第2話4月 3日 2 登場人物 鶴 鈴 紀子


僕たちは食堂を出てアニ研の部室に向かった。アニ研の部室は517室。

入学したての僕たちでも5棟は分かっていたので、実際に入って、先輩に教えてもらってその部屋に辿り着いた。


そして、今その部屋のドアの前にいる。


 あの、美春ですら心なしか緊張しているのか直立不動の姿勢のままピクリともしなかった。


「いよいよだね、一樹」

「?たかがサークルに入るのに何がいよいよなんだ」

それにプレーリードッグが猛然と噛みついた!


「ばか!これから6人のイケメン先輩に囲まれたキュンキュン生活が始まるかもしれないのに、たかが。とは何よ!たかがとは!」


その妖怪化けキノコに一言僕は言った。

「空想と現実を混同するな」

僕たちが言い合ってるうちに、そっとドアが開いた。

「あの、どちらさんで?」


現れたのは髪を茶髪に染めてそこそこいい顔をしているが、どこか地に足がついた自身がなさそうな男子だった。


「あ、これは失礼しました。僕は笹原一樹。彼女は寺島美春と言います。実はこちらがアニ研の部室と聞いて見学しに来たんですが、違いますか?」

それに茶髪に男子は覇気がなさげに頷いた。


「ああ、見学の方。なら、どうぞ入って歓迎するよ」

そして、僕たちはその部屋に入った、中には男子が4人ほど、女子が二人いて。狭い部室に両側いっぱいのスペースを使っている棚、そして、奥にテレビのようなディスプレイとPS4が置かれていた。


そこでその覇気のない少年が彼らに声を掛けた。

「みんな、見学希望者が来たぞ。えっと、笹原君と………」


そこでその少年は改めて美春を見た。

その途端、その少年はもじもじし始める。その時僕は妖怪化けきのこの隠れた目が光ったのを見逃さなかった。

 美春はにっこり笑うと自己紹介をした。


「初めまして!寺島美春と言います。あなたのお名前は?」

 彼はどもりながら言う。


「つ、鶴洋平」

それに美春はまたにっこりと笑った。


「鶴さん。今日はゆっくり見学するつおりだから、よければみんなを紹介してくれない?」

「あ、はい」

 それに急に色めき立ったヤモリたちがぞろぞろと美春の前へ並んだ。


「僕は額田です」

「俺は守谷」

「俺は森本」

「僕は白石」

それに美春はニコッと菊の笑みを見せた。


「額田さんに守谷さん、森本さんと白石さんね。みんな覚えたわ。わたしは寺島美春。よろしくね」

思わず声を上げるヤモリ達。


しかし、僕は外見上は天女の笑みをしているものの、本体の化けきのこが嬉しく蠢いて(うごめいて)いるのを見逃さなかった。


「ねえ、鶴さん」

「はい!」

 鶴さんはおっかなびっくりな声をだした。


「女子のみなさんも紹介して欲しいんだけど、いいかな」

鶴さんも身長はあったが見た所160ぐらい、165の美春に比べてたら、ちょっと低く、その美春がお願いするのだから、身長の差プラス彼女の美貌(びぼう)で彼がかなりドギマギしているのが分かった。

