第3話 永遠の冬

全身を駆け巡る、鈍い痛みで目が覚める。

腕、膝、足首、そして顔も。今日はどこが一番痛むんだろうか。

答えは簡単だ。全て平等に痛んだ。否、痛覚的な痛みはもはや感じなくなっている。

では、どこが痛んでいるのか。私の身体はもう壊れている。とっくの昔に壊れてしまっているのだ。痛みなど感じていないのに、私のどこが痛がっているのか。

何も分からない。


冷たい石畳の部屋。ぼろぼろのベッドに、脚が折れてしまい、本来の機能を果たすことのできない椅子。

燭台には残り僅かな蝋燭が刺さっているが、その切っ先に火は燈っていない。

真っ暗な部屋の中で、虚ろな表情をしたまま、少女が一人横たわっている。

唯一外の世界と繋がる小窓には鉄格子が幾重にも張り巡らされ、少女の自由を阻害している。


少女の瞳は虚ろだった。どこを見るわけでもなく、眠るわけでもなく。

ただ自分の命があとどれ程残っているのか。あと十年か、二十年か。

それは即ち、この地獄のような日々がどれだけ続くかを意味している。


ギィという鈍い音を立てて、古ぼけた扉が開いた。

毎日、毎日、毎日、この扉の開く音が聞こえると、少女は虚ろに開いた目をギュッと閉じた。そうする事で、体感的な痛みから解放される気がしたのだ。

ガリガリ痩せこけた少女の腕が無理やりに摑まれ、グッと引き上げられる。

全身を強制的に引き起こされ、少女の顔全体に、豚の餌が腐ったような匂いが吹きかけられた。

醜悪な顔をした中年の男である。

『リリア、時間だよ』


―――――――――――――


今日も地獄のような時間が終わった。

いや終わりなどない。永遠に終わらない地獄。

寒くて、痛くて、逃げ場などない。永遠に続く冬のように、この地獄は終わらない。

リリアはそっと目を綴じた。


どれほど時間が経過しただろうか。部屋の外がやけに騒がしい。

もう夜が明けたのかと小窓を見ると、外はまだ暗いままだった。

たくさんの人の足音と、怒号のような声が忙しなく響いている。

しばらくして、音は一切しなくなった。

人の足音も、声も。


リリアはゆっくりとベッドの上に上半身を起こし、いつもと違う気配に身構えていた。 ここでのこの暮らし以上に、なにか恐れるような事は起きない。

そう確信しながらも、それは単に自分の甘えなのかもしれないという恐怖。

ほんの僅かの時間だけ、リリアは暗闇に目を潜めていた。

すると、ゆっくりとリリアの部屋にあるドアがギィっという鈍い音を立てて開いたのだ。


雪のように淡い、白銀の髪。リリアはそう思った。

ドアの前に佇む存在は無言で立っている。


『お前、この屋敷の奴隷か?』

ドアの前に佇む存在が唐突に言葉をかけてきた。

あまりに突然の問いかけに、リリアはうまく言葉を返せない。

それもそのはず。もう何年も声を出していないのだ。


突然の来訪者に対し、上手な返答ができるわけもなく、声にならない声がかすかに唇を震わすばかりである。

それを察してか、銀髪の来訪者はそれ以上問いかけをする事なく、ゆっくりとリリアのいるベッドに近づいてくる。


リリアはギュッと瞼を閉じ、何が起きても耐えられると心の中で繰り返した。

これまでこの屋敷で味わってきた地獄のような日々を考えれば、今この来訪者にどれほどの事をされるというのか。

例え命を絶たれる事があったとしても、むしろそれでこの苦痛から開放されるのであれば、それは僥倖だった。

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