第9話 憎悪

 「さて、どうするか」

 

 夜鬼との戦闘の後、七緒と合流した暁は、事前に確保しておいた拠点であるヒヒイロカネの息のかかったホテルへと、ショックで気絶した雪白鈴を連れて移動していた。

 

 ホテルでは夜鬼の襲撃を警戒して低い階の部屋を選び、窓はツインのベッドの片方を立てかけて物理的に塞いだ。夜鬼が再度襲撃してきたとしても、時間稼ぎくらいにはなるだろう。

 

 そこまでやったところで、ひとまず今の自分たちに出来ることはなくなった、動くにしても鈴が起きてからだと、暁と七緒は休息を取ることにした。

 夜鬼の襲撃や、起きた鈴が暴れる可能性を考え、一人ずつ交代にであったが。

 

 そして、夜が明けた。幸いにして何事もなく。


 だが一夜過ぎても鈴はまだ目を覚ましておらず、暁と七緒は、どうするか顔を見合わせた。

 

 「……まあ、起こすしかないんじゃないの?」

 

 「そうなんだけどな……。

  このホテルにヒヒイロカネの息がかかっていても、

  あんまり暴れられると面倒なことになるから、そうなったら拘束よろしくな」

 

 「はいはい、任せて。

  というか、消音の結界張っとくわ」

 

 七緒が結界を張った後、暁はベッドに横になった鈴の肩に手をかけて、ゆっくりと揺さぶった。

 

 「う、ううん……あ、あんたは!?」

 

 「おっと、騒ぐのはなしだ。助けてやったろ。

  敵じゃないといい加減信用してくれてもいいと思うんだが、どうよ」

 

 鈴は暁をしばらく睨みつけていたが、不承不承頷いた。

 

 「……改めて聞くけど、あんたたち何者なの?」

 

 「ああいったバケモノと戦ってる者さ。

  世の中にはそういった連中がそれなりにいるんだ」

 

 「じゃあ、あのバケモノが何なのか……なんで晶子と父さんが殺されたか知ってるの!?」

 

 「あのバケモノについてはちょっとした知識はあるが、ちょっとだけだ。

  少なくとも、なんで鈴さんや家族が襲われたのかはわからない。……すまない。

  鈴さんこそ何か知らないか」

 

 「……何も知らないわ。

  なんで、私たちがあんなバケモノに襲われないといけないの?」

 

 「思い当たる節があったらでいいんだ。

  どこか変なところに行ったとか、変なものを手に入れたとか……」

 

 「そんなこと、何も知らないわ!

  ……ごめんなさい。でも、わからないの」

 

 「……いや、俺こそ無神経なことを聞いて悪かった。今は、休んでくれ」

 

 顔を手で覆って、首を横に振る鈴の姿を見て、今はこれ以上情報を引き出すことはできないと暁は判断した。

 

 七緒と、鈴のいない場所で話をするために、二人で隣にも取っておいた部屋へと移動した。

 

 「……どう思う?」

 

 「嘘は言っていないと思うわ。

  ……知らないだけって可能性があるのが厄介なところだけど。

  どちらにしろ、もっと突っ込んだ話をするのは彼女が落ち着いてからね」

 

 「じゃあできることと言えば……

  あの夜鬼がこれまでの事件の犯人なら、目撃情報があるかもしれない。

  翡翠に頼んで警察情報から探ってもらおう」

 

 「そうね。あとは……」

 

 七緒は暁の前に立つと、彼の頬をつんと叩いた。

 

 「食事を取りましょう。私たちだけじゃなくて鈴さんの分も。

  あの人には休息が必要だし、私たちも長期戦に備えないと」

 

 

 *

 

 再び夜が訪れた。

 

 鈴はあまり食欲がないようだったが、それでも控えめに食事を取り、少しは顔色がよくなってきたようだった。

 

 「鈴さん。少しいいでしょうか」

 

 「あ、ええ……七緒さん、だったわね。

  あなたにもごめんなさい。みんな敵だと思ってたから、ついあんなことを……」

 

 「いえ、私も他人のことは言えませんし……」

 

 この話題にこれ以上突っ込むとやぶ蛇になりそうだと、七緒は話題を切り替えることにした。

 

 「亡くなったご家族……妹さんとお父さんがどんな人だったか、うかがってもいいですか?

