僕と一緒だったんだね……」

「後悔は、ないのね?」

「自分で決めたことだよ。僕も戦う」


 固い決意をした総次の言葉に、嘘はなかった。本心からの言葉だからだ。


「明日からあなたは正式な新戦組の一員となるわ、総ちゃん。いえ、沖田総次君」

「分かりました、鳳城院局長」


 総次も、そんな麗華の毅然とした態度に答える形でそう言った。


「もう夜も遅いわ。今日も一緒に寝ましょ?」

「いいの? 二日連続で……」


 昨夜も総次は麗華と一緒のベッドで寝たのだ。それは小学生時代に麗華の家へ泊りに行った時や一緒にキャンプに行った時以来で緊張したらしい。


「いいのよ。また子守唄を歌ってあげるわ」

「子ども扱いは変わらないんだね」

「ふふ、もう癖になっちゃったみたいだわ。でも私もこれからは直していくわ。明日からの私と総ちゃんの関係は上司と部下ですもの」

「そうだったね……」

「それと、明日から総ちゃんの部屋が変わるから、また夏美ちゃんに案内してもらうわ」

「何から何までありがとう、麗華姉ちゃん」

「いいえ、じゃあ、おやすみなさい」


 麗華はそう言ってベッドに入った。総次もそれを見て麗華と一緒のベッドに入り、麗華の方を見た。


「おやすみなさい、麗華姉ちゃん」


 総次はそう言いながら深い眠りにつくのだった。



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