第23話 混迷

 特殊部隊壊滅の報告は、翡翠を通してすぐに暁まで届けられた。

 

 通常の軍人だけではなく魔術師も参加し、戦車まで投入した作戦があっさりと打ち破られたことは衝撃だったが、それよりも驚くべきことが彼らにはあった。


 「教授が増えてるってなんだろう……」

 

 「私が聞きたいわよ……」

 

 暁と七緒は、病室で二人して頭を抱えてうなっていた。

 

 「……まあ妥当なところだと、遠距離から本体がコントロールしてるか、考えにくいけど全体で意識を共有しているかね。

  もはや人間の技術じゃないけど、邪神絡みならありでしょ」

 

 「今回の特殊部隊の攻撃で教授が全滅したとは思えない。どうすれば倒せる?」

 

 悩むのもそこそこに、二人は頭を切り替えて作戦の相談を始めた。

 

 「全体で意識を共有してるなら全滅させるか、どうにかして突破するかね。

  本体がいる場合でも前線には出てこないだろうから、やることは一緒ね」

 

 「そうだな。敵がやってくることはシンプルだ。

  教授で足止めして、時間稼ぎをしたところで神の触手が飛んでくる。

  だけど、黎明なら教授の銃弾は無効化できるし、対戦車砲も高速移動すれば当たらない。

  突破は狙える」

 

 そう言って、暁が病室のベッドから腰を上げようとしたところで翡翠がそれを止めた。

 

 「暁さん、まだです。政府にも二の矢はあるそうです。

  今はまだ私たちの手番ではありません。

  ……それに、体調はまだ万全ではないのでは?」


 「どうせすぐにはそんなに回復はしない。

  今動かないのはいいとして、いざとなったら黎明のドーピングで無理やりに……」

 

 暁のその言葉を聞いて、七緒は鼻で笑った。


 「はっ。そんな状態で私があんたを行かせるわけないでしょ。

  魔術の中には回復食ってものもあるの。

  手料理よ、ありがたく食べなさい」

 

 七緒は手に持った包みをほどき、中から重箱を取り出した。

 重箱の中身は、ゼラチンのようなもの、

 種類はわからないが肉、ただし極彩色のタレがかかっているもの。

 そして魔法瓶から取り出した緑色の妙に粘り気のあるスープ。

 どれも臭いがきつく、暁は鼻が痛くなりそうだった。


 「臭いがきついのは、スパイスで原材料の味や臭いごまかしてるからよ。

  ……あ、材料は聞かない方がいいわ。貴重な材料を雨霧グループの力を使って全力で集めたから。

  何に使うのか問い合わせへの対応に困ったわ。」


 「本当に食えるんだろうな、これ!?」


 「食べれるわよ! 知識だけで実際に作るの初めてだけど!」


 「メシマズじゃねえか!」


 「材料が貴重なんだからしょうがないでしょ! ほら、早く食べて食べて」


 決意した表情で暁は食事を口に運んだ。一瞬置いて、病室に声にならない悲鳴が響いた。



 *


 特殊部隊全滅の報告を聞いた政府の次の手、それは空爆だった。

 

 目標の灯台付近は結界でもあるのか、衛星からも魔術でも観測ができないが、魔術的な結界といえど、それを超える物理的破壊力をぶつければ突破できるというのが近代兵器による魔術攻略のセオリーである。


 事後の隠蔽の難しさから、攻略手段として初手で選ばれることはなかったが、政府も万一の時のために準備はしていた。

 

 全滅の報告から数時間後、爆弾を搭載した飛行機が自衛隊の基地から飛び立った。


 パイロットは、奇妙な感覚に包まれていた。

 事前にレクチャーは受けていたが、レーダーでも目視でもぼやけたかのように確認できない建造物。

 そこに爆弾を落とすことへの抵抗感は、奇妙な状況への戸惑いなのか、国内に対しての爆撃という暴挙に対しての抵抗なのか。

 それとも、触れてはならぬものへ触れることへの禁忌の感情なのか。

 だが、どちらにせよここまで来て引き返す選択はない。

 パイロットは、軍人として命令に従い。爆弾を投下した。


 爆発。

 轟音と共に空間がゆらぎ、一瞬爆炎の中で損傷を受け、折れた灯台がパイロットには見えた。

 そして灯台に巻き付いた傷ついた触手と、怒りに燃える神の目が。


 パイロットはその視線に耐えきれず、一瞬にして精神を焼き切られたが、

 どちらにせよ結果は変わらなかった。

 神の触手が音速を超えて薙ぎ払われ、彼の乗った飛行機を一瞬にして粉みじんにしていたのだから。


 そして、神の怒りはそれでは納まらなかった。

 灯台のあった空間から、巨大な触手が十数キロメートルの規模で飛び出し、周辺の都市を薙ぎ払った。

 

