第3話 その名は新戦組

 真の言葉で総次は暗い表情になり、周囲の空気もピリピリし始めた。


「さっきまでの事は覚えている?」

「竹刀を構えたところまでは、後は無我夢中で……」


 真の質問に拙い口調で答える総次。実際竹刀を振るっているときは錯乱状態で、覚えていることなど皆無だった。


「思い出したことがあったら、僕達に話してくれるかな?」

「……分かりました」


 総次は首を垂れたままそう答えた。その表情は曇り、先程のように談笑できそうになかったが、一番気になることを聞いてなかったことを思い出し、総次は首を上げて、改めて真の顔を見た。


「……あの、美ノ宮大学を襲ったMASTERは……?」


 MASTERと言う単語を総次が口にした瞬間、一同の表情はこわばった。


「まさか名乗ってたとは……」


 真にとって、これは意外なようだった。


「返り討ちに遭うと思ってなかったんでしょうけど、正体をばらすなんて間抜けなことを……」


 勝枝はこの出来事をそう解釈した。


「どのメディアも、今は物騒だから気を付けろってくらいで、それ以外は何も……」

「だろうね」


 真に限らず、今の日本の治安が不安定になっていることは、ニュースや新聞を見ていれば知っていることである。


「あなた方はどういう集まりなんですか?」


 総次は真や麗華、そしてその他の人達の顔を見た。麗華以外全員が新選組の隊服を羽織っているが、普通に考えれば奇妙な格好である。


「それはあれを見れば分かるけど……」


 真は背後を振り向き、壁の斜め上に視線を移した。総次もそこを見上げると、フリールームの扉の上のと同じ掛け軸が掛けられ、”新戦組”と達筆な文字が墨で書かれていた。


「……ひょっとして、さっき大学を襲った人達に対抗する為の?」


総次の問いかけに、真は静かに頷いた。


「ずっと前から、こういう事は起きていたんですか?」

「……」


 総次が質問を立て続けにする度に、真の回答がなくなった。総次は更に聞き出したくなり、テーブルに身を乗り出して質問を続けた。


「全くニュースにならなかったのは、国が報道統制してたからですか⁉」

「総ちゃん……!」


 麗華は総次の太ももに手を置いてを制止した。この光景に、夏美達もあっけに取られているが、総次は気にせず麗華に興奮気味に尋ねた。


「麗華姉ちゃんは知ってたんだね? 麗華姉ちゃんも新戦組の関係者ってことだよね?」

「麗華は新戦組の局長にして、実働部隊の一番隊組長。この組織のトップよ」

「えっ……?」


 錯乱する総次に放った勝枝の言葉に、総次は唖然としながら麗華を見た。


「……勝枝の言う通りよ」


 総次の頭は真っ白になり、そのまま力なく座った。すると先程まで総次の質問に無言を貫いていた真が重い口を開いた。


「さっきの君の質問、報道統制をしてたって件だけど、YESかNOかで答えるなら、YESになるよ。ついでに言えば、僕はこの組織の二番隊組長で、勝枝は七番隊の、修一は八番隊、夏美ちゃんは九番隊、冬美ちゃんは十番隊、それぞれの組長を務めてる」


