第31話 黄金の光

 深い闇の中。

 身動きすることも考えることすらできず、どれだけそこを漂っていただろうか。

 

 時間移動の最中に時間移動機に攻撃を受け、時の狭間を暁と七緒はどこまでもさまよっていた。

 それは一瞬だったかも永遠だったかもしれない。

 

 だが闇の中に、二人の意識を目覚めさせる光があった。

 黄金の光。

 二人はぼんやりとそれに手を伸ばし……

 

 

 *

 

 

 二人は地面に激突した。

 

 「痛っ!?」

 

 「うおっ、黎明着ていてよかった。……ここはどこだ?」

 

 二人が体を起こしたのは道路のアスファルトの上。

 ジュースの空き缶が風に吹かれて転がっていく。

 あたりを見回せば、そこはどこかの街中だった。

 

 曇り空から差す光は薄暗く、周囲は薄い霧に包まれて見通しが悪かったが、街並みは現代かそれに近いものに思えた。

 

 「ここがどこかより、今がいつかも問題ね……。

   とりあえず車道から移動しましょ」

 

 二人は足を進め、近くの縁石の上に腰を下ろした。

 

 「……まいったな。随分と意識がなかった気がする。黎明の計時機能にもエラーが出てやがる。

  時間移動中にトラブルがあったって認識でいいよな?」

 

 「そうね。……時間の長さなど関係ない世界であのまま漂っていれば、私たちは意味を失い、存在が薄れて消失していたでしょうね。

  際どいところで助かったわ」

 

 「……黎明を始末することを考えたら、その方がよかったのかもな」

 

 暁の暗い声。だがそれに対して、変わらぬ様子で七緒は答えた。

 

 「いいえ、黎明がそのくらいで消えたとは思えない。

  あんたという装着者をなくした状態で、独自に破滅的な行動を起こしていたでしょうね」

 

 「そうか。……ありがとよ」

 

 「何のことかしら」

 

 なんでもないかのような七緒の様子に、暁は黎明の仮面の下で笑みを浮かべた。

 

 「そういえば、なんかこっちに出る前に金色の光を見たような気がするんだが、お前はどうだ?」

 

 「言われてみれば、私も見たような……でも心当たりがないわね。

  もう少し情報があれば……」

 

 「わからないならしょうがないな。

  いつまでもこうしているわけにもいかない。

  ……でも、ネットにもGPSにもエラーが出て全然つながらない。

  元の世界と離れた時空ってことか……」

 

 「大丈夫。母さんから何か事故が起きたとき連絡を取るための道具を預かってる。

  今出すわ」

 

 懐から七緒は小さな鈴を取り出すと、それを振って鳴らした。

 奇妙に耳に残る音が通り抜けていった。

 

 「これで私たちがどこの時空にいるか、母さんに伝わるはず……連絡が通じる範囲に私たちがいるんだったらね」

 

 「完全にあてにするわけにはいかないか。自力で脱出する方法も考えないといけないな。

  それで、ここがどこかって話に戻るわけだが……なあ、あれ読めるか?」

 

 暁が指さす先には点滅を繰り返す信号機と、その上に地名が記録されているはずの標識があった。

 だが暁には、その標識がまるで象形文字のように見知らぬ言語にしか見えなかった。

 

 「何あれ……。私もたしなみとしてあちこちの言語かじってるけど、心当たりがまるでないわ。

  言語まで違う元の世界と離れた時空……?

  他にも言語のサンプルと、十分な時間があれば暗号解読の要領でなんとかなると思うんだけど……」

 

 「それは今この場じゃ無理だな。あとは現地人との接触だが、

  ここまで喋ってても誰も通りかからないな。街中なのに」

 

 「単に人通りの少ない地区なのかもしれないわよ」

 

 「……そうだな。少し歩いてみるか。

  人と出くわしたときややこしくなるから、住居に侵入して探るのはとりあえずなしで」

 

 「黎明着ておいて交渉も何もないと思うけどね」

 

 「……言うなよ」

 

