第5話 反撃開始

 学校の理事長室。

 七緒からの報告を受けて急遽集まった暁と翡翠は、深刻な顔をして向かい合っていた。

 屍食鬼による鉄道襲撃事件。その対策を練るために。

 

 「事件があったことは聞いた。七緒と、お前と七緒の友達が巻き込まれたことも。

  ……七緒はどうしてる?」

 

 「七緒さんからは事情を聞き取った上で、今は休憩室で休んでもらっています。

  こちらで調べたことも含めて、私からお話ししましょう」

 

 翡翠は暁に対して、七緒が巻き込まれた事件について説明をした。

 敵がなんであるか。どうやって攻撃してきたか。七緒がどうやって戦ったか。どれだけの被害が出たか。

 

 「なるほどな……大きな事件だ。報道はどうなっている? 注目されると動きにくくなる」

 

 「今は、表向きには地下鉄事故として報道されていますね。

  一般の警察も政府からの指示で動けていません、下手に手を出しても犠牲が増えるだけですから。

  私たちが介入する余裕は十分にあります」

 

 「よし。それじゃあ状況の整理だ。

  まず、この街に屍食鬼の巣があるって話は聞いたことがない。

  あいつらどこからやってきたんだ?」

 

 「そこは推測交じりの上、話すと長くなるのですが……。

  ここから遠方の都市で、大きな屍食鬼の巣がある都市がありました。

  集団として大きかった上に、地下はやつらの領域です。

  地下に蟻の巣のようなトンネル網を作り上げていて、迷路のような中でどこから襲ってくるかも分からない。

  人間がうかつに手を出すことはできませんでした」

 

 そこで翡翠は一旦言葉を切ると、紅茶で喉を潤して改めて話を続けた。

 

 「ですが数ヶ月ほど前に、ついに国が動きました。

  国の組織した神話生物に対抗するための特殊部隊によって、現地から屍食鬼たちは一掃されました。

  ……ですが、先ほど屍食鬼は広大な地下道を武器としています。

  推測になりますが、そのときの生き残りが逃げ出し、この街で新たに拠点を作ろうとしているのではないかと」

 

 翡翠の言葉を聞いて、暁は憎しみの言葉を吐き捨てた。 

 

 「それで拠点の準備が整ったから、まずは食料調達か。

  バケモノどもめ……」

 

 「国の部隊もじきに動き出すでしょうが、規模が大きい分、我々に比べて動きは遅いでしょう。屍食鬼が人を食らう怪物である以上、一刻の猶予もありません。

  暁さん、お願いします」

 

 「ああ、任せろ。

  ……と、言いたいところだが、さらわれた乗客は百人以上いる。

  地下の闇の中を俺一人で引率して連れ出すのは無理だ」

 

 「そこは遅れてくる特殊部隊にお任せしましょう。

  上には話を通しておきますので、人質を救出した後、特殊部隊の到着まで護衛を続け、到着後は乗客を受け渡して撤収してください」

 

 「オッケー、わかった。

  それから、屍食鬼が使っていた銃火器について何かわかるか?

  あんなもの、そう準備できるものじゃないだろ。

  そもそも、なんで屍食鬼が銃なんか使ってるんだ」

 

 「残念ですが、現状では情報がありません。

  推測なら特殊部隊との戦いで銃器の必要性を感じたのではないかと言えるのですが……」

 

 「ま、しょうがないな。調べておいてくれ。

  もっともそれがわかるころには終わらせてくるけどな」

 

 「はい。お気をつけてください。それから……」

 

 翡翠は何かを口に出そうとして、口ごもった。

 

 「どうした?」

 

 「……いえ、なんでもありません」

 

 気まずそうな翡翠の様子に何事かと一瞬考えた暁だったが、

 そのことに思い至ると、翡翠の肩を小さく二度叩いた。

 

 「任せとけ」

 

 「……幸運をお祈りしています」

 

 

 *

 

 翡翠との会話の後、暁が黎明の入ったトランクを片手にさげて学校の廊下を歩いていると、背後から走ってくる足音が聞こえた。

 振り向いてみると、そこには息を切らせた七緒が立っていた。

 

 「休んでなくていいのか?」

 

 「休息は十分に取ったわ、もう平気よ。

  乗客を助けに行くんでしょ。私も連れて行って」

 

 「駄目だ」

 

 「どうして!」

 

 首を横に振る暁に、七緒は食ってかかった。

 

 「現地は地下の迷宮で、銃火器を持った相手がどこから出てくるかわからない。

  生身のお前じゃ危険すぎる。連れて行くことはできない」

 

 「大丈夫よ! 私にだって守りの魔術がある」

 

 七緒の抗議に、それでも暁は再度首を横に振った。

 

 「戦いの様子は聞いたぞ。風の守りだって、ずっと展開していられるものでもないし、不意打ちには対抗しきれないだろ」

 

 「でも……」

 