 真は腕を組みながら、頭を垂れたままの総次にそう答えた。


「これで、分かったかな?」

「はい……」

「それと、ここで聞いたことは他言無用でね」


 総次は垂れていた頭を上げて頷いた。


「……総ちゃん、私と一緒に部屋に戻る?」


 麗華は複雑な表情をしている総次に対し、耳元でこうつぶやいた。


「……そうする……」

「じゃあ戻りましょう」

「……うん」


 総次は席を立ち、深々とお辞儀をした。


「今日はここでゆっくり休むといいよ」


 そう言って総次を労う真。すると総次の左隣に座っていた夏美が席を立った。


「麗華さん、あたしも麗華さんの部屋の前まで総次君を送っていっていいですか?」

「構わないわ」

「ありがとうございます」


 総次は夏美にお辞儀した。


「冬美、あたしは総ちゃんを麗華さんの部屋まで一緒に送るから」

「分かったわ、お姉ちゃん」


 麗華はそのまま総次と夏美と一緒にフリールームを後にした。


「ごめんね。みんな。ピリピリしてて……」


フリールームを出て先程上った階段を下りながら、夏美は総次に話しかけた。


「どういうことです?」

「今回の襲撃は予想できたことなの。でも先を越されて、みんなすっごい悔やんでるわ」

「花咲さんも、ですか?」

「うん。真さんも、麗華さんも、修一さんも勝枝さんも、当然、妹の冬美もよ」

「そうだったんですか……」


 総次は夏美の顔を覗いた。その表情は「悔しい」という感情が溢れんばかりに出ていた。


「ごめんね、またこんなこと話しちゃって」

「いいんです、本当に……」

「総次君はこれからどうするの?」

「一応、別の大学は滑り止めで合格したんですが、厳しいです」

「どういうこと?」

「美ノ宮大学が、推薦で合格した人には学費が免除してくれるのは、ご存知ですか?」

「勿論、超エリート大学だからこその待遇でしょ?」

「僕が推薦であそこを選んだ理由がそれです。あそこには学生寮もありますし 僕には身寄りがいないんで……」

「えっ? どういうこと?」


 先を進んでいた麗華が、総次の言葉に反応して立ち止まって尋ねた。


「叔母さんはどうしたの?」

「れ、麗華さん。そもそも総次君のパパとママは…」


 戸惑う麗華と夏美に、総次はこう切り出した。


「親父は文科省の役人だったんですが、僕が四歳になる少し前に交通事故でお袋と……僕も後部座席に乗っていたんですが、僕だけ生き残って……」

「ごめん、辛いこと聞いちゃって……」


 夏美は申し訳ないという表情をしながら総次に謝った。


「遠い昔のことです……」


総次は暗い表情で話した。


「それで総ちゃん、愛美さんは、あなたの叔母さんは……」

「……半年前に癌で亡くなった。僕が高校に上がる前から末期で……僕に心配を掛けまいと黙ってて、知ったのは亡くなった後だった」


 麗華はショックを受けた。かつて総次のお隣さんだった麗華は、愛美とも親交があったからだ。


「愛美姉ちゃんの仕事仲間からも、養子縁組の話も上がってたんだけどね……」

「アンジュ・ブランでしょ? 渋谷系ギャルや女子高生を相手にしたファッションブランドで、大人気のとこだったわね」

「店の経営者が変わってから、経営が傾き始めたんだ」

「そんな……」


 愕然とする麗華。彼女もアンジュ・ブラン全盛期の女子高生だったため、その衝撃は尚のこと大きかった。

 更に総次によると、経営者が変わったのは二年半前で、新しいプロジェクトを立ち上げようと試みて失敗し、更に経営方針の違いによる対立と分裂で業績も落ち、上層部でも養子を迎える余裕がない程に厳しくなったのだ。


「難しいの?」

「うん。それに愛美姉ちゃんは親戚を嫌っていたし、向こうも僕達をいい目で見ていなかったから……」

「総次君……」


 夏美は総次の方を振り向いて弱々しい声でつぶやく。


「滑り止めにも受かってますが、学費免除じゃないので、勉強しながら払い続けるとなると留年は確実。就職活動にも支障が出ます」


 無念そうな表情でそうつぶやいた総次を、夏美は申し訳なさそうな表情で見つめた。


「何をするにしても、総ちゃん一人では無理があるわ。可能な限り、私達も協力するわ」

「ありがとう、麗華姉ちゃん」


 そんなやり取りをしながら、麗華達三人は先程総次と麗華が居た局長私室前に到着した。


「じゃあ、あたしは食堂に戻ります。総次君。困ったことがあったら、いつでも相談してね」

「ありがとうございます、花咲さん」

「夏美でいいわ」

「分かりました、夏美さん」

「夏美ちゃん、ここまでありがとうね」


 麗華はここまでついてきてくれた夏美に微笑みながらそう言った。


「じゃあね総次君」


 そう言って夏美は食堂まで戻り、麗華と総次は再び部屋に入った。


「一つ、聞いていい?。さっき、新戦組は警察と連携してるなら、なんで警察ではなく、ここに引き取られたの?」

「本来ならそうすべきなんだけど、あなたをみんなが私を通じて知っていたから、まず私に確認したいって思ってそうしたの。それに面識がある私の方が、総ちゃんも身構えないと思うから」

