第7話 総次vs麗華 10年ぶりの対決
午後二時五十五分。総次は夏美に、本部地下四階の訓練場前に案内されて到着していた。そこにはフリールームや食堂に匹敵する大きな扉があった。
「本部所属の隊員達が使う訓練場で、最大収容人数は三百人以上。二つや三つの隊が合同で訓練することもあるよ」
「ここの施設はどれもこれも大きいんですね」
「まあ、本部に所属している人達だけでも、諸々合わせて二千五百人はいるからね」
「……もう驚けません……」
規模の違い過ぎる表現をされ、総次の思考は既に追いついていなかった。そんな雑談をしていると、先程総次と夏美が乗ってきたエレベーターの開く音が聞こえた。出てきたのは、先頭から真、修一、冬美、勝枝の四人だった。総次は先頭にいた真に話しかけた。
「椎名さん……」
「試合形式は聞いているかな?」
「上原さんから、模造刀を使用した一本勝負だと聞きました」
「実戦形式の試合の経験は?」
「南ヶ丘学園で、闘気の稽古と並行して何度か」
「そんなこともやってたのか……」
総次の話を聞いていた修一は感心したようにそう言った。それは勝枝や冬美も同じだったようで、二人共頷いている。
「麗華の戦い方は覚えているのか?」
勝枝は総次に近づいて尋ねた。
「何度も戦いましたからね。負けっぱなしでしたが、今の僕なら食らいつけると思います」
真剣に、かつ凛とした険しい表情で宣言した総次に、真達は感心していた。
「自信満々だね」
真は総次のどこか自信に満ちた表情を見ながら言った。
「久しぶりに戦えると思うと、なんだか熱くなって……」
「まあ、それぐらいじゃないと麗華に勝てないからね。いい意気込みだよ」
「ありがとうございます、勝枝さん。それで麗華姉ちゃんはどこにいますか?」
「薫と一緒に訓練場にいるよ」
「……なんか、緊張してきました」
総次の緊張をよそに、冬美は真に近づいて耳元で試合時間二分前になったことを伝えた。
「じゃあ総次君。中に入ろうか」
「はい!」
そう言いながら扉の前に来た真は、扉の右側に設置されているボタンを押して訓練場内部に総次を案内した。まず総次の視界に飛び込んだのは、真達と同じように新撰組の隊服を着て、総次が来た扉の反対側の壁側に、横に二十人ずつ並んでいた百人程の青年達だった。皆一様に険しい表情をしている。
更に総次から見て向かって左端には、薫の後ろの壁の近くに侍していた各隊の組長と思われる男女四人の姿。そして闘技場中央に立っていた麗華の姿だった。麗華は例のワンピースの上に白地に黒いダンダラ模様の新選組の羽織を着用し、腰には模造刀を佩き、総次の挑戦を今か今かと待っていた。
「待っていたわよ、総ちゃん」
「麗華姉ちゃん、稽古の成果を見せてあげるよ。そして、今日こそ勝つよ」
自信に満ち溢れた総次の勝利宣言に、闘技場の周りに侍していた一番隊の隊員達は驚き、真ら組長達の期待を高まらせた。
「改めて見ても、高校生には見えないですね……」
隊服の下に忍者の装束を着た五番隊組長・霧島鋭子は、隣の羽織の下にワンピースを着用し、左手薬指に指輪をはめた黒い長髪の女性、六番隊組長の本島紀子にそう尋ねた。
「でも麗華ちゃんの言った通りなら、期待していいんじゃないかしら?」
紀子もまた、総次の実力に期待をしていたようだった。そうこうしている内に、総次に薫が近づき、彼に模造刀を渡しながら話しかけた。
「ルールは時間無制限の一本勝負。勝利条件は相手を降参させること。但し、触れた直後にその部分から身体を腐らせる闇の闘気の使用は禁止。分かったわね?」
「はい」
話を聞いた総次は模造刀の入った鞘を付属のベルトで腰に巻き、すぐさま訓練場の中央にいる麗華の反対の立ち位置に立って麗華と向かい合った。真達も薫の後ろに立っていた佐助達と合流して彼らの横の場所に向かった。
「勝枝。闘気バリアを」
「あいよ」
命じられた勝枝は自身の背後にあるボタンを押した。それと同時に訓練場全体を覆う闘気の幕が張られた。
「これは……」
「闘気のエネルギー転用技術の一つよ。使われてるのはこの訓練場だけだけどね」
「南ヶ丘学園の資料で見たことがあります。闘気を利用したアンチ闘気効果を持つバリアですよね。完成させてたなんて……」
「これで闘気を使っても問題ないわ」
新戦組の科学力に感心する総次に、薫はそう解説した。
「でも、こんな技術、まだうちの学校含めて研究をしている大学なんて……」
「そろそろ始めましょうか?」
総次の言葉を遮り、麗華はハッとした表情になりながら話題をすり替えた。
(どうしたんだ?)