 薙ぎ払いそのものは一瞬だったが、都市はそれだけで壊滅。

 生き残りも爆撃で傷ついたクトゥルフの体液を浴びた者は、人間のままではいられなかった。

 深きもの、いや、もっとおぞましいものへと変貌を遂げた。

 体液を浴びたものは少なかったが、混乱を巻き起こすには十分であり、人間を人間だったものが襲いはじめた。

 


 *

 

 「……というわけで、政府は事態の対応に手いっぱいになりまして、私たちに出番が回ってきました」

 

 「頭いてえ……」

 

 再び暁の病室。

 翡翠からの説明を受けて、暁は今日何度目かになるうなり声を上げた。

 

 「私たちの出番と言っても、行動を黙認されるだけで、支援などはないですが……」

 

 「いいさ、最初から期待してない。七緒のおかげで体調はよくなった」

 

 ベッドから立ち上がり、暁は両手を開いては閉じ、感覚を確認した。悪くない。

 

 「まあ私の仕事だから、当然よ」

 

 「口の中は今でも気持ち悪いけどな!」

 

 胸を張る七緒に思わず暁は突っ込みを入れた。

 

 「……しかし暁さん、戦うにしてもどうするのですか。

  相手は爆撃すら致命傷になっていません。

  いくら黎明でも手の打ちようが……」

 

 「翡翠、発想を捕らわれるなよ。

  クトゥルフがいくら強大でも召喚者をどうにかすればなる。

  ……逆に言えばそれしか勝ち筋はない」

 

 「でも、敵には楓さんがいるのよね。

  前は、今は教授の援護付きで、相打ちに持ち込むのが精一杯だった。

  そして教授も今は敵。何か策はあるの?」

 

 「前より俺も成長している。あのころよりはマシにやってみせるさ。

  ……それに、相打ちなら悪くな……イテッ!?」

 

 暁の言葉を聞いて、七緒は暁の頭にチョップを叩き込んでいた。

 

 「勝手に後のこと投げだして、死ぬ気にならないでくれる?

  まだこの事件の裏に何があるかもわからないのに。

  ……死んでも生きて帰ってくる。わかった?」

 

 「……ああ、俺が悪かった。約束する」

 

 「オッケー。それじゃあ私も、こっちが攻められたときの備えがいるから、準備しておくわ」

 

 七緒はそう言うと、病室から外へと出ていき、病室のドアをそっとしめた。

 

 「……なんか、気を利かせられたのかな?」

 

 「さあ、どうでしょうか。ふーん、だ」

 

 「……あの、七緒さん、すねてますか……?」

 

 おそるおそる尋ねる暁に、七緒はそっぽを向いて答えた。

 

 「いえ、相打ちは駄目とか、帰ってくると約束するとか、

  私のやりたかったことは七緒さんに全部やられちゃいましたし。

  どうせ私なんて有事には役に立たない女なんですよ。ふーん」

 

 露骨にすねている翡翠の態度に、暁は頭をかくと、一瞬考えて話しかけた。

 

 「いや、翡翠と七緒は違うんだ。

  七緒は一緒に戦う仲間だけど、翡翠は帰ってくる場所というか……

  だから、そういう態度を取られると、困る」

 

 「つまり、ついに婚約を認めてくれるってことですね!?」

 

 「ちげーよ!」

 

 翡翠の一転した態度に、暁は必死に抵抗した。

 

 「しかし、今の発言はそうとしか受け取れないんですが。

  ついに暁さんも落ちましたね。このこの」

 

 「いえ、これは戦いへの不安と高揚がもたらした気の迷いです」

 

 「ひどい!」

 

 詰め寄る翡翠に対して、暁は冷静に切り返した。

 そして、それまでの冗談めかせた態度から、翡翠を気づかうように言った。

 

 「……でも翡翠、こういうこと話しても、胸がときめいたりしないんだろ?