「そっか……」

「でも……」

「分かってる。組織のことは話さない。でも学校に連絡する必要があるけど……」

「大丈夫よ」


 そう言って麗華は電話することを許可した。


「でも、どう説明したら……?」


 総次はベッドの奥のキャビネットに置かれてるテレビに目を向け、電源を入れた。


「今日の事はもうニュースで報道されるわ。反体制派による破壊活動ってことでね」

「やっぱり報道統制してたんだ」


 麗華の説明に、総次は納得した。いや、そうだろうという思いは説明を受けた時から誰にでも分かることだった。


「学校に連絡するなら警察の事情聴取を受けていてしばらく帰れないとか何とか言ってもらえるかしら? 今はまだ、学校への報告は難しいから」

「今は? 難しい?」

「ううん、何でもないわ」


 麗華の不可解な単語に首を傾げながらも、上着掛けに掛けられているコートの左ポケットに入っているスマホを取り出し、部屋を出て南ヶ丘学園の学園長に電話を掛けて事情を説明した。


「伝えたよ」

「そう……」


 総次は麗華が腰かけているベッドに歩み寄り、麗華の隣に腰を下ろした。


「それにしても、ここって凄いね……」

「さっき総ちゃんの前に座っていた人、椎名真だけど、 彼のお父様が椎名グループの総裁なの」

「確か、麗華姉ちゃんのお爺さんが総裁を務めている鳳城院グループと肩を並べる会社だよね」

「ええ。ここは椎名グループ傘下のビルで、組織の財源はは鳳城院グループが持ってるの」

「……本当に凄いんだね……」


 総次は桁外れのスケールの話についていけなくなっていた。


「お爺様も真のお父様も、新戦組の設立に協力してくれたの」

「協力って……」

「設立も紆余曲折あったけど、闘気の理念が後押ししたってことかな」

「時代と人民が避け難い苦難と災厄に瀕した時、人々を助ける為にその力を行使する、だったよね?」

「闘気を手にした者達にとっての義務で、新戦組発足の大きな理由になったの」

「ごめんね、今日はどうも、いつもの僕らしくないな……」

「無理ないわ」


 麗華は首を垂れる総次を見ながらささやいた。


「お腹空いてない? これから食堂に案内するけど、どうかしら?」

「……無い……」

「食べないと元気が出ないわよ?」

「でも、今は少し眠いかも……」

「そう……じゃあ、また私の膝枕で寝る?」

「でも……」


 総次はベッドから立ち上がり、麗華の真ん前まで来て膝立ちした。すると麗華は何かを悟ったように尋ねた。


「……私の太ももの感触を堪能したいでしょ? さっきから私の太ももばっか見ちゃって」


 総次は無言で頷いた。見てしまうのも無理ない。麗華の服装はチャイナ服風のロングスカートのワンピースで、スカートの左右に腰まで深いスリットが入っているのだ。


「いいわよ、総ちゃん。じゃあちょっとお姉ちゃん、サービスしちゃおうかしら……」


 麗華はスリットスカートの前の布を太ももの間に挟んで大胆にその美脚を露出させた。一連の動作を行っている時の表情は聖母のような穏やかさを含んでいたが、行動はそんな表情とは裏腹に、男を誘惑するそれだった。


「これでもっと堪能なさい……って総ちゃん⁉」


 そう言い終わるか終わらないかの刹那、総次は麗華の太ももに思いっきり顔を押し付けてお尻にしがみついていた。麗華も突然のことで一瞬驚いたが、すぐにまた聖母のような穏やかな表情に戻った。


「……相変わらず柔らかいね」

「突然だったからびっくりしちゃったわ」

「でも、麗華姉ちゃんに触れたのが久しぶりだったから……なんか……」


 総次の両手は、麗華の腰から太ももに移って思いっきり触り始めた。幼少期から総次にとって、麗華の太ももは癒しになっていた。


「いいのよ、総ちゃん……」

「ありがとう……」


 総次はそのまま眠りにつき、麗華はそんな彼の頭を撫でた。


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