第14話 勧誘

 「っ……!」

 

 どことも知れぬベッドの上で、暁は目を覚ました。

 反射的に周囲を見回すも、周りの様子はベッドを囲むカーテンで遮られてわからない。

 

 自分が何故こんなところにいるのかと一瞬混乱したが、すぐに意識を失う前のことを思い出した。

 

 「そうだ、あの女……黎明はどこに!?」

 

 目の届くところに黎明もその収納容器であるトランクも見当たらない。

 

 ベッドから跳ね起きようとして、暁は体勢を崩しそうになった。

 左手に冷たく硬い感触がある。彼の左手は手錠でベッドに繋がれていた。

  

 どうにか外れないか、引っ張って試してみるも、当然外れるわけもない。

 彼が悪戦苦闘していると、その耳にドアを開ける音が聞こえた。

 

 ドアから進んできた二つの足音は、ベッドの傍まで近づくと、ベッドを囲むカーテンを開けて足跡の主の姿を現した。

 

 「やあ、気がついたようだね」

 

 言葉を発したのは、白髪でしわの目立つ白衣を着た老年の男性だった。

 にこにこと笑っているが、こんな状況では気味が悪いだけだ。

 そしてその傍に立つのは、暁を打ち倒したレザースーツの女だった。

 

 「お前たち……!」

 

 言葉を荒げる暁に、白衣の男性はまあまあと彼を宥めた。

 

 「落ち着きなさい。我々に君と敵対する意思はない」

 

 「それに、抵抗は無駄だよ。それはもうわかっているね」

 

 女の抑揚がない声に、暁は黙るしかなかった。

 黎明があっても勝てなかった相手、生身でさらに拘束された状態では万に一つも勝ち目はない。

 暁は不承不承頷いた。

 

 「……敵対する意思がないなら、この手錠を外してもらいたいもんだな」

 

 「ああ、いいとも。楓君。お願いするよ」

 

 男性の言葉に応じて、楓と呼ばれたレザースーツの女性は暁に近づいた。

 手錠の鍵はあっさりと外された。

 

 「喉が渇いただろう。まずは水でも飲みたまえ」

 

 そう言って、白衣の男性は水の入ったペットボトルを渡してきた。

 そのときになって、暁は自分が強烈に喉が渇いていることに気がついた。

 キャップを外し、一気に飲み干す。

 

 「……ふう」

 

 「落ち着いたかな、御堂暁君。

  まずは自己紹介をしようか。私は……そうだね、教授と呼ばれている。

  彼女は楓君。私のかつての教え子だ」

 

 「よろしく」

 

 「……黎明をどうした」

 

 二人の挨拶を聞き流し、暁は今の彼にとっては命よりも大事なことを質問した。

 

 「ふむ、あのパワードスーツは大変興味深いね。

  性能的には魔術を使っているとしか思えないのにその気配もない。

  できるのなら分解してでも調べたいところだが……」

 

 教授と名乗った男性の言葉に、暁が激昂する前に楓と呼ばれた女は釘を刺した。

 

 「教授、彼に落ち着けと言ったのは君だろう」

 

 「おっと、気分を害したならすまない。

  だが、私ではそもそも手が出ないのだよ。まるでわからない。

  さすが御堂仁の遺産だね。

  ……つまりは、今のところは最低限の調査を除いて手が出せていないね。

  安心したまえ」

 

 「……お前たちは何者だ」

 

 暁の次の質問に、今度は楓が答えた。

 

 「君が殺した魚人たちのように、この世には人以外の怪物が存在することはもう知っているね。

  私たちはそれと戦うものだよ」

 

 「……結局、やることは黎明を狙ってきただけじゃないか」

 

 暁の不信の目に、楓は表情を変えずに返答した。

 

 「否定はしないよ。

  やつら……怪物どもに渡すわけにはいかないし、強力な力は喉から手が出るほど欲しい。

  人の世をやつらから守るためにね。

  やつらを放置すればどんなことになるかは君も知っているはずだ」

 