  おじいちゃんの人工心臓で、感情が制御されてるから」

 

 「……そうですね」

 

 暁の言葉に、翡翠はつまらなそうに言った。

 

 「自然に胸がときめいたりはしません。

  今では人工心臓のコントロールも慣れてきて、意図的にときめかせることもできますが、

  それも何か違いますし……」

 

 「…………」

 

 黙り込む暁に、翡翠はそれでも笑顔を浮かべて言った。

 

 「そんな顔をしないでください。

  胸が躍るような強い感情が抑え込まれるだけで、今だって普通に楽しいとは思ってるんですよ?

  それに暁さんがよければ、胸をときめかせてラブシーンでもやってみていいですよ?」

 

 「いや、死亡フラグだからやめよう」

 

 「……本当、ひどい人ですね」

 

 翡翠はそう言うと、暁の胸に顔をうずめた。

 

 「……帰ってきてくださいね。絶対に」

 

 「ああ。戻ってくるよ。こういう馬鹿な話をしに」

 

 「そうですね。婚約者を泣かせないでくださいね」

 

 「だから、違うって」

 

 でも、それがいい、と暁は笑った。

 

 

 *

 

 敵が潜む海辺の港町。

 神の怒りの表れか、空は黒く曇り、今にも雨が降り出しそうであった。

 

 暁は港町の入り口で、黎明に身を包んで物陰に身を隠していた。

 目的の灯台まで行くルートは二つある。

 

 一つは、特殊部隊が使った海沿いの道を進むルート。

 彼らは道路の幅が広く、戦車が通れることからこちらを選択した。

 だが道沿いに遮蔽物となる民家などは少なく、敵に気づかれずに進むことは不可能だろう。

 

 もう一つは、居住区を通る大回りなルート。

 時間はかかるが、こちらの方が遮蔽物を取れ、利点が大きいと判断した。

 

 暁は腰を上げると、家の陰から陰へと目にも止まらぬ速度で駆け抜けていく。

 そして、進むたびに黎明のセンサーで周囲の感知を行う。

 

 「……動体反応がちらほらあるな」

 

 黎明の内部から外には漏れない暁のつぶやき。

 センサーは黎明の方が敵より優秀なようであり、十分に警戒し距離を取っておけば気づかれずに進めるようだった。

 

 だが、隠れきれないときがやってきた。

 灯台の手前の道、あと少しのところで教授が集団で周辺を警戒している。

 暁はそれを目視で確認し、かつての仲間がうじゃうじゃいることに目まいを覚えたが、今はそれどころではない。

 

 「……一度に倒しきるのは無理だ。

  ここで手間取っていれば、やり過ごしてきた連中が集まってくる。なら……」

 

 地図上では灯台があると思わしき場所は、結界でゆらぎ、影しか見えない。

 だが目的地は目の前だ。

 

 暁は道路に手をつき、クラウチングスタートの姿勢を取った。

 躊躇は一瞬。灯台までの道を、一気に駆け抜ける。

 

 「おお、暁君ではないか。久し……」

 

 一斉にのんきな挨拶をしてくる教授を無視して跳躍。

 彼らの頭上を飛び越え、着地。再び走り出す。

 

 教授が慌てて右手の銃口をこちらに向け、射撃してくるのを黎明の装甲に任せて無視。

 灯台のあるであろう空間に向かって飛び込む。

 

 「……なっ!?」

 

 飛び込んだ次の瞬間、目の前にはこちらに向かって攻撃態勢を取った複数の教授の姿があった。

 待ち伏せされていたのかと暁は思ったが、一瞬でそれは違うと判断する。

 灯台の結界は、侵入しようとした暁を、百八十度反転して元来た方向へと押し戻したのだ。

 

 暁が混乱している一瞬の隙をついて飛んできた対戦車砲を、強引に横に飛んで回避する。

 稚拙な回避だが、人間相手に対戦車砲などそうそう当たるものではない。

 そのまま勢いに任せて転がり、教授たちから距離を取る。

 

 追撃を覚悟していた暁だったが、それはなかった。

 暁が身を起こすと、教授の中の一体が、手を広げて話しかけてきた。

 

 「改めて。久しぶりだね、暁君」

 

