第7話 連続不審死

 鬱蒼とした森の中。

 その奥深くに切り開かれた広場があった。


 ここはヒヒイロカネの用意した暁用の訓練場の一つ。

 部外者の視線を気にする必要のない場所で、

 暁は黎明を装着して訓練を行っていた。

 

 黎明の脚力で人間の出せる限界を超えた速度で疾走したかと思えば、そこからの急な方向転換を行い動きを制御する。

 またはジグザグに走りながら、次々と複数の的に対して指弾やワイヤーを命中させていく。

 

 七緒はその様子を興味深そうに見ていた。

 小一時間ほど訓練を続けた後、暁は黎明を脱いでトランクにしまい、汗をタオルでぬぐった。

 

 「俺の戦闘訓練が見たいなんて、どういう気の吹き回しだ?

 

 「お互いできることの確認はしておかないとね。

  むしろ遅かったくらいよ」

 

 暁にスポーツドリンクを手渡し、彼の息が整うのを待って、七緒は話を続けた。

 

 「前から気になってたんだけど、そのパワードスーツ……黎明だけど、

  メンテナンスってどうしてるの?

  ヒヒイロカネでも何もわからなかったんでしょ?」

 

 「ああ、そのことか。

  俺もよくわからないけど、格納用トランクにしまってしばらくすると、

  損傷とか勝手に直ってる」

 

 「……え?」

 

 硬直する七緒。それに構わず暁は言葉を続けた。

 

 「動力はしまった状態でトランクから出るプラグをコンセントにさせば充電できる。

  翡翠が経費くれるまでは電気代がきつかったな。

  ブレーカーも頻繁に落ちるし」

 

 「いやいやいや、それおかしいから! 絶対魔術か何か使ってるでしょ!」

 

 七緒からの猛抗議に対して、暁は何かを色々と諦めた笑顔で言葉を返した。

 

 「俺も師匠もそう思って、専門家じゃないとはいえ、魔術かじった人に見てもらったけど、

  魔術は使われてないって言われたんだよなあ。

  お前だって魔術の気配を感じないんだろ?」

 

 「しっかり調べたわけじゃないし、私も専門家でもないけど、確かに感じないわね……。

  どうなってるのよ!?」

 

 「いやあ、凄いなあ、おじいちゃんのテクノロジー」

 

 「絶対おかしいから!」

 

 頭を抱える七緒をうつろな笑顔で見つめ続ける暁。

 そんな時間がしばらく過ぎた後、気を取り直して七緒は暁に質問をした。

 

 「そういえば、今師匠って言ったけど、あんたそういう人いるの?」

 

 「うん。……いた」

 

 「あ、ごめん……」

 

 暁の言葉から、彼の師について察した七緒は謝罪の言葉を口にした。

 

 「いいさ。この業界、よくあることだって。

  ……それで、お互いできることの確認だっけ。お前は何ができるんだ?」

 

 「うん……。私ができることは風の魔術と群れの召喚。

  それからか小技がいくつか。

  呪文はみだりに使うものじゃないから、この場で見せるわけにもいかないけど。

  それから、体術も少しはできるけど、やつらと戦えるレベルじゃないわね。

  そっちは?」

 

 「基本は黎明頼りの肉弾戦だな。

  格闘訓練は受けてるけど、やつらと生身で戦えるかって言えば、俺もNOだ」

 

 「肉弾戦といえば、黎明には何か内蔵武器がついてるの? ビームが出るとか」

 

 「残念だけどそういう必殺技はない。漫画じゃないからな」

 

 いや、あんたのスーツは本来漫画の中にしかないと思いながら、七緒は暁の言葉を聞き続けた。

 

 「武器は両手から出る電撃ワイヤーが一つずつ。

  あとは小物をしまっておけるポケットがあるから、

  そこに普段は指弾用のパチンコ弾を仕込んでるな。

  内蔵武器はほとんどない」

 

 「内蔵武器がないなら、翡翠に調達してもらって何か武器持ったらいいんじゃないの?

  パワードスーツなら人間が使える武器はそのまま使えるでしょ。

  刀とか、銃とか」

 

 「刀みたいな近接武器は、やつら相手に使ったら壊れるんだよな。

  達人なら別なんだろうけど、俺は武器については素人だし。拳で殴った方が強い。

  銃は遠距離武器として欲しくなるときはあるんだが……持ち歩いているの見つかると逮捕じゃすまないだろ?」

 

 「あ、そこ気にするんだ」

 

 「当たり前だ。

  俺の強みは、トランク一つでどこにでも侵入して暴れられることだからな。

  そもそも翡翠も銃の調達はできなくはないけどかなり難しいって言ってた。

  やつら相手にまともに使えるレベルとなると、まず無理って言ってたな」

 

 暁のその言葉に、七緒は疑問を感じて問い返した。

 

 「ヒヒイロカネって武器の調達能力はないの?」

 

 「ここは日本だからな。

  ヒヒイロカネは軍事企業や闇社会とつながりがあるわけじゃない。

  アメリカとか銃規制が緩かったら別なんだろうが」

 

 「……そうよね、ここは日本だし。

  ヒヒイロカネの母体の雨霧グループの力があってもそんなにうまくいかないか。

  調達できるんだったら私も護身用に欲しかったんだけど……。

  ……ところで、遠距離攻撃なら私が呪文で風の刃を一応使えるんだけど」

 

 「らしいな。便利でいいな」

 

