第7話

 僕の部屋がまぶしくなくなって、あたりが見えるようになるとハルはいなくなっていた。かわりに、クックともう一人の女の子が僕の部屋にいた。


「ああ、ケイ様。会いたかったですわ。もうずっと長いこと会っていなかったような気がいたしますわ。でも、前回も今回も八月三十一日なんですわよね」


 そう言って、クックが僕に抱きついてくる。そんな僕とクックの様子を見ながら、もう一人の女の子がこほんと咳払いした。小柄できゃしゃな女の子だ。フードの付いた白いローブで全身をおおっている。クックは異世界で食材となるモンスターを狩っていそうな外見だけど、この子は異世界の人里離れた洞窟で一人さびしくなにかの研究にいそしんでそうなイメージだ。


「あたしはアメニティだ。クックと同じようにきみをサポートさせてもらう」


 そのアメニティの言葉を聞いて、クックが怒り出した。


「まあ、アメニティ。ケイ様を“きみ”ですって。無礼にもほどがありますわよ」

「なにを言う、クック。なんであたしがこんな見ず知らずの相手にそこまで敬意を払わなくてはならないんだ。だいたい、あたしはこんな仕事したくなかったんだ。そもそもなんだ、この部屋は。快適性のかけらもないじゃないか」


 そんなアメニティの言葉に僕は疑問を投げかけた。


「快適じゃないかな。涼しいし、ベッドもあるし、けっこう快適だと思うけど……」


 その僕の言葉に、アメニティがあきれかえった。


「快適? どこがだい? だいたいなんだい。あの冷たいだけでちっともうるおいがない空気をはきだすだけの怪しげなマシーンは。きみの世界じゃどうかは知らないけどね、あんなマシーンが吐き出す乾燥しきった空気を浴び続けたらどうなると思うんだい。あたしのこのみずみずしいお肌があっという間にひからびてしまうじゃないか」


 怪しげなマシーン? クーラーのことかな。たしかに、クーラーの効かせ過ぎは乾燥肌の原因なんて話も聞くけど……そう思った僕は、アメニティに言った。


「アメニティさん……だっけ。そりゃあアメニティさんのお肌が乾燥しちゃうって言うのはわかるけど、でも、この暑い中そのままでいろと言うのは厳しいんじゃないかなあ」


 僕の言葉にアメニティは、その貧相な胸でふんぞりかえった。


「あたしは暑いまま我慢しろだなんて一言も言ってないよ。あたしの世界には、きみのそのヤボな機械仕掛けの冷風発生装置みたいなものとは比べ物にならない快適手段があるんだから」

「へえ、そんなすごい方法があるんだ。よければ、ちょっと僕の部屋で試してみてくれないかなあ」


 僕のリクエストを聞いて、さっきまで不機嫌だったアメニティは急にころっと態度を変えて自慢げに話し出した。


「ほう、見たいのか。きみには想像もつかないようなあたしの世界のすばらしい涼むための手段を。しょうがないなあ。特別に、この偉大なアメニティさんがきみのような下等世界の住人にわたしの世界の高等技術を見せてあげよう」


 そう言ったとたんに、アメニティはゴニョゴニョ呪文を唱え始めた。


 えいっ!


 そして、アメニティが気合いをいれると、僕の部屋の天井が氷でおおわれた。これはすごい。氷によるひんやりとした、それでいてお肌にやさしそうな湿り気のある冷気が氷の天井から床に降りてくる。でもこれだと……


「あの、アメニティさん。僕の部屋がとけた水でびしゃびしゃになるのは困るんですけども……」


 おずおずと意見した僕だった。しかし、アメニティは『くだらないことを言うなあ。この下等人類は』なんて表情をするのだった。


「そんなことは百も承知だ。しばらく待っていればわかる」

「はあ……」


 アメニティに言われた通り、少しのあいだ天井の氷からの冷気で涼んでいた。だけど、天井の氷はちっともとける様子がない。念のため窓の外を見てみたけど、太陽の光がさんさんと降りそそいでものすごく暑そうだ。アメニティの様子を見ると、なんだか得意げだ。


「どうだ。わたしの氷はとけたりしないだろう。わたしの世界の空調装置が、部屋を水びたしにするような程度の低いものではないのだからな。ちゃんと魔法の力でそのあたりは制御してある。驚いたかい?」


 アメニティの問いかけに、僕は素直に驚いてみせた。


「うん、驚いた。天井に氷をはって部屋を涼しくするなんて生まれて始めて体験したよ。アメニティさんの世界の技術はすごいんだねえ」

「そ、そうか。そこまで驚いてくれると、あたしとしても魔法を使ったかいがあるものだ。あたしは魔法で住環境を快適にすることを研究していたからな。たのみがあったら遠慮なく言うといい」


 僕の驚きっぷりがアメニティの望んだものだったみたいで、アメニティは非常に気を良くしている。


「なにせ、あたしはひとりで洞窟にこもって研究し続ける日々を送ってきたからな。きみみたいに素直な反応を見せてくれるのは新鮮だ。実に気分がいい。よし、特別だ。きみはいまからあたしのことをアメニティと呼びつけにしていいぞ」

「そうなの、アメニティさ……アメニティ。じゃあ、僕のこともアメニティの好きによんでもらっていいよ。僕はケイって言うんだけど」

「そうか、ケイと言うのか。ではなんと呼ぼうかな。ケイ君、ケイちゃん……」


 アメニティが僕をどう呼ぶかあれこれ悩んでいるところに、いきなりクックが割り込んできた。


「ケイ様、ケイ様。わたくしが料理をお出ししましたわ。せっかくだから食べてくださいまし」


 そう言われてクックのほうを見たら、机の上においしそうな料理が並んでいた。いつのまにかクックが呪文を唱えて用意したらしい。


「わ、本当だ。クックは気が効くなあ」

「い、いえ、それほどでも……」


 クックが顔を赤くしている。それにしても……


「いやあ、クックが料理を出してくれて、アメニティが部屋を快適にしてくれるなら、もう部屋から一歩も出なくていいくらいだなあ」


 僕の他愛もない感想を、アメニティがまじめに受け取ってしまった。


「そんなことか、おやすい御用だ。ごにょごにょ、やっ!」


 ボンっ!


 アメニティの呪文で僕の部屋に出現したのは、白鳥の形をしたおまるだった。


「アメニティ、おまるはちょっと……」

「なんだ、文句があるのか。この世界の人間はぜいたくだなあ」


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