 「久しぶりの割には随分な歓迎じゃねえか。

  ……本当に教授でいいのか? その姿は正気には思えない」

 

 暁の言葉に、複数の教授たち全てが一斉に自分たちの姿を見回し、笑い声を上げた。

 

 「この数なら気にしないでくれ。

  私は思い知らされただけさ。自分が何を奪われたのか。それが何を意味するのかをね。

  ……ああ、思考に制約は加えられているから、正気とはいえないな」

 

 「そうか……残念だよ」

 

 「そうだね。全く残念だ。

  ところで、状況はわかってくれたかな? 私を倒さない限り灯台への結界は開かれないぞ。

  ……ああ、君が爆撃並の火力を持ってるなら別だがね」

 

 「それを信じる理由がどこにある?」

 

 他に方法など思いつかない。

 だがそのまま信じるのはあまりに都合がよすぎると暁は思った。

 それに対して、教授はあっさりと答えた。

 

 「いや、シンプルな理由だよ。

  私が君を倒せないなら、灯台にいる楓君が直に手を下すしかないじゃないか」

 

 「やっぱり師匠も生き返っていたか……。

  教授、一体なんでこんなことをしてるんだ!

  誰があんたたちを蘇らせた!」

 

 「実に残念だが暁君、それを言うことは禁じられているんだ。情けない限りだよ」

 

 「そうかよ。……でもわかったことがある。

  そっちのカードは教授、あんたと師匠。つまり青山さんは復活してないな」

 

 「……おや、そんなことを言ったかな。彼には彼で仕事があるんだ」

 

 「何……?」

 

 「おっと、話はここまでだ」

 

 黎明のセンサーに反応があった。

 周囲に動体反応。これまでやり過ごしてきた敵、他の教授たちが合流し、こちらを包囲している。

 

 「こっちの準備も整った。さあ、第二幕の始まりといこうか!」

 

 

 *

 

 組み付こうと殺到する無数の教授を、先頭の一体の頭を踏み台にしてすり抜ける。

 敵の包囲を抜け、これまでやってきた道を逆に戻り、途中にあった広場へ向かった。

 そしてそこで目星をつけておいた武器を確保する。それは角材。

 人の手には余る長さと重量を、黎明の腕力で強引に振り回すことで押し寄せる教授たちを薙ぎ払う。


 教授たちの戦術は単純だ。

 義手の右腕のマシンガンは黎明の装甲には役に立たない。

 左腕の対戦車砲は動いている目標にはまず当たらない。

 そこで数に任せて抑え込んだところで仲間もろとも一斉に対戦車砲を叩き込む。暁はそう見て取った。

 

 義足のばね足を使って跳躍し、角材を回避しつつ暁を頭上から抑え込もうとする教授に対して、暁は角材を大きく振り回すことで反動を利用し、体の位置を入れ替えて回避する。

 そしてそのまま回転し、勢いをつけた角材の一撃で接近した教授たちを殴り飛ばす。

 ネジやゼンマイをまき散らして、教授たちは吹き飛んだ。

 

 「よし、いける……!」

 

 教授の数は膨大だが無限ではない。

 敵のカードは教授だけではなく、切り札はまだ残っているはずだが、それも予想済みだ。

 そして予想通り、それは来た。

 

 灯台から音速を超えて飛来する巨大な触手。

 

 「うおおおおおおっ!」

 

 角材を手放し、叫びを上げながら全力で横に跳躍して回避する。

 触手の攻撃は予想済みであり、教授との戦闘の中でも黎明のセンサーは常に灯台に向けていた。

 それ故にギリギリで回避することができたが、町を無造作に更地に変える圧倒的質量の一撃は、暁の肝を冷やすには十分だった。

 

 一撃を回避した後も気を緩めず、全速で元いた場所から退避する。

 暁の予想は正しかった。

 暁がいた場所を、触手が執拗に叩き潰し、辺りをクレーターへと変えていたのだから。

 

 「まともに当たるとさすがにまずい……早く教授を倒さないと……」

 

 「いや、君はここで終わりだよ」

 

 それは、偶然だったのだろう。

 神の打撃で暁と教授がお互いを見失い、混沌としたこの状況。

 その中で、たまたま教授の内の一体が暁を先に見つけたのだ。

 