 暁は唇を噛んだ。彼の目の前で、怪物どもが祖父に何をしたか。

 

 「確認しておきたいのだが、君たちの家はそのパワードスーツ、黎明を狙ったやつらの襲撃を受け、その結果として君のおじいさんは亡くなったと考えているのだが……詳しく教えてくれないかね」

 

 教授からの質問に、暁はしばし沈黙した。

 そして、ぽつぽつと話し出した。

 

 祖父が見せたいものがあると言ったあの夜。

 

 不意に暁たちは襲撃を受けた。

 襲撃者たちは深くフードを被っていたが、

 その生臭い息や、服から露出した部分にある鱗で、人間ではないとすぐにわかった。

 

 「おじいちゃんはそれでも抵抗していたけど、俺を人質に取られて……研究を出せって言われて……」

 

 その要求にやむを得ず従ったかのように、暁の祖父が取り出したのがあのトランクだった。

 

 「トランクをやつらが奪おうとしたとき、おじいちゃんが言ったんだ」

 

 暁、装着と言え、と。

 次の瞬間には祖父は襲撃者たちによって殴り飛ばされていたが、暁は何もわからぬまま祖父の言葉通り叫んでいた。

 

 「それで、その黎明をまとってやつらを倒した、と」

 

 「ああ。だが無我夢中で、取り逃したやつがいた。そいつが家に火を放ったんだ。

  ……俺はおじいちゃんを助けて病院に連れて行こうとしたけど、おじいちゃんがもう手遅れだって。

  ……自分はもう無理だ。黎明をやつらに渡してはいけない。お前は生きて、黎明を正しいことに使えって……」

 

 場に沈黙が落ちた。空気を変えるように、教授が言った。

 

 「話はわかった。……大変だっただろう。

  だが、今はやるべきことがある。

  君は丸一日眠っていたんだ。……まずは食事でもどうかね?」

 

 

 *

 

 食事が出来るまで、暁はベッドから降りて、部屋の中を見回していた。

 そこは休憩室のようであった。

 窓はなく、室内にはベッドに流し、ガスコンロと冷蔵庫、それにテーブルと椅子が備え付けられていた。

 

 ガスコンロで調理をしているのは以外にも教授の方であった。

 

 「楓君は料理が、うん、ほら、あれだからね……。

  私もあまり上手い方ではないので、期待しないでくれ」

 

 教授はそう言って、楓にローキックを入れられたりしていた。

 結構仲がいいのかもしれない。

 そう思いながら暁が食事を待っていると、教授ができたぞ、と料理を持ってきた。 

 それは何てこともない卵入りの雑炊。

 味付けは薄めだったが、思った以上に体は飢えていた。

 暖かい食事が空腹の体にしみこんでいく。

 

 「落ち着いて食べたまえ。疲労もあって、体が弱っているからね」

 

 教授の言葉に従ったわけではないが、味わってゆっくりと食べ終えた。

 暁が食べ終えたのを見て、教授が再び口を開いた。

 

 「……さて、これからの話をしよう。ここからは楓君にお願いするよ」

 

 「ああ。私たちとしては、黎明をやつらに渡すわけにはいかない。

  そして君では守り抜くことはできない。わかるね」

 

 「……だからって俺はあんたたちを信用できない。

  はい、そうですかって渡すわけにはいかない」

 

 すでに黎明を奪われた今の自分が何を言っても負け犬の遠吠えにしかならないと思ったが、それでも暁は受け入れるわけにはいかなかった。

  そんな暁に、楓はなんてこともないかのように言葉を口にした。

 

 「それで折衷案なんだが、君が黎明を持って私たちに協力するわけにはいかないかな」

 

 「は?」

 

 呆気に取られる暁に構わず、楓は言葉を続けた。

 

 「黎明が格納されていたトランクに、一緒に入っていたマニュアルを読ませてもらった。

  君が黎明の装着者として認証されていて、他の人物は装備できない。

  認証解除手段はマニュアルには載っていなかった。

  もっとも、魔術を用いたり、技術者や設備を整えての科学的解析を行えば、認証解除も不可能ではないと思うけどね。

  まあ私たちには無理そうだけど」

 

 そうだ。そもそもが認証解除が不可能なら、祖父が黎明を守れと言う必要もなかったはずだと暁は思った。

 

 「君は黎明の持ち主だ。

  だけど君に守り抜ける力がないことは証明された。君にそのまま持たせているわけにはいかない。

  じゃあ黎明を持って警察にでも保護を求めるかい?