 まずは生き延びないと話にならない。

 そう言って暁は先頭に立ち、歩道を歩き始めた。

 七緒も若干の距離を取って後に続く。

 

 とはいえ、あてもなく、標識も読めない道のりである。

 暁は曲がり角に差し掛かる度に、直進するか曲がるかを気まぐれに選んでいるようにしか七緒には思えなかった。

 先行きが不安になり、思わず暁に問いかけた。

 

 「ちょっと、ちゃんと道覚えてるんでしょうね」

 

 「ああ、黎明のマッピング機能がある。……それにしても、本当に人に出会わないな。

  こっちでも人間は絶滅寸前だったりするのか?」

 

 「どうかしら。それにしては街がそんなに荒廃してないけど……」

 

 そのとき、黎明の聴覚センサーに微かな羽の音が聞こえた。

 音の源に目をやると、視界をかすかな影が横切った。

 

 「鳥か。生き物が全くいないってわけじゃないんだな」

 

 「……行くわよ」

 

 「え、おい、七緒?」

 

 七緒は突然暁の前に出て歩き出した。先ほど暁が見た影とは逆の方向に向かってだ。

 

 「……ここまで来ればいいかしら。……あんた、あれが鳥に見えたの?」

 

 「え、鳥じゃなかったらなんなんだ……?」

 

 「ならいいわ。……聞いても気分が悪くなるだけよ」

 

 「いや、待てよ! 俺だって黎明のセンサー使ってるんだ。そうそう見間違いはしないって!」

 

 暁の言葉を聞いて、七緒は額に指を当てて考え込んだ。

 

 「……黎明でも感知できないってことは、科学的なセンサーを無効化している?

  魔術的な感知じゃないと無理……?

  探知魔術は専門外だけど、使い魔にできそうな動物や虫の感知くらいならできる」

 

 印を組み、呪文を唱えた七緒だったが、すぐに悲鳴を上げてうずくまった。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 「何これ……普通の動物なのか、異界の怪物なのか、どっちつかずのぐちゃぐちゃ……

  ここは、見た目通りの世界じゃない……」

 

 吐き気をこらえ、七緒はこみ上げてきたものを無理やり押しとどめた。

 

 「……暁、ここは化け物の腹の中と同じよ。急いで脱出しなきゃいけない」

 

 「でも、お前の母親がどうにかするまで脱出する手段がないだろ?」

 

 「……ええ、そうね。それなら迎えが来るまで安全を確保しないと。

  そのためには情報が必要。

  さっき感知した動物は、全部なんだかよくわからないものだった。

  だけどその中に一つ、一際異質でうまく言えないけど他の動物とタイプが違うのがあったの。

  何かの手がかりになるはず。こっちよ」

 

 暁は、七緒を抱きかかえて跳ぶように走り出した。

 気のせいか、空気が先ほどよりねばりつくような気がする。

 街路樹の葉が揺れる音は、何かのささやきではないだろうか。

 だが、黎明のセンサーには何も異常は感知されない。

 あくまで暁の第六感にだけ感じられるものだ。

 顔を青くしている七緒には、もっと異様なものが見えているのだろうか。

 幸いにも暁にはそれが何なのかわからなかった。

 

 「……いた。そこの曲がり角を右よ」

 

 暁は七緒を振り落とさないようにしっかりと抱きかかえながら、T字路を右に曲がり、目的のものを発見した。

 

 「……カブト虫の群れ?」

 

 暁が言ったようにそこにいたのはカブト虫だった。

 ただ、その数は自然にはありえない程多く、百匹以上はいるとぱっと見ただけでわかった。

 黎明が内部モニタに表示した百五十七匹という計測結果を横目に見つつ、暁は群れのカブト虫が全てこちらに頭を向けて整列していることに驚いた。

 

 「七緒、俺にはあれがカブト虫に見えるんだが、お前はどうだ……?」

 

 「私にもそう見えるわ。でも、見た目通りの生き物じゃないはず……」

 