 「そこまで便利じゃないけどね。

  タフな怪物相手なら力不足なときがあるし。

  それで、強力な遠距離攻撃手段が必要になったらどうするかという話になるわけで……。

  暁。最近私が習得した術で、遠距離攻撃手段のないあんたにいい呪文があるんだけど」

 

 「お、それはいいな。どんな術なんだ?」

 

 「知りたい?」

 

 「え」

 

 違和感を感じ取る暁。

 七緒の顔は、深く伏せられていて見えない。

 ただ、微笑みを浮かべたような、そんな気配がした。

 そのまま七緒は暁に向かってにじり寄ってくる。

 

 「な、なんだよ……ちょっと、七緒さん!? やめて、近づかないで!?」

 

 「ふふっ……呪文はみだりに使うものじゃないって言ったけど、

  新しい呪文だし、連携の練習も必要だから、今回は使わないといけないわよね。

  何事も経験よ。経験」

 

 森の中に暁の悲鳴が響き、それから轟音がこだました。

 

 

 *

 

 「それでは、お仕事の話なのですが……暁さん、大丈夫なんですか?」

 

 「なんとかな……ひどい目にあった……。俺じゃなかったら死んでるぞ、あれ」

 

 いつもの学校の理事長室。

 柔らかなソファに背中をもたれかけさせてぐったりとしている暁の姿に、翡翠はおろおろとしていた。

 

 「あんたなら大丈夫だと信じていたからやったのよ。

  改善点もわかったし、有意義な検証だったわ」

 

 「おーまーえーはー……!」

 

 胸を張る七緒に詰め寄る暁だったが、彼女の満足そうな顔を見て肩を落とした。

 

 「ああ、もういいよ。……それで翡翠、仕事がどうだって?」

 

 「はい。それではお話ししますが、最近近隣のF市で不審死が起こっていまして」

 

 「ふむ。それらしきニュースは聞いていないが、報道管制か?」

 

 「おそらくは。

  事件のはじまりは、一月ほど前に遡ります。

  ある高校の女生徒が、学校で転落死をしたのです。

  遺体は早朝に登校した教師が校庭で見つけました」

 

 「ああ、そのニュースなら聞いたことがある。

  自殺だって報道だったが、そこまで詳しくは聞いてないな。

  ……ちょっと状況のイメージがよくわかないんだが。

  学校で転落死して、早朝に校庭で見つかるってどういうことなんだ?」

 

 「そうですね、まず状況を整理しましょう。

  被害者……名前は雪白晶子さんと言います。

  彼女が最後に目撃されたのは遺体発見の前日です。

  家族での夕食後に自分の部屋に戻る姿が、最後に確認された晶子さんの姿です。

  ご家族は、晶子さんがそのまま朝まで自分の部屋にいたと思っていたのですが……」

 

 「いつの間にか学校で亡くなっていたと。……続きを頼む」

 

 「はい。事件についての警察発表ですが、

  被害者は深夜に学校に忍び込んで、屋上から飛び降りたのではないかというものでした」

 

 「そんな自殺をするような理由はあったの?」

 

 今度は七緒からの質問。それに翡翠は答えていく。

 

 「警察発表ではそんな理由は出ていません。

  あったとしても見つかってはいないようですね」

 

 「学校のセキュリティとか、屋上の鍵とかはどうだった?」

 

 「校舎は施錠されていて、監視カメラにも被害者の姿は映っていませんでした。

  また、屋上への扉は別に施錠されていて、こちらの鍵や屋上への扉から被害者の指紋は検出されていません。

  そもそも屋上は施錠されたままでした」

 

 「……話を聞く限りでは、自殺ではない。

  人間の仕業ではないかもしれないが、絶対にそうとも言い切れない。

  ミステリーのような殺人事件の線もありえる。

  でもヒヒイロカネの仕事として話すってことは、まだ根拠があるんだな」

 

 「ええ、事件には続きがあります。

  晶子さんのご家族……父親の裕さんが、約半月後に同様の遺体で発見されました。同じく転落死です。

  発見場所は国道で、周囲には飛び降りられそうな高い建築物はありませんでした」

 

 それは事故や自殺、人間の仕業による事件とは常識的に考えてありえない話だった。

 

 「そりゃ決まりだな。関係者はまだいるのか?」

 

 「はい。……こういう言い方は何ですが、晶子さんのご家族は、まだ姉の鈴さんが残っています。

  事件の解決だけではなく、彼女の護衛もお願いします」

 

 「ああ、わかった。ところで、母親はいないのか?」

 

 「早くに亡くなられていて、父子家庭だったそうです。

  調べた限り、そちらは病死で、事件性はありません」

 

 「なるほどな。それから、一番大事なところだが……

  報道管制が敷かれてて、そこまでわかってるんだったらまず国の機関が動かないか?」

 

 ヒヒイロカネが横から介入するとややこしくならないかという暁の疑問に、翡翠は首を横に振った。

 

 「国は動けていません。

  先の事件で、屍食鬼に自衛隊幹部が精神操作を受けていた件で、

  一斉に関係部署の人員の精神鑑定を行っており、

  経過の観察などでまともに動けてないようですね。

  私たちが動くしかありません」

 

 「……大きい組織はほんとややこしいな。

  ま、それなら俺たちの出番だ。行くぞ、七緒」

 

 「はいはい。仕切らないでよ」

 

 二人は立ち上がり、戦いに向けて準備を始めた。

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