そんな麗華の行動を不思議に思いながらも、総次は模造刀を構える。
「真、オチビちゃんの様子はどうだったか?」
佐助は腕を組んで壁に寄りかかりながら自分の右隣りに立っている真に尋ねた。
「自信七割、謙虚三割というところかな」
「なるほど、楽しみだぜ」
そんな真達の会話をよそに、総次と麗華は闘技場の中央に立ち、薫が説明を始めた。
「双方いいわね?」
薫の方を向きながら総次と麗華は無言で頷いた。
「覚悟なさい総ちゃん」
「当たり前だ」
総次と麗華は臨戦態勢に入りながら互いの目を見てそう言い合った。
「それでは……始め‼」
その瞬間、総次は全速力で駆け抜けた。麗華は背後に振り向きつつ、突撃してきた総次の鋭く、素早い斬撃を受け止める。直後に総次は腕の力を入れ、その反動を利用して跳躍し、麗華と十歩程の間合いを取った。一連の動作に、三秒も掛からなかっただろう。
「速いっスね……」
「一瞬で背後を取ったね」
修一も真を始めとした組長や一番隊の隊員達も、冷静に彼の実力を見極め始めていた。
(麗華姉ちゃん、今度は負けないよ……)
闘争本能を内に秘め、総次は麗華に突撃を掛けた。麗華は模造刀を振るい、そのまま双方共に刀身に風の闘気を纏わせ、斬撃の応酬となる。僅か十秒程だが、その間に二百回を軽く上回る激しい打ち合いに展開した。やがて音が止み、互いに十五歩程の距離をとった直後、総次は身を深く沈めた。
「行くよ……‼」(
高速の三十三連突き・尖狼と共に放たれた三十三の風の闘気の槍が、真っすぐに麗華に襲い掛かる。
「懐かしいわっ!」
麗華はひょいっと飛び上がってかわし、風の闘気の槍は後方の壁に直撃して凄まじい轟音を鳴り響かせ、消滅した。直後に総次も麗華のいる宙に向かって角度をつけて飛び上がっていた。
「ふんっ‼」(
麗華よりも少し低い場所から麗華の懐に飛び込び、鋭い突きを繰り出した総次。
「今度は餓狼ね」
だがその攻撃も、麗華は寸でのところで模造刀の根元の峰でいなした
「仕方ない……‼」
総次はその瞬間に飛び上がって麗華の図上を取り、模造刀に雷の闘気を纏わせながら振り下した。
「はぁ‼」(
雷の闘気を模造刀に纏わせてガードする麗華。落雷の如き轟音と共に落下地点の半径五メートルに電流を迸らせた。
「真、さっきの音だ」
「これが美ノ宮大学で、連中を撃退した技だね」
勝枝は隣の真に小さな声で囁きに、彼は頷きながら答えた。
「まだまだいけるでしょ」
麗華の言う通り、総次は既に納刀し、居合いの体勢を取る。
「今度は
技の正体を察した麗華が構えるが、直後に総次の姿が麗華の眼前に現れた。
「はぁ‼」(狼牙‼)
強烈な居合切り・狼牙が炸裂したが、麗華は慌てずに前に構えた模造刀の鍔元で苦も無くガードした。だが総次は一瞬で刀を鞘に納め、僅か一秒後に再び狼牙を繰り出した。
「連続の狼牙ね……」
だがその瞬間、麗華の眼前から再び総次の姿が目の前から消えた。
「……後ろね?」
麗華が彼の気配に気づいて背後を振り向くと、既に抜刀して風の属性を纏わせて体を回転させながら斬りかかる総次の姿があった。
「狼牙のバリエーションは、知ってるでしょ?」(狼牙・
そのまま総次は麗華の手前二メートルで身体を右回転させ、麗華の背後を取りながら技を繰り出す。
「まぁ!」
それを斬撃を鍔元で見事ガードする麗華。
「は、速すぎてよく分からないけど……」
「麗華さんが防戦一方なんて……」
「二人にはそう見えたんだ」
高速戦闘に驚いてばかりの夏美と冬美と対照的に、真は冷静だった。
「総ちゃんらしいわね……」
この状況でも麗華は余裕で、総次は焦り始めていた。
(もう一度、突撃する‼)
