第6話 新戦組副長・上原薫の提案

「だったら、明日の午後三時なら組単位での稽古はないから、許可するわ」

「ありがとう、薫」


 その日の夜十一時、局長室で麗華は薫に訓練場の使用許可を取った。


「ただし、今回だけよ。いくら麗華の頼みだからって、何回も好き勝手は出来ないのよ」

「肝に銘じるわ」

「それで、沖田君は?」

「私の部屋で寝かせたわ。私も今日は総ちゃんと一緒に寝るわ」

「そう……」

「薫?」

「いえ。あなたも随分沖田君に入れ込んでるわね。あなたは局長なんだから、あの子にいつまでも構っているわけにはいかないでしょ? 今日は休日で、明日も仕事が少ないからと言っても、いつまた美ノ宮大学のようなことになるかわからないんだから……」

「そうよね……ごめんね、薫」

「構わないわ。それと、明日の話し合いだけど、九時くらいから始めたいんだけど、いいかしら?」

「分かったわ。もしそれまでに総ちゃんが起きない感じだったら、夏美ちゃんに起こしに行ってもらうわ」

「ありがとう。それで、沖田君はどうしてるの?」

「私の部屋で寝てるわ。やっぱり疲れはまだ残ってるみたい」

「そう……それともう一つ、お願いがあるんだけど、いいかしら?」

「何?」


 そう言って薫は麗華にある提案をした。


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「総次君 総次君 起きて」

「う~ん……麗華姉ちゃん……」

「じゃなくて夏美よ。な・つ・み!」

「うわっ‼」


 深い眠りから覚めようとした時に総次の視界に最初に入ったのは、ベッドの上に乗っかって総次の寝顔を覗いていた夏美のドアップの顔だった。突然の事もあって、総次は驚いてベッドから身を起こそうとした。


「ちょ、ちょっと総次君、落ちちゃう……って、きゃあ‼」


 ドサッという音を立てて夏美は盛大にベッドから転げ落ちて尻餅をついた。


「痛たた……」

「な、夏美さん⁉ 大丈夫ですか?」

「大丈夫っ! 総次君を起こしてきてって、昨日麗華さんに頼まれたの。九時から総次君の今後についての話し合いがあるの」

「九時までにって、確か今は……」


 総次はベッドの正面の壁にかけてある時計を見た。時刻は八時五十八分を回っていた。


「……あとちょっとしかない……」

「でも総次君、制服から着替えてないでしょ? 十分に間に合うよ。これから局長室まで案内するから、廊下の水道で顔を洗って来たら?」

「分かりました。わざわざありがとうございます」

「いいのいいの! さっ、早く早く」


 夏美はツインテールと巨乳を揺らしながら総次を急かし、彼もすぐに廊下に出て水道で顔を洗った。


「終わった?」

「はい。あの……」

「あ、タオルね。はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 そう言って夏美が腰のポシェットから取り出したタオルを受け取った総次は、それでゴシゴシと顔を拭いた。


「では、その局長室までの案内、よろしくお願いします」

「了解!」


 夏美はニッコリ笑顔で敬礼のポーズをとって答えたが、その直後にこんなことを言った。


「……といっても局長室は、あそこなんだけどね……」

「え?」


 夏美の指差す方向を見てみると『局長室』という墨の字で書かれた看板が、局長私室の右斜め向かいの扉の上に掛けられていた。距離で言うならば二メートルもないだろう。


「……何で気付かなかったんだろう……」


 珍しく周囲への観察力が衰えていることに、総次は自分を情けなく思った。


「失礼します」


 夏美はドアノブを回して局長室のドアを開けた。中は社長室のような空間が広がり、その奥の真ん中にはドラマでよく見る豪奢な木製の机があり、黒い革製のレザーチェアに座った麗華の姿があった。


