第5話 次の世界への準備
そこは山の谷間の村、古風な茅葺き屋根のある田舎風景だ。
一軒の家の中に案内された。
中に入ると外観とは違って近代的な造りになっていた。
テレビのようなものや家電製品みたいなものもあり、自分が暮らしていた部屋とそう変わらないような感じだ。
21世紀の田舎もこのような感じだから違和感はなかった。
「テレビの使い方を教えるからこれでいろいろこちらの世界のことを勉強しなされ。
テレビがない時代の者の時は時間(手間)がかかったものだが説明が早いので便利である。
我は古い時代の者ぢゃが文明の利器はこちらの世界でもあふれており、またそれ以上の発展を遂げているので現世へアイデアを下ろす専門家も増えておる。
我もこう見えて最新装置に精通しておるのぢゃ。」
意外に思えたが地上にあるものはなんでもあるというか、こちらが本来の世界なのだから当然といえるのだろう。
機械に詳しい私としては配線など気になったのでテレビの後ろを見てみたが、 電気の線がない。
「我が作ったのぢゃ。
といっても物質界のように金属などを使って組み立てたりしない。
意念で設計図から物質化するのぢゃ。
そなたも練習すればそのうちできるようになる。」
「金属やプラスチックのように見えてそうではないのですか?」
「そうぢゃ、この家も中のものも全て意念でできておる。こちらの世界はそういう造りなのぢゃ。」
家の中のものを眺めまわし、キョロキョロと興味が移っていく。
「ここでしばらくいろいろ観察しながら、テレビでいろいろ言ってくるから学びなされ」
と言われてテレビの操作を教えてくださった。
映画館でのタッチ画面のような小型のリモコンで操作する、現世で使われているものと似ているらしい。
私が生きている間はあまり知らなかったが、娘が今使っているのを時々見ているのでなんとなくわかった。
今は死んだ当時と違い老いた頭ではないので、なんでも理解できる若者のような切れ味が嬉しい。
早速操作してみる。テレビは私が生前買ったもので一番大きかったものと同じくらい、80インチだったか?
そして薄い液晶テレビのような感じだ。
おお!3Dのように立体で映るではないか!
声が聞こえるが画面は美しい風景だ。
「ここに映るものはあなたの心の風景と、実際のこの世界の風景、さまざまな感情や記憶が視覚化されて映し出されます。
あなたは機械が好きなのでテレビという形からこの世界を体験していくのが良いでしょう。」
なるほど、映画館の仕組みと似ているような感じか...。
「さて、これから映る場面で興味のあるものが出てきたら、リモコンの青いマークを触ってくだい。」
海の景色だ、そして大型船、これは…
戦争で南方に行く時に乗った船だ!
しばらく見ていよう。
乗っている自分が見える、その時の船内の情景が映画のように見える。
この間の生涯の振り返りでも自分の記憶として出てきたが、ちょっと違う角度から見ている。
自分の姿を客観的に見ているのだから、誰がこの場面を撮ったのだろうなど想像してしまう(* )。
そうだ、疑問がわいてきたら黄色いマークをチェックせよと、守り人さんが言っていた。
すると画面に守り人さんが出てきて
「私の視線での映像になっている、面白いぢゃろう」と言う。
はあ、なるほどこのテレビを作ったといっておられるからそれでか、と納得した。
「守り人というのはずっとそばにいて共に現世の学びをしている間柄なのぢゃ、そなたはよく志願した。
勇気ある行動は生涯の中でも特に高いレベルアップをもたらしたのぢゃ。」
テレビで話されると横文字が出てくるのは少々可笑しかったが、生きている時に常に守り人さんがおられることに全然気づかなかったのは不思議だった。
「そなたは現実的経験を重視する人生を選んだので、霊的な感性は閉じられていた。
私の姿が見えたり会話できたりすると現実がおろそかになってしまうからだ。
そなたの娘御のように霊感を持ってそれを生かす人生とはまた異なるゆえ。」
ほうそうなのか、娘がそういう霊感を持っていることは知らなかった。
そういえば、私が死んですぐ自分がどうなったのかわからなかった時、死んだことを知らせて宇宙に行けと声をかけてくれたなあ......不思議なものだ。
あれこれ考えていたが、ふと見ると画面が船に戻り、南方の島が見えてきた。
守り人さんの目線なので、上から島全体が映ったり私が歩く後ろ姿が見えたりするのがなんとも映画の主役のようで愉快だ。
島の景色や人々がリアルに映し出されて、記憶よりもより鮮明な、そこにいるような感覚になる。
美しい島だった現地の人もいい人たちだった。
ふと、興味のある画面の時は青のマークを触ることを思い出した、ちょっと触ってみる。
と、一 瞬で私はその島にいた。
不思議なことに当時の私がそこにいる。
今の私もそこにいるが、どうも人々には見えないようだ。
ふむふむ映画館で映画に入り込んだようなものか!