「はい。はい!します、しますとも!二人とも来てくれないか?」

 それでやって来たのは二人の少女だった。


「私は島谷鈴。鈴って呼んでくれていいよ、美春ちゃん」

「私は岡田。岡田紀子です。あの、好きなように呼んでも構いませんから、えっと寺島さん」

島谷さんは身長160ぐらいでショートヘアのボーイッシュな少女だった。

顔立ちは可愛いと思うのだが、ちょっと顔にニキビがついていた。


逆に岡田さんは落ち着いた感じの少女だったが、体型がぽっちゃり系の少女だった。


「うん!分かったよ!鈴ちゃんにノリちゃんね。わたしのことは美春って呼んでくれていいから!」

それに島谷さんが快く肯く。


「うん。美春ちゃんね。よろしく」

「どうぞどうぞ」

「わたしは美春さんって呼びます」

 それにモモンガがにっこりと笑う。


「どうぞ!」

「それで美春ちゃん、そちらの方は………」

島谷さんがこちらの方をみる。


「あ、僕は笹原一樹と言います。笹原とお呼びください。それで立ってるのもなんだから座ってお話をしたいんですけど、よろしいですか?」


「どうぞ、どうぞ。鶴さん。あと二つ椅子あったよね?」

「はい!ありますとも!」

 そして、鶴さんは恭しく美春にパイプ椅子を広げて座らせて、僕にパイプ椅子を突き出した。


それに島谷さんが眉間にしわを寄せる。

「つ・る・さん!」

「ひぃっ!いや、これには深いわけがあって………」

鶴さんは島谷さんの声にかなりビクついていた。なんかこのサークルの力関係がわかった気がする。


「いいですよ。島谷さん。僕は気にしていませんから」

島谷さんはキョトンとする。


「そ、そう?」

「ええ、それより、僕はアニ研に聞きたいことがあってきました。まだ入部を考えていません」

それにアニ研の全員がピリッとした電気を発した。

そんな中、おずおずと鶴さんは美春に問う。


「て、寺島さんも、まだ入部考えていないの?」

「いいえ、私は入部するつもりでここにきましたから。私はアニメ全般が大好きです」


それに男子たちの蒸気を発した。

それをまたしても島谷さんが男子を睨む。


「み〜ん〜な〜。そういうのは良くないと思うな」

そして、又しても怯えるネズミ達。

自分も男だが、男って本当に単純だな。


「いいですよ。島谷さん。気にしてませんから。それよりも………」

 島谷さんと岡田さんが真剣な表情をする。ヤモリ達も真剣な表情をしていたが、しかし、それはヤモリだった。


「ここのアニ研てどんなジャンルのアニメが好きなんですか?」

 イタチ達がさらに真剣な表情をして僕を見つめてきた。


「どんなって・・・まあ、最新作から過去の名作まで幅広いジャンルのアニメファンがいるわね。そう、たとえば鶴さんとかはガルガンチュアシリーズが好きだし、守屋さんは空気系のアニメが好きだわ。笹原くんはどんなアニメが好きなの?」

イタチの表情から裂帛(れっぱく)の静電気が壊れる限界まで張り付いていた。


「そうですね。ムーンチャイルドの会社が好きですね」

「え?」

  裂帛(れっぱく)の静電気が一瞬に四散する。


「あと制作会社は、ドミノとかが好きです」

「え?え?」

イタチが困惑の靄(もや)に包まれる。しかし、島谷さんは刀で一線した。


「ちょっと整理して言うね。ムーンチャイルドって、アニメの企画会社よね?」

「そうです。今はなくなっちゃたんですけどね」

「その企画会社の作ったアニメが好きだってこと?」


「はい。好きな作品が多かったですね。普通にインカネーションとかラブリーコンフュージョニンとか妹パラダイスに飛び出せ天田君!とか、ドミノの作品だったらもふもふアルファとかニヒル先生辺りも好きですね」

島谷さんは思わず岡田さんの方を見る。


「知ってる?トシちゃん?」

  岡田さんは困惑の表情を隠せないまま静かに応える。

「インカネーションとニヒル先生ぐらいなら………」

「私も同じ。他は全くわかんないよ」

島谷さんは男子の方にも話題を振った。


「ねえ、鶴さんは知ってる?」


「まあ、インカネーションぐらいは名作ですし。他は………。ところで!笹原さん!ドミノが好きだっていてたけど、やっぱりあれですか?魔導少年マグヌスとか話しシリーズとかも好きなんですか?俺、その二つの作品大好きなんですよ!やっぱりドミノの代表作といえばあの二つっすよね!」

