夏のようせい(お題「妖精」20分)

「妖精って、もっときらきらした、かわいいものだと思ってた」

 目の前のそれは、たしかに羽こそはえているものの、かわいいとは言いがたい姿形をしていた。

「人間って、もっとでかくて、怖いものだと思ってた」

 その生き物は、クラゲのようなぶにょぶにょの体をゆったり動かしながら、生意気に言った。半透明の体の向こうに、ひまわり畑の黄色が見える。

「こんなところに出るってことは、ひまわりの妖精?」

 どれが口だ、と観察しながら尋ねると、ぶにょぶにょは「安易な発想だね」と笑った、ように見えた。なんでこんな得体の知れない生き物に馬鹿にされなきゃいけないんだと、思わず頬をふくらませる。

「クラゲの妖精って言う方が安易でしょ」

 麦わら帽子が意味も成さないほどの日差しの下、半透明に浮かぶそれを見ていると、皮膚のあたりが妙に涼しくなるようだった。

「じゅりちゃん、そろそろ行くわよー」

 向こうの方で、母が呼ぶ声がした。母のお気に入りの黄色のワンピースが風に揺れて、今にもひまわり畑に溶けてしまいそうだ。

「いまいくー」

 そう叫ぶと、もう一度ぶにょぶにょに体を向ける。

「あたし帰るけど、いっしょに行く?」

「うれしいけど、ぼくも帰らなきゃいけないから」

 少し寂しそうにしたぶにょぶにょの妖精は、気を取り直したように一回転し、空を泳ぐように珠里から離れていった。

「元気でね、じゅりちゃん」

「待って、もしかして」

 首をかしげたような妖精に、手を伸ばす。足で地面を感じながら、珠里は言う。

「もしかしておじいちゃん?」

 ぶにょぶにょは、今度は珠里にもわかるくらいにはっきり笑い、

「安易な発想だね」

といたずらっぽく言うと、ふわりと空に昇っていった。手を離してしまった風船のように、風に舞うビニール袋のように。

 妖精が空の青に溶けてしまうまで、珠里は空を見つめ続けていた。


(お題「妖精」二十分)


𓇼‥‥‥‥𓆟‥‥‥𓆞‥‥‥𓆝‥‥‥‥𓇼


 妖精がみんなティンカーベルみたいだってのは、それこそ幻想でしょう。なんで人は、妖精だの神だのを人のかたちにしてしまうの。目の前に現れた妖精が夏の虫の形をしていたらどうしよう。わたしなら愛せない。

 クラゲはちょっとこの世のものじゃなさそうに見える。やっぱり夏は死と隣り合わせ。


𓇼‥‥‥‥𓆝‥‥‥𓆞‥‥‥𓆟‥‥‥‥𓇼

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