第2話

「……」

「自分の眼の前で死んでいく人間を、何もできずに見送らなければならない気持ちがわかるか?」

「……」

「本当は、生きていたかったのに生きられなかった者の悔しさがわかるのか…?」

(バーン、やっぱりラシスさんのこと…)

「……」

彼女は唇をぎゅっと噛みしめた。

「答えは、きっとある。答えは、見つけるためにあるんだ。あきらめて何もしなければ進歩も発展もない。」

彼は窓ガラスにゆっくり近づいた。

「俺は後退しながらでも、臣人と進む。」

「……」

「今はわからなくても紫音にもそのうちわかる時が来る。」

バーンはガラス戸に手をかけて開け放った。

夕方の冷たい風が教室の中に勢いよく吹き込んで来た。

その風に思わず目を閉じてしまった。

「外に出てみないか?」

そう言われておそるおそる目を開けてみた。

さっきよりも暗くなった夕闇が辺りを覆いつくしていた。

離れるのがいやで彼の背中を追うように後に続いた。

彼はベランダの手すりに両手を置いた。

そして、まっすぐに彼方の空を見ていた。

「バーンはいいなぁ。」

独り言のようにつぶやいた。

冷たい風が頭にのぼった血を冷ましてくれたかもしれなかった。

「……」

「臣人ちゃんがいて。私には誰もいない…」

前で組んだ手に力が入っていた。

本当に羨ましかった。

バーンの心が揺るがないことが。

そう言いきる事ができる彼が。

「知り合った時から今みたいな関係だったと思うかい?」

さっきよりほんの少し優しい眼で彼女を見て言った。

「え、だって、」

の気持ちなんて関係なく、何の遠慮もなく構ってくる。…正直、あいつのこと、嫌いだった」

「じゃ、どうして?」

「さぁ、なぜかな?」

「なんだかうれしそうですね。」

「殴り合いのケンカもした…。あいつに力で勝てるわけもないけど。」

「うわっ!男の世界だぁ。」

「そんな『人』との関係も、俺には初めてのことだったから。本気でケンカして、…本気で言い合ったよ。」

「罵詈雑言の飛ばし合いみたいな?」

「ん」

「想像できないかも。」

「その時に思った」

「……」

「あいつの言うことなら、信じてみてもいいんじゃないか…と。」

「いいなぁ。私も一度でいいからそんなふうに言ってみたい。」

「……」

「誰も信じられなくて。親も友達も。」

「…紫音」

「心配もしてくれるよ。相談にものってくれる。でも、何か違う気がして。」

「……」

「そう感じる自分が許せないし、なんでもないように振舞っちゃう自分が嫌。透明な存在になってみたい。そうしたらいいのになって最近思う。」

突然、バーンは教室の中に戻るとそばにあったイスを持ち出し、ベランダに置いて踏み台にした。

「!?」

何を思ったのかコンクリートの壁を越え、片手で鉄製の手すり持ちながらベランダの外側に立っていた。

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