 言葉に詰まる七緒だったが、目をつむり、大きくため息を吐くと暁に向き直った。

 

 「……ごめん。確かに私じゃついていけない。

  あんた一人に任せて悪いけど……」

 

 「気にするな、慣れっこだ。

  それから、お前も翡翠も、友達を無事連れて帰ってくれって言っていいんだぞ」

 

 その言葉を口にした暁に、七緒はじとっとした視線を向けた。思わずたじろぐ暁。

 

 「な、なんだよ……」

 

 「その心配は翡翠にだけしてあげて、私は大丈夫だから。

  ……さらわれてから時間が経つのに、無事である保証なんてできないでしょ。

  私のことは気にしないで」

 

 「ああ、そうだな……。だが、全力は尽くすさ」

 

 「はいはい。気持ちだけ受け取っておくわ。

  ……私の分もよろしく頼むわ。ぶちかましてやって」

 

 そう言うと、七緒は激励に暁の背中を平手で叩いた。

 

 *

 

 「さて、と……」

 

 地下に存在する狭い横道。

 鉄道の地下路線に人知れず存在していたそこに、暁は立っていた。

 

 暁は黎明を装着し、闇の中を各種センサーで鮮明に映し出していた。

 センサーを用いて乗客のさらわれた列車から屍食鬼の痕跡をたどり、ここまでやってきた。

 地下道には無数の枝道があり、どの道にも何者か……屍食鬼が出入りした痕跡があったが、多くの人間を運んだ大規模で新しい痕跡は、黎明の力を使えば簡単にわかった。

 

 「まとまった居住区があれば簡単でいいんだがな……行くか」

 

 暁は駆け出した。今は速度が第一。乗客の命は一刻を争う。

 当然だが、速度を優先するということはその分安全がおろそかになる。

 大きな痕跡には注意していても、その分小さな痕跡には注意が行き届かなくなる。

 

 走る暁の背後の横穴から、犬のような顔をした怪物が顔を出すと、そのまま勢いをつけて飛びかかった。

 

 「無駄だ」

 

 飛び掛かった屍食鬼の爪は、黎明の鋼鉄の装甲の前には全く歯が立たず、一方的に跳ね返されていた。

 暁は攻撃をしかけた直後の無防備な敵の頭に裏拳を一閃。

 屍食鬼は頭を陥没させ、絶命して吹き飛んだ。

 

 しかしそれは陽動だったのだろう、暁の横方向にある複数の横穴から、銃火がほとばしった。

 自動小銃による一斉射撃。

 常人なら防弾装備をしていても関係なく、そのまま絶命していただろう。

 

 「悪いな。そんな攻撃は俺には通用しない!」

 

 だが、暁がまとうのは鋼鉄の鎧、黎明。

 計り知れない技術を用いて、彼の祖父が開発したパワードスーツだ。

 銃火がやんだ後、暁は何事もなかったかのようにその場に立っていた。

 

 あからさまに動揺の気配をさせ、撤退しようとしていた横穴の中にいた屍食鬼たちが、次々と音を立てて倒れ伏す。

 それは暁の指弾によるもの。

 黎明の力ならば、スーツに内蔵しておいたパチンコ玉による指弾は、下手な拳銃などよりはるかに強力な武器となる。

 少なくとも屍食鬼を倒すには十分な威力だ。

 

 「敵が出てくるってことはこっちの道が正解でいいみたいだな。

  ……どんどん出てこいよ、バケモノども。

  皆殺しにしてやる!」

 

 暁は敵を駆逐しながら前進を開始した。

 

 *

 

 そのままの勢いで、襲い掛かる屍食鬼を蹴散らしながら進んでいた暁だったが、

 あるところで足を止めた。

 

 大きな横穴。

 そこは乗客を運んだものと思われる真新しい大量の足跡だけではなく、

 無数の古い足跡や、残された強い腐臭を黎明の各種センサーによって感知できた。

 

 「ここが居住区か。おそらく乗客もここに……。

  おい、バケモノども、抵抗は無駄だ!」

 

 返事はない。

 暁はここまで相当数の屍食鬼を倒してきている。

 意識して、一方的に敵を蹂躙するようにしていた。

 

 屍食鬼は知恵と判断力のある怪物だ。

 普通ならこの状況では勝ち目がないと判断して、撤退を開始しているだろう。

 その際に余計な荷物になる乗客たちを連れて行く余裕はない。

 

 「……そうなってくれていれば、面倒はないんだがな」

 

 希望的な観測だと自嘲しながら、横穴の奥に足を進めた。

 

 

 

 地下の闇の中、黎明の嗅覚センサーはまだ新しい血臭を感知した。

 その方向に目をやると、まだ新しい人間の死体があった。

 顔には恐怖と苦痛の表情が張りつき、体は食い荒らされている。

 

