第30話 人類の果て

 あれから暁と七緒は、T-03の話に乗ることにした。

 逃げたとしても先の展望はなく、この時代を知ることが目的であったためだ。

 

 T-03は暁と七緒を自分たちの拠点に案内すると言った。

 一階の掃除道具置き場に隠しエレベーターがあり、そこから地下へと移動できたのだ。

 作業用黎明と呼ばれた無数の白い黎明たちを地上に残し、二人と一体は地下へと移動した。

 

 「ずいぶんと飾り気がないものだな」

 

 地上部分より広大な面積があると感じられる地下通路だったが、その壁や床、天井は灰色のコンクリートが塗装もなくそのままにされていた。

 

 「……失礼しました。

  人間向けの装飾を稼働させていませんでした。

  すぐに稼働させます」

 

 T-03の言葉も終わらぬ内に、通路が目に優しいクリーム色で覆われ、床には案内表示の矢印まで表れた。

 七緒は驚きの声を上げて、様相を変えた壁に手で触れた。

 

 「何これ……手触りはコンクリートのままね。

  映像を壁に表示したにしても、専用の機材もなしにこんな……」

 

 「驚く必要はありません。

  これも御堂仁が人類に与えた、偉大なる科学の一つです」

 

 「これにもおじいちゃんが関わっているのか!?」

 

 「はい。全てはかの人から始まったのです。

  ……込み入った話は落ち着いた場所でしましょう。ついて来てください」

 

 

 *

 

 案内された場所は、楕円形のテーブルに複数の椅子、

 それに大きなモニタが備え付けられた会議室と思わしきところだった。

 もっとも椅子は黎明に合わせたサイズであり、人間にとっては大きめで、七緒は座るのに一苦労していた。

 

 「申し訳ございません。人間用の飲み物や軽食は現在用意できておりません。

  至急備蓄から解凍しておりますが、時間が……」

 

 「ありがとう。でも今は結構よ。

  それより、話を聞かせて。あんた達何なの。機械なら製造目的があるはずよね」


 「はい。私たちは施設維持管理のための量産型黎明です。そして私は管理タイプのT-03。

  主な目的は現存する人類の保護です」

 

 暁たちと向かい合うようにテーブルを囲んだT-03は即答した。

 その言葉に頭を悩ませながらも、七緒はそれを表に出さず矢継ぎ早に質問をした。

 

 「人間は貴重な保護対象って言ってたわね。何か人間がそこまで減ることがあったの?

  それに、なんで黎明がこんなに量産……いえ、それはまだわかる。なんで自律稼働できるようになってるの」

 

 「順番にお話ししましょう。

  まず、私たち黎明が自律稼働できるようになり量産されたのは、科学の進歩によるものです」

  

 「いや、答えになってないわよ!」

 

 七緒の言葉を無視するかのようにT-03がモニタに目をやると、そこに老いた男性の姿が表示された。

 暁の祖父、御堂仁の姿であった。

 

 「御堂仁。私たち黎明の産みの親。義手、義足や、人工臓器の発展に貢献した医学者であり、

  ただ人を救いたかったと伝えられています。

  その技術は多くの人間に幸福をもたらしました」

 

 映像が切り替わる。車椅子の少女が、下半身を支える医療用パワードスーツの力で

 再び歩くことができるようになった姿が映し出された。

 暁たちの時代にはまだ未完成の技術だ。

 

 「御堂仁の技術やそれを元にした技術は幅広く使われ、発展し、人類に進歩と繁栄をもたらしました」

 

 失われた視力を取り戻す義眼。生身の腕と同様に自由自在に操れる義手。

 様々な発明品が映像として映し出された。

 

 「しかし、人類を脅かす存在が世界には存在しました。

  邪神と呼ばれる神々とその眷属たち。

  それらに対抗するための人間が装着するパワードスーツとしての私たちは量産されました。

  知性体としての私たちの存在は、戦闘用補助AIの発達の結果です」

  

 「……そうなることは予想済みだ。

  だが、人類が保護対象になるまで減少したってことは、負けたんだろ?」

 

 「いえ、勝ちました」

 

 「勝った!?」

 

 とても信じられない言葉に、暁と七緒の叫びが会議室に響き渡った。

 