  無神経だとは思いますが、少しでも事件の手がかりになればと思って」

 

 「……そうね。構わないわ」

 

 鈴は、遠くを見つめながら語りだした。

 

 「妹……晶子は、手のかかる子だったわ。

  お母さんが亡くなってから、お父さんも仕事で忙しかったから、

  私が母親代わりになって……喧嘩も何回もしたけど、それでも優しい子に育ってくれた。

  高校にも進学して、青春を楽しんでくれればいい、そう思っていたのに……」

 

 そこで言葉を一度切ると、鈴は手を震わせながら続きを話し出した。

 

 「あの子が亡くなる前の晩、窓の外に黒い翼の生えた影を見て、見間違いだと思って、そう思おうとしたのに……

  朝になって部屋に起こしに行ったらあの子は部屋にいなくて……

  私が、あのとき、知らせていれば……!」

 

 「鈴さんのせいじゃないです! 自分を責めないでください」

 

 鈴の手を握り締めると、七緒は懸命に彼女に呼びかけた。

 ゆっくりと、鈴の震えが治まっていった。

 

 「……ごめんなさい。取り乱してしまって」

 

 「いいんです。……すいません、お父さんのこともうかがっていいですか?」

 

 「ええ……父は、母が亡くなってから、仕事で忙しくて、帰りもいつも遅かったけど、

  私達の誕生日には必ず早く帰ってきてプレゼントをくれた……いいお父さんだったのよ」

 

 「ええ……」

 

 その後も七緒は鈴と話を続け、彼女が疲れを見せたところで少し休むように言い、隣室で暁と合流した。

 

 「何か手がかりはあったか?」

 

 「何も。鈴さんが言うには、こんな事件に巻き込まれるような心当たりもない普通の家庭だったって」

 

 「……残酷だが、何の理由もなしに襲われたのかもしれないな。

  裏を探るのは諦めて、迎撃に頭を切り替えるか……」

 

 そのとき部屋の内線電話が鳴った。

 

 「受付からだ。……はい、何かあったんですか?」

 

 電話先のホテル職員は、声をひそめてはいたが、動揺を隠しきれない様子だった。

 

 「はい。お客様……御堂様あてに荷物が届いておりまして……」

 

 「俺個人宛てに……? どこから誰が持ってきたんですか」

 

 「それが……窓からなんです」

 

 ホテル職員が言うには、暁たちが止まっているのとは別の客室に

 ビニール袋に包まれたケースが窓を割って放り込まれたということだった。

 放り込まれた客室の高さは七階だというのに。

 

 「それでそのビニール袋の中に、ケースと一緒に

  御堂暁様……お客様へと書いた便箋が入っておりまして」

 

 「……なるほど。わかりました。すぐ行きます」

 

 暁は電話を切ると、七緒に鈴についているように言った。

 そして受付へと向かった。

 

 動揺していたホテル職員から荷物を受け取り、窓を割られた部屋にいた客やホテルへの補償は後から請求するようにと言うと、

 七緒たちがいる部屋の隣室へと戻った。

 

 ビニール袋そのものはどこにでもあるコンビニの袋だった。

 中に入っていたケースはひとつかみにできるほどの大きさ。

 一緒に入っていた便箋は折りたたまれており、確かに御堂暁様へと書いてあった。

 

 「筆跡に見覚えはないな……」

 

 暁は一度ケースを置くと、黎明を装着する。

 ケースの大きさ的に爆弾の可能性は低いが、念のためだ。

 

 用心した上でケースを開けると、中には衝撃吸収材にくるまれた携帯電話が入っていた。

 電源を入れると、携帯電話からは余計なアプリが削除されており、連絡先が一つだけ登録されていた。

 暁は一瞬悩んだが、すぐに自分の携帯電話を取り出すと七緒に連絡をした。

 

 「何者かが連絡を取りたいようだ。

  鈴さんに話を聞かせるわけにはいかないし、陽動の可能性もある。

  俺が対応するからお前は鈴さんについていてくれ。

  後で情報は共有する」

 

 七緒から了解を得ると、一つ息を吐いて、暁は登録された連絡先に電話をかけた。

 短い発信音の後、すぐにつながり、相手から話しかけてきた。

 

 「……御堂暁さん、でよろしいですか?」

 

 淡々とした乾いた声。だが少なくとも人間の声だった。

 

 「そうだ。で、あんたは何者だ」

 

 「あなたと志を同じくするものです。私はやつらの脅威から人間を守りたい」

 

 「なるほど。だが、あんたこそやつらを使って事件を起こしてるんじゃないか?