 「神よ、私を狙え! 標的はここだ!」

 

 「ちぃぃっ……!」

 

 暁は今いる場所から全力で飛びのこうとしたが、一歩遅かった。

 クトゥルフの触手は暁を野球のボールのように軽々と吹き飛ばした。

 

 

 *

 

 「……がはっ!」

 

 意識を失っていたのは一瞬だったのだろう。

 暁は触手に吹き飛ばされた結果、突っ込んだ家屋の中で目を覚ました。

 ぼうっとしている場合ではない。早くここから離れなければ。

 

 だが、暁の体には鋭い痛みが走り、倒れたまま満足に体を動かすこともできなかった。

 ここまでかと思ったが、何故か精神に突き刺さる威圧感が薄れていくのを感じた。

 

 「……そうか、クトゥルフの召喚も完全ではない。

  連続して顕現するのはあれが限度だったってことか。それなら……」

 

 「だが、それでも君の回復より、他の私がここに駆け付ける方が早いねえ」

 

 体が動かない中、暁は無理やり首だけを声の方に向ける。

 そこには、暁と一緒に吹き飛ばされたのであろう、ほぼ残骸となった教授の姿があった。

 歯車など内部構造をむき出しにして、機能しているのがまるで奇跡だった。

 

 「教授……! くそっ、動け……!」

 

 だが暁の心とは裏腹に、体は重く、まるで動こうとしなかった。

 いや、これは傷だけではない、まるで黎明の動力が切れたかのように、鋼鉄の重さがのしかかっていた。

 

 「そんな、充電はしてきたはず!」

 

 「……なんとも締まらない幕切れだね。

  だが、終わりだよ暁君。

  君の黎明は、この世界にあってはならなかったんだ……」

 

 「あんた、何を言って……!」

 

 そのときだった。初めてクトゥルフと対峙したときのように黎明は独自の判断で動いていた。

 黎明の内部モニターに文字が表示され、暁の目に映る。

 

 『敵、呼称名【教授】。

  【名前】という個を剥奪されたことで【無貌】となり、【無貌】の加護を得ている。

  敵撃破のため、【名前と魂】のある無貌の領域へ、アタックを開始する』

  

 「なんだ、黎明……この表示は……!?」

 

 暁が驚いている間もなく、今までまるで動かなかった黎明の右腕が勝手に持ち上がる。

 そこからケーブルが伸び、教授の残骸へと突き刺さった。

 

 「ギャフッ!?」

 

 教授がこれまでに上げたことのない悲鳴を出したが、暁にそれを意識している時間はなかった。

 暁の視界、いや脳内には、全ての色が混ざり合い、それ故に漆黒としか呼びようがない世界が広がっていたのだから。

 

 『【名前】による検索開始。検索コード、【新見】。

  検索中……検索中……

  装着者の精神汚染23%。続行……

  検索中……検索中……発見。

  【名前と魂】の【■■権限】による削除実行……終了……』

  

 暁は夢を見ていた。むき出しになった教授の生身が、圧倒的な暴力によって消されていくところを。

 そして彼は、それを覚えていることもできなかった。

 精神の汚染箇所として、その記憶は黎明によって消されてしまったのだから。

 

 

 *

 

 「……ん」

 

 暁は目を覚ました。自分はどうしていたのだろうか……。

 

 「そうだ、邪神に吹き飛ばされて……!」

 

 慌てて立ち上がるが、もはや邪神の気配はない。今ひとたび、彼方へと去ったのだろう。

 そして傍らには教授の残骸があった。

 もはや動くことも言葉を発することもない。ただのガラクタだった。

 

 家屋の外に出る。周囲には、多くの教授たちが電池が切れたかのように転がっていた。

 暁には、何が起こったのかわからなかった。

 だが、やらなければいけないことだけはわかっていた。

 

 「……行くぞ。待ってろよ、師匠……!」

 

 暁は、ふらつきながらも灯台へと足を進めた。

 

 

 *

 

 

 「だけどね、暁。残念だけど、私たちの狙いは君だけじゃないんだ。

  御堂仁の遺産は、全て消し去る」

 

 

 *

 

 翡翠の所持する別荘。複数の警備員によって守られたそこに、近づく影があった。

 口の端からよだれをたらし、足をひきずるように進むその男の顔には、サングラスがかかっていた。

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