 暁は、相手が何をしてきても反応できるように、身構えながらカブト虫とにらみ合った。

 七緒も暁の腕の中で魔術の準備を整える。

 昆虫相手に緊迫したその様子は、こっけいですらなく、異様なものであった。

 

 先に動いたのは、カブト虫の方だった。

 群れの全てが一斉に、角の先に光をともした。

 それは、二人がいつか見た金色の光。

 

 「え……お前たち、なんなんだ? 敵、なのか……?」

 

 間の抜けた問いかけに答えることもなく、カブト虫の群れは一斉に百八十度反転した。

 そのまま整然とした隊列を保ったまま進みだした。

 

 「……どうする?」

 

 「……後を追いましょう」

 

 暁と、その腕の中から降りた七緒は、カブト虫たちを追いかけた。



 *


 二人がカブト虫たちに連れてこられたのは、一棟のマンションだった。

 だが黎明のセンサーには何も反応がない。本当にここでいいのかカブト虫に聞こうとしたが、

 彼らは人間の都合など知ったことではないと言わんばかりに、羽を広げて飛んでいってしまった。

 群れが一斉に飛び立つ姿は壮観ではあったが、暁はそれどころではなかった。

 

 「……えーと、このマンションの部屋全部当たれってか」


 「いいえ、手がかりならあるわ。

  あんたにはわからないと思うけど、さっきから街がまるで別物に変わっていた。

  コンクリ製のビルがグズグズに溶けてたり、生物のようになってたりして……今も周囲の建物はそう見えるけど、このマンションだけ普通の建物に見える。

  正確には、ある一部屋だけ正常に見える」

 

 「そこが目的地か」

 

 「ええ。案内するわ。行きましょう」

 

 暁は七緒に案内されるままマンションの通路を進み、目的地へとたどり着いた。

 そこは何の変哲もないマンションの一室に見えたが、

 変わった点といえば、ドアノブに手提げ袋がぶらさげられていたことだ。

 

 「……その手提げ袋から、強い魔力の反応がある」

 

 暁が手提げ袋の中身を取り出すと、中には封筒があり、大量のA4サイズの紙が入っていた。

 暁にはそれが紐で綴じられたプリンタ用の印刷用紙に見えた。

 そしてやはり読めないが、紙には文字がびっしりと印字されていた。

 

 「ちゃんと装丁されてないけど、現代の魔導書か何か……?

  読めないのが本当に痛いわね。

  ……でもしょうがない。進みましょう」

 

 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引き開ける。

 中から漂う臭気に、七緒は顔をしかめた。

 暁も直接嗅ぐことはできなかったが、黎明のモニタに死臭ありと表示されるのを認識した。

 

 扉を開けきると、中は玄関と居間へ続く通路、そして奥に続くドアがあった。

 玄関と通路は明かりが消えて暗かったが、奥に続くドアの隙間から微かな光が漏れ出してきていた。

 

 暁と七緒は、頷き合うと土足のまま上がり込み、暁を先頭にして居間へのドアに手をかけた。

 

 奥は居間になっており、整頓されていたが一人暮らし用と思われる部屋にしては

 本棚が多く、圧迫感を生み出していた。

 

 床にはプリンタから印刷された紙があふれ出しており、足の踏み場もなかった。

 

 そして部屋の隅にはつけっぱなしのパソコンの置かれた机があり、何者かが背中を向けて椅子に座り、机に突っ伏していた。

 突っ伏した人物は、長い黒髪と服装から女性と思われた。

 

 二人はしばらく机に突っ伏した人物を観察していたが、動きがないことがわかると、

 暁が観察を続ける中、七緒が紙を丁寧に横にどけて、机までの道をつくった。

 

 近づけばもうそこにいるのが何なのかはっきりとわかる。

 机に突っ伏した人物は、すでにミイラ化した遺体だった。

 

 「……幽霊とかにはなってないはず。専門外だから自信はないけど」

 

 七緒の言葉を聞いて、暁は紙をどけて部屋にスペースを作り、そこにミイラを横たえた。

 何の意味もないことを知りながら遺体に手を合わせ、机の上のパソコンへと向き直った。

 

