第13話4月 28日 胡桃 雅 代々木


「それでね。私、思ったわけよ。笹原くんかなり演技を目指しているなって。だって男性声優の名を好きな声優に上げているんだから」

「それがそんなに珍しいですか?」

「普通は異性の声優をあげるでしょ?」

「それは普通のオタクの人で、僕のような演技が好きな人には、演技力に男性も女性も違いはありません」

 

殿様蛙(とのさまかえる)の笑顔でまた、僕の背中を彼女は叩いた。

「それが本気ということよ」

 そして、彼女は天井を見上げた。

「でも、なんか君を見ていると思い出すんだよね、彼に」

「彼?」

 その時、部長が僕らに声をかけて来た。

「笹原君と雅君。ちょうどよかった、グレイズとマリアンヌの練習をしてくれないか?」

「はいはーい!お任せあれ。じゃあ、君の実力見せてもらおうか。最初だからあまり気を詰めないでいいよ」

「もちろん」


 そして、僕たちは場の中心に移動した。なにやらこそこそと声が聞こえたがその内容は分からなかった。

 僕は台本を片手に雅さんと対面して、まず屈んだ。

「姫。今日はどのようなようで私めをお呼び出し、したのですか?」

 それに雅さんは最初驚いていたが、やがてライオンの闘気を纏った。

「それはゴードンのことです、グレイズ」

「ゴードン卿が何か?」

「グレイズ、私は不安でたまらないわ。あのお方は本当に信用に足りる方ですか?」

「何をバカな。ゴードン今日は由緒正しき大貴族ですよ。信用できるに決まっています」

 雅さんの演技は地に足がついた演技をしていた。

「顔を上げてグレイズ」

「は!」

 そして、僕は顔を上げた。そこには不安な面持ちのエカテリーナがいた。


「グレイズ。私の言うことが信じられない?」

「いえ、決して。しかし、ゴードン家は我がカレイド王国に貢献してきた家。簡単に疑うことはできません」

 そこでマリアンヌが眉を下げる。

「私を信頼できないのですかグレイズ」

「い、いえ、そのようなことは」

「わかりました。下がりなさい。グレイズ今日のことはくれぐれも内密に」

「は!」

 それで演技が終了した。


 そして、巻き起こる万雷の拍手が僕らを迎えた。

「笹原くん!」

 代々木部長が僕の手を握る。

「よかった。よかったよ!笹原くん!これ本当に初めての演技なの!?」

「あ、はい。そうです」

「そうか。いや、まだ荒削りな部分があるけどね。これから練習していけばものになるよ!でも、本当にこの大学で良かったの?君の実力なら声優で食っていけるんじゃないの?」

「いいですよ僕は小説家になりたいし、それに声優は演技力があれば食っていけるという甘い世界ではありませんから。最近じゃあ声優のアイドル化が急速に始まっていますし、僕のルックスではとてもとても生活できないです」

 それに部長は難しい顔をした。


「そうか。声優なら顔を出さなくてもいいのか、と思ったけどそうでもないのか?」

「はい。出さずに食っていける人はよほど上手い人たちです。正直言ってそんな人たちと争えるほどの実力はありませんから」

「まあ、確かに君にはまだまだ荒削りな部分があるからね。それがどれだけ伸びるかは誰にもわからないと思う」


 その時背中にかる衝撃が起こった。後ろを見ると満面の笑みを浮かべた雅さんが居た。

「でも、部長。笹原くんはうちのサークルの中じゃあトップクラスの演技力を持って居ますよ。グレイズはちょっとルックス的にダメでも何か別の役をやらせましょう」

 それに部長は迂回海に潜っていき、水面に顔を出した。

「僕もそれは思っていた。なあ、笹原くん、ゴードンの役を引き受けてもらえないか?」

「え!ゴードン!」

「ダメか?」

 部長の目はかなり真剣だった。


「お言葉ですが、ゴードンはこのものがりの悪役でしょう。部長もよく知っているかと思いますが、物語で一番か2番に重要なのが主人公とヒロイン、ヒロイン役の異性の人です。次に重要なのが悪役ですよ。悪役は主人公たちを圧倒するような演技力がなければならない。そして、それと同じぐらいの演技力を持つ主人公たちによって物語が光り輝くわけですから。そんな大役を僕に任せても良いんですか!」

