第27話 進化

 瓦礫の中、崩壊した街。

 銃火が閃き、我が物顔で怪物が闊歩する。

 人の秩序が崩れ、混沌があらわになった街で、彼らは戦っていた。

 

 「防衛網を一体抜けてくると連絡があった、下がれ!」

 

 「今民間人を瓦礫の下から救出中だ、五分持たせてくれ!」


 彼らの名は自衛隊。日本という国を守る存在だ。

 唐突な自国への爆撃の後、神……彼らにとっては怪物に滅ぼされた街から残された住人を救助するために彼らの出動は決まった。

 

 だからといって、こんな怪物との戦いは予想していなかった。

 

 情報規制があったとはいえ、神の出現について、何かとんでもないことが起こったとの認識はしていた。

 続く自国への爆撃にも驚かされた。

 

 だが、その爆撃が神を刺激して街を薙ぎ払い、何体もの眷属を生み出すなんて想像もしていなかった。

 

 神が残した怪物との戦いで何人もの隊員がおぞましい死を遂げ、また何人もが精神に異常をきたした。

 

 それでも守るべき住人の救助のために戦い続けてきたが、疲弊した部隊には限界が迫っていた。

 

 「くそっ、止まれ! 止まれぇ!」

 

 自衛隊員の手に持った自動小銃が唸りを上げる。

 だが、彼の眼前に立った怪物、白く半透明な体色と複数の触手を持つ二足歩行する怪物、人間より一回り大きい、まるでイカの化け物のようなそれは、銃弾をその強靭で柔軟な体皮で無効化し、一歩一歩近づいてきていた。

 

 引くことはできない。すぐ後ろでは他の隊員が民間人の救助を行っている。

 体皮を貫く大火力な武器を使うこともできない。周囲を巻き込んでしまう。

 

 結果、彼は悲鳴を上げながら銃を撃ち続けることしかできなかった。

 

 だが、それは虚しい抵抗にすぎない。

 怪物が触手の一本を振りかぶった。

 標的となった彼は、イカの怪物がその一撃で何人もの同僚をミンチに変えるのを見てきた。

 

 だが次の瞬間、吹き飛んでいたのは怪物の方だった。

 

 「無事か!」

 

 そこに飛び込んできたのは漆黒の鎧、黎明。

 黎明の飛び蹴りによって、イカの怪物は大きく弾き飛ばされていた。


 だがそれで行動不能になったわけではない。

 体勢を立て直すと、距離を取った状態から大きく触手を振りかぶり、伸縮させながら暁に向けて振り回してきた。

 

 だがその攻撃の予測映像が、数瞬前にすでに暁の脳内には投影されていた。

 驚きと戸惑いが暁を襲うが、それを無理やりに抑え込む。

 暁は姿勢を低くし、予測された通りの攻撃起動を地面すれすれを走り抜けることで回避。

 ぎりぎりの回避からの渾身の反撃。突撃の勢いを乗せた貫手を怪物に突き刺す。

 

 「ブッ、ブオォォォォ……!?」

 

 「おっ、ここじゃなかったか。それじゃあここか! ここか!?」

 

 イカ怪物は半透明の体であるゆえに、内臓が外から丸見えになっていた。

 それを守るのが強靭な外皮だが、黎明にとってはそんな外皮など紙きれ同然だった。

 そう、今の黎明にとっては。

 

 「へっ、やっとくたばったか。

  ……おい、あんた、無事か!?」

 

 イカ怪物の幾つもの内臓を潰し、沈黙させた暁は、先ほど助けた自衛隊員に声をかけた。

 

 「あ、ああ……危ない! 後ろだ!」

 

 その言葉も消えない内に、暁の死角から幾つもの障害物をかいくぐって触手が伸び、

 黎明を掴み上げた。別の怪物だ。

 

 「この……うわぁぁぁぁっ!?」

 

 猛烈な勢いで暁の体が振り回され、周囲にある幾つものビルに叩きつけられる。

 最後には見えなくなる大きく放り捨てられると、捨てられた場所付近に

 イカ怪物が口から体液を消防車のように吹きかけた。

 しぶきを浴びた周辺のビルが、波を浴びた砂山のように一瞬にして溶け崩れる。溶解液だ。

 自衛隊員は、これが戦車すら容易にとかしてしまうことを知っていた。


 彼は漆黒の鎧の生存を絶望しすることしかできなかった。

 だが、黎明が、暁がこれで終わるはずがない。

 

 黎明の着弾地点が破裂音を立てる。

 猛烈な勢いで射出されたワイヤーが怪物の体に食い込んだ。

 

 「やってくれたな……だけどな、こっちは今、力が溢れて困ってるんだよ!」

 

 先ほどの仕返しのように、逆にワイヤーで怪物の体を振り回し、叩きつける。

 それも電撃のおまけつきだ。

 

 「イカ焼き一丁上がりっと……!」

 

 電撃で黒こげになったイカの死体を放り捨てると、暁は言い放った。

 そして、先ほどの自衛隊員に再び話しかけた。

 

 「おい、こいつら化け物が集まってるところはどこだ?」

 

 「……え?」

 

 「俺が全部倒す」

 

 「そ、それじゃあ、その通りを2km先まで真っすぐ進んで、そこから右に折れてくれ。そこが激戦地だ」

 