  今回連絡を取るために使った手段は、夜鬼を使って窓から放り込ませたんだろ。

  やつらを使役する魔術師が、人類のために戦ってるなんて信用できると思うのか?」

 

 「……耳が痛いですね。

  ですが、私がやつらと戦うための手段はやつらを使うしかなかった。

  それしか手段がなかったとしたら、暁さん、あなただって同じ選択をしたんじゃないですか」

 

 「否定はしないさ。……やつらやつらで話がややこしくなったな。

  確認だが、雪白家を襲った夜鬼相手にあんたが夜鬼を使って戦ってるってわけじゃないよな」

 

 「ええ、違います。雪白家を襲った夜鬼は私が使ったものです。

  私に雪白家を庇う理由なんてあるはずがない」

 

 電話先から、不快そうな、嫌悪感を隠しもしない声が聞こえた。

 

 「……嫌な話になってきたな。つまり、そういうことか?」

 

 「ええ。雪白家はかつてはやつらの側にいた一族。

  やつらの中でも神と崇められる存在、雪風の邪神を北の地で崇めていました。

  暁さん、雪白家はあなたたちの守護対象ではありません。倒すべき敵です」

 

 「……はい、そうですかと鵜呑みにはできないな。

  少なくとも、こちらの事前調査で雪白家が邪神崇拝をしていたなんて出てきていない」

 

 「今暁さんがいる組織……ヒヒイロカネ、でしたっけ。

  所詮は雨霧グループという表の組織が母体でまだ誕生したばかり。

  その調査能力が万全だとでも?」

 

 「はぐらかすな。確かにヒヒイロカネの調査能力は専門的知識についてはうといところもあるが、

  人や家系の調査能力ならむしろ高い方だ。

  雪白家からは探っても宗教的な気配は出てこなかった」

 

 「なるほど。ですがわからなくてもしょうがありません。

  雪白家が邪神を信仰していたのは、今から三百年前のことですから」

 

 一瞬、沈黙が訪れた。

 

 「……三百年前ってことは、今の雪白家は邪神信仰が途絶えてるってことでいいんだよな。

  見た感じ、異能を持っている気配もないし」

 

 「ええ。今は信仰は途絶えているようです。

  ですが、邪神信仰者の末裔を見逃すわけにはいきません。

  何がきっかけでその血が目覚め……いや、何かを目覚めさせるか知れたものではない。

  気がついてしまった以上、無視はできない。

  そうでしょう?」

 

 「……さっきも言ったようにあんたの話をそのまま鵜呑みにすることはできない。

  こっちでも調査するから裏を取る時間をくれ。

  三百年前なら一週間は欲しい」

 

 「構いません。それまでこちらからの攻撃は控えましょう」

 

 「それから、ずいぶん俺のことを知っているようだが、どっかで会ったことあるか?」

 

 「……いいえ。ただ噂に聞いたことがあるだけです。

  バケモノどもを何もかも根こそぎに破壊していく鋼鉄の鎧のことを。

  ……やつらと戦う孤独の中で、その話がどれだけ救いになったことか……」

 

 「…………」

 

 「……話はここまでにしましょう。よい返事をお待ちしています」

 

 電話は切れた。

 

 

 *

 

 「えーと……状況を整理しましょう」

 

 暁は七緒と合流し、先ほどの電話の内容を話していた。

 

 「意識のすり合わせをしましょう。

  三百年前って言うと江戸時代だけど……そこまで遡って追求する気ある?」

 

 「ねえよ」

 

 「まあ、そうよねえ」

 

 意見が一致したことに七緒は安堵のため息をついた。

 

 「気づいたら無視できないって相手の言うことはわからなくもない。

  一代二代前ならわかる話だ。だが三百年前だぞ。

  そんな先祖が何かやらかしてたかなんて、世界中の人間の誰もが容疑者になる。

  そこまで暴き立ててたらきりがない」

 

 「……どこかで妥協しないと、人間の世界なんて魔女狩りで壊れてしまうものね」

 

 「神様みたいに人の生き死にを決めてるが、何もかも殺してしまってはいけないんだ。それはやつらと代わりがない。

  ……まあ、まずは翡翠に頼んで相手の話の裏取りだ。

  相手に時間を与えるつもりはない。ヒヒイロカネの調査力なら一週間もいらないはずだ」

 

 「そうね。鈴さんの妹さんが殺されたのが一月前。

  父親が殺されたのが半月前。

  そして今回の襲撃……一回の事件ごとに時間を空けている。

  術の条件か精神力の補充か……時間を与えるほど相手が有利になると思ったほうがいいわね。それから……」

 

 七緒はそこで一度言葉を切った。

 

 「一応確認しておくけど、ヒヒイロカネが誕生したばかりの組織って話だけど、本当? まあ、予想はしていたけど。

  ……ヒヒイロカネって、完全にあんたの鎧である黎明と対応した名前でしょ。

  実働要因も私が入るまではあんら一人って話だったし」

 

 「ああ、まあな。俺と翡翠が出会って、翡翠がその気になって、

  俺を万全に動かすために組織を作ったってわけだ」

 

 居心地が悪そうに暁は頬をかいた。

 

 「もう一つ確認だけど、ヒヒイロカネって翡翠以外に幹部の人っているの?