 その答えは背中からおきた。

「雅さん?」

 雅さんは悪戯っぽく笑う。


「言ったでしょ?笹原くん。このサークルには演技を真面目に取り組む人は2割ぐらいしかないって、そして、君はその中でもこのサークルの中じゃあトップの演技力を持っているわ」

「雅さん。それはさすがに言い過ぎじゃあ………」

「いや、雅くんの言っていることは間違っていない」

 僕は部長を見た。


「今、ゴードン役をやってる人は中原くんだが、彼は一年の時からこのサークルに入ってきて、毎週地道な練習を繰り返してきた。技術面ではまだまだ君は中原くんには及ばない」

「なら、なぜ?」

 部長の目は漆喰(しっくい)の陶器になった。

「君には中原くんにはないものを持っている。カリスマ性だ」

「………」


「君は言ったよな?悪役は主人公、ヒロインに注いで重要な役だと。だからこそなんだよ。ヒロインは棒だし、主人公もほとんど顔で選んでいる。その中で、顔につられたきた人たちにただのファッションショーを見せるのではなくて物語に溶け込んでもらうには演技力が必要だ。それも、ただの演技力の高さではダメだ。まず、インパクトがないと。君の演技にはそれがある!」


 激震が走った。自分の体が縦横に大幅にゆれた。

「他のサブは演技力のある人に任す。君には実質的に演技派勢のリーダーになってもらって、僕たちのチームを引っ張ってほしい。君にはその実力がある!」

 部長の視線はまじりっけない砂糖0パーセントのサイダーだった。


「し、しかし、中原さんがどう思いますか?一年からコツコツと頑張ってきたのに。急に僕がそれを取り上げるような真似をしたら」

「笹原くん」

 僕が振り向くとそこには小太りの男子がいた。

「ゴードン役を任せてもいいかな?」

 彼は紫陽花(あじさい)の瞳で僕を見つめていた。


「中原先輩?」

 中原先輩は頭をぽりぽり掻く(かく)と遠い目で僕の背中を見つめた。

「気にしなくていいよ。僕も2年の時に舞台に出演したし、全く出ていないってわけじゃないから。ゴードンをよろしく」


「あ、はい」

 僕は俯いたまま頷いた。このまま、一年で役に抜擢された喜びよりも重圧の方が強く僕の方にのしかかって来た。

 そして、森田さんもトテトテと僕のところに駆け寄る。

「笹原さん。ゴードン役おめでとう。一緒に頑張ろうね」

 そうやってひまわりの笑みを見せる彼女に僕たちは拳同士でコツンと叩いた。

「ああ、よろしく」




 そうして、演劇部の練習は終わり、みんな好きな人同士で集まっておしゃべりをしていた。

 僕も終わりのストレッチをし終わったら雅さんと森田さんが近づいてきた。

「お、ストレッチしてるね。感心、感心」

「笹原さんお疲れ様です」

「お二人ともお疲れ様」

「ねえ」

 突然雅さんが言った。

「二人ともこれから一緒に岡山に行ってお茶でもしない?ほらせっかく友達になったわけだし、親睦を深め合うのもいいでしょう?」

 それに森田さんがキャンディー色の笑顔になる。

「はい!喜んで!」

「僕もいいですよ。今日は美春との予定もないし」


 その時、空が曇雨(どんう)になった。

「え?」

「いやさ、僕の彼女との予定が今日はないからいいって行ったんだけど。何か変なこと言った?」

 それに雅さんは渋みのある笑みをした。

「いや、それはね。私はいいんだけど、胡桃ちゃんが」

「森田さんがどうかしたんですか?」

 改めて森田さんは見ると顔が真っ赤になっていて茹でタコになっていた。


「どうかしたんですか?森田さん?顔が真っ赤ですよ?」

「はは。なんでもない!あ!そう言えば私友達との約束思い出しちゃった!じゃあ、またね!笹原さん!雅ちゃん!」

 そう言うや否(いな)や、超特急で森田さんは出ていった。

「そうか、森田さん友達との約束があったのか。で、雅さん岡山に行きましょうか?」

「はは。ねえ、ここのコンビニのカフェテラスでもいい?」

「?構いませんが」



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