「花咲夏美、沖田総次君を連れてまいりました!」

「ご苦労様、夏美ちゃん」


 二人に誘われ、総次が局長室に入ってすぐ視界に飛び込んだのは、麗華の隣で、白地に黒のダンダラ模様の新選組の羽織を着て、下にリクルートスーツを着用し、黒いショートボブの髪が特徴的な秘書風の女性だった。女性は総次の姿を確認すると近づき、話しかけてきた。


「新戦組副長の上原薫よ。あなたのことは麗華から聞いてるわ」

「は、はぁ、上原さんもですか……」


 そうつぶやいて総次は納得した。彼女でなくとも、新戦組の面々は麗華から総次の話を聞いていることは、彼も真達の話から分かっていたからだ。


「話を始めてもいいかしら?」


 そこで麗華は総次に静かに尋ねた。総次も姿勢を正して麗華を見た。


「呼ばれた理由は麗華から聞いてるわね?」


 薫は先程までの笑顔を消し、眉を吊り上げて厳格な表情になって総次に尋ねた。


「……僕の今後について、ですね」

「そう、あなたの現状は、ある程度麗華から聞いているわ」

「……今の僕に、逃げ場がないということも、ですね」


 総次は自分の置かれた立場は分かっていたが、他人に逐一指摘されて平常心を保てるほど精神的に強い状態でもなく、表情が一気に曇った。


「これからどうすればいいかも、分からないんでしょ?」

「はい……」


 俯きながらつぶやいた総次に、薫は話を続けた。


「それで、私からの提案なんだけど……」

「なんでしょうか?」

「麗華から聞いてはいたけど、あなたはMASTERから退ける優れた剣腕と混沌の闘気の持ち主のようね?」

「ええ」

「素晴らしい力ね。並の新戦組の隊員の力を遥かに凌駕してると言っても過言ではないわ」

「……まさか」


 総次は薫の言わんとしてることに気付いた。


「……僕に、新戦組の一員になって欲しいと?」

「ご名答」


 一連のやり取りを夏美は特に驚くことなく眺めて居たが、申し訳なさそうな表情にはなっていた。総次は、このことは夏美も承知していたことだと察した。


「……僕には無理ですよ。テロ組織相手に戦うなんて……」


 戸惑いと不安から自分を卑下する総次。


「腕が確かなら大丈夫よ。それに頭の回転も速いと聞くわ」

「能力があると判断したら、誰でもいいってことですか?」

「あくまで選択肢の一つに過ぎないわ」

「今の僕が取れる選択肢なんて、それ以外に皆無じゃないですか!」

 

