第29話 黎明

 灰色の雲に閉ざされた空。

 砂塵の舞う砂漠に、巨大な柱時計が虚空に浮かんでいた。


 そして文字盤の下の隙間から、二つの人影が落ちてきた。

 

 「よっと」

 

 「着地のキャッチありがとう。……重くなかった?」

 

 「とんでもございませんとも」

 

 軽口を叩きながら、砂地に足跡をつけて着地したのは暁と七緒。

 特に暁はすでに黎明を装着し、臨戦状態であった。

 周囲を見回すが、人も動物の姿もなく、植物の一つも生えていなかった。

 

 「それにしても砂漠とはね……未来とは聞いていたけど、場所を聞いていなかったのは失敗だったわ。

  予備知識なしで現地を確認した方がいいなんて言って……どこの国かしら」

 

 「待て七緒。ここは鳥取かもしれない」

 

 「ここは観光地だったの……? まあ冗談はともかく、GPSはどうなの?」

 

 「……駄目だ。こっちに来てから反応がまるでない。

  星が見えたらデータ照合できるんだが……

  ただ視覚センサーに反応がある。右手の方向に、遠いが建造物があるようだ。

  詳細まではここからじゃわからない」

 

 「そう。じゃあ行きましょ」

 

 そう言って即座に七緒は歩きだした。暁は慌ててその後を追いかけた。

 

 歩くことしばらくして、黙々と歩いていた二人だったが、暁がぽつりと口を開いた。

 

 「……ついてこなくても、俺一人でもよかったんだぞ」

 

 「冗談でしょ。普段の任務ならともかく、未知の時代の探索よ。

  あんた一人だけじゃわからないこともあるわ。魔術師の知恵を舐めないで」

 

 それは母親への対抗意識ではないのか、その言葉を暁は飲み込んだ。


 「確かにお前がついてきてくれると心強いけど、

  翡翠を一人残しておきたくなかったんだが……」

 

 「無理ね。……悔しいけど、残っていたとしても、私の魔術じゃどうやっても母さんには勝てない」

 

 それならあんたについてった方が役に立つでしょ、と七緒は言った。

 

 「……わかった。ならついてきた分は働いてもらうからな」

 

 「そっちこそ。頭脳労働の出番はないと思いなさい」

 

 そう言い終わると、二人は再び歩き出した。

 

 そしてさらにしばらく歩いた後、目的地が見えてきた。


 *

 

 それはマンションのような集合住宅に見えた。

 集合住宅の周りは、コンクリートでできた高さ十メートルほどの武骨な壁に囲まれており、侵入者を拒んでいた。

 一階層あたりが高く、壁が邪魔で下層の階が見えないためはっきりとは言えなかったが、十階ほどの階層がありそうだった。


 暁と七緒は顔を見合わせて相談を始めた。

 

 「穏便にコンタクトを図るのと、こっそり調べるのとどっちがいいと思う?」

 

 「……ひとまずはこっそり探って、住人に遭遇したら交渉する方法で。

  今は情報が少なすぎるわ」

 

 「そうだな。中に住人がいるとして……七緒、刺激しないようにお前の魔術で内部を覗けないか」

 

 「無理。さっきから探ってるんだけど、この辺りに即席の使い魔にできそうな動物がまるでいない……。

  鳥でもいればよかったんだけど」

 

 「そうか。じゃあこうするか。よっと……!」

 

 そう言うと暁は指弾用のパチンコ玉を取り出し、壁の向こう側に放り投げた。

 黎明の敏感な聴覚センサーに、パチンコ玉が地面に落ちた音が聞こえた。

 

 「とりあえず、迎撃システムみたいなものはないみたいだな。乗り越えるか。

  七緒、つかまれ」

  

 「ちょっと待って。人間大のものにだけ反応するシステムの可能性もあるわ。

  風の魔術で弾除けの結界張るから、乗り越えるならそれからにして」

 

 「オッケー」

 

 それから風の結界をまとった暁は、七緒を抱えたまま垂直飛びで十メートルを飛びあがり、

 壁の向こうへと着地した。

 

 壁の内側は、広場や植え込み、ベンチなど、それこそ集合住宅の広場のようになっていた。

 暁は着地後、七緒を抱えたまま植え込みの影に移動し、身を潜めた。

 そして静かに息を殺していたが、しばらくして息を吐いた。

 

 「聴覚センサーに反応はない。ひとまずは安心だ」

 

 「ええ……だけどいつ気づかれるかわからない。手早く調べましょ」

 

 集合住宅の入り口まで、植え込みの影をつたうようにして走り抜ける。

 入口はガラス製の自動ドアのようであり、横にインターフォンとカードを刺す機械があった。

 そして、侵入者を見張るかのように監視カメラも設置されていた。

 

 「……解除の魔術で電子ロックも解けるけど、これ以上進むなら発見されるのは覚悟しないといけないか」

 