 パソコンには文書ソフトが起動されており、大容量の文書ファイルが表示されていた。

 やはり二人には読めなかったが、七緒は文書の頭まで表示を遡った。

 

 「……うん。読めないけど、ドアノブにぶら下がってた紙束の内容とこのファイル、

  文字の形からして、たぶん内容が一致してる。

  この文書を印刷したのが玄関の紙束みたいね……暁、どうしたの?」

 

 七緒の言葉に応えず、暁は無言で文書ファイルの頭から末尾まで高速で画面をスクロールさせた。

 

 「……いや、なんかサンプル数が増えたとかで、黎明で翻訳が可能になってる。

  これも今までになかった新機能だ……。

  この文書自体は魔術関係の専門用語が多くて、翻訳されても俺にはわからないが、

  パソコンの中に何か手掛かりがないかちょっと探してみる」

 

 しばらくの間、無言で暁はマウスとキーボードをいじっていたが、やがてその手を止め、ため息をついた。

  

 「……手記のファイルがあったんで、だいたいのことはわかった。

  結論から言おう。この世界はもう滅んでる。

  派手な邪神の復活による戦いなんてなかった。人間同士の争いでもない。

  ただ、概念系の高位邪神の介入か、世界が少しずつ異界に書き換えられ、そして滅んだ世界だ……」

 

 「……予想はしていたわ。この世界が普通に見えるのは表面だけで、一皮めくるだけでおぞましい姿を見せる。

  この部屋の住人は、どうやってその汚染に対抗していたの?」

 

 「やっぱり専門用語が多くてよくわからないが、魔導書を作ったらしい。その紙束がそれだ。

  それを大量に生産して資格者……ってあるけどなんだこれ。

  まあとにかく、無数の資格者に読ませることで事態を解決しようとしたらしい」

 

 「なるほど。だいたいわかったわ」

 

 「わかるのか!?」

 

 「ええ。魔術の仕組みって知ってる? なんで私たちが魔術を使うとき呪文を唱えるのか。

  一つは邪神に呼びかけるため。そしてそれとは別系統のものがもう一つあるの」

 

 七緒の魔術理論についての解説は次のようなものだった。


 ・呪文や印は魔術師の認識を変性させるためのスイッチにすぎない。

 ・変性した意識がこの世界と重なり合っている、本来認識不可能の別次元のものを認識することで、

  詠唱者に認識された「それ」は詠唱者をバックドアとしてこの次元に干渉を行い、呪文効果として発現し、

  この世界を書き換える。

 ・力ある情報である魔導書の解読は、呪文や印というソフトウェアのインスト―ル作業で、それに耐えきれないものは発狂する。

 

 「それで資格者というのは魔術の資質があるもののことでしょう。

  複数同時に同じ魔術を使うことで、大規模な魔術を使おうとしていたんじゃないかしら」

 

 「……ああ、それで正しいと思う。魔術は世界を書き換えるって言ったな?

  この部屋の住人も汚染への対抗というより、汚染なんてなかったと世界を書き換えようとしていたようだ」


 「でも、失敗したのよね?」

 

 「ああ。魔導書を作成するまではよかったが、配布が間に合わなかった。

  ネットワーク回線が壊滅していたんだ。

  せめてもと、この部屋のプリンタのインクと紙が切れるまでは魔導書を印刷したようだが……」

 

 「それじゃあ、この部屋一つを汚染から守るので精一杯だった、というわけね。

  でも、魔術師なしで魔導書単独で魔術効果が発動していたってことは、相当強力な魔導書のはず。

  間に合っていれば、どうにかなったかもしれないわね……」

 

 だが間に合わなかったのではどうしようもない。暁は黎明の中でため息をついた。


 「ここを調べて出てくる情報はこれくらいだが、これからどうする?」


 「安全な拠点は確保したし、待ちましょう。そのうち母さんが迎えに来てくれるはず。食事でも取りましょう」

 

