17 魔術師、燃やす。


 決闘開始の号令。

 その直後、ニコラリーは両手に炎属性の魔法陣を展開し、魔法の発動準備に入る。クロードが駆け出してくることを読んでの行動だった。


 しかし、クロードは駆け出さず、その場で木刀を振りかぶる。

 何をする気だろうか、とニコラリーが考察する間もなく、クロードは木刀を振り下ろした。


「な――っ!」


 ニコラリーは思わず声を上げた。その木刀の斬撃が、風の刃となって飛んできたのだ。その刃はすぐにでも目の前まで迫ってきて、ニコラリーは魔法陣を維持したまま、右に転がって避ける。


 あれは、あの木刀に仕組まれていた魔力のせいだろう。ニコラリーは横で風圧が通り抜けたのを感じながら、その仕組みを理解していった。


 ニコラリーは聞いたことがあった。魔金属という、魔力をため込めむことで魔法効果を発動できるようになる金属の存在を。それを武器に加工することで、ため込まれた魔力で簡単な魔法なら魔術師でなくても扱える武器になるらしい。


 そういう金属があるなら、そういう木材があってもおかしくはないのではないだろうか。

 つまり、クロードの持っている木刀は、魔力をため込める木材――いうなれば魔木材、とでもいえばいいのだろうか――を素材にして作られているのだろう。


 クロードが再び木刀を振った。風の斬撃がニコラリー目掛けて飛んでいき、ニコラリーは寸でのところでギリギリ回避する。――否、完全に回避しきれず、頬にかすって切り傷ができた。


「オイオイ! 僕は『ただの』木刀を振っただけなんだが? このままだと、なんか勝っちまうぞ? なぁ!」


 それから木刀を振りまくり始めるクロード。その全てに風の斬撃が発生して、ニコラリーを襲う。クロードは勝ちを確信したのか、口を大きく開けて笑っていた。


 ――同時に、ニコラリーは思わず吹き出した。


 その余裕そうなニコラリーの表情に、クロードの顔から微笑みが消える。 


「その程度の斬撃なぁ……。まさに『止まって』見えるぐらいにしょぼいな」


 右手の魔法陣から火球を生み出し、クロードに放つ。


 その直後、迫ってくるたくさんの斬撃を見切り、今度は頬どころか体のどこにもかすらず、全てをよけきった。ニコラリーの後ろで、射程距離外に出た斬撃が力なく消えていく。


「くそっ!」


 クロードは斬撃が外れたことにいら立ちを見せながら、ニコラリーの放った火球を迎え撃つように、木刀を構えた。風の斬撃でかき消すつもりなのだろう。


 しかし、『魔力覚醒』の過程を経て、聖剣に鍛えられたニコラリーの魔法は、並大抵のものではない。ニコラリーは『瞬時に右手で火球を作り出し』、それを一直線に飛ばした。


 そう、あれだけ魔力を溜めて放った最初の火球は、ただの火球ではないのだ。普通の火球ならば、一秒ほどの溜めで放てるのだから。


「――ッ!」


 クロードの目の前に迫った火球が、円形に分裂した。クロードは目算がはずれ、口と目を見開いて動揺する。

 が、


「舐めるなァ!」


 腐っても剣術は褒められてきただけはある。魔力のついた木刀を回転させ、その全てを魔力の圧と剣を振ったときの風圧で全ての火球を消した。


「へっ……。あぐぁ!」


 最初に放った火球を全てかき消して安心したところを、二度目にニコラリーが放ったただの火球が、その隙をついてクロードの腹に命中した。

 高価そうな白い服に、黒い焦げがつく。


 その焦げ跡を見たニコラリーは、ここぞばかりに笑った。


「その黒いの、カッコいい模様だなあ! 目玉焼きでもこぼしちゃった?」


「てめぇ!」


 腹に受けたダメージをこらえて、一歩踏み出すクロード。同時にニコラリーは、決闘開始時から左手の魔法陣に溜めていた魔力を開放する。


 左手から生まれたのは、火球というよりも光の玉だった。それは猛スピードで空に上がっていく。

 クロード視線もそこへと向けられた。


 その光の玉はすぐに空中で分裂し、数多の大きな火の玉となって一気に降り注いだ。その迫力にしり込みしていたクロードに向かって、吸い込まれるように追尾していった。


「――」


 クロードは悲鳴も出す間もない。光の玉から分裂した、全ての大きな火球はクロードに着弾し、爆風が舞った。爆風に気圧され、ニコラリーは揺れるマントを手で押さえる。


 気絶したか、と前方に漂う黒い煙幕を見てニコラリーは思ったが、それはすぐに間違いだと分かった。


 黒い煙の中から、猛スピードでかけてくる影があった。クロードだ。炭で真っ黒になった白い服を携え、表情は怒りに歪んでいる。


「接近だ! 魔術師!」


「へっ! 上等!」


 突っ込んでくるクロードに対し、逃げることなく拳を構えるニコラリー。その冷静沈着で余裕綽々なニコラリーの態度が、さらにクロードのプライドを傷つけ、彼の怒りを煮えたぎらせる。


