アイスの恨み

しゅう

第1話

ー私は、死んだ先輩が見えてしまう。


先輩の葬式はあまりにも現実味がないものだった。だからか、涙のひとつも出なかった。

別に悲しくなかったわけではない。

ただ、本当に現実味がなかったのだ。それぐらいあっさりと私の前から先輩は消えたのだった。

しかし、先輩の葬式後の帰りは心なしかいつもより身体が重かった。

そして、頭に浮かぶのは先輩との思い出ばかりだった。あ、ここ前に先輩と一緒に帰ったところだ、結局先輩、前に奢るって約束したアイスまだ奢ってもらってなかったなんて、考えながら歩いていると


「やぁ、後輩ちゃん」


先輩が立っていた。


とうとう幻覚まで見え始めたか、

私は自分が思っていたよりもあの人のことが好きだったらしいと少し落ち込んだ。


溜息を吐きながら少し半透明の先輩の形をした幻覚を見る。


「....あり?これ見えてない?」

幻覚は目の前に手をひらひらさせながら心なしか嬉しそうに近づいてくる。


「ねぇ、ねぇ、後輩ちゃん!見えてる?見えてるよね??」

「うっさいな、幻覚。そんなに先輩のこと好きだったのか....ショックだわ....」

「え!?聞こえてる!?ってか、ちょっと失礼じゃない???」


嬉しそうに半透明の先輩は私に近づき、きらきらした目をこちらに向ける。


「ねねね!私だよ私!君の先輩!」

「うっさいです。先輩....そういえば、幻覚に返事をしてもよかったっけ?」

「違う違う!これ幻覚じゃないんだって!」


寝言に返事をしてはいけないとよく聞くが幻覚には返事をしてよかったのだろうか。


先輩の形をした幻覚は私の肩を掴もうとして実体のないその身体は私の肩をすり抜ける。

少し悲しそうにして、いつものようにへらりと笑っていた。


なんだそんな顔、そんな顔あの人しかしないじゃないか、こんなのまるで


「ねぇ、私幽霊になっちゃった」

「........え?」

「幻覚じゃなくて、私死んで幽霊になっちゃったんだよ」


普通は有り得ないと思うだろう。しかし、こんなにも現実のような状況でそれを口にすることはできなかった。


「みんなに声をかけてきたんだけど誰も反応して貰えなくてね、ダメ元で君のとこに来てみたけど本当に良かった」

「..ははっ、みんなに声かけたんっすか、めっちゃホラーじゃないですか。」

「うん、だから、君が最後だったんだよ。」

「私霊感なんてないんですけどね。....先輩、

死んだんですか?」


少し泣きそうな顔で笑いながら


「うん、死んだよ。」

「....何死んでるんですか、アイス奢ってから死んでくださいよ」

「えぇ..これでも凄く痛くて苦しんだんですが....」

ってこの後に及んでアイスのことかよと少し不貞腐れた顔で言うものだから笑ってしまった。そして少し少しだけ悲しくなった。


「それにしても、先輩見えるのは私だけなんですか?」

「うんーそうだね、誰も反応してくれなかったし」

「それだと、やっぱ私の妄想か幻覚に見えてきますね」

「違うんだって、私の身体はないけどちゃんといますぅー」

「ちゃんとってなんですか..幽霊ってことはやっぱり未練とかあるんですか?」


未練と言われうんうん唸りながら首を捻っていた。確かに急にそんなことを言われたらそうなるだろう。多分私が同じ状況だとしてもそうなる。


「たくさんあるけど未練って程じゃないんだよなぁ....」

「例えば私にアイス奢ってなかったとか?」

「どんだけアイス根に持ってるんだよこの子はーー」

酷い奴だと言わんばかりの顔に声を上げて笑ってしまった。

側から見れば気でも狂ったのかと心配されるだろう。何もないところで1人で喋り笑っているのだから

そのことにようやく気づき誰も居ないことを確認し、急いで帰宅した。

先輩はその様子をによによと笑いながら私の後ろをついてきていた。


翌日も、先輩は私のベッドの横に座りおはようと笑った。朝からホラーである。

先輩は特に何かすることもなく私の後をついて回っていた。

先輩が死んで幽霊になっても地球が回るように、普通に私の日常は訪れた。

先輩が学校までついて来たことにすごく驚いたが邪魔はしないという宣言どうり私の隣で大人しくしていたので特に何も言わなかった。


しかし、放課後部室で2人になった時、先輩は饒舌に私と話したがるのだった。

もともと、話すことが好きな人だったのだ。

まぁ、殆ど私は本を読みながら先輩の謎な自論を聞くだけだったがいつもと変わらなかった。

先輩が死んだなんて嘘だと錯覚してしまうくらいに