 七緒は背負ったリュックから携帯食料と飲み物を取り出した。暁にも黎明を着たままでも食べられるゼリー飲料を手渡す。

 二人はしばらく無言で食事を取っていたが、暁はふと食事の手を止め、自分の頭に手をやろうとしたかと思うと、それをやめた。


 「どうしたの?」


 「いや、頭を思いっきりかきむしりたかったんだけど、黎明着てるからな、と……」


 「……悩んでることがあるなら聞くけど」


 「いや、さあ……」

 

 暁はしばらく沈黙すると、ため込んだ言葉を思い切り吐き出した。


 「うちのおじいちゃん駄目だな!」

 

 「うん……」


 黎明によって支配された世界。そこで知った事実は暁を打ちのめしていた。


 「今までそれを認めたくなくて色々頑張ってきたけどよ、

  思い切りマッドサイエンティストじゃねえか! 俺が馬鹿みたいじゃねえか!

  俺は黎明のための生贄だったのかよ!」


 叫びが終わり、暁は荒い息をついた。


 「……人を救うために目の前の奇跡を求めて道を踏み外すなんてよくある話よ。」


 容赦なく暁の祖父を七緒は評価した。だが、それだけではない。

 黎明の仮面ごしに暁の目を見つめ、言葉を続けた。


 「でもあんたがこれまで戦ってきて、人を助けてきたのも間違いない事実。

  胸を張りなさい。そして戦いなさい、今までのように」

 

 沈黙が落ちる。だが、その言葉だけでは暁の心は救えなかった。


 「……そうは言っても、これまで頼りにしてきた黎明が世界を滅ぼそうとしてるんだ。

  俺にはどうすればいいかわからない。

  時空を旅して情報は得たけど、これからどうすればいいんだよ」


 だが七緒はその言葉を笑い飛ばした。


 「はっ、どんな力だろうと、使い方次第なんでしょ?

  そんな黎明だからこそ、逆転する一手に使えるわ。

  そして、そのために必要なのは、黎明とともに今まで戦い抜いてきたあんた。

  それにあんたの足りないところを補うのが私の仕事よ。

  殴れば勝てるように道筋整えてあげるわ」


 胸を張る七緒を暁はまぶし気に見つめた。だがそれを隠し、軽口を言い返した。


 「へっ、頼りにしてるぜ。……で、具体的な手段は?」


 「それは私たちの世界に戻ってからね。色々検証しないといけないし。

  この部屋の紙束……魔導書のおかげで勝算が見えてきた。

  カブト虫に感謝しなくっちゃ」


 その言葉を聞いて、暁は今まで疑問に思っていたことを聞いた。


 「そういえば、あのカブト虫結局なんだったんだ?」


 「わからないけど……そういえば、何かのうさんくさい魔道書に

  未来の地球で高位の異種族が時空を超えてカブト虫に宿るってあったような……。

  私たちの世界が滅びると未来で困るから助けにきてくれたとか。

  ……人間以外の異種族なんて信用しなきゃいけないとはね」


 「それについては同感だ。だが、使える手はなんでも使わなきゃな。」

 

 「ええ。何もせずに幸運を祈るくらいなら生きるために戦わなきゃ。

  私は母さんとは違うんだから……。

  ……ごめんなさい。変なこと言ったわね」

 

 一瞬暗い顔をのぞかせた七緒に、暁は心配そうに呼びかけた。

 

 「……お前もたまには弱音吐いていいんだぞ」

 

 「冗談。私にそんなこと言うのは十年早いわ。

  ……でも、ありがと。それから、そういうことは翡翠に言ってあげて」

 

 「……これ以上外堀を埋められろと?」

 

 「もうあんたに逃げ道は残ってないと思うわよ?」

 

 二人の笑い声が小さく部屋に響いた。片方は苦笑いだったが。


 短い休息の時間が過ぎ、不意に部屋の中に巨大な柱時計があらわれた。

 

 応急修理の跡も隠さずに、部屋の中に窮屈そうにおさまったその姿はどこか滑稽なものだったが、

 二人にとっては戦いの再開の合図だった。

 

 「戻るか、俺たちの時代へ!」

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