第5話

「ねえ、クック。ハルはさ、このあとどうなるの?」


 僕の問いかけに、クックはこともなげに答えた。


「え、そんなの決まっているじゃないですか、ケイ様。あのいじめっこは、ケイ様の操作するキャラクターに格闘ゲームの世界でずたぼろにされるんですよ。格闘ゲームの人間ばなれしたスキルを持ったキャラクターに、なんのスキルも持ってない現実世界の人間の状態で。さあ、ケイ様。あのいじめっこをどんどんいたぶってくださいまし。ああ、そろそろキャラクターチェンジしますか。いつでも別のキャラクターにチェンジできますよ」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 僕にハルをギッタンギッタンにするようすすめてくるクックをさえぎって僕は言った。


「その、ハルがゲーム世界に行きっぱなしってのはまずいかなあなんて。行方不明とか誘拐とか騒ぎになると困るし、あしたから学校も始まるし……」


 僕がゴニョゴニョ言葉をにごしていると、クックはいきなり感激し始めた。


「ケイ様、なんとおやさしい。自分をあれだけはずかしめた相手のことを心配なさるだなんて。このクック、感動ですわ」


 クックはそう言って感激のあまり涙ぐんでいる。そんなクックに僕はこう言った。


「だって、ハルが僕の部屋にいりびたっているのは学校中に知れわたっているもん。そんなハルが、始業式前の八月三十一に行方をくらましたとなれば、これは僕になにか疑いがかかってしまうわけで……」


 その僕の言葉を聞いたクックは、 僕に謝り出した。


「申しわけありません、ケイ様。このクック、配慮が足りませんでした。なにとぞご勘弁ください」

「い、いや、そこまでクックが謝らなくても……」


 僕がクックをなだめようとしたら、クックが僕にこっそり耳打ちしてきた。


「ちなみに、ケイ様。いまそのゲーム機の電源ボタンをポチッと押したらどうなると思いますか」

「どうなるって……そりゃあ、いまやってる格闘ゲームが終了するんじゃあないのかな」


 僕がそう答えると、クックは悪そうな顔をしながらなおも僕に耳打ちしてくる。


「ケイ様、そうなったら、格闘ゲームの世界に召喚されたあのいじめっこはどうなっちゃうと思いますか?」

「どうなっちゃうかって……まずい、まずいよ。いくらなんでもそれはあんまりだよ。さっきも言ったじゃないか。ハルがいまいなくなったら、一番疑われるのは僕だって」


 うろたえる僕に、クックはなおも耳元でささやいてくる。


「でも、ケイ様。あのいじめっこは格闘ゲームの世界に召喚されているんですから、このまま電源ボタンを押してしまえば証拠なんてでてきやしませんよ。それにケイ様は十八才になってないじゃあないですか。疑われたってどうにでもなりますよ」


 クックのささやきに、僕はぶんぶんと首を左右に振った。


「いや、やっぱりダメだ。いくら僕をいじめぬいたハルだって、ゲーム世界に召喚されたのにそのゲームの電源を切るなんてことは僕にはできない。それに僕は警察の取り調べでしらを切り通すなんてできそうにないよ」

「まあ、ハル様。やはりハル様はおやさしいですわ。でも、リセットボタンを押すという選択肢もございますのよ」


 リセットボタンか。たしかにゲームをいったん中断するのなら、リセットボタンを押すという方法もある。

 

「クック、リセットボタンを押すとどうなるの」


 僕がそう質問すると、クックはこう答えた。


「いままでがリセットされてやりなおすことになりますわ、ケイ様」

「やりなおすって……どこから?」


 僕が聞いたら、クックの返答はこうだ。


「八月三十一日をやりなおすことになりますわ、ケイ様。あのいじめっこがケイ様の部屋にやってきて、さんざんああだこうだわがままを言ったすえに見知らぬゲームを発見して、それをやろうとしたらゲーム世界になんのチートスキルも持たずに召喚されてひどい目にあうことになりますわ。ケイ様は、ずっと終わらない夏休みを楽しめるというわけですね」


 ポチッ


 クックの言葉を聞いて、僕は迷わずゲーム機のリセットボタンを押した。とたんに目の前が真っ暗になった。

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