狐がおっかなびっくりな感情を軽薄な明るさで覆って言ってきた。


 リスがチラッ、チラッと不安げな目で僕を見てくる。しかし、構わず僕は言った。


「はあっ!何言ってんの!?あんなものがドミノの最高傑作なわけじゃないだろう!話しシリーズなんて主人公の語り口がキモいし、魔道少年マグヌスなんか、あんなストーリー全く僕は認めていないぞ!まあ、マグヌスも話しシリーズも作画と演出は良かったけど、あんなのがドミノの最高傑作と勘違いしてもらっては困る!」

「ひぃっ!」


 隣の美春があちゃー、とした表情で天を仰いでいる。

他のメンバーも何かと困惑の靄(もや)に包まれていた。


やっぱり、こうなってしまったか。

どうもね。自分でもわかってるんだけど、あの2作がドミノの最高傑作だと言われるとかなりムカついてしまう。


でも、僕の好きな作品は人を選んでしまうから、仕方ないといえば仕方ないんだけどね。

それでも、気を取り直して僕は言った。


「まあ、僕の趣味についてこられないことはわかっていたんで良いですよ。入部します。最近のアニメは信長のくノ一とかサムライスレイヤーとか三国志とかを見てます。

でも、あんまり最近のアニメは見てないですね。僕が見るのは主にフラッシュアニメですが、それでもよかったら入部しますけど」

そう、僕は島谷さんに言った。島谷さんは慌てた様子で鶴さんを見る。


「あ、ありがとう。これが入部届の記入用紙だから。アニ研の部長はこの僕だから、何かわからないことがあったら聞いてください」

鶴さんは美春に対しては丁寧な口調で言ったが、僕をみると明らかに怯えた目で僕に用紙を渡した。

それを僕らは受け取って署名し、鶴さんに渡した。


 そして、僕はこれだけは聞いておかなければと思い口を開いた。

『それで』

鶴さんも何かを言おうとして完全に僕とセリフがパクった。僕は彼に譲った。


「どうぞ、先に行ってください」

「ああ〜」

鶴さんはちらっと美春を見て、言った。


「実はこの部室アニ研のだけのものじゃないんだ」

「というと?」

鶴さんはカニの口で口をモゴモゴさせた。


「いや、実はね。この部室、他のサークルも使っていてね。決まった曜日に交換して使っているんだ。そのサークルがね………」

鶴さんの言葉を島谷さんが代わっていった。


「それは腐女子研よ。女性しか入れないサークルなの。月、火、金はアニ研が使っていて、水、木、土曜は腐女子研が使っているの」


「ああ、なるほど」

 なるほど、確かに書棚の中にアニメのDVDもあるが、ある一角に明らかに乙女系の同人誌が置かれていた。

「それはここの大学の部室が少ないからそうしているんですか?」


 島谷さんが笑顔でうなづく。

「うん。そうよ。ここの大学新しくできたばかりだし、とにかく勉学重視の大学だからね。併用を出願させてもらって、ようやく許可がおりたんですって。ね?鶴さん」


 それに鶴さんはそっぽを向く。

「別に俺はアニ研の部室を作りたかっただけだし、婦女子たちと同じ部室を作るのは癪(しゃく)だったけど、まあ、でも、方向性が違えど、あいつらもオタクだから仕方なく、仕方なく!一緒の部室にしたんだ!」


 そこで鶴さんは振り返って僕にビシッと!指をつきたてた。


「でも、勘違いするんじゃねえぞ!俺は腐女子を完全に認めてるわけじゃねえからな!一緒の部室を使ってるけど、基本的にあいつらとはノーコンタクトだ!」

 プイッと顔を背ける鶴さん。それに島谷さんは淡い睡蓮(すいれん)の表情をした。


「でも、当時腐女子研に二人しかいないのにアニ研と同じ時間を鶴さんは認めたって聞いていますけど?」

 それに迅速の早さで鶴さんは振り向いた。


「そ、それはだなぁ………」

「鶴さんて、ここのサークルの設立者なんですか?」

 それに鶴さんは答える。


「ん。まあな。リーダーの人が一人いて、その人を中心にこのアニ研はできたんだ。俺は別にほとんど何もしてねえよ。そのリーダーの人が、アニ研と腐女子研の時間配分を決めたんだ」

