第4話
「あー、なんということでしょうー、ケイさまのレバー二回転パンチの破壊力がすごすぎてー、ケイさまのテレビを壊してしまいましたわー、わたくしったら、なんという無作法をしでかしてしまったのかしらー、いったい、どうやってつぐなえばいいのかしらー」
そんな棒演技でセリフをたどたどしくクックが言っている。どうしたものか……ゲーム画面ではハルが体力ゲージをゼロにしてダウンしている。僕の一勝らしいけど……
「お、落ち着いてよ、クック。あれは、あくまでゲームの演出で、テレビの画面が本当に割れたわけじゃないよ。というか、クックもそんなことわかっているんだろう。だから、そんな演技はしなくていいから」
僕の言葉に、クックはキョトンとした表情をした。
「ケイ様、わたくしが演技をしていたとお見通しだったのですか」
僕はうなづいた。
「その、クックが僕を楽しませようとして、テレビの画面が割れたようなグラフィック表示をしてくれたんだろう。で、僕の入力したレバー二回転パンチ超必殺技の破壊力がすごいって演技をクックがしてくれたんでしょう」
「全部お見通しだったんですか、ケイ様。わたくし、とんだおせっかいをしてしまって……」
クックが顔を真っ赤にしている。
「いやまあ、僕を楽しませようとしてくれた気持ちはうれしいよ」
「そうですか、ケイ様。わたくしの無作法をお許しいただきありがとうございます。それで、第二ラウンドになりますけど、どうなさいますか」
ラウンドツー、ファイト
いつのまにか第二ラウンドになっている。ハルの体力ゲージは全部回復して、僕の操作する投げ技キャラクターと向かい合っている。ハルの絶望している様子が画面ごしでもはっきりわかる。このまま死人にムチを打つのも楽しそうだけど……
「とりあえずおなかが空いちゃったな。台所から何か取ってくるから待っててよ」
僕がそう言ったら、クックが自慢げにこんなことを言い出した。
「それなら、すべてこのクックにおまかせくださいまし、ケイ様」
そう言うが早いが、クックは胸の前で手をあわせるとむにゃむにゃ呪文を唱え始めた。
「やあ!」
呪文の後にクックが掛け声をかけると、僕の部屋に机においしそうな料理がところ狭しと出現した。ざるそば、冷ややっこ、冷しゃぶサラダ、冷やし中華、エトセトラ、残暑が厳しいこの時期にはありがたい品ぞろえだ。
「その……ケイ様、気に入っていただけましたか」
「気にいるも何も、すっごくおいしそうじゃん。正直なところ、暑くて食欲なかったからあっさりしたメニューなんて最高だよ。うな丼とかレバニラとかこってりしたもの出されたら大変なことになってたよ」
僕の言葉にクックは顔をほころばせる。
「そ、それでは食べてくださいまし、ケイ様」
「うん、いただきます」
そう言って、僕はクックがどこからともなく取り出した料理を食べ始める。テレビのゲーム画面では、第二ラウンドが始まったまま僕の操作する投げ技キャラクターがニュートラル状態で体を上下させている。
そしてハルはというと、自分に攻撃してこない相手を不審に思って、おずおずと近づいてビクビクしながらつっついたりしているみたいだ。
「このいじめっこ、キョドッていますねえ。ケイ様、すこしコントローラーを貸してくださいまし」
クックがそう言って、コントローラーの十字キーの右方向をちょっと押した。すると、投げ技キャラクターは画面の右方向にちょっとだけ移動した。とたんにハルはビクッとなってあとずさり、両手で頭を抱えて地面にへたりこんでガタガタ震えている。
それをクックは見物しながらケラケラ笑っている。
「見てくださいよ、ケイ様。あのいじめっこのおびえっぷり。なんて言ってるんでしょうねえ。『ゆるしてくだちゃい』ですかね。それとも、『早くおうちに帰りたいでちゅ』ですかね。キャラクターボイスをつけておくべきでした。このクック、一生の不覚です。いやあ、それにしても、あのいじめっこのダメダメっぷりを見物しながら食べるごはんはおいしいですね。ああ、時間は無制限になっていますから、ハル様は時間なんて気にせずにごはんを召し上がってくださいね」
クックの言うとおり、ゲーム画面の上部中央には、♾のマークが表示されている。制限時間無制限モードになっているのか。さっきまで両手で頭を抱えて地面にへたり込んでいたハルは、しばらく何もされないでいるとちらちら第一ラウンドで自分をビタンビタン投げ飛ばした相手の様子をうかがっている。そしてまたこっそり近づいては、ちょんちょんと指でつっついたりしているのだ。
「おやあ、いじめっこくんはいじめっこくんなりにいろいろ試行錯誤しているみたいですねえ。いやあ、ゆかいゆかい」
そんなふうににへらにへら笑いながら自分が出した料理を食べているクックに、僕はひとつ質問をした。
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