  ミーティングでも参加者私たち三人だけだし」

 

 「調査部門の部長とか、そういった人はいるな。

  だが、運営に関わってるのは翡翠一人だ」

 

 「……呆れた。組織ってものじゃないじゃない」

 

 「だが、だからこそ俺たちも好きに動ける」

 

 暁が身を乗り出して七緒の瞳を覗き込んだ。

 

 「大きな組織なら、雪白家の扱いだけでも対応を決めるのに時間がかかっただろう。

  もちろん翡翠の意思も確認するが、雪白家の扱いについて、翡翠も俺たちと同じ意見のはずだ。

  小さな集団でしかできないこともある。

  それにヒヒイロカネも悪い組織じゃない。

  さっきも言ったように調査部門はそれなりに優秀だし。

  翡翠も雨霧グループの令嬢としての地位も使って、偉いところと交渉ができる」

 

 「……なるほど。で、それを踏まえて、暁はどう動くつもり?」

 

 「ああ、それは……」

 

 

 *

 

 三日後の昼。

 

 夜鬼の使い手、今は誰も呼ぶ者は誰もいなくなってしまったが、かつては片山と呼ばれていた男は、

 廃ビルの高層階で緊張しながら連絡を待っていた。

 

 暁の所属している機関、ヒヒイロカネの調査力を片山は信用しておらず、

 まだ調べがついたとは思っていなかったが、相手が名の知られたバケモノの狩人である御堂暁であることから、警戒を怠ることなどできなかった。

 

 開発が中断された区域の廃ビルを根城に定めて、片山は活動を行っていた。

 夜間は使い魔である夜鬼の領域である。そして昼間も侵入者への対策として、監視カメラをビル内に設置していた。

 

 暁との交渉が問題なく終わればいいが、失敗となることもありえる。

 だが夜ならば夜鬼で十分戦えることはわかっている。

 

 問題は昼に攻められた場合だが……そこまで考えたところで、片山の携帯電話に連絡があった。

 暁からだった。

 

 「待たせたな。調べがついた」

 

 「驚きました。予想より連絡が早かったですね」

 

 「言ったろ。こっちも無能じゃない。

  あんたが言った通り、雪白家の先祖は邪神を崇拝していた。

  ……そこで、確認しておきたいことがある」

 

 暁は、一度言葉を切って続けた。

 

 「……雪白家が邪神を崇拝してたのが三百年前って話なら、血は相当拡散してるはずだ。

  雪白家の件の後、そいつらをどうするつもりだ」

 

 「わかっているでしょう……他の血族も全て滅ぼします。

  雪白家は手始めにすぎない。

  全て、全てこの世から消し去ってやる……」

 

 それは、狂気に囚われた声。だが暁は動じずに言葉を返した。

 

 「そうかい。ならあんたとは協力できる。

  全て残さず消し去ってしまおう。この世界を守る為に」

 

 「……やはり、あなたは噂通りの人だった。

  堕ちたのであれば、師ですら滅ぼしたという、やつらを憎みぬいたあなたは……」

 

 感情のこもった片山の言葉。だが、暁はもう一つ質問をした。

 

 「……もう一つ確認しておきたい点がある。

 雪白家を狙うのに一回ごとに半月の期間を空けたが……楽しんだな?」

 

 「……お見通しのようですね」

 

 恥じらいのこもった声。それに構わず、暁は淡々と言葉を続けた。

 

 「なに、半分はあてずっぽうだ。

  雪白家がかつて邪神を崇めていたとはいえ、今は一般人。

  殺すには夜鬼の一体で足りる。

  不慮の事態に備えてかは知らないが、一度に二体も動かす余裕があるなら、

  一体だけ動かせば精神力の補充なんか気にしないで事をなせるはずだ」

 

 「暁さん、本当にあなたには敵わない。

  ……ええ、味合わせてやったんですよ。

  あの汚らわしい一族に、家族を失う悲しみと迫り来る死の恐怖を。

  私が失ったものの思いを少しでも、ええ、少しでも……」

 

 憎しみと狂気、そして喜びが入った片山の笑い声が電話ごしに暁の耳に響いた。

 