 「いや、待て。黎明のモニタに何か表示されてる……あの機械は稼働していない?」

 

 暁はおそるおそる進む出ると、自動ドアに手をかけた。ロックに阻まれることもなく、横に押し開けることができた。

 

 「あ、本当だ」

 

 「本当だ、じゃない。黎明にそんな機能あったの?」

 

 「いや、今が初めてだ。どんどん黎明が強化されている……」

 

 「……今は強化されて都合がいいと考えましょう。

  機械が機能してないなら住人もいないかもね。行きましょう」

 

 それから二人は集合住宅の中に入っていった。

 各部屋に鍵もかかっておらず、中へ入って一部屋一部屋調べるも人の姿は見つからなかった。

 それどころか、部屋の中には家具はテーブルと椅子くらいしかなく、内装も白の壁紙一色であった。

 

 「椅子がずいぶんと大きいわね。それに天井が高いし廊下の幅も部屋の面積も広い。

  ……未来人は巨人だったのかしら。それとも異種族に支配された……?」


 「怪物が椅子やテーブルを使うとは思えないけどな。

  それから、ほこり一つない。定期的に丁寧な清掃がされてる証拠だ。

  正装をしている誰か……いや、何かがいるな」

 

 「どうする? まだ調べる?」

 

 「いや、一通り調べてどこの部屋もこんな感じだ。

  部屋の掃除をしているやつを待たせてもらおうじゃないか」

 

 しばらく二人は部屋の中で待った。そして黎明の聴覚センサーに上階からの足音の反応があったとき、

 外に出て清掃者を待ち構えることにした。

 

 足音は粘着質なものではなく、固い二足歩行のものだった。

 重そうな足音で、常人とは思えなかったが、それでも話が通じる相手であることを二人は願っていた。

 

 だが、階段を下りて出てきた相手は、予想していなかったものだった。

 

 「黎明!?」

 

 そう、それは白い黎明だった。

 パワードスーツに似つかわしくなく、掃除機、雑巾、バケツといった掃除道具一式を持っており、そして七緒を目にした途端、それらを投げ捨てて突っ込んできた。

 

 「止まれ! ……くそっ!」

 

 暁の静止にも白い黎明は止まることはなく、暁はとっさに蹴りを放ち、相手を蹴り飛ばして距離を取ろうとした。

 だが、その一撃は白い黎明の装甲を貫き、吹き飛んだそれは頭を下げて動かなくなった。

 

 「そんな……手加減はしたのに……」

 

 確かに手加減はした。だが黎明の強化は暁の予想を超えており、

 相手の白い黎明の強度は暁の予想を大きく下回るものだった。

 

 「待って、まだ治療が間に合うかも……あれ」

 

 白い黎明に駆け寄った七緒は、驚いて声を漏らした。

 

 「この黎明、中身が空よ」

 

 その言葉に暁も駆け寄り、白い黎明を観察した。

 確かに本来人間が入っているはずの部分が空になっており、中には何も入ってはいなかった。

 

 「どういうこと? 黎明が独自の判断で活動している……?」

 

 「……いや、話は後だ。今ので気づかれた。

  建物中から足音が集まってくるぞ!」

 

 その言葉と同時に二人は階下に向けて走り出そうとした。

 だが、足音の主、無数の白い黎明たちは、主に階下から集まってきてていた。

 暁一人なら簡単に突破できただろう。だが、白い黎明たちは暁を無視して七緒を狙ってきていた。

 結局、二人は上へ上へと逃げ延びるしかなかった。

 

 屋上の鉄扉が音を立てて蹴り開けられる。

 暁と七緒は、屋上まで追い詰められていた。

 無数の白い黎明たちが、後を追って屋上へと集まって来ていた。

 

 「どうするの……?」

 

 「慌てるな。ワイヤー使って一階まで下りればいい」

 

 「その先をどうするかよ」

 

 「それは……」

 

 暁が口ごもったとき、白い黎明たちにも動きがあった。

 それらをかきわけるようにして、新たな黎明が二人の前に出てきた。

 それは、桜色をした女性的な丸みを帯びた黎明だった。

 

 「お待ちください。オリジナルの黎明とお見受けします。

  作業用黎明が乱暴な振る舞いを失礼いたしました。

  保護対象である貴重な人間に危害を加えるつもりはありません」

 

 「喋った……あんたは人間なのか?」

 

 流暢に喋る黎明に疑問の声を発した暁だったが、桜色の黎明は首を横に振った。

 

 「いいえ、私はT-03。この地区の管理を行う量産型黎明の一つです。

  あなたは御堂暁様と推測いたします。

  お互いに不明点が多いと判断いたします。話し合い、情報を提供し合いませんか」

 

 T-03の言葉に、暁と七緒は顔を見合わせた。

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