 周囲を調べると、他にも同じような死体がいくつもあった。

 だが、その数は乗客の総数と比べればほんの一部だ。

 まだどこかに生存者がいるのではないか。暁はもう一度声を上げた。

 

 「助けに来たぞ! 誰かいたら返事してくれ!」

 

 黎明の聴覚センサーに集中する。

 少し遅れて、小さな人の声がセンサーに引っかかった。

 警戒を忘れず、暁声の方向に向かってゆっくりと前進した。

 

 声の元までたどり着くと、そこは多くの小さな横穴がある場所で、

 その穴一つ一つに人間が押し込められていた。

 その中で震えていた人間たちが、暁の足音を聞いて顔を上げた。

 

 「あんた、誰だ……?」

 

 「自衛隊のものです。あなたたちを助けにきました」

 

 すらすらと嘘をつく。

 民間でバケモノと戦っているものなんて言っても混乱させるだけだ。

 

 黎明の鋼鉄の姿を目にしていれば別だったのだろうが、

 暗闇の中では人間は物を見ることはできない。

 希望の言葉に、生存者たちは疑うことなくすがりついた。

 

 「助かった! すぐここから助け出してくれ!」

 

 「……申し訳ありません。私は先遣隊です。

  本隊が到着し、皆さんを安全に護送できるようになるまで、もうしばらくお待ちください」

 

 闇の中、百人以上の生存者を誘導する能力は暁にはない。

 それに護送中に屍食鬼の生き残りに襲撃される可能性もある。

 

 だが、これまで恐怖にさらされてきた生存者たちはそんな言葉では納得できない。

 口々にここから救い出してくれと暁に言い立てた。

 

 「馬鹿を言うな!

  これ以上、これ以上、こんなところで我慢できるものか……

  殺されたんだ、みんな殺されるんだぞ!」

 

 「……申し訳ございません。

  それから声は控えてください……。

  大丈夫とは思いますが、まだ敵がいるかもしれません」

 

 生存者たちは慌てて口をつぐんだ。

 今までも散々大声は出しているし、脅迫のようだが、暁にはこう言うことしかできなかった。

 

 このまま生存者の不安を抑えて自衛隊の到着を待つ。

 口でどうにかするのは苦手なんだがと、暁が黎明の中で顔をしかめていたところ、

 生存者の中で見知った顔を見つけた。空だ。

 翡翠と七緒の友人として、暁も学校で見かけたことがあり、顔を覚えていた。

 

 衣服が赤黒い血で汚れていることに顔色を変えかけたが、

 本人のものではないことに気づき、胸を撫で下ろした。

 

 他の生存者にも血痕をつけたものは多くいる。

 おそらくは他の犠牲者のものだろう。……あまり安心できる話でもないな、と暁は思った。

 

 空の不安そうな顔を見て、もう一度生存者の気を落ち着けようと声を出そうとしたとき、

 聴覚センサーが複数の足音をとらえた。蹄の音がする。

 自衛隊のものではない、屍食鬼の生き残りだ。

 

 暁は、生存者を巻き込むまいと、きびすを返して足音の方に走り出した。

 そこには数体の屍食鬼と、他の屍食鬼より年を経て、ねじくれた体をした個体が一体いた。

 

 逃げずに迎撃にきたということは、なんらかの策があるのだろう、

 暁はそう判断し、突撃ではなく、指弾による遠距離からのけん制を行おうとした。

 だが、それより早く年を経た屍食鬼が言葉を発した。

 

 「膝ヲツケ」

 

 その言葉を聞くと、暁の膝が折れ、指弾を放つはずだった腕を地面についた。

 暁の姿を見て、屍食鬼たちは嘲笑を顔に浮かべた。そして年経た屍食鬼はこう続けた。

 

 「舌ヲ噛メ。自害シロ」

 

 暁の体が震え、力を失い地面に突っ伏す。

 

 そんな光景を屍食鬼たちは予想していた。

 だが次の瞬間、彼らの頭は、暁が放った指弾に貫通されていた。

 よろめく屍食鬼たちに暁は突撃し、追撃で拳を叩き込んでいく。

 屍食鬼たちはすぐさま全員が打ち倒された。

 

 「ナ……ゼ……」

 

 まだわずかに息があった年経た屍食鬼が疑問の言葉を発する。

 

 「悪いな。お前たちが列車を襲ったとき、車内放送のアナウンスがおかしかったことから、精神操作の魔術を使うやつがいることは想定済みだ。対策ぐらい当然している」

 

 黎明は常時暁の精神状態をモニタリングしており、異常を感知すれば覚醒用の薬物を速やかに注射する。

 暁は術にかかったふりをして油断させていただけなのだ。

 もはや言葉もなく、他の屍食鬼と同じくして年経た屍食鬼も絶命した。

 

 そしてこれが、屍食鬼たちの最後の襲撃となり、

 暁は数時間後に到着した国の特殊部隊を遠距離から聴覚センサーで確認すると、

 気づかれないように撤退をしたのだった。

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