野球選手育成シミュレーション

第11話

「おーい、ケイ。俺様だ。来てやったぞ。いつまで寝てるんだ。あしたから新学期なんだぞ。そんなねぼすけでどうするんだ。まったくだらしないやつだなあ」


 ベッドで気持ちよく寝ていた僕を、部屋に無断で侵入してきたハルが布団を引っぺがして叩き起こした。


「さあ、ケイ。夏休み最後の日である今日も俺様がお前と遊んでやるために、わざわざお前の部屋に来てあげたぞ。うれしいだろう。うれしいよな。うれしいと言え」

「う、うん、うれしいよ、ハル」


 むりやり言わされた『はい』という返事だったけど、ハルは満足そうだ。


「そうか、わかっているならそれでいいんだ。今日は野球ゲームをするぞ。お前みたいなやつは俺様と遊ぶ以外には、ゲームのコントローラーをいじるくらいしかすることがないだろうからな。そんなお前に野球ゲームで、少しでもさわやかな青春を楽しむ高校球児の気持ちを味わわせてやろうと思ってな。どうだ、俺様はやさしいだろう。そんな俺様と遊んでもらえるなんて、ケイは幸せ者だな」

「はあ……」


 僕はゲームをしていればそれでしあわせなんだけど。暑い中、無意味な玉遊びにいそしむやつらの気持ちなんてわかりたくもないのに……


 そんな僕の気の無い返事が気に食わなかったのか、ハルはみるみるうちに不機嫌になった。


「なんだ、その間の抜けた返事は。せっかく俺様が遊びにきてやったと言うのに。不愉快だ。ケイ、お前に罰を与える。俺様に九回裏ツーアウトからの逆転満塁ホームランを打たせろ。九回裏まではお前に三点差でリードさせてやる。そこから俺様が満塁にしてからのホームランだ。いいか、ケイ。俺様のシナリオ通りにやるんだぞ。余計なことなんてするんじゃないぞ」

「そんなあ、むちゃくちゃだよ、ハル」


 僕は文句を言ったけど、ハルは聞く耳を持たない。


「うるさい、だまれ。ゲームしかしてないお前が俺様の指示通りのゲームプレイができなくてどうするんだ。わかったら、俺様を接待プレイで楽しませろ。スコアはどうしよう……よし、九回裏時点で八対五でお前が勝っていることにしよう。そのくらいの点数が入ってないと盛り上がらないだろうからな。ケイ、スポーツがまるでダメなお前に八点も取らせてあげるんだからな。感謝しろよ、このハッピーボーイが」

「わかったよ。ハルの言う通りにするよ」


 観念した僕は、ハルが言った通りのスコアを実現させることにした。ハルには何度も野球ゲームの相手をさせられていて、ハルの野球ゲームの腕前は大体わかっているから何とかなるだろう。


 で、九回裏ツーアウトになった。スコアは八対五でハルのリクエスト通りだ。自分の思い通りになっているので、ハルはとても満足げだ。


「がはは、いい気分だ。さすが俺様のケイだ。やればできるじゃないか。俺様の言った通りだろう。よし、ついでだ。ツーストライクスリーボールのフルカウントからの逆転満塁ホームランといこう。ケイ、俺様のラストバッターをフルカウントに追い込むんだ。そうそう、うまいぞ。俺様が野球ゲームをしこんだおかげだな。よし、最後の一級だ。わかってるな、ケイ。逆転満塁ホームランだぞ。絶好球を投げるんだぞ。男と男の勝負だからな。ど真ん中にストレートを投げるんだぞ」

「わかってるよ、ハル。じゃあいくよ」


 カキーン!


 僕がゲームのピッチャーに投げさせた直球ど真ん中を、ハルの操作するバッターがスタンドにたたきこんだ。ハルは大喜びだ。


「何と言うことでしょう。九回裏ツーアウトで三点差をひっくり返す逆転満塁ホームランです。こんなことがあっていいのでしょうか」


 そんな実況のモノマネをしながら、ハルは僕の部屋を回り出した。一塁、二塁、三塁、ホームベースをウイニングランしているつもりらしい。そして、ハルが僕にハイタッチを求めてきた。僕に負け投手だけでなく、チームメイトまで演じさせるのか。


「いえーい」


 ハルが大喜びで僕の手をハイタッチした。


「まったく、ケイは練習が足りないな。あんな大事な場面であんな失投をするなんて。精神面が不安定だな」


 そんなダメ出しを僕にしてくるハルだったけど、何かに気づいたみたいだ。


「おや、何だこれ。野球ゲームみたいだけど、こんなの俺は見たことないぞ。さては、ケイ。俺様と夏休み最後の日を楽しもうと新作を用意していたんだな。しかも俺様がお前とやろうとしていた野球ゲームを。なんだ、やっぱり俺様とお前はベストフレンドじゃないか。こんなにも気持ちが通じ合っているもんな。ん、どうもこいつは選手育成シミュレーションものみたいだな。ケイ、お前は試合じゃなくてトレーニングがしたかったのか。それなら早くそう言えよ」


 ハルはすっかり誤解してしまっている。そのハルが、そして僕も見たことがない選手育成シミュレーションゲームは僕が用意したものじゃないんだ。そんなことだとは思いもせずに、ハルは選手育成シミュレーションゲームを起動していようとしている。


「ケイ、お前も自分が野球の実力不足だって自覚していたんだなあ。だから選手育成シミュレーションだなんて用意しちゃって。かわいいところあるじゃないか。たしかにお前に試合なんてまだ早かったな。ようし、びしびししごいてやるからな。覚悟しろよ」


 そんなことを言いながら、ハルがゲーム機を起動した。そしたら、部屋が光に包まれた。びしびししごかれるのは、僕じゃなくてハルなんだろうな……

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