  だけどそれが正しい選択肢かな。

  最悪、自衛隊にでも渡って、解析の果てに量産され、戦争の道具にされるかもしれない。

  それは君の祖父も望むところではないだろう」

 

 何も言い返せない。黙って聞く暁に、楓は言葉を続ける。

 

 「言いたくはないが、今の君に帰る場所はない。

  黎明を持っていようがいなかろうが、それを狙う敵がいくらでも現れるだろう」

 

 「……何が言いたいかはっきりしろ」

 

 「ではもう一度言おう。私たちの仲間になれ。

  私たちに協力するという条件下で君に黎明を返そう。

  さっきも言ったように戦力は喉から手が出るほど欲しい。

  報酬も渡そう。祖父の仇を討ちたくはないかい。

  どこの誰が襲撃を企てたか調べ、君に教えてあげよう。

  その代わり、君は私たちと一緒にやつらと戦え。

  やつらはどこにでもいる。一匹も残してはいけない」

 

 暁はわずかな間沈黙した。だが、それでも彼女の言葉をそのまま受け入れるわけにはいかなかった。

 

 「……あんたたちの言いたいことはわかった。

  現状俺には他に選択肢もないことも。

  ……だが、あんたたちがまだ信用できない。

  間違ったことに手を貸すわけにはいかない」

 

 暁は楓の瞳を正面から見つめた。楓も臆さずにそのまま見つめ返す。

 わずかな逡巡の後、楓は言った。

 

 「……では、私たちが戦う理由を言おう。

  私たちも数年前までは何も知らない一般人だった。

  私はどこにでもいる大学生。教授はその大学の教授。

  今ここにはいないのも一人いるけど、彼も何も知らなかった。

  それからもう一人……」

 

 言葉を切る。わずかな間の後、言葉を続けた。

 

 「だけど、私たちは知って、巻き込まれてしまった。

  放っておけば、世界がどうにかなってしまう陰謀を。

  戦って、戦って、犠牲も出して、なんとかその事件は解決した。

  ……だけど、やつらはどこにでもいる。

  私たちのようなことを繰り返さないために、戦わなきゃいけない」

 

 暁は楓の顔を見て思った。

 今まで無表情な女だと思っていたが、それは余裕がないからだけではないだろうか。

 とても疲れているからではないのだろうか。

 

 「君も、世界の裏側を知ってしまった。

  君を襲った事件も氷山の一角でしかない。

  被害を食い止めるために、私たちと一緒に戦ってくれないか。君にはその力がある」

 

 そこで、楓の言葉は終わった。沈黙が降りる。暁は、ゆっくりと口を開いた。

 

 「……わかった。俺にできることだったら」

 

 「そう。……うん。ありがとう」

 

  「……ところで、あんたたちみんなで何人くらいいるんだ?」

 

 「そんなに多くはないさ。

  前線担当の私。研究担当の教授。それからここにはいないが、情報収集や装備調達の青山って男がいる。

  それに暁、君を加えて四人だ。

  早く馴染んでくれると助かる」

 

 「努力はするよ」

 

 「よし、話はまとまったね!

  それじゃあ暁君。黎明の解析に協力してくれるかな?

  装着者として認証されている君がいれば、調査も進みそうだ!」

 

 「教授、台無しだから少し黙っていてくれ。ローキックするぞ」

 

 「はい」

 

 とたんにかしこまった教授の様子に思わず暁は笑いをこぼした。

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