一直線上にいる麗華に突進する総次。麗華は模造刀を水平に構えて反撃の体勢に入るが、総次は腰にベルトで巻いた鞘を外して左手に持ち、疑似的な二刀流にして乱れ斬りを繰りだした。
「甘いわね」
麗華は雷の闘気を刀身に流し込んでガードしたが、直後に総次は鞘に鋼の闘気を流しこみ、強烈な一撃を繰り出した。
「せっかちね」
これも麗華は咄嗟に刀身の闘気を鋼の闘気に切り替えて防ぎ、その勢いのまま総次の鞘を粉々に破壊した。
「やるっスね……」
「苛烈な攻撃だね。それにごらんよ修一、あれを」
真は修一に、自分達の反対側で観戦してた一番隊の隊員達の様子を見るように勧めた。彼らは全員目を丸くして前のめりになって観戦している。
「彼らも、総次君に興味を持ったようだね」
「副長はこうなることを見越して、一番隊を……」
「だろうね」
すると今度は麗華から総次に突進して無数の斬撃を繰り出した。総次は風の闘気を刀身に纏わせて防ぎ、更に前へ踏み込んで対抗していた。
その中で総次は、麗華の攻撃の一瞬の隙を付き、柄の先端で麗華の斬撃を受け流し、身体を左に半回転させて背後に回り込んでカウンターを繰り出した。
「はぁ‼」(
技が決まるか決まらないかの一瞬の隙に、麗華は上空に飛び上がって躱していた。
「やっぱりカウンター技の狼爪ね」
直後、総次は麗華の目の前まで突撃し、鋼の闘気を模造刀に纏わせて怒涛の超高速連撃を繰り出した。
「はぁ‼」(
百以上のそれを受け止め、最後の鞘による一撃も鋼の闘気を流し込んだ模造刀で受け流した麗華は、息切れせずにそのまま華麗に着地した。だが総次はすかさず麗華目掛けて走り出した。
「真さん。もしかして局長……」
「だろうね……」
修一は何か気付いた様子で真に尋ね、彼もその意図するところを理解して同意した。
「どういうことですか?」
「麗華さんがどうしたんですか?」
冬美も夏美も、それが気になった様子で真に尋ねた。
「それは多分……」
「本気出さないの?」
真が何か言おうとした瞬間、多少残念そうな表情で総次は麗華に尋ねた。
「道理で動きが鈍いと思ったよ」
「じゃあ麗華さんは、総次君に合わせてたんですか⁉」
「うん。それ以外に考えられないね」
真は麗華の表情を見ながら戸惑う夏美に語った。
「もう少し総ちゃんの実力を楽しみたかったんだけど……」
「本気になってよ……」
「……じゃあ、見せてあげるわ」
麗華は模造刀を天に掲げ、先程までとは比べ物にならない量の風の闘気を集約し始める。膨大な為か、周囲に突風が吹き荒れる。
「真さん、あれってまさか……」
それを見た冬美は真に慌てながら尋ねた。
「使ってきたか」
対照的に真は冷静に囁いた。
「
すると総次は思い出したかのようにその単語を口にした。
「覚えてたのね?」
微笑む麗華は、そのまま模造刀を構える。白鳳斬は武器に莫大な量の闘気を纏わせて放つ闘気剣術の極意。単純だが繊細な闘気コントロールが必要で、闘気量が多ければ多いほど制御が難しくなる大技である。麗華はこの技の修行をしていた時にその存在を総次に教えていたので、彼も知っていた。
「あれを使うなんて……」
「総次君の力の真髄を試す為、だね」
修一と真は、麗華の真意をそう洞察した。そうこうしている内に、麗華の模造刀は纏わせた風の闘気が集中・凝縮したことによって太く長い「暴風の刃」を形成していた。
「……望むところだ」
「行くわよ……」(白鳳斬‼)
麗華がそう言った瞬間、模造刀を両手持ちにして長刀を振り下ろし、巨大な風の刃を繰り出した。
(来い……‼)
総次は模造刀を構え、足元を踏ん張って万全の態勢で鋼の闘気を発動したが、なぜかそれを柄に纏わせた。
「ここだっ‼」