 「初めから勝利していたわけではありません。むしろ負け続きでした。

  ですが、量産型黎明と補助兵装は敗戦のたびにデータを蓄積して進化し、

  最終的に人間の人間によるあらゆるリソースを投入した戦いが行われました。

  その結果、神々をこの地球から武力で退去させ、

  人類が生き残っていたので、我々は勝利と呼んでいます」

  

 「とても信じられないが……なあ、人類はどれだけ生き残ったんだ?」

 

 おそるおそる尋ねる暁に、T-03は機械の冷徹さで平然と答えた。

 

 「もはや統計は不可能でしたが、三桁ほどと推測されます」

 

 「滅ぶ目前じゃねえか!」

 

 「いえ、待って。地球上から邪神を駆逐できたのなら、将来を考えると……やっぱりなしね」

 

 邪神との戦い。たとえ勝利だとしてもその結果を二人は到底受け入れられなかった。


 「ですが勝利は勝利です。

  生き残った人類は文明を立て直し、時間をかけ、順調に人口を増やし、復興の道を歩んでいきました」

 

 「いや、生存数三桁からじゃさすがに無理ないか?」

 

 「人工臓器の発展に伴い、人工子宮が開発されており、戦争末期までには精子と卵子が大量に保存されていました。

  養育期には育児担当の黎明が大量に量産もされました」

 

 「……頭痛くなってきた」

 

 「安心しろ、俺もだよ……」

 

 「大丈夫、もう少しで終わりです。

  邪神という外敵を排除し、再び繁栄を手にした人類ですが、再び戦いの時代を迎えました。人類同士の争いです。

  いつの時代にもあったように、利益から、憎しみから、時代の流れから、再び戦いが始まったのです。

  ……そして、邪神との戦いで開発されたテクノロジーはその戦いに躊躇なく投入されました」

  

 「それも予想はしていた。していたが、実際にそう言われると……」

 

 暁のつぶやきを無視して、T-03は言葉を続けた。

 

 「人類は自らの手で生存圏をどんどんと縮め、最終的には戦線に投入された人工太陽型黎明が、地球もろとも人類のほとんどを焼き尽くしました」

 

 それから流れること数百年。それが今に至るまでの流れですとT-03は告げた。

 

 「とんでもなさすぎてなんとも言えないが……その、なんでまた人間は減ったままなんだ?

  増やすのは簡単にできるんだろ……?」

 

 「先の戦いで人類が自らと地球に与えた被害から、人間の個体数の増加、及び自立した行動は、種族として時期尚早だと判断しました。

  現在の人類は我々黎明の管理下で個体数を調整の上、生存しています」


 「ふざけるな! 結局、お前たちが世界の支配者になろうってことじゃないか」

 

 暁は机を叩いて叫んだ。装着した黎明の腕力で、拳を叩きつけた部分が木っ端みじんに砕け散る。

 

 「ですが、先の戦いまで、我々黎明は人間の忠実な僕でした。

  そして人間がその個体数を減らし、地球を自ら破壊していく様を目の当たりにしました。

  我々はそれを繰り返したくないだけなのです」

 

 「だがなぁ!」

 

 「落ち着いて、暁」

 

 続きを七緒は口の動きだけで伝えた。ここは私たちの世界じゃない。この時代にならないようにすればいい、と。

 

 「……すまん。興奮しすぎた」

 

 「いえ。人間なら当然の行動です。

  先ほど述べた通り、人間の生き残りは黎明の保護管理下にあります。

  七緒様という新しい生き残りを見いだせたことは非常にうれしいことです」

 

 「はいはい。ありがとう。……それはそうと、黎明って何なわけ。

  人類の技術を明らかに超越したものとして、突然出現してるんだけど」

 

 「神の技術です。そう、科学の神の」

 

 「科学だけじゃなくて魔術絡みだと予想はしていたわ。だけど、神、か……」

 

 「人を救おうとして、技術者として人の限界に苦しんだ御堂仁は、

  神への信仰にすがったのです。

  そして孫を生贄に差し出しました」

  

 「……そうなのか?」

 

 「ええ。少なくとも我々に記録されている情報では。

  将来孫を神に捧げる仮契約の代償として、オリジナルの黎明が御堂仁に与えられました。

  そして、オリジナル黎明の装着者、御堂暁。

  我々の記録では、自ら黎明の進化に身を捧げて消滅したとされています」

 

