第11話4月 26日 胡桃 代々木
4月 26日 月曜日
「それで直樹は強固にアタックするわけやけど、京子の方はどないする?普通の友達扱いするか?それとも好意がある風にするか」
「うん。それだけど。僕の考えでは最低ラインで京子は貢を友達だと思っている。そこからが、彼のことを機になるかどうかは考えていない」
「まあ、でも、その反応次第でこの映画のストーリーがだいぶ変わってくるぞ」
「うん、そうだね。それで………」
僕はその時、はっ!と気づいて時計を見る。もう4時だ。
「悪い。ちょっと寄りたいとこあるんだ。このことはまた後で話そう」
「ういっす。了解。お疲れさんや、一樹」
「お疲れ」
「二人ともおつかれ。また、話すときはクロスで連絡を取り合おう」
『了解』
そのまま、僕は学食を離れ、ある部室に向った。
いまさっきいたのは大学の学食で映画の脚本について光たちと協議をしていたのだ。
しかし、僕はある用事を果たすためにある部室に向った。一つのビラをもって。
「よし、ここか」
2階の部屋番号204号室を見ながら僕はつぶやいた。そして、ノックをする。
コンコン。
「誰かいませんか?」
そうしたら部室から声が聞こえた。
「はい」
それはたおやかな百合の声がした。そして、ドアが開いた。
「はい。なんでしょう?」
そこにいたのは一人の女性だった。長身でロングのストレートの髪を茶髪に染めいろんな装飾品を身につけているが、それが自然と合う、かなりオシャレな少女だった。そしていておのおしゃれさはさりげなく、うまく自己主張しないように、わかる人にだけおしゃれだとわかるかなりのお洒落に通じている人で、それでそのファッションの傾向から僕は彼女がかなりの内向的な性格だと推測した。
「あの、ここは演劇サークルの部室ですか?」
「はい。そうですけど?」
彼女は少し疑いの目を持って僕を見て来た。
「あの入部希望者なんですけど、大丈夫ですか?」
その瞬間百合の花が戻った。
「あ!そうなんですか。どうぞ、お入りください」
そして、楚々と部室の方へ手招きした。
部室もアニ研と同じく狭い部室で段ボール箱が端にびっしりと積み重なっていて、申し訳そうに小さなテーブルと椅子が置いてあった。
そこに彼女は指をさして言った。
「どうぞ、お座りください」
「はい」
僕が座ると、彼女はスマホを取り出し電話をかけた。そして、話が終わると僕に対してサザンカの微笑みをした。
「すみません。私も一年生なものですから部員の届けとかわからなくて、今部長に話しました。あと、10分ほどでくるようです」
「じゃあ、簡単に自己紹介をお互いにしましょうか?」
「はい」
「僕の名前は笹原一樹です。演技については全くの素人ですが、声優を知って演技に興味を持ちました」
「私は森田胡桃(くるみ)と言います。私も高校までは演技とかしていなかったんですけど、アイドルとかの演技を見て、私もやりたいな、と思って入りました」
「へー、森田さんて、どんなアイドルが好きなの?」
そうしたら森田さんは玉虫色の笑みをした。
「色々と『富士』とか『ハッピープリンセス』とか」
「へー、ハピプリとかのファンなんだ。女性アイドルグルーブだけど、やっぱり女性にも人気があったんだね」
そう言ったら森田さんの頬はマグマの蒸気になった。
「そう。彼女たちは女性にも人気なんですよ!私も彼女たちみたいに可愛くなりたいです」
そうやって蒸気はほんのりと熱量があがった。
「でも。ハピプリってみんな黒髪だよね。そんな中でなんで茶髪にしたの?」
それに森田さんは亀が首を引っ込めるような笑い方をした。
「いや、だって、それは。周りの友達はみんな茶髪だったし、ちょっとね、黒髪って個性が強いの。ファッションの選び方だって控えめなものを着たいから、ちょっと黒髪はね………」
「ああ、なるほど。それは聞いたことがある。女子にとって黒髪はちょっと個性が強いって話は聞いたことがある」
それに森田さんのマグマの蒸気が湿り気をおびた。
「そうなの!で!私は髪を染めたのよ!」
次の瞬間、マグマが冷えた。
「どうしました?森田さん?」
森田さんは髪の毛先をくるくるさせて、俯きながら聞いてきた。
「さっき、私おかしくなかった?」
「?何がです?」
「ははは、いや、おかしくないのなら別にいいです」
「それよりも」
僕はざっと森田さんの服装に目を通す。
南瓜色のワンピースに白いスカーフ、それと右手の中指にアクアマリンの指輪に、金色のネックレスに銀色のピアス、そして、黒のワッペン。これは………
「森田さんてかなりのお洒落さんですね」
それにギョッとする森田さん。
「そうかな?」
「そうですよ。おしゃれさんですよ。かぼちゃのワンピースの白のスカーフとかの相性もいいし、他にも色々、手が混んでいながら品格は落ちていません。それに黒のワッペンが可愛らしいですね」
それに森田さんは両手で顔を覆った。
「子供っぽくない?ワッペンなんて」
「いえいえ、その服装にとっても似合っていると思いますよ」
そうしたら、今度は森田さんは僕に向かって体を横にずらした。
なんだろう?僕は変なこと言ったかな?もしかして嫌われた?