 しかし、島谷さんはいたずらっぽく笑った。


「でも、鶴さんはそれに賛成したんでしょ?その案に反対した人も多かった、って先輩から聞かれたこともあったんだけど、その時鶴さんはそれに賛成したらしいじゃない?」

 それに鶴さんはタジタジになる。


「い、いや、それは………」

「まあ、わかりました。それじゃあ、これからもよろしくお願いします。みんな」

 そう言って僕が頭を下げたら、みんなも礼をした。


「しかし、僕は最近のアニメはあまり見ない方なので、時々顔出しする程度でいいかな?」

 島谷さんは鶴さんを見る。それに鶴さんも頷いた。


「ああ、いいよ。ちなみに笹原くんは今季何を見ているんだ?」

「う〜ん。三国志とギミックですかね」

 俺にみんなは拍子が抜けた。


「また、濃いアニメを」

 そう言ったのは守屋さんだった。彼はちょっと小太りの体格をしていて、ボソボソとした話し方をする男子だった。

 いや、ここにいる男子のほとんどはそういう話し方をするけど。


「でも、三国志見ているんだ?あれいいよねぇ。私原作も見たけどすごくファンだったの!それに作画もすごく綺麗だったし。これからに期待大よね!?」


 そう言った島谷さんはほのかに香るバラの表情をしていた。

 そして、隣からウズウズしているリスの存在を感じた。

 さっさと本性を明らかにすればいいのに、やはり最初で作った像を壊したくないのか、海面から顔を出して息を吸っては潜っていき、また吸っては潜っていきの繰り返しをしていた。


「さて、そろそろ出るか?美春?もうこのサークルの大体はわかっただろう?」

 それにニジマスがびくんと動いた。

「ええ、そうね。そろそろ出ましょうか。それと、すずちゃんにトシちゃんクロスのI.D.教えてくれる?一緒に友達になりましょう」


「もちろん!いいわよ!トシちゃんもいい?」

「ええ」

 それで3人してラインの交換をして、僕らはアニ研の部室から出た。

 もう、すっかり日が暮れて夜に近く、まだ春ということもあり夜風が多少寒かった。


「いい加減、本性を現してもいいんじゃないか?」

 そういうとギョッとした表情で美春は振り返った。

「何よ!本性って!私は別に普通に接していただけだよ!」

 僕はジト目で美春を見つめる。


「嘘つけ。本当は三国志の話に入りたかったのに、男子たちに本性を知られるのが怖かったから、黙っていたんだろ?さっさと会話に加わればいいものを。どうせ、バレるのも時間の問題だろ?」

 それに美春はそっぽを向く。


「何よ。時間の問題って。そういうのじゃありません。別に私は猫を被ったとかそういうのじゃないんだからね」

 バケきのこはそっぽを向き怒りの胞子をポンポンと飛び出していた。

 ちょっと言い過ぎたかな?まあ、あまりにも別人だったのでついからかったが個人的には早くのびのびと美春が行動してくれるのを僕は望んでいたのだ。


「ごめん、美春。僕が言い過ぎた」

 そう言って僕は頭を下げた。美春は氷壁(ひょうへき)の目でこちらを見ていた。


「お詫び(おわび)と言ってはなんなんだが、家まで送ろうか?もうすっかり日が落ちたし」

 じっと、美春は僕を見たが、プイッと顔を背けた。


「まあ、こんなことで私の気が治るわけじゃないけどね。ど〜しても!かずきがそうしたいならしてあげるわ。私こう見えても心が寛大だからね」

「すまん。助かる」

 タタッと美春は駆け出した後僕に向かって行った。


「おーい!置いてっちゃうよー」

「すぐ行く!」

 そして、僕が駆け足で美春の横に付くと、美春はゆっくり歩きだした。


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