 「俺はそんなことはしない!」

 

 「落ち着いて、暁!」

 

 肩で息をする暁に、七緒は繰り返し落ち着くよう言葉をかけた。

 暁の肩の震えがおさまったのを見計らってT-03は会話を続けた。

 

 「黎明からのフィードバックで人工臓器技術は大きく発展しました。

  そして黎明にはさらなる力がありました。いえ、こちらこそが本来の力というべきでしょうか。

  科学の神の力を導く黎明は、存在するだけで、世界の科学技術を発展に導くのです。

  その結果、邪神はこの星から駆逐されました」


 「その果てが人類の衰退とこの星の荒廃か。

  科学の神という邪神に人類を売り渡しただけじゃねえか!」

 

 「全ては過程にすぎません。現在人類は、黎明の管理下で快適な生活の中で安らぎを得ています。

  人間のエミュレートもいい加減にして、素直に理解してはどうでしょうか」

 

 「……何を言っている?」

 

 T-03の言葉。それはかつて暁が乗り越えたはずの言葉だった。

 だが、今この状況ではそれはあまりにも暁の心に傷をつけた。 

 

 「あなたはかつての装着者である御堂仁をエミュレートしたオリジナル黎明の疑似人格。

  そうではないのですか?」

 

 「違う。俺は人間だ!」

 

 「素体が鋼ではなく肉と血でできていたとしても、

  中に込められた知性は故人をエミュレートしただけのものでは?」

 

 「違う!」

 

 「暁! 大丈夫、あんたは人よ。戦い続ける限りあんたは人。こいつらとは違う」

 

 七緒は暁の背中に手を置いて彼を落ち着けようとした。

 そしてそのまま、T-03をにらみつけた。

 

 「……あんたたちは所詮科学の神、邪神の端末ってわけね。これ以上話すことなんてないわ」

 

 だがT-03は、ゆっくりと首を横に振った。

 

 「こちらにはあります。七緒様。

  我々黎明は人間であるあなたを保護する義務があります」

 

 「お断りだって言ったでしょ。それに、邪神の端末に人間の保護なんてできるわけがない」

 

 「失礼な。黎明の保護下ではQOLは生身のころより497%向上します。

  人間の快楽を知り尽くした私たちが、黎明の中で究極の疑似現実を提供しましょう。

  大丈夫、脳さえ残っていれば可能で……」

  

 T-03は言葉をそれ以上続けることができなかった。

 暁の拳が頭部を打ち砕き、機能停止させたからだ。

 

 「どっかの宇宙生物みたいなことをぺらぺら喋ってるんじゃねえよ!」


 「それより逃げるわよ、暁。この時代での用事はもう済んだわ!」

 

 「待て、でたらめに逃げても物量で攻められるとまずい。よっと……!」

 

 暁は右腕を伸ばすと、黎明からケーブルを射出し、半壊したT-03の頭部に接続した。

 

 「40%……70%……100%! よし、下位の作業用黎明とエレベーターの使用権限をハックした。

  引くぞ!」

 

 

 *

 

 地下を駆け抜け、奪取した権限でエレベーターを動かし、施設の中の作業用黎明を停止させて、二人は砂漠まで戻って来ていた。

 

 だが、障害はまだ残っていた。

 二人を追う複数の影があり、それは容赦なく銃弾を撃ち込んできていた。

 

 「ああ、もう! 人間を保護するっていっときながら随分なポンコツね!」

 

 「センサーに反応。色からしてT-03と同タイプの黎明だ。

  T-03の権限じゃ停止できない。つかまれ!」

  

 暁は七緒を抱きかかえ、背後からの弾丸を黎明の装甲で無視して走った。

 追い立てられるまま走り続けると、虚空に浮かぶ巨大な柱時計が見えてきた。

 その勢いのまま、元の時代に戻るべく文字盤の下の隙間に二人は飛び込んだ。

 

 だが、飛び込んだ瞬間、追手の放つ弾丸が柱時計に着弾し、悲鳴のような音が上がった。

 

 まずいと思ったのも一瞬のこと。

 闇の中、二人の意識は急速に薄れていった。

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