「――らぁっ!」


 クロードは木刀を華麗な太刀筋で次々と振るっていく。腐っても傭兵で、太刀筋は素人のそれよりは遥かにマシだ。さらに、魔力を宿しており、リーチは見た目以上に長い。


 しかし、ニコラリーの稽古の相手をしていたのはナツメであり、師範は聖剣だ。貴族生まれで、ちょっとできたからと持てはやされただけのクロードとは、文字通り格が違う。木刀がちょっと特別なだけで埋まる程度の、小さな差ではない。


「遅ぇ!」


 左上から切りかかってきたクロードを右に回り込んで避け、その後彼の首筋に魔力をまとわせた手刀をぶち込んだ。


 まさかの高威力なカウンターに、クロードは受け身も取れずそのまま少し吹っ飛ぶ。

 ニコラリーは這いつくばるその姿を見て、ただ淡々と言い放った。


「まだやるか?」


 これ以上は、クロードを煽る気にもなれなかった。ニコラリーにとって、これはすでに決闘ではない。一方的な攻撃だ。


 まさかここまで成長しているとは思わなかった、というのがニコラリーの素直な感想だ。瞳に魔力を集中させることにより、動体視力が底上げされている。隅々にまで魔力を馴染ませているため、各筋肉の反応速度も早い。


 極めつけは、外道ともいえる『魔力覚醒』。聖剣『クラウス・ソラス』ほどの、超人を超えた傑物が行わないとと効果は薄いらしい。あれだけの効果を得られたのは、クラウスだったからなのだ。


「く……っ! まだだ……」


 傷ついた体に鞭打って、なんとか起き上がろうとするクロードが目の前にいた。


 ニコラリーは相手のプライドがこれ以上、揺さぶられないように宥める。


「も、もうよくないって。俺も意固地だったし、なに――」


「――ッぁ!」


 ニコラリーの言葉を遮ってクロードは駆け出す。この一振りにかけているようだ。


 腐っても傭兵。その言葉通り、ニコラリーの隙を狙って俊足で自らの間合いまで入り込んだ。そして、自らの木刀を振りかぶる。

 クロードはこの一太刀に、全力をかけたようだ。


 クロードの渾身の一振りが、ニコラリーの眼前で振り下ろされた。


「――な」


「……」


 彼が振り下ろした一振りは、悲しくもニコラリーの両腕に白刃取りされ、完全に止められてしまう。しかしクロードは諦めない。彼のプライドが高いということはつまり、負けず嫌いであるということ。


 白羽取りされているのにも関わらず、クロードは力で押し切ろうと全力を木刀にかける。木刀に込まれた魔力が反応して火花のように散り、ニコラリーの頬に二つ目の切り傷を入れた。


「――負けず嫌いな奴め」


 ニコラリーの、表情が変わる。それはクロードも感じ取っていた。


「これで、負けとけ!」


 ニコラリーは魔力を込めて、足元から炎を発現させた。そしてその炎で濁流のようにクロードを飲み込み、噴水まで吹っ飛ばした。その衝撃で噴水の上の銅像が崩れ落ち、ジュウ、という音と共に蒸気が白く立ち込める。


 その力は火球なんかとは訳が違う。『発火能力パイロキネシス』。水流のような炎を発生させる、炎属性魔法の中でも大技だ。


 ニコラリーは一息つくと、クロードに選ばれた号令役の男を見つめる。その男も、まさかクロードが負けるとは思っていなかったらしく、ニコラリーが見つめて数秒は唖然としていた。

 しかし、すぐさま意識を取り戻すと、声高らかに叫んだ。


「ニコラリーの勝利っ!」


 その宣言から一拍、沈黙が流れたと思うとその後、一気に歓声が沸いた。

 ニコラリーは深く息を吐いて、その自分の成長を身に染みて実感する。そして、諦めかけていた夢が、国一番の魔術師になるという野望に、色がついてきたような気がして、思わず口元を綻ばせた。


 ニコラリーの決闘は、ここに終わった。










 これは、ニコラリーがまだ決闘をしている間に起きていた出来事である。


 ――聖剣は、路地裏にてフードを被った二人に囲まれていた。前に灰色のフード、後ろにも灰色のフード。囲まれたな、とクラウスは舌打ちをした。


「貴様らの目的は?」


 クラウスの問いに、目の前のフードが答えた。


「貴女を、スカウトしにきた」

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