その時部室の扉が開いた。
外から現れたのは眼鏡をかけた、ちょっと小太りの男性だった。彼が息を切らして言う。
「入部、希望者、は、君の、ことかい?」
「部長!」
「ああ、ちょっと失礼」
彼がそう言うとカバンから紅茶を取り出して、少し飲んだ。
「ちょっと、落ち着いたよ。で」
彼の瞳はまっすぐ僕の方を見てくる。
僕は立ち上がって言った。
「どうも、笹原一樹です」
「笹原君こんにちは。僕は代々木と言います。えっと、入部届け」
代々木さんはそう言うとあたりをうろちょろしていたが、そんな時に森田さんが一つの紙を彼に差し出した。
「はい、部長。入部届けです」
「ああ、すまない森田君。笹原君」
「はい」
代々木さんは入部届けを差しだした。
「ここに名前を書いてくれないかな?」
「いいですよ」
そして、僕は名前を書き、彼に渡した。
彼は一礼して言った。
「じゃあ、このサークルについて話してもいいかな?」
「どうぞ」
「この演劇部は10月に開かれる、学園祭に向かって活動をしている。主な練習先はここの体育館だ。毎週の水曜日の4時から練習が始まるから、なるべく出席してくれると助かる。あとは小道具とかは主に女子とか、裁縫できる男子にしてもらっている。笹原くんは裁縫とかは得意?」
「いえ、むしろ、料理が得意ですね」
そう言うと彼はトカゲの笑みをした。
「なるほど、なら、君は徹夜した時の賄い部員だ。しかし、活動しているのは学園祭一つだし、そんなに徹夜とかもないから安心してくれ。それで肝心の活動だが、もう脚本は出来上がってる。主演の座は2年、3年がもう去年から練習をしてだいたい固まってるけど、大学生だし、1年の全員にも主演クラスの役を演じてもらうけど、いいかな?出られる保証はないけど」
「構いません」
「そして、多分1年には脇役か裏回りの役を中心に覚えてもらうから、それでも構わないかな?」
「いいですよ」
そう言ったら代々木さんは破顔した。
「そうか、よかった!じゃあ、これからよろしくな笹原くん」
「よろしく、代々木先輩」
そして、僕たちは握手をし、僕は森田さんに一礼をした。
「これからよろしく、森田さん」
「あ、こちらこそ」
「じゃあ、笹原くん。脚本を渡しておくよ。これ」
渡された脚本はそこそこに分厚かった。
「多めに作っておいてよかった。で、笹原くんがやりたい役ってあるかな?急に出されてわからないなら、こっちが決めるけど」
「そうですね。決めってもらったほうが楽ですけど。いきなりなんで全然わからないし」
その時だったミツバチの声がした。
「あ」
『ん』
僕らは声をした方へ振り返った。それは真っ赤に頬を染めた森田さんだった。
「森田くん。何かね?言ってごらん」
森田さんは真っ赤に頬を染めて右往左往(うおうさおう)していたが、思い切って言った。
「あの笹原さんは主演にはグレイズの役がいいと思います」
それに代々木さんは、ああ、といった。
「なるほど、グレイズね」
「あの、グレイズとは」
あんなに頬を染めながら言うってことはかなり特殊な役なのだろうか。
それに代々木さんは手を振って言った。
「グレイズというのはこの物語の主人公だよ。本来なら今年の3年生がやっている役なんだけどね。ただ、あまりする人がいなくて困っていたんだ」
「主人公なのに?」
「ああ、ヒロインとのキスシーンがあって、みんなそれを気にして立候補にあげる人が少ないんだよ。やってくれると助かるんだが………」
そこでちらりと代々木さんは森田さんをみた。
そこには真っ赤に燃える百合があった。
「あのヒロインてもしかして」
「本来なら、2年生がやるはずだったんだけど、ほら、森田さんあのルックスだろ?演技派拙くてもレギュラーでそのグレイズのキス相手に抜擢されたんだ」
「ふ〜ん」
「だけど、乗り気な人は乗り気だけど、森田さん相手じゃ恐れ多いというわけでまだ一年生でその役の練習はしてる人は一人しかいなくてね。君のルックスは主人公というよりは悪役系だけど、まあ大学生だし、空きが出ても困る役だから、キスが嫌じゃなければやって欲しいんだけど」
「やりますよ」
その瞬間、百合から炎が消えた。
「助かる。他にもサブは2、3役やって欲しいけど、まずグレイズのセリフ覚えて明後日また来て」
「了解です」
そして、僕は森田さんの方を見た。
「森田さん」
「はい」
完全に炎が鎮火しきれてないのか未だ灰の中をくすぶり続けていたが淡い百合の光がそのくすぶりと融和(ゆうわ)していた。
「練習相手よろしく」
「よろしくお願いします」
そして、僕は森田さんの席の横に座る。
「まずさ、グレイズってどんなキャラ?森田さんが見たグレイズ像というよりも、ヒロイン像から見たグレイス像を教えてほしいんだけど」
それにリスは慌てた。
「あ、はい。グレイズは、まずストーリーが王道のハイブリットファンタジーで、ええと、簡単に言ったら王国があって、ヒロイン、マリアンヌはその王国の王女さんで、グレイズは王国の騎士です。それで、その王国でクーデター騒動が起きて、いろいろあってグレイズはマリアンヌを救うんです!これが大まかなストーリーです。ええと、それで、それでですね。ええと、あの私ずっとマリアンヌやってましたから、笹原さんの意味がちょっとわからないんですけど」
僕は代々木さんの方を見る。代々木さんは、はぁとため息をついていた。
「すまないね、笹原くん。本当森田くんは棒役者でみんなで一から教えている最中なんだよ。森田くん。自分の主観からのグレイズ像を笹原くんに教えてあげなさい」
「あ、はい!グレイズはとってもカッコよくて、エカテリーナが困った時にいつも助けてくれる王子様なんです!」
百合はキラキラと光合成をさせながら言った。
それに僕は上下に手を振る。
「わかった。とりあえず台本読んでみるよ。じゃあ森田さん、部長また明後日に」
「ああ、また明後日にな」
「はい!またあさってに」
そして、彼らに手を振って僕は別れた。
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