当時の私の行動を客観的に見る、景色も今の私の感覚で見る、触る。
そのうえに、なんと守り人さんの意識もわかる。
この島がどういう状態なのか、戦争の影響なども透視眼的に視える!
当時の私が知りえなかったことを、多角的な視野で体験することができる。
これは素晴らしい。 自分がいた時代の背景までリアルに知ることができる。
島の人々の、私が当時見た以上の深い生活なども手に取るようにわかるのだ。
守り人さんの意識の視野の助けを借りて、その頃の追体験をするとはなんとも形容しがたい体験だ。
時間の流れが何日何年とかで進んでいないので、映画のハイライトのように意識の向くまま心のままに島で過ごしていた。
*脚注
私は軍属で、占領した島の統治に行ったので戦いはしていない。
小さな島なのですぐに降参して被害も少なくて済んだようだ。
平和を愛する明るく楽しい人たちだった。
私は厳しく統治するというより、仲良く友人になるような気持ちで接していた。
皆に好かれ、おかげで良くしてもらい、このようなご時世にもかかわらず南方の楽園を味わえる、豊かな恵みの島の生活を楽しませてもらったものだ。
ここで少し戦争のことについて書かねばならない。第二次世界大戦のことだ。
守り人さんの意識の中で知ったのだが、一般に伝わっている教科書や特に私の時代の当事者である国民に知らされていなかった秘密を知ってしまった。
これはいずれ21世紀中に明らかにされるそうだ。
地球規模での大きな背後勢力の動きである。
こちらの世界ではすでに当時から、いやもっと前の時代から知られていたが地上に明かされることが許されていなかった。
善悪を超えた地球の進化にかかわる深い事柄だ。
私はこれを知ってからこちらの世界での使命を少しずつ意識するようになった。
追って記していこうと思う。
テレビから戻った私は少々疲れを感じた。
身体というより精神的なものだ。
しばらく横になることにした。
ベッドはシンプルで生前世界のものとなんら変わらないものだ。
目をつむるとやはり暗くなる。
こちらは昼夜がないので自分で閉じない限りずっと活動し続けられる状態だ。
夢も見ずしばらくしたら目覚めた。
少しずつ外に出てみる。
日本の田舎の風景だ。
田んぼや畑が広がり、なだらかな山々に囲まれている。
砂利道を散歩する、畑仕事をする人に出会う。
「こんにちは」と向こうから挨拶してきた。
「こんにちは」と返す。
野菜を作っている、トマトや キュウリ、ナスなどが成っている、地上と同じだ。
「トマト食べますか?」とその人は一つくれた。
「ありがとう、ここは何という村ですか?」と聞いてみる。
「はい、特に村の名前はないですが、ここで皆さん準備をするのです。
静かにそれぞれ次の霊界に行くための心の整理をするのです。
四十九日までに行ける見込みのある人がここに来ることが多いようです。」
「霊界へ行く?ここは霊界ではないのですか?」
「はい、ここはまだ幽界といって地上の仕組みととても似た世界です、このように土を耕して植物を育てることもできます。
害虫や台風被害などないので簡単に立派な作物が育って楽しいですが、ちょっと物足りなさも感じますね、生前苦労して育てた記憶があるので」
ニコニコしてその人は作物を撫でながら言った。
「そうですか、とても綺麗なトマトですね美味しそうです!いただきます」
なんとこんな美味しいトマト食べたことがない!そう言うと
「そうでしょう、私の愛情も入っていますがこちらの太陽は特別のエネルギーを持っているようで、
そのおかげで花も木も人も生きとし生けるもの全て健康に生き生きできるそうです。
守護霊様に教えてもらったんですけどね」
ほう、そうなのか。
そういえば、太陽は地上の太陽と色合いが違うし、どこにいっても前に必ずあるようだ。
そもそも地球ではなく球体をしていない世界なのか?昼夜も季節もないらしいということは......。
「そうなんですよ、あ、以心伝心になるので考えてることがわかってしまうのですが...