 「必要以上に対象に感情を込めるのは感心しないな。仕事の邪魔になる」

 

 「……全く、お恥ずかしい」

 

 「だが、おかげで準備は整った。七緒!」

 

 電話口からの声とほぼ同時に、片山のいる廃ビルが激しく揺れ動き、強烈な衝撃音が鳴り響いた。

 

 「何事ですか!? ……!?」

 

 粉塵が激しく舞い散る中、瓦礫の中から黒い鎧をまとった死神が表れた。

 

 「よう、サイコ野郎。殺しにきてやったぜ」

 

 

 *

 

 何をしたかと言えば単純だ。

 片山は廃ビルの出入りには目立たないように夜間に夜鬼を使用していたが、

 この街での片山の活動期間は一月に及ぶ。

 完全に隠蔽しきるのは不可能だった。

 

 市民からの不審な目撃情報が警察に寄せられており、

 それを翡翠がヒヒイロカネのコネで確認し、拠点の位置をまず絞り込んだ。

 

 次に片山に見つからない距離まで、黎明を装着した状態で暁が接近。

 電話で気を引いている間に七緒が新しい術……強烈な風で暁を発射する術を発動させる。

 砲弾となった暁は、ビルの外壁を突き破り、片山に奇襲をかけた。

 

 片山が具体的に廃ビルのどこにいるかまでは絞り込みきれなかったが、

 空を飛ぶ怪物である夜鬼を使うことから高い階にいることは予想できた。

 後は大雑把な狙いがうまくいっただけだ。

 

 「くっ……いきなさい!」

 

 片山が傍に控える夜鬼の内、一体に迎撃の命令を下す。

 夜鬼は声もなく突撃。滑空のように低空飛行して、暁に体当たりする。

 だがしかし……。

 

 「空を飛ばれればともかく……真正面から戦って負けるわけがないだろうが!」

 

 腰を落とし、夜鬼の体を真正面から受け止め、逆に抱きしめるように渾身の力で締め付ける。

 夜鬼のゴム状の体が歪んだかと思うと、水風船を割るような音を立てて、破裂した。

 

 「なんで怪物だ……だが!」

 

 使い魔が稼いだ時間で、片山は残ったもう一体の夜鬼につかまり、窓から外へ飛び出した。

 昼間に夜鬼の闇色の体は周囲に目立つが、そんなことを言っている場合ではない。

 雪白家を狙うのは難しくなったが、殺すべき対象はまだいくらでもいる。

 そしてそれら全てを暁たちは守ることはできない。

 まだまだこれからだ。

 

 そう考えていた片山だったが、すぐにそれどころではなくなった。

 

 「な、なんだこれは……鳥!? ヒィ!?」

 

 羽ばたき、鳴き声、そしてくちばしによる突き刺し。

 片山と夜鬼の体をカラスの群れが包み込み、攻撃をしかけていた。

 七緒の群れの使役の呪文だ。

 発動に時間のかかる呪文だが、暁を砲弾として打ち出す前に事前に唱えておいたのだ。

 

 夜鬼にとっては、カラスがつつくことなどまるで痛痒にもならないが、

 人間である片山は別だ。

 視界を塞がれ、全身から血を流し、痛みと混乱で夜鬼の制御もできなくなり、

 逃げることもできずにふらふらとその場に漂うことしかできなかった。

 

 そしてすぐに廃ビルの中からワイヤーが伸び、

 絡め取った夜鬼と片山をビルの中へと引き戻した。

 そして、もはや片山と夜鬼にできることはなかった。

 

 

 *

 

 「……終わったぞ。七緒」

 

 「オッケー……大きい術二つ使ったから正直消耗した。私はさっさと撤収するわ。あんたも遅れないでね」

 

 七緒の疲れた声に了解の返事を返すと、暁は電話を切った。

 だが、すぐに別の電話の着信があった。翡翠からだ。

 

 「もしもし、終わりましたか」

 

 「ちょうどのタイミングだよ。まだ後始末があるから忙しいんだが」

 

 「……暁さん」

 

 「なんだよ?」

 

 「いえ、何か気になることがあるんじゃないですか……?

  電話越しでもわかります」

 

 「……たいしたことじゃないさ。

  ただ、今回の相手と俺、どれだけ違うのかと思ってな……」

  

  沈黙が下りる。

 

 「悪いな、言ってもしょうがなかった」

 

 「でも暁さん。私はあなたに救われたんです。

  そのことは、忘れないでください」

 

 「……ああ、ありがとう」

 

 電話を切った後も、暁は携帯電話を握りしめ、立ちつくしていた。

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