 総次は感情的になり、薫に食って掛かったが、


「総ちゃん、薫の話をちゃんと聞いてくれる?」


 そう麗華に促され、納得できないながらも総次は再び薫の話を聞くことにした。 

「仮に入隊するにしても、あなたが使えないかどうかは、あなたが勝手に決めることではないわ。私達新戦組の幹部と、隊員達が決めることよ」

「え?」

「あなた、昨日麗華に、久しぶりに剣を交えたいと言ったそうね」

「言いました、けど……」


 そう言いながら総次は改めて麗華の方を振り向いた。その麗華は苦しそうな表情だったので、総次は理由を悟って薫に尋ねた。


「それを、新戦組入隊の試験として使うと?」

「そうよ」


 薫の口調は、最初に会った時の穏やかなものではなく、冷徹な雰囲気を醸し出していた。


「最後に決めるのは総ちゃんよ。拒否するのも、受けるのもね」


 そんな様子の総次を見た麗華は、総次に優しくそう言った。それを聞いた総次は、薫に質問を始めた。


「……このまま逃げ続けても、危険なのは変わりない、ということですか?」

「そうね……」


それを聞き総次は力なく俯いた。


「……入隊のことは、試合の後まで考えさせてもらってもいいですか?」

「勿論よ」


 麗華はそんな総次の決意に満ちた表情をしっかりと見据えた。手の震えを必死でこらえながらだった。


「では、今日の午後三時、本部闘技場で、試合形式は一本勝負、模造刀を使用しての試合となるわ。麗華、あなたも宜しく頼むわね」

「分かったわ……総ちゃんは、模造刀を使ったことは……」

「一応、道場や南ヶ丘学園で使ったことはあるけど……」

「分かったわ」


麗華は俯いたままの総次を見ながら、ささやくような声で言った。


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「総次君、大丈夫?」

「……分かりません」

「そう」


 話し合いが終わり、総次は夏美と共に局長私室に戻ってベッドに腰を掛けながら話をしていた。


「……もし総次君が戦うとしたら、人を殺すことになるわ」

「人を、殺す……」


 全身を震わせながら、必死そうに声を出す総次。自分が人を殺すことになるなど、到底想像できなかった。


「……夏美さんも、人は殺しているんですよね」


 尋ねられた夏美は、暗い表情になりながら口を開いた。


「あたし達の任務の大半は、敵との秘密裏の戦闘任務がほとんどだから。表に出ないよう、静かに、そして一瞬で片を付けなきゃいけない。そんな任務ばかりだったわ」

「そうですか……」


 夏美の話を聞きながら、総次は曇った表情のままつぶやいた。


「……抵抗、あるよね」

「そりゃあ、そうですよ……」


 総次としては、胃が痛くなりそうだった。


「ですが時間は待ってくれません、自分で決めないと、いけないんですよね……」

「自分で……か……」


 複雑な表情ではあったものの、しっかりと自分の意思で決断しようとまっすぐ前を見据える総次の目を見て、夏美は微笑んだ。


「夏美さん?」

「ううん、総次君は偉いなって思ったの」

「偉い?」

「あたしも冬美も、最終的に入る切っ掛けになったのに、闘気の理念があったのは確かだけど、最後に決めたのが自分ならって割り切った。時間はすっごく掛ったけどね。だから、もうそういう風に考えられる総次君は偉いわ。それでなんだけど……」


 そう言いながら夏美は、総次の左手に自分の右手を重ね合わせた。


「麗華さんと打ち合う時まで一緒にいたいんだけど、いいかな?」

「え?」

「一人だと不安って思ったんだけど……」

「……分かりました、ありがとうございます」


 総次はそう言って、左手に重なった夏美の右手に重ねるように、自分の右手を重ねるのだった。


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「薫、ああいう言い方しなくても……あれじゃ脅迫よ」


 同じ頃、局長室では麗華が先程の薫の態度を咎めていた。


「そんな言い方をしたつもりはないわ」


 当の薫は冷静に言葉を返したが、声の方は些か吊り上がっていた。


「あなたは焦ってるわ。いくら美ノ宮大学のことを引きづってるからって……」

「私はただ、MASTERの好き勝手をこれ以上見過ごせないだけなの」

「でも、あんな迫り方しなくてもいいのに……」

「組織として、優秀な人材を欲するのは当り前でしょ?」

「それは……」

「それに沖田君は自分が納得する答えを導きだそうとしているのよ。だとすれば、沖田君が後悔しない決断をすることを祈るだけよ」

「……薫は、総ちゃんが新戦組に入隊することを選ぶと考えているの?」

「分からないわ」

「入隊して欲しいと考えてるの?」

「それを見極めたいから、あなたと沖田君の試合が重要だと思ってるわ」

「薫……」


 そんな薫を見て、麗華は少々不安げな表情で彼女を見つめる。


「何なの? 麗華」

「怖いのよ。今の薫が」

「どうして?」

「総ちゃんに向けた態度、昔のあなたそのものよ。せっかくこの五年半で克服したと思ってたのに、その時に逆戻りしちゃったんじゃないかって……」

「好きで尖っていた訳ではないわ。それが本来の私よ。あなたにそれが出来ないからこそ、その役割を私が担っているの」

「……そうね。昔から薫はそうだったわね。自他ともに厳しい、それが薫、そうよね?」

「非難するならすればいいわ」

「ううん。凄いって思ってるのよ。私にはない強さを持ってる」

「……沖田君の件はあなたにとって不愉快でしょうけど、彼の力は私達に必要だと思うわ」


 そんな薫を見て、麗華は一抹の不安を覚えるのだった。


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