私もここへ来てまだ少ししか経っていませんけど、興味が尽きない広大な世界ですねえ、こちらの世界の方が本当の生命だとか...
私はまだその辺のところが理解できていないのですけど。」
「まだまだこちらの新参者の私などあっけにとられてばかりです。」
「はあ、同じくですよ。
守護霊様にいろいろ教えてもらってたくさん勉強しなくてはなりませんねえ、お互いに頑張りましょう!」
といって握手を求めてきた。
良い感じの人なので握手をした。
そして会釈をして、もう少し散歩をすることにした。
まあ、空気はうまいし平和で清潔な場所だ。
しばらく行くと前から親子連れの人たちが歩いてきた。子どもは3人。
「こんにちは」皆ニコニコして挨拶してくる。
「こんにちは」と返す、なんとも心穏やかな雰囲気の人たちだ。
「おじちゃん来たばっかりやね、ぼくらはもうすぐ霊界に行くみたいや」
なんと関西弁だ、なんだか嬉しい。
「ぼん、どこから来たんや?」
思わず聞いてみる。
「ぼくらは大阪や、みんな一緒に事故におうてん」
「うちらは親子ではないんです。学校の遠足でバスの事故に遭うて私は先生なんです。」と女の人が言った。
「ああ、そうなんですか、それは大変でしたね」
私は驚いた。
「先生はこっちの世界のことよう知ってて、ぼくらを励ましてくれたんや。
最初は死んだのもわからんかったけど、お母さんのこととかも心配やったけど、
守護霊さんたちとうまいこと話して、こっちの世界で一緒にいてくれることになったし心強いねん!」
「そうか、よかったな、ぼん。お嬢ちゃんたちも。」
「私もこれからどんな霊界に行くかわかりませんが、守護霊様にお願いしてこの子らとできるだけ一緒にいられるようにしてもらってます。
生前あの世の霊界などの本を読むのが好きで、知識があったおかげでうろたえることなく死を認めることができました。
あの世や死が恐怖ではなく住む世界が変わるだけなんやと、もっとみんな知っといたほうが良いと思いました。
おたくはどうでしたか?」
先生はなかなか聡明そうな人だ。
「私も少しは読んでいましたので、恐怖などはなかったです。
でも、人生の振り返りは結構キツイものがありましたなあ」と思わず言った。
「そうですね。私もいろいろ思い残すことはあったりしますが、こちらの世界の素晴らしさを体験したら戻りたくなくなりました」
と、とても嬉しそうに笑った。
「確かにこちらは素晴らしいですなぁ。
旅行に来た気分もありますな。
まあ私はまだ消化不良で、とにかく今はテレビで勉強させられてますのや」
「テレビは良くできてますね!
子どもたちも夢中で、学校にいた時よりも熱心に勉強してます。
勉強の内容は違いますから、こういうのが本来の学びのように思いますけどね」
「体験型3Dはすごいですなあ。
ああ、そろそろ戻って私も勉強したくなりましたですわぁ」
会釈を交わして私は家に戻った。
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