第8話

「ケイ様、おまるはさておいて。ゲームの世界に追放されたあのいじめっこをご覧くださいまし」

「そ、そうだね」


 クックに言われて、僕は白鳥のおまるを無視してテレビの画面に目を向けた。画面ではハルがコンビニを建ててさっそく経営を始めている……と思ったけど、まだ店も新装開店させられていないみたいだ。なんだかまだ建設工事中みたいだ。なんでかな、ゲームなんだからボタンを押したらコンビニオープンできるんじゃないのかな。


「ケイ様、ケイ様。見てくださいまし。なんのスキルも持たずにコンビニを建てようとするあのいじめっこの無様な姿を。あ、工事のおじちゃんに文句言い始めましたわ。わ、いじめっこが手を出した。おお、工事のおじちゃんはなんともないみたいです。それどころか、いじめっこが工事のおじちゃんにきれられてボコボコにされていますわ。『こんなはした金でそこまでできるか』ですって。バカですねえ。ちょっとやんちゃしてる程度の学生が、毎日ガテンの肉体労働で体を鍛えている現場労働者を腕っ節でどうにかできるはずないのに」


 なるほど、実際にコンビニを一軒建てようと思ったら工事の人たちに頼まないといけないもんな。腕っぷしに自信がありそうな荒くれさんたちと、コンビニ一軒建ててもらうためのコミュニュケーションをとるのはは大変そうだ


 そんなことを思っていたら、アメニティが質問してきた。


「ねえ、あのいじめっこ、でいいのかな、とにかくあのいじめっこってば、なんにもできないじゃない。それなのに、クックの話を聞く限りはいままで大いに偉そうにしていたんでしょ。何にもできないのに、なんでそんなに偉そうにしていられたの」


 そう聞かれても……答えにくい質問だな。


 僕が答えあぐねていたら、クックがかわりに答えてくれた。


「それはね、アメニティ。ああいうタイプは子供のころちょっと人よりケンカが強かっただけで、世の中のことが全部自分の思い通りになると思っていたのですわ。まったく貧弱なオツムの持ち主ですこと。その人よりちょっと強い程度のケンカも、いまテレビでおこなわれているように、本当はちっともたいしたことないんですけどね」

「ふうん、そういうものなのか。あ、見て見て。そのいじめっこが工事の人たちに土下座してるよ」


 クックの説明を聞いていたアメニティが、テレビの画面にハルが土下座している姿が映し出されているのに気がついた。それを見たクックが、僕に話してくる。


「ケイ様。ご覧になりまして。ようやくあのいじめっこも自分の存在がどういうものか理解したようですわ。結局、自分一人ではなんにもできない取るに足らない存在だということに」


 クックが言う通り、ハルがいままでのハルじゃないみたいに低姿勢で工事の人たちに接している。さっきまで土下座してたと思ってたら、工事の人たちに飲み物を配ったりなんかしている。僕の部屋に来ては、僕にキンキンに冷えたジュースやアイスを要求していたあのハルが。


「おお、なんだかんだでコンビニの建物は完成したようだぞ」


 アメニティが言う通り、ハルの苦労のかいあってコンビニの建物は完成したみたいだ。ガスや水道、電気も通っている。ハルが工事の人たちにペコペコ頭を下げている。これでハルの経営手腕が見られるのかな。


「ケイ様、お楽しみはまだまだこれからですわ。コンビニの開店準備はこんなものではありませんもの」


 クックにそう言われて、テレビ画面のハルに目を向けるとなんだか書類を読みながら頭をひねっている。


「あのいじめっこは、商品の発注に頭を悩ませているみたいですわ。いままでその腕っぷしに頼りっきりで頭なんてちっとも使ってこなかったツケをいま払っているんですわ。なんてこっけいな光景なんでしょう。そう思いません、ケイ様」


 なるほど。弁当をどれだけ、ジュースをどれだけ、雑誌をどれだけ発注するか決めるのは考えただけで頭が痛くなりそうだ。今ごろハルの頭の中では、あれがいくらでこれがいくらということでいっぱいになっているんだろうな。


「今度はアルバイトを面接してるよ。この世界ってのはいろいろ面倒だなあ。あたしのいた世界なら、あんなわずらわしいこと魔法でチョチョイのチョイなのに」


 アメニティが言うように、ハルはアルバイトの採用に苦労してるみたいだ。コンビニの店員仕事は一人じゃ無理だもんな。僕がそう思っていると、テレビ画面でのハルは、僕をいじめていた頃のハルを百倍にくたらしくしたようなあんちゃんにへいこらしている。ああいうのしかアルバイトの面接に来なかったんだろうな。あんなのでも働いてもらわないとハルのコンビニがたちゆかなくなるんだろうな。そんなハルの様子を見て、クックがキャッキャと笑っている。


「見てください、ケイ様。いままでケイ様にあんなにふんぞりかえっていたあのいじめっこが、頭を下げて必死で自分の店でアルバイトしてくださいてお願いしてますよ。いますぐそんなやつ殴り飛ばしたいですよねえ。でもできないですよねえ」


 で、けたけた笑っていたと思ったクックが、突然真顔になってこう言ってきた。


「さて、ケイ様。そろそろケイ様もゲームに参加しますか」

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