 「わかった。あんたも頑張れよ!」

 

 そう言い残して、暁は走り去っていった。

 残された自衛隊員はしばらくぽかんとしていたが、慌てて通信機で本部に向かって連絡をした。

 謎の増援の存在を告げるために。

 

 

 *

 

 それからしばらく経ち、暁は街から離れた人気のない国道の外れにいた。

 街を蹂躙していたクトゥルフの血に汚染されたイカ怪物たちは、暁によって難なく駆逐されていた。

 そう、難なくだ。

 

 「……これが今の黎明の力」

 

 暁は黎明の拳を握りしめた。

 先ほど相手をした怪物たちは決して弱くはない。かつての暁と黎明なら苦戦したはずの相手だ。

 それが今の暁と黎明にはまるでたいしたことのない相手だ。

 

 暁の攻撃は相手の防御をたやすく貫き、脳内に展開される予測映像が行動を補助する。

 予測映像に表示されない攻撃も、今の黎明の装甲には通用せず、内部の暁を衝撃で傷つけることすらできなかった。

 不慣れなことから不意打ちに対処しきれないこともあったが、それもじきに克服するだろう。

 戦いで暁は疲労するどころか、今でも有り余る力を持て余していた。

 

 「俺と黎明はどうなっていくんだ……いや、この力どうすれば……」

 

 そのとき、黎明の内部通信機に連絡があった。それは、事前に登録した翡翠の連絡機器のものだった。

 暁は思い悩むのをやめ、通話機能をONにした。

 

 「御堂暁さんね。はじめまして」

 

 「……誰だ!?」

 

 聞こえてきたのは、翡翠ではなく、年若くも成熟さを感じさせる矛盾した女の声だった。

 そして確かに連絡は翡翠の連絡機器によるものだった。

 

 「翡翠をどうした!?」

 

 「そんなに大きな声で怒鳴らないでください。翡翠さんと七緒さんなら、そう……」

 

 

 *

 

 時間は少し遡る。

 

 暁が出撃した後のヒヒイロカネの潜伏用別荘。

 翡翠は通信機を緊張した面持ちでずっと見つめていた。

 

 「……少し休んだら?」

 

 「いえ、全国的に治安は悪化してますし、米軍ももうじき動くはずです。

  何かあったらヒヒイロカネの一般職員から連絡があるはずです。ですから……」

 

 「そうやって睨んでたら連絡が来るわけじゃないでしょ。今は持久戦よ」

 

 七緒の言葉に翡翠は不承不承頷くと、目元を指でつまんでほぐすと、

 近くに置いてあった栄養ドリンクを一気飲みした。

 

 「健康に悪そうね……。材料があったら回復用の食事を用意するんだけど」

 

 暁に食べさせたものより効果は抑えめにするけど、と言った七緒に、翡翠は真顔で言い返した。

 

 「いえ、素材があったとしても、七緒さんのお料理はおいしくなさそうなので遠慮しておきます」

 

 私の機械の心臓だって止まってしまいそうですよ、と翡翠は小さな胸をさするとやれやれと肩をすくめた。

 

 「失礼ね、魔術食に味を期待しないでしょ!

  それに普通の料理なら自信あるのよ? 子供のころから料理してきたんだから!」

 

 あらあらどうでしょう、と翡翠が笑ったとき、玄関のドアが大きな音を立てて蹴り開けられた。

 

 翡翠が慌てて振り返り、七緒が術をつむごうとしたとき、

 銀色のパワードスーツを装着し、ライフル銃を持った兵士数人が別荘の中に入り込み、二人に向けて銃を構えた。

 

 「動くな! こちらには魔術に対する備えもある!」

 

 兵士たちが着たパワードスーツには淡く光る紋様が刻まれており、銃口を向けた先は翡翠より七緒の方が多かった。

 相手に隙がないことを見て取った七緒は、渋々ながら両手を上に上げた。

 

 「どうして……周囲の森に生息する動物の目や耳を借りて見張っていたのに……」

 

 「言ったはずだ。魔術への備えはこちらにもある」

 

 二人のやり取りを聞いて、七緒に続いて両手を上に上げていた翡翠は口を開いた。

 

 「アメリカなまりの日本語ですね。

  怪物退治より、まず黎明を手に入れようとしましたか、米軍さん」

 

 「……余計な口は開かないことだ。御堂暁への人質は一人でも足りる。

  雨霧グループの令嬢といえど、今の混乱なら事故死で十分通るのだからな」

 

 「ご丁寧にどうも。ですが、この場所がどうしてわかったのかくらいは教えてくれてもいいのでは?」

 

 翡翠のその疑問に、兵士達の後ろから女性の声がした。

 

 「それはこの場所から、強力な魔力が垂れ流されているからですよ。

  そう、覚醒した黎明のトランクから。私たちのような魔術師には遠く離れた地からでもすぐにわかる」

 

 その声を聞いて、七緒の顔色が変わった。

 前に出てきた少女のその姿を見て、七緒は思わず声を上げた。

 

 「お母さん!」

 

 「久しぶりね、七緒さん」

 

 来栖七緒の母、来栖綾子は久しぶりに会う娘に向けてにこりとほほ笑んだ。

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