第12話4月 28日 胡桃 雅

4月 28日 水曜日




僕は桃花学園の体育館を見上げた。中の下ぐらいの大学にしたらその体育館はそこそこ大きかった。体育館は一つしか無いけど。

 あと、グラウンドも一つしか無いんだよな、この学園は、サークルの部室もない、運動できる場所もない。本当に勉学を重視している学園である事は明白だった。

 その割には図書館の広さもそんなにはないんだよな。学術書はたくさんあるが、あまり、新書や小説はないのだ。それは日本一クラスの蔵書を誇ってる県立図書館から借りてこい、ということか。

 実際にそんな話も先生たちはしていたな。


 ともかく、僕は扉を開いて体育館に入った。

 そこにはバトミントンをしている人や、バスケをしている人、その中に混じって何人か集まって談笑しているグループがあった。

 僕は迷わずその集団へ足をむける。


 彼らも僕に気づいたのか、こちらの方に顔を向ける。僕は近くにいたその男子に声を掛けた。

「こちらは演劇部の皆さんですか?」

 男子は訝しげに顔をしかめる。

「あなたは?」

「申し遅れました。今日から演劇部に参加することとなった笹原一樹です。もう入部届けは出しています」

 その瞬間花火が花開いた。


「ああ、笹原さんですね。話は聞いています。どうぞ、こちらの方へ」

 そして、僕は話の中心に入った。まだ、みんなは集まっていないようだが、しかし、見たところ結構美男、美女がいた。

 それから何人かの男女が集まってきたが、やはり美男美女の割合が多かった。

 そして、部長も来て僕たちは円を組んだ。

「ええ、みんなも知っていると思うけど、僕たちのサークルに新しいメンバーが入ることになりました。まず、新メンバーの紹介をしたいと思います。笹原くん、お願いできるかな?」


「もちろん」

 僕はうなずいて、円の中に行った。

「僕の名前は笹原一樹です。演技は声優の演技を知った時に興味を持つようになりました。好きな声優は宮本仁、神田敦さん、田中信二さん、間宮徹さん、佐伯藍さん、水越加奈子さん、山田夕陽さんです。よろしくお願いします」

 そして、僕は頭を下げたら、おお、というどよめきが聴こえた。

 すげー、中堅声優ばっかだな。

 私、笹原くんの好きな声優とほとんど被ってるわ!

 山田を選ぶとはマニアックだな。

 篠崎さんはいないのか?

 中堅声優ならやっぱり荒上さんを選ばないと!

そういうざわめきの中でちょこちょこと森田さんが僕の前に現れた。


「笹原さん。笹原さんの言っている声優全員わからなかった!」

「いや、いちいち報告しなくていいから」

 ぱんぱん。

「はい。みんな静かにこれから練習を始めますよ。整列」

 そして、僕の演劇サークルの活動が始まった。




 

「はい、屈伸!1、2」

「1、2」

 それから、まずストレッチが始まり僕らは全員でこれをしていた。僕のそばにいた森田さんは登切らない足で一生懸命屈伸をしている。ただ、ちょっとかがんでいるようにしか見えないが。

「笹原さん、すごいですね。そんなに曲がるなんて」

「いや、僕は毎日しているから。森田さんも毎日していればすぐ、これぐらい出せるよ」

 そして、点呼していた声が止んだ。

「はい。今日のノルマはここまで。じゃあ練習をしましょうか」

「はい」

 終わりと同時に僕は手を上げた。

「すみません、あと腕立てと腹筋を個人でしたいんですけど、いいですか?」

 女子は部長の方に目をやる。部長はうなずいた。

「いいですよ」

「それじゃあ」

 そして、僕は腕立てを始め、それが終わる頃に僕に近づいてくる人の気配を感じた。

「どうしたの?森田………」


 その女子は森田さんではなかった、身長が160ぐらいのちょっと大柄の体型に茶色に近いボブのヘアで緑のパーカーと黒のロングパンツを着ている知らない女子だった。そして、雰囲気はどこか殿様蛙(とのさまかえる)のように太々しい雰囲気を持っていた。

 その少女が話しかける。

「こんにちは、笹原くん。私は二宮雅(にのみやみやび)、雅って呼んでくれていいよ」

「じゃあ、雅、サン」

 そういうと彼女はガハガハ笑いながら僕の背中を叩いた。

「もう!雅って呼び捨てでいいって言ったでしょ!」

「すみません。なんか初対面の人に名前で呼ぶのはしっくりこなくて」

 雅さんはイタチの顔をしながらポンポンと僕の肩を叩いた。


「わかった。今はさん付けでもいいよ。でも、せめてあと半年経ったら名前で呼んでもらうから」

「すみません。あの、何か用ですか?」

雅さんは顎(あご)に手を置いた。


「よう、用ねえ。まあ、大した用じゃないんだけどさ。ちょっと笹原くんに質問投げかけていい?」

「どうぞ」

 雅さんはビシッ!と指を僕に突きつけ言った。

「笹原くんは真面目に演技に取り組もうとしているタイプでしょ?」

「まあ、演劇サークルですから、そうですけど?」

 それに雅さんはチッチッチと指を横に振る。


「実はそうじゃないんだな」

「と、言うと?」

 それに雅さんは錐(きり)の表情でこちらを見てくる。

「その感じだと大体気づいているみたいだね。よろしい、教えてあげましょう。私は去年入ったばかりの2年生だけど、笹原くんも気づいているようにこのサークルは真面目に演劇に取り組もうとしている人は少ない。大体コンパ目当てに入ってる人が殆どよ。割合は7割コンパ派、2割演技派、もう1割は天然はね。と言っても天然派は一人しかいないけど、ほら稀代の棒役者の登場よ」

 そうして雅さんは顎をしゃくった。


 見ると森田さんが台本を持って練習をするところだった。

「ああ、グレイズ。私は不安でたまらないわ。ゴードン卿は本当に信用に足るお方なのですか?」

 今、地球は一気に凍りついた。氷河期の登場だ。

 誰もがただただ、その寒さに耐えるしか無かった。


「ストップ!」

 たまらず部長が声をかける。

「ちょっと、沙羅(さら)指導してくれ」

「はい」

「え?え?」

 一人だけわからずにいたカエルがキョロキョロしながら女子に引かれた。

 それを見ていた雅さんが僕の方へ振り返って言った。

「ね?すごいでしょ?」

「ああ、すごかった」





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