しかし先輩の透けた身体と触れることの出来ない自分の手を見て気づくのだ。この人は本当に死んだのだと。


今日の先輩は友達の基準はどこにあるのかについて語っていた。

先輩によれば、友達といる時ふと冷めた気持ちになりこいつは本当に私の友達なのかと言う疑問を持つようになるらしい。なるほど、よくわからない。

とにかく、凄く捻くれた考え方だと思い内心引いた。

しかし、この人は意外にも友達が少なくないと言う事実の方が衝撃を感じてしまう。

友人がこんなにも多いと言うのに何故そこまで捻くれられるのだろう。疑問である。


「ねぇ、先輩まだ成仏しないんですか?」

「そんな寂しいこと言わないでよ。君だって私がいないと寂しいでしょう?」

「いえ、全く?」

「....心がない奴だなぁ....」


ふざけたように泣き真似をする先輩に五月蝿いですよと言いながら帰る準備をする。


ふと、自分の言った成仏と言う言葉にそうか、この時間も終わってしまうのかと一抹の不安がよぎった。しかし、隣で「今日の夕飯なんだろうなぁ」なんて言いながら私の顔の高さほど浮きながら思案した顔に少し腹が立った。


「先輩、飯食えないでしょ」

「予想することが楽しいんですー」


人通りの少ない道をわざと選び先輩と一緒に帰る。

なにも居ない所で喋る私を誰かに見られたら大変だ。

しかし、特に話すこともなく歩いていると、先輩はぽつりと呟いた。


「ねぇ、後輩ちゃん」

「何ですか?」


アスファルトを踏む自分の足の音少し煩く思うほどか細い声で先輩が話す。


「私さ、多分怖いんだよ。

私が死んでもさ、みんな元々私なんていなかったみたいにさ、いつも通り過ごしてるんだよ。」

「....」

「....私はそれだけの存在だったって再確認してるみたいで怖くて辛いんだ」

「先輩」

「だから君と一緒にいると安心するんだよ。私のこと忘れてない人はちゃんといるんだってわかるから」


何も言葉が出てこなかった。

ここでそんな事ないと簡単に言えるだろう。実際、先輩の親や友達は先輩の事を忘れたわけじゃないと思うのだから、何だかんだで人に好かれる性格なのだ。

しかし何も言えなかった。

だって私は死んでないから先輩の気持ちなんて上辺だけしか知らないのだ。


「....先輩、手出して下さい」

「え?」

「手ですよ、手、出して下さい」


きょとんとした顔をする先輩に無理矢理手を出させ、手を重ねるように握った。

実際には触れられないので握ることは出来なかったが、

それに先輩は不思議そうにこちらを見ていた。


「手を繋いで帰りましょう」


すると、少し目を開かせて驚き、そしてすぐいつものように「君、心あったんだねぇ」なんて言って笑った。

確かに普段の私だったら絶対にしないだろうな、なんて思った。

だけど仕方ないじゃないか、なんて言葉をかければいいかわからなかったのだ。

それでも、悲しそうな顔なんてさせたくなくて、だから意味のないくだらない提案をしてしまった。

感覚なんて勿論ないが、差し出した手に先輩の手が重ねられる。

何も喋らず2人並んで歩くのは妙に虚しく、滑稽だったが離す気にはならなかった。

そして最後にぼそりとありがとうと呟く先輩が印象深かった。


次の日、目を開けると先輩はいなかった。


いつもみたいにうんちくを語ったり、意味のわからない自論を持って語るうるさい先輩はいなかった。

それに、もしかしたら、あれは全部夢だったのかもしれない。

幻覚だったのかもしれない。

何はともあれ、先輩のいない私の平凡な日常が戻ってきただけだった。


そういえば、過去に先輩は私に「後輩ちゃんは私のこと嫌いでしょ。」と拗ねたように言っていたのを何故か思い出した。

その時は「嫌いじゃないですよ、好きでもないですけど」と返し心ない奴だと余計に拗ねられた。


多分、私はあの時から何も変わってないだろう。

だってこうゆう時は先輩を思って涙なりなんなり流すものだろう。

しかし、私の目からはそんなもの一筋だって流れていないのだ。

先輩がよく言っていた心ないという言葉はあながち間違いではないかもしれない。


だから、多分、この心にぽっかり穴の空いたような気持ちは、先輩がいなくて寂しいとか悲しいとかなんかではなくて、先輩に最期までアイスを奢って貰えなくて悔しい気持ちなのだろう。


食べ物の恨みは根深いのだ。

だから、少しぐらい悔しくて泣いてしまっても仕方ない筈だ。


食べ物の恨みは根深いのだ。

だから、先輩のことを一生忘れなくても仕方ない筈だ。


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