眼前まで来た風の刃を柄で思いっきり受け止める総次。その瞬間、訓練場全体に激しい爆音が鳴り轟き、爆風が土煙と共に吹き荒れた。
「どうなったの……?」
「相変わらず凄いわ……」
紀子と鋭子が麗華の白鳳斬の威力に驚愕している間に、吹き荒れていた爆風が止み、中から人影が見えてきた。しかし、組長達も一番隊の隊員達もその人影に違和感を覚えた。
「なあ真、オチビちゃんは?」
「もうすぐ出てくるよ」
戸惑う佐助にそう指摘した真。やがて爆風から浮かび上がってきた人影は一つしかなかった。それは麗華のものだが、総次の姿が無く、そこには柄が破損した模造刀だけが転がっていた。
「隙あり」
麗華の背後からふと少年の声が聞こえた。麗華は声の聞こえた方向に振り返った。なんと総次が拳に鋼の闘気を纏わせ、右ストレートを麗華の後頭部目掛けて振りかぶっていた。
「あぶないあぶない」
それを麗華は鋼の闘気を纏わせた右脚による回し蹴りで防いだ。
「おいおい、オチビちゃんどうやって白鳳斬を⁉」
佐助は目の前で起こったことに驚愕している様子だった。
「佐助殿、あれを見るでごわす」
助六は麗華の手元を見た。見ると麗華の模造刀は鍔元から折れていて使い物にならなくなっていた。
「そうか。模造刀が白鳳斬に耐えられなくて……」
「それだけじゃないよ」
真は佐助と助六に説明しつつ、二人に総次が先程まで持っていた模造刀の柄を見るように指差した。総次の模造刀の柄が粉々に砕けていた。
「恐らくだけど、総次君は白鳳斬を柄頭で受け止め、その勢いと爆風を利用して直撃を避けつつ、麗華の背後を取ったんだよ」
「そんなことが出来るんスか?」
「総次君の身のこなしと、彼に合わせていたとはいえ、あの麗華の攻撃を受け止めた剣腕と動体視力を駆使すれば可能だよ。それに、あの技を多少は知っていたみたいだし」
「そうなんスか……」
「けど、経験の差はどうにもならなそうだね……」
そんな真と修一の会話をよそに、総次は麗華に拳打の嵐を浴びせるが、全て麗華の右脚の蹴撃に防がれてしまっていた。それに業を煮やした総次は麗華から後ろに二十歩程距離を取って風の闘気を手刀に纏わせす。
「これでどう?」
そう言いながら総次は右の手刀に集めた風の闘気を開放して麗華に向けて放った。
「まだ戦うのね……‼」
麗華は総次の負けず嫌いに微笑みながら、彼と同じように手刀に風の闘気を纏わせて小さな風の刃を放って 相殺させた。
「さぁて、どう来るのかしら?」
「こう来るんだよ」
麗華がつぶやいた瞬間、麗華の耳元で総次の言葉が入る。
「……そう言うことね」
振り返ろうとした彼女の首筋に、風の闘気を纏った総次の手刀があった。何と総次は麗華の言葉が言い終るかどうかの一瞬で彼女の背後を取っていたのだ。
「白旗を上げる?」
「ふふっ」
王手と言わんばかりの状況にもかかわらず、麗華は余裕で微笑んだ。
「何が可笑しいの?」
「自分の身体を、よく見てごらん?」
そう言われた総次は不服に思いながら自分の前進をくまなく見る。
「そんな……‼」
総次は愕然とした。何と麗華は総次がやったのと同じように、右手で手刀を作りながら風の闘気を纏わせ、彼の左胸の方向に向けていたのだ。
「引き分け、か……」
「いや、麗華の勝ちだよ」
するとそれまで冷静に眺めていた真が口を開いた。
「どういうことです?」
納得できない総次は、少々睨め付けながら真に尋ねる。
「本気の麗華なら、一瞬だけどあと五十センチは伸ばせる」
真の説明に従うなら、心臓を貫かれて即死である。
「ぐっ……‼」
悔しさに表情を歪ませながらも、総次は自身の敗北を認めざるを得なかった。
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